『サスカッチ・サンセット』小気味のいいサスカッチと気味のわるい私たち

『サスカッチ・サンセット』小気味のいいサスカッチと気味のわるい私たち

2025-05-20 08:00:00

サスカッチとは、ネッシーや雪男のように、北米で伝承されるUMA(未確認生物)の一種である。共同で監督を務めたデヴィッド&ネイサン・ゼルナー兄弟は、子どもの頃にUMAやUFOなどの不思議現象を扱うテレビ番組でサスカッチの映像を見て以来、その未知の存在に魅了されてきたという。

2011年に謎に包まれたこの生物を題材にサンダンス映画祭でプレミア上映された短編映画 『Sasquatch Birth Journal No.2(原題)』を撮ったが、それでも二人の「サスカッチ愛」は消化しきれず、いつか長編を制作することを夢見ていた。その念願を叶えたのが本作『サスカッチ・サンセット』である。

デヴィッド監督は、「非常に面白いのは、世界の多くの国には、独自の『森の野人』伝説があると同時に、ヒマラヤのイエティにしろ、中国の野人にしろ、オーストラリアのヨーウィーにしろ、サスカッチ(ビッグフット)神話には万国共通的な要素もあります。そこで、『なぜ人間は、ビッグフットの存在を必要としているんだろう』と考えたのです」と語る。

その答えを探るためか、本作はむしろあえて人間の視点を捨て、セリフもナレーションも一切入れず、映画の中の世界すべてをサスカッチの視点で映し出す。私たち人間の知り得ないところで連綿とつづいてきたであろう、サスカッチの春夏秋冬だけが、この映画のストーリーである。ゼルナー兄弟と⻑年コラボを行ってきたバンド「The Octopus Project(オクトパス・プロジェクト)」がフィールドレコーディングで制作した、のびやかでサイケデリックな音楽が心地よくサスカッチの世界へと誘う。

登場するのは、おそらく彼らが最後のサスカッチなのだろう、4頭のサスカッチの群れ。リーダーであるオスとそのつがいのメス、その間に生まれたジュニアと、もう1頭のオスだ。

雄大な自然に囲まれて、自由気ままに過ごすサスカッチたち。毒キノコやピューマの危険に晒されながらも、移ろう季節の中、彼らの変わりない生活を営んでいく。ところがある日、原始的な森のある一本の大木に、赤色のスプレーで×(バツ)印が書きつけられているのを発見する。赤い×印の記された木は、彼らが魚を獲る川にも出現して…。

どうやらサスカッチには私たち人間ほどの知恵は与えられていないようで、ときに間抜けでおかしな習性をユーモラスに感じもするのだが、文化、文明などと自画自賛のように私たちが呼ぶものを、サスカッチの世界が切り崩していくかのようで、彼らにとれば人間こそが、得体の知れない未確認生物であるのだという思いに至る。

デヴィッド監督の詞にオクトパス・プロジェクトがメロディをつけたエンディング曲で、メスサスカッチを演じたエルビス・プレスリーの孫、ライリー・キーオが歌う。「カオスからの秩序/それが自然の摂理/冬から春/夏から秋へ」。

自然の摂理からほど遠いところまで来てしまった私たち人間は、カオスからカオスしか得られない。知恵の意味とはなんだろう。この知恵を携えて、私たちはどこへ向かうのだろう。このままで、冬から春、夏から秋へと、今まで通りにいつまで進んでいかれるだろう。

(小川のえ)

イントロダクション

長編デビュー作『ヘレディタリー/継承』(18)、続く『ミッドサマー』(19)で世界に衝撃を与え、次世代の映画監督の旗手へと上り詰めたアリ・アスター。最新作『ボーはおそれている』(23)も話題となった彼が製作総指揮に名乗りを上げた本作。

監督には菊地凛子主演『トレジャーハンター・クミコ』(14)が批評家から絶賛され、エマ・ストーン主演のTVシリーズ「The Curse」(23)でもその非凡な才能を発揮したゼルナー兄弟。実に10年以上の歳月をかけ、長編映画化を成し遂げた。

雄大な自然とサスカッチの生活をドキュメンタリータッチで圧倒的な映像美と幻想的な音楽で描き、<自然界の不条理>と<生への渇望>、そして<家族愛>を通じて、現代社会で生きる私たちに“生きること”を問いかけるかつてない奇妙な衝撃作となっている。

ストーリー

北米の霧深い森に生きる4頭のサスカッチ。

彼らは寝床をつくり、食料を探し、交尾をするといういつもの営みを繰り返しながら、どこかにいると信じる仲間探しの旅を続けている。

そして、絶えず変化する世界に直面しながら、生き残りをかけて必死に戦うことになる。果たして彼らが辿る運命とは──。

 

デヴィッド・ゼルナー&ネイサン・ゼルナー監督ステートメント

私たちは子供の頃、パターソン&ギムリンコンビ(※)のあの映像を初めて見た時から、サスカッチ(ビッグフット)伝説に魅了されてきました。この映画は、サスカッチ伝説を現代に継承させ、その象徴的な姿を蘇らせました。

世界中のどの国にも、独自の”森の野人”の神話はあり、それらは全て、興味深いことにどの国にもはるか昔から存在しているのです。サスカッチという謎の存在は、信じるか否かは別として、なぜここまで多くの人々の興味をかき立ててきたのでしょう?人間と動物の中立を象徴するからでしょうか?あるいは、人類の文明の発展で損なわれてしまった自然世界と私たち人間との繋がりを想起させるからでしょうか?

サスカッチを見たという証言には、見た瞬間に逃げていってしまったというものがほとんどです。それだけでも十分興味深いですが、同時に、どのような生活をしているのだろうか?と、つい考えてしまうのです。

どんな行動パターンがあるのだろうか?世間のイメージで私たちが慣れ親しんできた、堂々として雄大な姿だけでなく、人間・動物を思わせるような、むしろ不快な印象を与えるバカバカしい行動はしないのだろうか?私たちが好感を持つ持たざるに関わらず、共感を持てるような行動はないだろうか?

その、嫌になるほど共感を持てる部分が、サスカッチから、コメディ、悲劇、感動を引き出すという思いのもと、この映画の制作に繋がっていったのです。さらに、リアルさを追求するため、完全にサスカッチの視点で語り、可能な限り正確に描きたいと思いました。

本作で目にするものは、サスカッチの真の姿といえると思います。

(※)・・1967年10月20日、元カウボーイのロジャー・パターソンと友人のロバート・ギムリンの二人がカリフォルニア州・ブラフ・クリークでサスカッチの探索中に山中で雌のサスカッチに遭遇し、「歩きながら、カメラに向かって振り向くビッグフット」の姿をカラーの8mmフィルムで撮影した。これが俗に言う「パターソン・ギムリン・フィルム」であり、日本を含め世界中で話題となった。だが、この映像については多くの疑念が持たれている。

デヴィッド・ゼルナー&ネイサン・ゼルナー監督プロフィール

アメリカ・コロラド州生まれ。ゼルナー兄弟(Zellner Bros.)名義で活動する兄弟コンビの映画監督、脚本家、プロデューサー、俳優。手掛けた作品は世界中の映画祭で高く評価されており、代表作はゴッサム賞にノミネートを果たした『 Kid-Thing(原題)』(12・未)、菊地凛子を主演に迎えた『トレジャーハンター・クミコ 』(14)、ロバート・パティンソン&ミア・ワシコウスカ主演の『Damsel (原題) 』(18・未)。本作の題材となったサスカッチは短編映画『Sasquatch Birth Journal 2 (原題) 』(11・未)でも扱っている。また、ケイト・ブランシェット主演のSFコメディ『Alpha Gang (原題) 』のプロジェクトが進行中。現在はテキサス州オースティンを拠点に活動している。

アップリンク吉祥寺 ほか全国劇場にて公開

公式サイト

監督:デヴィッド・ゼルナー&ネイサン・ゼルナー
出演:ジェシー・アイゼンバーグ、ライリー・キーオ
製作:アリ・アスター
配給:ニューセレクト

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