『秋が来るとき』秋に人生が詰まっている
フランソワ・オゾン監督の最新作『秋が来るとき』は、友情、家族、老い、過ち、サスペンス・・・主題を選び取ることのできない、と言う意味で、酸いも甘いも確信も迷いもある人生のメタファーのような一作。
『焼け石に水』(00)、『8人の女たち』(02)、『スイミング・プール』(03)のリュディヴィ-ヌ・サニエが22年ぶりにオゾン作品に出演したことが話題だが、主人公を演じたエレーヌ・ヴァンサンが81歳、その親友のジョジアーヌ・バラスコが75歳であることは新鮮で、着目すべき点だろう。エレーヌ・ヴァンサンとジョジアーヌ・バラスコは二人とも、ささやかな役ながら、『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』(18)にも出演している。
オゾン監督はインタビューで、「二人とまたいつか仕事がしたかった」と話し、「高齢者の物語が映画から消えている今、70代、80代の女優で人生の深みを描きたかった」と語る。時に痛々しく、時にみずみずしく映る彼女たちの皺が、『秋が来るとき』の深みには必要だった。
物語は、80歳のミシェルが田舎で静かに暮らす日常から始まる。主人公・ミシェルは、以前はパリで働き一人娘を育てていたが、仕事を引退し、ブルゴーニュ地方の村で一人で暮らしている。近所にはパリで同じ仕事をしていた親友のマリー=クロードがいて、彼女もまた、一人暮らしをしている。彼女たちは性格こそ違えど、一緒に森を散歩したり、お互いの家に通ったり、姉妹のように過ごしている。マリー=クロードにも息子が一人いるが、彼女たちにはそれぞれ、自分の子どもと暮らすことのできない訳があるのだった。
秋の休暇で、娘と孫がミシェルのもとを訪れる。ミシェルはその日マリー=クロードと採集したばかりのキノコを使った料理を振る舞うのだが、この料理がきっかけで、登場人物それぞれが秘めているものやそれとの葛藤が浮き彫りとなり、初期のオゾン作品さながらに、サスペンスフルな展開へと発展していく...。
この物語はオゾン監督が祖母の家で過ごした秋の記憶から着想を得ており、監督が幼少時代、毎年休暇を過ごしたという思い出深い場所でもあるブルゴーニュ地方で撮影された。豊かな自然とサスペンスの対比、家族の絆と秘密の重さとの絶妙なバランスが、秋のゆったりした時間のような103分に詰まっている。
(小川のえ)
イントロダクション
新旧オゾン組が集結。初期のオゾン作品を感じさせる濃厚な人生ドラマ。
『焼け石に水』『8人の女たち』『スイミング・プール』など、カンヌ、ベルリン映画祭の常連、フランス映画の巨匠フランソワ・オゾンの最新作は、自然豊かなフランス・ブルゴーニュの秋を舞台にした人生ドラマ。監督の子供の頃の思い出から着想を得て制作され、幼少の時に毎年訪れていたブルゴーニュが舞台となっている。
主人公ミシェルを演じたのは、映画、舞台でも活躍するベテラン女優エレーヌ・ヴァンサン。その親友役に、ジョジアーヌ・バラスコ。その息子役にサン・セバスティアン映画祭で助演俳優賞を受賞したピエール・ロタン。日本でも大ヒットを記録した『スイミング・プール』のリュディヴィ-ヌ・サニエも2003年以来、約22年ぶりに出演。新旧のオゾン・ファミリーが一堂に会し、熟練した演技を魅せる。
美しいブルゴーニュの景観の中、80歳のミシェルが後ろめたい過去を抱えつつも人生の終盤を生き抜く強さ、そして親友をお互いに信じ合う絆と愛情を繊細に、 時にドラマティックに描き出す。さらにサスペンス的な要素も垣間見える本作は、初期のオゾンの作風を彷彿させ、成熟した大人たち、映画ファンたちに静かな感動をもたらすだろう。
ストーリー
80歳のミシェル。
パリでの生活を終え、人生の秋から冬に変わる時期を自然豊かなブルゴーニュの田舎で一人暮らしをしている。
秋の休暇を利用して訪れた娘と孫に彼女が振る舞ったキノコ料理を引き金に、それぞれの過去が浮き彫りになっていく。
人生の最後を豊かに過ごすために、ミシェルはある秘密を守り抜く決意をするー。
フランソワ・オゾン監督インタビュー
――本作では、より親密な作品に回帰していますね。
『私がやりました』では、皮肉と虚構を遊び心たっぷりに扱ったスクリューボール・コメディを手がけましたが、その後、より現実に根ざした、削ぎ落とされた作品を作ろうと オリジナル脚本を書きました。
両作とも罪悪感と殺人をテーマにしていますが、本作はまったく異なるトーンを持っています。私が昔から愛読してきた作家、ジョルジュ・シ ムノンの作風に通じるものがあります。
監督として目指したのは、シンプルで穏やかな演出です。しかしその中に、登場人物たちが「正しさ」と「過ち」の狭間で抱える複雑な道徳的ジレンマから生まれる緊張感とサスペンスを織り交ぜました。
しかし何よりも、私はある年齢を超えた女優たちを映し出したいと考えていました。彼女たちの皺にこそ、人生経験と時の流れの美しさが宿っているからです。
私は、高齢者が社会やスクリーンからあまりにも早く姿を消していく現状に愕然としています。だからこそ、本作では70代、80代の女優たちを起用しました。彼女たちは自らの年齢を誇りに思い、飾ることなく受け入れています。
本作の撮影中は、よく『まぼろし』の撮影前を思い出しました。当時、主演のシャーロット・ランプリングはまだ50歳だったにもかかわらず、誰もが口をそろえて「彼女はもう年を取りすぎている、誰も興味を持たない」と言っていたのです。
――本作は、私たちの潜在意識にある深い闇を探る作品ですね。
私は、高齢化に伴う課題とスリラー要素を組み合わせたかったのです。
作中では多くのことが明言されず、あるいは意図的に観客の想像に委ねられています。そうすることで、観る人それぞれが自分なりの物語を作り、登場人物の行動を独自に解釈できるようになっています。
特に、ミシェルとマリー=クロードの息子であるヴァンサンについ てはそうです。彼は刑務所を出たばかりで、過去に「若いころちょっとしたトラブルを起 こした」ことしか分かっていません。時として、人生は意図せずして私たちの最も暗く深い願望を叶えてしまうことがあります。
私たちは高齢者を聖人化し、理想化しがちですが、彼らもまた複雑な人生を生きてきた存在なのです。彼らにも若い頃があり、性的な存在であり、無意識の思考や欲望を持っています。
――自然が映画の重要な要素になっていますね。
この親密な物語を、私が愛するブルゴーニュ地方で撮影することは、私にとってとても大切なことでした。そこは私が子供の頃、毎年休暇を過ごした場所でもあります。
撮影地は、コーヌ=シュル=ロワール近郊のドンジーという町です。このあたりは映画に登場することが少ない地域ですが、都会を舞台にした作品を撮った後、静かな田 園風景を映し出すのは新鮮な体験でした。そして、私自身の幼少期を追体験するような気持ちにもなりました。
映画のテーマには「人生の秋」がありますが、それは風景の 「秋の美しさ」とも響き合っています。自然や季節のリズムは、映画の色彩、光、音、そして運河を流れる水の動きにも反映されています。映画は、秋の森のシーンで始まり、 そして終わります。これは象徴的な意味を持っています。
フランソワ・オゾン監督プロフィール
1967年、フランス、パリ出身。長編映画デビュー作『ホームドラマ』(98)で注目され、『焼け石に水』(00)でベルリン国際映画祭テディ賞を受賞。以降、ベルリン、カンヌ、ヴェネチアの世界三大映画祭の常連となる。『まぼろし』(01)、『8人の女たち』(02)、『危険なプロット』(12)、『婚約者の友人』(16)でセザール賞監督賞、『しあわせの雨傘』(10) で同賞脚色賞にノミネートされる。また、『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』(19)が絶賛され、ベルリン国際映画祭銀熊賞(審査員グランプ)を受賞。さらに、リュミエール賞で最多5部門、セザール賞で7部門8ノミネートされ、フランス映画界の名匠として 世界からも認められる。その他の主な作品は、『海をみる』(97)、『クリミナル・ラヴァーズ』(99)、『スイミング・プール』(03)、『ふたりの5つの分かれ路』(04)、『ぼくを葬る』 (05)、『エンジェル』(07)、『Ricky リッキー』(09)、『ムースの隠遁』(09)、『17歳』(13)、『彼は秘密の女ともだち』(14)、『2重螺旋の恋人』(17)、『Summer of 85』(20)、『すべてうまくいきますように』(21)、『苦い涙』(22)、『わたしがやりました』(23)など。
アップリンク吉祥寺 ほか全国劇場にて公開
監督・脚本:フランソワ・オゾン
共同脚本:フィリップ・ピアッツォ
出演:エレーヌ・ヴァンサン、ジョジアーヌ・バラスコ、リュディヴィーヌ・サニエ、ピエール・ロタン
2024年|フランス|フランス語|103分|ビスタ|カラー|5.1ch | 日本語字幕:丸山垂穂|原題:Quand vient l'automne|配給:ロングライド、マーチ
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