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『新世紀ロマンティクス』は、中国の変貌を背景に、恋人たちの出会いと別れを22年にわたり追い続けたジャ・ジャンクー監督の集大成だ。カンヌ国際映画祭コンペティション部門に6度目の出品を果たし、IndieWire批評家選出2025年公開予定作品1位に輝いた本作は、フィクションとドキュメンタリーが融合した未体験の映像詩。
物語は、2001年の山西省・大同から始まる。炭鉱の衰退に喘ぐ地方都市で、キャンペーンガールを務めるチャオ(チャオ・タオ)とマネージャーのビン(リー・チュウビン)は、青春の熱気の中で愛を育む。しかし、ビンは一旗揚げる夢を追い、ショートメールだけを残して去る。
2006年、チャオはビンを追って三峡ダム建設で水没寸前の古都・奉節へ。移住と解体に揺れる街で再会するも、別の女の影が二人を裂く。
2022年、コロナ禍の珠海で居場所を失ったビンは、偶然にも大同のスーパーで働くチャオと再会。言葉なき対峙の後、チャオはランニングの群れに紛れ、決意を胸に走り出す。時代は変わり、街はビルに覆われ、AIロボットが接客する世界へ。だが、チャオの視線は、変わらぬ情熱と回復力を宿す。
ジャ・ジャンクー監督は本作をこう語る。
「この映画は、過去の楽しい時間が夢のように遠ざかる感覚から生まれた。20年間追い続けた人々と街の変化を、映像の根底にある繋がりとして編み上げた。チャオの沈黙は、急速な変化に直面した人々の複雑な感情を映し、観客自身の経験でその隙間を埋める」。
チャオの無言は、言葉を超えた抵抗と自己防衛の象徴だ。彼女が目にする風景──長江の雄大さ、珠海の喧騒、大同のグローバル化した駅前──は、まるで人生の地図のように、時代と個人の旅を刻む。
本作の革新性は、2001年から撮り溜めた映像素材を再構築した点にある。『青の稲妻』(2002)や『長江哀歌』(2006)のシーンが新たな文脈で息づき、未使用の記録映像や新撮パートと融合。チャオ・タオとリー・チュウビンの実年齢の変化が、フィクションの枠を超え、時間の重みを可視化する。Variety誌が「ジャ・ジャンクーの全作品がこの映画のためにあった」と評した通り、過去作の断片は、21世紀中国の劇的変貌とリンクしながら、チャオとビンの愛のモンタージュを織りなす。
音楽も本作の魂だ。リン・チャンのエレクトロニカが詩的な余韻を添え、毛阿敏のバラードや五条人の「一模一样」など19曲が、チャオの内面と時代を代弁。監督は言う。「音楽は過去を紐解く暗号。唐の時代の音は想像できないが、今は歌で時代を継げる」。特に、終盤のツイ・ジェン「继续」は、前に進むチャオの決意を力強く後押しする。
チャオ・タオの熱演は、ジャ・ジャンクーのミューズとしての集大成。『帰れない二人』(2018)で過去作の女性たちを再演した彼女は、本作でさらに深みを増す。ビンを演じるリー・チュウビンとの20年ぶりの再共演は、映画ファンの胸を熱くする。撮影のユー・リクウァイとエリック・ゴーティエは、新旧の技術で時間の流れを捉え、視覚的な詩を生み出した。
これは単なるラブストーリーではない。WTO加盟、北京オリンピック、コロナ禍──中国の激動を背景に、チャオが走り続ける姿は、変わりゆく世界で自分を貫く人々への讃歌だ。本作は21世紀の中国を映す鏡。劇場を出た後、誰かに会いたくなり、自分の時間を振り返りたくなる。ジャ・ジャンクーが20年かけて紡いだこの傑作を、ぜひスクリーンで体感してほしい。
イントロダクション
総製作期間22年!
世界が新作を熱望する名匠ジャ・ジャンクーがドキュメンタリーとフィクションを大胆に融合した、これまでに観たことがない映画。
カンヌ、ベルリン、ヴェネチア、世界三大映画祭の常連にして、本作で中国人初の6度目のカンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品を果たした名匠ジャ・ジャンクー。
初期の傑作『青の稲妻』『長江哀歌』やドキュメンタリーを含む2001年から撮り溜めてきた映像素材を使用し、総製作期間は22年に及ぶ。実際の24歳・29歳・45歳の主人公たちの姿と、「百年に一度」と言われる、21世紀初頭から現在までの中国の変化を、フィクションとノンフィクションの垣根を超えて切り取ったリアリティ溢れる映像の力強さは、観る者の心を揺さぶる。映画内で人物も街も実際に変化していく、類い稀な、これまでにない傑作が誕生した。
ストーリー
新世紀を迎えた2001年。
長江・三峡ダム建設のため、百万を超える人々が移住を余儀なくされた2006年。
目覚ましい経済発展を遂げた2022年……。
チャオは大同(ダートン)を出て戻らぬ恋人ビンを探して奉節(フォンジエ)を訪ね、ビンは仕事を求めてマカオに隣接する経済特区・珠海(チューハイ)を訪れる。
時は流れ、ふたりはまた大同へ――。恋人たちの関係と比例するように、街は変化していく。
21世紀を22年かけて旅するチャオはどこにたどり着くのか――。
ジャ・ジャンクー監督ディレクターズ・ノート
2001年以来、私は大同をたびたび訪れ、その時々に使っていたカメラ で大同を撮影してきました。大同は炭鉱の街として有名でしたが、私が 足を運び始めた頃には炭鉱は枯渇し、炭価も下がり始めていました。しかし、中国経済は急速に開放され、新しい活力がいたるところで見られました。私は歌う群衆をカメラで捉えました。ダンサーたちと一緒に飛び回り、若者たちお気に入りの場所まで追いかけました 。 手にしたカメラは、未知の喜び(Unknown Pleasures)で溢れかえっていました。
その後 20 年間、私は何度も同じ人たちを追いかけました。長江の三峡や南端の珠海、中国の東北部や南西部まで。彼らが年を重ねるにつれて、私が携えるカメラも、シンプルなデジタルビデオからAlexa、VRと進化していきました。
この長年にわたって撮影してきた映像を編集室で見返しました。記録された時間が遠ざかっていくのを感じながら、映像が遠ざかっていく。過 去の楽しい時間は、まるで夢のようでした。
これまでずっと、私はこの映像の根底にある相互のつながりを探してきま した。撮影を始めてから20 年という時間の中で、ストーリーがひとつにな っていくのを見つけたのは、2022 年のコロナによるロックダウンの時でし た。私が衝撃を受けたのは、この映像には、因果関係のある直線的な パターンがないことでした。その代わりに、そこには、もっと複雑な関係が あり、量子物理学のようなものではなく、人生の方向性は、特定するの が難しい変動要因に影響され、最終的に決定されているのです。 中国語タイトルは、映画に登場する世代を表すものにしました。「风流 一代」の文字通りの意味は “漂流世代” ですが、“风流”という言葉には ロマンチックな意味合いがあります。私たちが忘れてしまったと思ってい たものをカメラは捉え、それらが今の私たちを作り上げているのです。
ジャ・ジャンクー監督プロフィール
1970年生まれ、中国山西省・汾陽(フェンヤン)出身。18歳の時に山西省の省都・太原(タイユェン)の芸術大学に入り、油絵を専攻しながら、小説を執筆し始める。この頃、『黄色い大地』(84/チェン・カイコー監督)を観て映画に興味を持ち、93年に北京電影学院文学系(文学部)に入学。在学中の95年にインディペンデント映画製作グループを組織し、55分のビデオ作品「小山の帰郷」を監督、香港インディペンデント短編映画賞金賞を受賞。この時、グランプリを受賞したのがユー・リクウァイの「ネオンの女神たち」。この出会いを通じて、『一瞬の夢』以降、ほぼすべての作品の撮影をユー・リクウァイが手掛けることとなる。97年に北京電影学院の卒業制作として、初長編映画『一瞬の夢』を監督、98年ベルリン国際映画祭フォーラム部門でワールドプレミア上映され、ヴォルフガング・シュタウテ賞(最優秀新人監督賞)を受賞したほか、プサン国際映画祭、バンクーバー国際映画祭、ナント三大陸映画祭でグランプリを獲得、国際的に大きな注目を集めた。2006年、三峡ダム建設により水没する古都・奉節(フォンジエ)を舞台にした『長江哀歌』がヴェネチア国際映画祭コンペティション部門でサプライズ上映され、金獅子賞(グランプリ)を獲得。13年、『罪の手ざわり』がカンヌ国際映画祭脚本賞を受賞。15年、カンヌ国際映画祭でフランス監督協会が主催する「金の馬車賞」を中国人監督として初めて受賞。17年、平遥国際映画祭を創設。18年10月、福岡アジア文化賞大賞を受賞。18~23年は全国人民代表大会代表(国会議員)を務めた。現在、中国映画監督協会の代表。名実ともに、現代中国を代表する映画監督である。
アップリンク京都 ほか全国劇場にて公開
監督:ジャ・ジャンクー
出演:チャオ・タオ、リー・チュウビン、パン・ジアンリン、ラン・チョウ、チョウ・ヨウ、レン・クー、マオ・タオ
脚本:ジャ・ジャンクー、ワン・ジアファン
撮影:ユー・リクウァイ、エリック・ゴーティエ
音楽:リン・チャン
配給:ビターズ・エンド
2024年/中国/中国語/1:1.85/111分/G
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