『来し方 行く末』観客自身も「自分の人生は無駄ではなかった」と静かに思える癒しと再生の物語

『来し方 行く末』観客自身も「自分の人生は無駄ではなかった」と静かに思える癒しと再生の物語

2025-04-23 08:00:00

コロナ禍の外出禁止令が解除された北京を舞台に、脚本家としての夢に挫折したウェン・シャン(フー・ゴー)は、葬儀場で弔辞の代筆業をしながら日々を送っている。彼は同居人のシャオイン(ウー・レイ)と共に、依頼主たちの人生や死に触れる日々を重ねるが、40歳を目前に「このままでいいのか」と自問し続けている。

弔辞を依頼する人々は多様だ。父との関係が希薄だった男性、親友の突然の死に戸惑う会社員、余命宣告を受け自らの弔辞を頼む婦人、ネットで知り合った声優仲間を探す女性など、さまざまな事情を抱えている。ウェン・シャンが書く弔辞は映画の中で全文が読まれることはなく、観客の目に映るのは弔辞そのものよりも、依頼主たちの姿や語られる思いだ。

映画は「弔辞を通して浮かび上がる依頼主たちの人生や死生観」、そして「主人公ウェン・シャン自身の人生の彷徨と再生」を描き出す。それは監督リウ・ジアイン自身の創作活動とも重なり、「この映画を撮らないと自分はダメになると思った」と語る。14年ぶりの新作となった理由について、監督は「映画から一度離れると戻るのは難しい。今この作品を撮らなければ、もう二度と撮れないかもしれない――そんな切実な思いがウェン・シャンと重なった」と明かしている。

本作では、故人や依頼主が語る言葉、時に誤解やすれ違いも含めて、さまざまな人生の断片が紡がれる。ウェン・シャンはその断片を丁寧に拾い上げ、身体と精神の間に立つ存在として依頼主の思いを受け止めていく。その姿を通じて、観客は「死」と「生」の境界を見つめ直し、普通の人々が小さな希望を持って歩み続けることの意味を感じ取ることができる。

監督リウ・ジアインは「この映画は普通の人がささやかに希望をもって生きていく物語」であり、「主人公が歩んできた人生という旅は決して無駄ではなかった」と語る。また「創作に伴う多くの問題に、怖がらず向き合いなさい。問題があるのではなく、それが創作なのだから」という恩師の言葉を引用し、自身の再出発と重ね合わせている。

「弔辞」という死の儀式を通して、他者の人生に静かに耳を傾け、普通の人が自分の人生を肯定し、ささやかな希望を見出していくこと。その姿に、観客自身も「自分の人生は無駄ではなかった」と静かに思えるような、普遍的な癒しと再生の物語となっている。

 

イントロダクション

弔辞作家の日常というユニークな題材を軸に、人々の人生模様や死生観を繊細に織り込んだヒューマンドラマが誕生した。

主演は、華やかな時代劇スターから近年では『チィファの手紙』(18/岩井俊二)や『鵞鳥湖の夜』(19/ディアオ・イーナン)で内面を掘り下げた演技で芸域を広げる国民的人気俳優のフー・ゴー。同居人のシャオイン役は、『西湖畔に生きる』(23)で圧巻の演技を披露し、本作がフー・ゴーと三度目の共演となるウー・レイ。

卒業制作『牛皮(原題)』(05)で、第55回ベルリン国際映画祭でカリガリ映画賞と国際映画批評家連盟賞を受賞したリウ・ジアイン監督が、長年の思索を重ねて熟成させた14年ぶりの待望の新作。名匠ジャ・ジャンクー(『長江哀歌』『新世紀ロマンティクス』)やディアオ・イーナン(『薄氷の殺人』)も絶賛する、柔らかで洗練された確かな力を感じさせる本作は、第25回上海映画祭で最優秀監督賞と最優秀男優賞(フー・ゴー)を受賞した。

ストーリー

主人公のウェン・シャンは大学院まで進学しながら、脚本家として商業デビューが叶わず、不思議な同居人シャオインと暮らしながら、今は葬儀場での〈弔辞の代筆業〉のアルバイトで生計を立てている。

丁寧な取材による弔辞は好評だが、本人はミドルエイジへと差し掛かる年齢で、このままで良いのか、時間を見つけては動物園へ行き、自問自答する。

同居していた父親との交流が少なかった男性、仲間の突然死に戸惑う経営者、余命宣告を受けて自身の弔辞を依頼する婦人、ネットで知り合った顔も知らない声優仲間を探す女性など、様々な境遇の依頼主たちとの交流を通して、ウェンの中で止まっていた時間がゆっくりと進みだす。

リウ・ジアイン監督インタビュー

─本作の原題は『不虚此行』(訳:この旅は無駄ではなかった) 、また、英題は『All Ears』(訳:耳を傾ける)です。これらのタイトルを選んだ理由を教えていただけますか。

この映画のタイトルは、もともと「聞くこと」に関連したもので、そこから派生して英題である『All Ears』に決めました。
なぜ「聞くこと」は重要なのかというと、私にとって聞くという行為は、相手の言葉を体と心で受け止めることを意味します。
ただ相手が言っていることを聞くだけでなく、言っていないこと、本当に伝えたいことにも気づかなければなりません。
同じ人物について語っているのに、話す人によって内容が異なるのはなぜなのか? その交差点はどこなのか? 声のトーンはどうなのか? 話しているときの小さな仕草はどうなっているのか? 
これらすべてをウェンは「聞くこと」で収集します。
彼が復元しようとしているのは、去ってしまった人そのものではなく、残された人々の関係性なのです。ひとりひとりが異なる顔、異なる姿、異なる関係性の中で生きています。そのため、私たちは誰かをすぐに、あるいは軽率に定義することはできません。
すべての細かな描写の積み重ねが、ウェンがどのように人々の話を聞いているかを描き出しています。

リウ・ジアイン監督プロフィール

1981年、中国・北京生まれ。現在、北京電影学院文学部で脚本制作の准教授でありながら、中国のインディペンデント映画界において独自の映画スタイルとテーマ性で知られる映画監督。1999年に北京電影学院に入学後、2002年には自ら脚本・監督を務めた短編映画『Train(英題)』が北京大学学生映画祭の短編映画コンペティション部門最優秀監督賞を受賞し、監督デビューを果たす。2002 年に長編デビュー作『Oxhide(英題)』(05)では脚本・監督・主 演を務め、第55回ベルリン国際映画祭カリガリ映画賞と国際批評家連盟賞を受賞。『来し方 行く末』(23)は、カンヌ国際映画祭監督週間とロッテルダム国際映画祭Bright Future部門で上映された『オクスハイド II』(09)以来の14年ぶりの新作。

アップリンク吉祥寺 ほか全国劇場にて公開

公式サイト

監督・脚本:リウ・ジアイン[劉伽茵]
出演:フー・ゴ―[胡歌]、ウー・レイ[呉磊] 、チー・シー[斎溪]、ナー・レンホア[娜仁花]、ガン・ユンチェン[甘昀宸] 
2023年/中国/中国語/119分/カラー/1:1.85/5.1ch 
原題:不虚此行 字幕:神部明世 配給:ミモザフィルムズ
©Beijing Benchmark Pictures Co.,Ltd