『メイデン』「Stand By Me」に応えるかのように。
暗いとも仄明るいとも言える、夜明けのような夕刻の、青い空気に満ちた時間に、映画は始まる。
これは確かに喪失の物語だ。が、それを超えて、どこかべつの場所、もうひとつの世界で出会う物語でもあり、そして不思議なことに、喪失と出会いが、交差する。
死体、線路、列車の音、深い森。リヴァー・フェニックスに見紛う本作の主人公からも、わたしを含め多くの観客はきっと、「スタンド・バイ・ミー」を思い起こすだろう。ベン・E・キングが「Stand By Me」で歌った”そばにいて”という言葉に応えるかのように、この物語ではロジャー・ミラーが「Dear Heart」のなかで、”二度と君を離さない”と歌う。劇中に何度か登場する建設中の一軒家に、作業員のものなのか、置きっ放しにされているカセットプレーヤーから。
その家屋のツーバイフォーの無垢材の明るい色が、まだ壁が完全には打ち付けられていない建物を通り過ぎる柔らかい風が、森と、もう一つの聖域のように彼らをべつの方法で包み込む。喪失の悲しみは次第に癒え、彼らはもう孤独ではない。
"だけどもうすぐ君にキスをする 玄関のドアの前で"。
(小川のえ)
イントロダクション
16㎜フィルムに息づく瑞々しい詩情と神秘性。
カナディアン・インディーズの才能、グラハム・フォイ監督の初長編作。
監督は1987年生まれのグラハム・フォイ。自身が育ったカナダ西部のアルバータ州カルガリーで撮影を行った本作で、第79回ヴェネチア国際映画祭のヴェニス・デイズ部門で“未来の映画賞”を受賞。第75回カンヌ国際映画祭の批評家週間「Next Step」のプログラムにも招待されている期待の新鋭監督だ。
ある日突然、取り返しのつかない悲劇に見舞われた高校生の若者たち。やるせない喪失感と孤独に苛まれる少年少女3人の物語を、粒子の粗い16ミリフィルムの質感を生かしたみずみずしい映像美で紡ぎ上げ、観る者に超自然的とも言える魔法めいた映画体験をもたらす。
いずれもオーディションで見出され、これが映画デビュー作となったジャクソン・スルイター、マルセル・T・ヒメネス、ヘイリー・ネスの演技と存在感も特筆もの。なかでも若き日のリヴァー・フェニックスを想起させるスルイターの鮮烈なカリスマ性には、多くの観客が目を奪われることだろう。
ストーリー
カイルとコルトンは、カルガリーの郊外に住む高校生。
親友同士のふたりは住宅地をスケートボードで駆け抜けたり、渓谷で水遊びに興じたりと、気の向くままに日々を過ごしている。
夏休みが終わりに近づいたある夜、立入禁止区域の鉄道の線路に侵入したカイルに惨たらしい出来事が降りかかる。
その頃、同じ高校に通う少女ホイットニーが行方不明になり、奇しくもコルトンが渓谷の岩場で拾ったホイットニーの日記帳には、学校での人間関係に悩む彼女の切実な心情が綴られていた。
果たしてホイットニーの身に何が起こり、彼女はどこへ消えたのか。孤立したコルトンは、どうすれば心の空洞を埋めることができるのか。そして、まだ現世をさまよっているかもしれないカイルの魂の行く末とは……。
グラハム・フォイ監督インタビュー
この映画の舞台カルガリーのこの地域について、またその風景や空間があなたとこの十代の登場人物にどのように響くのか教えてください。
子供の頃、本作に登場する渓谷で多くの時間を映画で描いたように過ごしました。そこには広大な空間が広がり、多くの野生の生き物が住み、小さな曲がりくねった小径がぐるぐるとありました。
若い頃は、郊外の寒々しい街の造りやコミュニティを隔てる巨大な高速道路、騒がしい建設現場から逃れるための場所だと感じていました。
映画に出演する少年少女たちにとって渓谷を一種の聖域として捉え、この自然環境で夢を見たり、遊んだりと自由を感じることができる唯一の空間として描きたかったのです。
大人になって本作の脚本を書き、渓谷で過ごした時間を振り返ると、その場所自体が私を形成する心理的な側面だと気づいたのです。私の心の中では秘めた思いに満ちた魔法の世界であり続けています。
グラハム・フォイ監督プロフィール
1987年、カナダ・アルバータ州エドモンド生まれ。短編映画『Kosmos』(2011)で監督デビュー。その後、『Tuesday』 (2012)、『Paradise Falls』 (2013)で、トロント国際映画祭のカナダトップ10リストに選出、『 Lewis』(2015)、『 Mouseland』 (2017)、『Good Boy』 (2018) 、『August 22, This Year』 (2020)ではそれぞれ、カンヌ国際映画祭の批評家週間で上映される。 2021年、初の長編映画『メイデン』は、カンヌ国際映画祭の批評家週間「Next Step」のプログラムに招待された。フォイは、本作を監督するにあたって、模範的な高校の日常を追ったフレデリック・ワイズマン監督作のドキュメンタリー映画『高校』を参考資料として挙げている。
アップリンク京都 ほか全国劇場にて公開
監督・脚本:グラハム・フォイ 撮影:ケリー・ジェフリー
編集:ブレンダン・ミルズ 美術:エリカ・ロブコ 録音:イアン・レイノルズ プロデューサー:ダイヴァ・ザルニエリウナ、ダン・モントゴメール 出演:ジャクソン・スルイター、マルセル・T・ヒメネス、ヘイリー・ネス、カレブ・ブラウ、シエナ・_イー
原題:The MAIDEN 日本語字幕:上條葉月 テキスト協力:高橋諭治
提供:クレプスキュール フィルム、シネマ サクセション 配給:クレプスキュール フィルム
2022年/カナダ/英語/カラー/16mm/ヴィスタ/117分
© 2022 FF Films and Medium Density Fibreboard Films.