『KIDOO キドー』人生に約束はいらない。必要なのは1日1回叫ぶこと。
児童養護施設で暮らす少女ルーのもとに、明日お母さんが来るという連絡が届く。
“オレンジの香りがする”ママ。”ハリウッドスター”で、スタントも自分でこなすママ。娘を「キドー(お嬢ちゃん)」と呼び、「人生はオール・オア・ナッシング(ゼロか100か)よ」と教えるママ。1日に1回叫ぶママ。
まぶたには濃いブルーのアイシャドウ、ホットパンツにウェスタンブーツ、という派手な格好で迎えにきた母親のカリーナは娘のルーに向かって言う。「準備ができた」と。なんの準備かというと、母親になる準備、家族二人で暮らす準備ができた、ということである。
そして、施設のあるオランダから、カリーナの実家があるポーランドまで、おんぼろアメ車での二人のロードムービーが始まる。
映画には、想像力豊かな子どもであるルーにだけ感じられる匂いや聞こえる音を描くように、クラシックなアニメーションのワンシーンや効果音が散りばめられている。子どもらしい空想の世界が、現実の中に入り交じっている。しかし空想を見ているのは、娘のルーだけではない。母親のカリーナも、”ハリウッドスター”という幻想を胸にいだき、現実の行為の中に演技を取り入れ、母と娘を「ボニーとクライド」になぞらえてしまう。
カリーナは、「準備ができた」と言った。だから彼女はハリウッドに別れを告げて、明日迎えに行くと施設に電話をして、ルーのもとに帰ってきたのだった。けれど途中で「トラブって」しまい、彼女は1日遅れで到着する。まだ準備は、完全には整っていなかったのだ。
旅もおわりに近づき、ルーがカリーナに言う。「たぶんゼロか100じゃない。少しでいいの。」と。「じゃあ約束を」、と言う母親に、「約束もいらない」と。破天荒な旅が、二人にもたらしたもの。二人が新しく見つけた方法。
悲嘆に暮れてしまわないよう1日1回叫ぶことで、なんとか成長していく母娘の姿を、ぜひスクリーンで見届けてほしい。
(小川のえ)
イントロダクション
監督を務めたのは、そのビジュアルセンスと遊び心あふれる作風で注目を集めているオランダの新星、ザラ・ドヴィンガー。長編デビュー作の本作はベルリン国際映画祭に正式出品、カンヌジュニア映画にも選出され、本作を鑑賞した映画監督のショーン・ベイカー(『ANORA アノーラ』『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』)からも絶賛されるなど、世界各国から称賛の声が寄せられた。
母娘二人の旅を彩るのはダスティ・スプリングフィールドの「Stay Awhile」やペニー・アンド・ザ・クォーターズの「You and Me」など1960~70年代の印象的なサウンドトラック。アメリカン・ニューシネマへの愛をちりばめた、どこか懐かしくもまったく新しいロードムービーが誕生した。
ストーリー
おんぼろのスポーツカーに乗って、オランダからポーランドへ。母と娘のちょっぴりビターな逃避行が始まる―。
ママがやって来る!
児童養護施設で暮らす11歳の少女・ルーのもとに、離れ離れだった母親のカリーナから突然連絡が入る。
自称ハリウッドスターのカリーナは、再会を喜ぶルーを勝手に施設から連れ出し、「ポーランドのおばあちゃんのところへ行く」と告げる。カリーナにはルーとずっと一緒にいるための、ある計画があったのだ。
「人生はゼロか100かよ、お嬢ちゃん(キドー)」。ルーは破天荒な言動を見せるカリーナに戸惑いながらも、母親と一緒にいたいという思いでついていくのだが…。
ザラ・ドヴィンガー監督メッセージ
――本作『KIDDO キドー』を制作したきっかけを教えてください。インスピレーションを受けた映画やアート作品は あったのでしょうか。
共同で脚本を担当したネーナ・ファン・ドリルと、型破りな親や精神疾患を抱える親を、子供の視点から描いた映画を作りたいと思い、制作に取り掛かりました。
『KIDDO キドー』は大泣きしながら見るような映画ではありません。型破りな親の二面性を見せる映画です。カリーナの行動は予測がつかず、時に問題を引き起こします。それに自分の子供のそばにもいません。そばにいるからといって、娘のルーが安心することも、見守られていると感じることもありません。しかし違う側面もあります。規範にとらわれない親というのは、子供の人生を豊かにしてくれるのです。 思わぬ場所に連れて行ってくれます。カリスマ性を発揮し、ある種の魅力を持ち合わせています。
こういった二面性を面白いと感じ、若い視聴者にも見てもらいたいと思いました。カリーナは映画の世界で生きることを好みます。そして娘との旅路をテルマとルイーズやボニーとクライドがしたような逃避行だと考えています。そのため2人の旅がアメリカのロードムービーのように見えてほしいと思いました。もしくはそのファンタジー版ですね。インスピレーションを受けたのは、アメリカの写真家ウィリアム・エグルストンとジム・ジャームッシュの初期の作品です。
――母親と娘という関係性を描くにあたり、ご自身や身近な人の経験を反映させた部分はあるのでしょうか。
ネーナと私は家族や身近な人たちからインスピレーションを受けて脚本を書きました。でも映画の中の出来事はすべてフィクションですし、かなり大げさな演出を加えたバージョンです。そういった演出の中にわずかな真実が隠れていることが大切なのです。
ザラ・ドヴィンガー監督プロフィール
1990年、アムステルダム生まれ。脚本家・映画監督。文化人類学を学び、オンラインマガジンで編集者として働いた後、オランダフィルムアカデミーでディレクションを学んだ。初監督作品の短編映画『LIV』(2016)は新進気鋭の映画監督の作品を紹介する米国のショートフィルムキュレーションサイト「ショート・オブ・ザ・ウィーク」に取り上げられた。2018年にはロミオとジュリエットを現代的に解釈した『YULIA & JULIET』(2018)を制作。同作はベルリン国際映画祭にてプレミア上映が行われた。2020年には脚本デビュー作『A HOLIDAY FROMMOURNING』(2020)で10代が抱える悲しみについて描き、パームスプリングス国際短編映画祭に選出された。2021年にはオランダ映画祭が主催するタレント支援プログラム「Talent En Route」にて新進気鋭の映画監督として選出され、シネキッド(Cinekid)映画祭が主催する若手映画監督のコーチング・プログラム「Directors LAB」にも参加している。初の長編映画『KIDDOキドー』(2023)は第73回ベルリン国際映画祭のジェネレーション部門でワールドプレミアが行われた。
アップリンク吉祥寺 ほか全国劇場にて公開
監督:ザラ・ドヴィンガー
出演:ローザ・ファン・レーウェン、フリーダ・バーンハード、マクシミリアン・ルドニツキ、リディア・サドウカ 他
原題:KIDDO|オランダ|2023年|91分|カラー|オランダ語・英語・ポーランド語|フラット|5.1ch|PG12
日本語字幕:近田レイラ|字幕監修:松本俊|後援:オランダ王国大使館、ポーランド広報文化センター|配給・宣伝:カルチュアルライフ
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