『聖なるイチジクの種』スマホ、SNSに影響される人間。これは遠いイランのこととも思えない。傑作だ。

『聖なるイチジクの種』スマホ、SNSに影響される人間。これは遠いイランのこととも思えない。傑作だ。

2025-02-12 08:00:00

第97回アカデミー賞国際長編映画部門にドイツ代表としてノミネートされたイランのモハマド・ラスロフ監督の『聖なるイチジクの種』。

ラスロフ監督は、2024年4月に国家安全保障に関する罪で禁錮8年の刑が確定。監督は国外脱出を選び、カンヌ国際映画祭に向かった。

映画は最初に、2022年にイランで実際に起きた「ジーナ運動」といわれる反政府運動に巻き込まれる家族を描く。

この運動は、22歳の女性ジーナ・マフサ・アミニさんが、ヒジャーブの着用方法が不適切だとして道徳警察に逮捕され、その後拘留中に死亡したことをきっかけに始まった。

映画の主人公は、判事になる道が約束された調査官イマン。いわばエリート国家公務員だ。その娘の一人とその友人が反政府運動に巻き込まれた。
映画は、その運動を軸に、反政府運動にシンパシーを抱く娘たち、正義感はあるが家族との生活を守るため不本意ながら同胞を死刑に処す書類に署名をする仕事を行う父親のイマン。娘と父の対比で描かれていくかと思いきや、物語は意外な方向に大きくねじれていく。

ラスロフ監督は物語が大きく転調するようになったきっかけに関して、自身が逮捕された時のことを語る。
「ある人物が政治犯の房にやってきて私を隅へ連れてゆき、刑務所の門前で首をくくりたいと言ったのです。彼は、良心の呵責にひどくさいなまれていました。でも、自らの職務に抱いている嫌悪から逃れる勇気がなかったのです。」

調査官イマンは、上からの命令で死刑を執行するための種類にサインをするのが日々の仕事となる。
その父の仕事を二人の娘は、SNSで知ることになる。

そんな状態の家族が住む家で、イマンの拳銃が失くなる。
そこから映画は、大きくうねり出しながらいっときも目が離せない緊張感の中で進んでいく。

映画のタイトルのイチジク。監督はこう語る。
「私は、長年イランの南の島で暮らしてきました。その島には、聖なるイチジクの古木があります。この木のライフサイクルに私は心を奪われました。種は鳥に運ばれ、他の木の枝に落ちます。そして芽を出し、大地に向かって根を伸ばします。根が地面に届くと、聖なるイチジクの木は自身の足で立ち、育ててもらった木を締め殺すのです」

まさに物語は、”育ててもらった木を締め殺す”。スマホを使ったSNSにより、リアルな人の行動が大きく変わっていく。これは遠いイランのこととも思えない。傑作だ。(TA)

イントロダクション

第77回カンヌ国際映画祭で、【審査員特別賞】を受賞した本作への12分間に及ぶスタンディングオベーションには、驚愕と感動、熱いリスペクトなど賞賛のすべてが込められていた。

喝采を浴びたイラン人監督モハマド・ラスロフは、自作映画でイラン政府を批判したとして8年の禁固刑とむち打ちの有罪判決が下っていた。まさに命を懸けて本作を世界に問うため、28日間かけてカンヌの地にたどり着いたのだ。

本作は、22年に実際に起き社会問題となった、ある若い女性の不審死に対する市民による政府抗議運動が苛烈するイランを背景に、家庭内で消えた銃をめぐり変貌していくある家族をダイナミックかつスリリングに描きだす。

家族に疑惑が生まれたとき、物語は全く予測不能な方向へと加速する――。一瞬も目が離せない167分。

ストーリー

市民による政府への反抗議デモで揺れるイラン。

国家公務に従事する一家の主・イマンは20年間にわたる勤勉さと愛国心を買われ夢にまで見た調査官に昇進。

しかし仕事は、反政府デモ逮捕者の起訴状を国の指示通りに捏造することだった。

不当な刑罰を課された市民たちによる反感感情は日々募り、国からは護身用の銃が支給された。

しかし、そんなある日、家庭内からその銃が消えた――。

最初はイマンの不始末による紛失だと思われたが、次第に疑いの目は、妻・ナジメ、姉のレズワン、妹・サナの 3 人に向けられる。

誰が?何のために?――。

捜索が進むにつれ家庭内を支配する疑心暗鬼。

そして家族さえ知らないそれぞれの疑惑が交錯するとき、物語は予想不能に壮絶に狂いだす―――。

モハマド・ラスロフ監督メッセージ

イランの現政権は、国民に暴力をふるうことで権力の座を維持しています。そのような意味において、映画に登場する銃は広義の権力のメタファーといえますが、同時に主人公らが秘密を明かすきっかけともなります。これらの秘密はだんだんと現れてきて、悲劇的な結末をもたらします。

権力者がみずからの安全のため、近しい人を殺したという歴史上の記録はいくつもあります。しかしイランには1979年の革命以降、イデオロギーへの狂信的なまでの固執が、幼児殺し、兄弟殺し、殉教などを疑似宗教的価値観に歪曲するという奇妙な解釈が存在します。

過去40年間、支配的な宗教的・政治的組織への無条件の服従が、家族間に深い分断を生んできました。けれども近年の若い世代が先頭に立つ抗議活動を見ていると、彼らは圧政者に対しこれまでとは違う、よりオープンな道で立ち向かうことを選んだようにみえます。
(Director’s Noteより一部抜粋)

モハマド・ラスロフ監督プロフィール

1972年、イラン生まれ。大学で社会学を学ぶ傍ら、ドキュメンタリーや短編映画で映画制作のキャリアをスタートさせる。
2002年に『Gagooman』で長編監督デビューを果たし、その後『ぶれない男』(17)でカンヌ国際映画祭「ある視点」部門最優秀作品賞を、『悪は存在せず』(20)でベルリン国際映画祭最高賞の金熊賞をそれぞれ受賞。
世界中の映画祭で高い評価を受けている。一方、イランでは国家安全保障に反する罪によって懲役8年、鞭打ち、財産没収の実刑判決を受け、2024年に国外へ脱出。28日間かけてカンヌ国際映画祭に足を踏み入れ『聖なるイチジクの種』のプレミアに参加。本作は審査員特別賞を受賞した。

アップリンク吉祥寺 ほか全国劇場にて公開

公式サイト

監督:モハマド・ラスロフ

出演:ミシャク・ザラ、ソヘイラ・ゴレスターニ、マフサ・ロスタミ、セターレ・マレキ

原題:The Seed of the Sacred Fig| 2024 年|フランス・ドイツ・イラン|カラー|シネスコ|5.1ch|167 分|

字幕翻訳:佐藤恵子

配給:ギャガ

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