『天のしずく 辰巳芳子“いのちのスープ”』「スープの湯気の向こうに見える実存的使命を描いてください」と言われ描いた映画

『天のしずく 辰巳芳子“いのちのスープ”』「スープの湯気の向こうに見える実存的使命を描いてください」と言われ描いた映画

2025-02-09 08:00:00

昨年9月東京都写真美術館ホールで『勇気をくれる伝説の人間記録』と題した上映会が催された。その中の1本が『天のしずく 辰巳芳子“いのちのスープ”』だった。

辰巳さんは昨年12月1日に100歳を迎えられ、今回「辰巳芳子100歳記念上映」として『天のしずく 辰巳芳子“いのちのスープ”』がトークイベントとともにアップリンク吉祥寺で上映される。

人は空気を吸い、水を飲み、食物を食べる。NHK「きょうの料理」を担当してきた矢内真由美プロデューサーが、食材の向こう側の生産者や、自然にも思いを寄せられている姿勢や、伝える言葉の美しさが魅力的な料理研究家・辰巳芳子の料理哲学を描いたドキュメンタリーを作りたいと河邑厚徳監督にオファーして完成した作品が『天のしずく 辰巳芳子“いのちのスープ”』だ。

最初の上映は2012年、昨年のリバイバル上映時に監督の河邑厚徳監督は、こう語っている。
「10年経っても、この映画は全く古くないし、“昔の映画”ではないと思っています。辰巳さんの伝えようと思うことは時代も国境も文化も超えていると思います。本作で食の大事な根幹が描けているのではないかと感じています。辰巳さんへの敬意を改めて強く感じているところです」

そして、辰巳さんの発する言葉に注目して欲しいという。「実に美しい日本語です。品のある豊かな言葉を持っている方です。SNSで品のない貧しい言葉が溢れている中、辰巳さんの言葉を聞くと、”日本語はこんなに美しいんだ。色んなことが表現できるんだ”とわかってくると思います」

アップリンク吉祥寺の2 月 8 日(土)の上映後には、河邑厚徳監督と辰巳が監修した絵本『まほうのおまめ だいずのたび』の作者である松本春野(絵本作家・イラストレーター)が上映後トークイベントが行われた。

辰巳さんとの最初の出会いを聞かれた松本さんは、「編集者から本を作ると依頼を受けて辰巳邸に行ったので、合意が取れている状況だと思ったら、ちゃんとした本物のものが作れるかどうかを聞かれたんです。"この話、まだ企画段階なの?"と、試されるような対面でした。辰巳さんは、最初のラフから、"そんなものなら出さなくていい"くらいの気持ちでいらっしゃるんです。対話を通して、何を伝えたいのかというのを確かめていきました。30 冊弱絵本を作ってきましたが、あんなに人として対面する時に、真剣に全てを注ぎながらコミュニケーションをしなくてはいけなかったのは辰巳先生だけです。たくさん怒られながら、”あなたたちが表現したいのは何か”を徹底的に問い詰められた時間を繰り返し持ちました」と話すと、河邑監督は、「『映画を作りたい』という話をした時とほとんど同じ」と共感。

河邑監督は、「”この人はどんなものか”とまず試されるんです。当時、辰巳先生は 80 代半ばで、『きょうの料理』を中心にテレビの番組に出たり、たくさんの本を書かれていたんですが、辰巳さんの転機だったようで、”『きょうの料理』に哲学を導入したい。レシピだけでは無思想なものになってしまう。24 分の中で表現することと違うことを映画ならできるんではないか?”と言われました」と当時を振り返った。
辰巳さんが映画で描きたいことに関して、河邑監督は、辰巳はその頃「『いのち』の目指すところは、『ヒト』が『人』になること」という言葉をずっと言っていたと話し、「『ヒト』が『人』になるのは愛だとおっしゃっるんですが、”それを映画にするって難しくない?”と始まったんです」、と映画企画の立ち上げ当初の苦労について述懐。

「スープを柱として構成したいと思っていたんですが、辰巳さんに、”スープの湯気の向こうに見える実存的使命を描いてください”と言われました。カメラは目に見えるものしか撮れないので、人の中は撮れない。けれど、ドキュメンタリーというのは、その時その時に頭の中で考えているものじゃないものが力になる。“実存的使命”というのは、岡山(のハンセン病の女性)からきた手紙が象徴的でした」と宮﨑かづゑさんとの奇跡的な出会いを挙げた。

松本さんも、「あのシーンは、この映画の中でも胸を鷲掴みにされたシーン。宮﨑さんと辰巳先生が少女のように心から笑い合って出会いを喜んでいるシーンを観た時に、この方達は人というものを愛しているんだなと思いました。愛をスープ・料理という形で受け渡していくのがこの映画で描かれているのを観て感動しました」と本作の見どころを話した。

最後に、司会を務めた矢内プロデューサーが、「本作のテーマは、12 年経ってもみなさんに観ていただける普遍的なテーマです。辰巳先生は現在 100 歳 2 ヶ月で、みなさんの前にお出になることはできませんけれど、画面を通じて辰巳さんのメッセージをみなさんのお子さん、お孫さん、次の世代に伝えられるのが、映像・映画・本というメディア」と本作や松本の本の意義を訴え、トークイベントは終了した。

 

 

イントロダクション

辰巳芳子100歳記念上映!

NHK「きょうの料理」を担当してきた矢内真由美プロデュサーが、食材の向こう側の生産者や、自然にも思いを寄せられている姿勢や、伝える言葉の美しさが魅力的な料理研究家・辰巳芳子の料理哲学を描いたドキュメンタリーを作りたいと河邑厚徳監督にオファーして完成したドキュメンタリー映画。

「愛することは生きること」という辰巳の哲学を描き、日本のみならず、スペインのサン・セバスティアン国際映画祭などで海外の観客も魅了した本作。

2012年の作品ながら、Facebookのページにはいまだに4900人以上もフォロワーがいるなど、辰巳が公開当時に「この作品は『ところ』を得れば時代を超えられるのではございませんでしょうか」と予想した通り、令和の私達の心も捉える内容で、2024年敬老週間に東京都写真美術館ホールで上映された際も、数々のメディアに取り上げられ、大きな反響を呼んだ。

辰巳の言葉の朗読は、辰巳から観客への手紙を読むように、読んでもらいたいと監督がオファーした草笛光子が、本作の語りは、6人の子持ちで、「とにかく食で自分の気持ちを伝えたい」と毎日料理をするという谷原章介が担当している。

ストーリー

愛することは生きること。

嚥下障がいでとろみのあるスープのみ喉を通った父に作っていたスープを、父の死の直後からは訪問看護のボランティアで隣人に配り、そしてスープ教室で伝授してきた料理研究家・辰巳芳子。

1口2口がなくなると、数日で天国に逝かれる患者を目の当たりにしてきた医師は、病院の緩和ケア病棟でスープを配り、「辰巳さんのスープは素材を感じるので、引き出しが開いて思い出が出てくる」と1口の大切さを実感。

ある日、辰巳の元に、親友が癌になり、「何かしてあげられることはないか」とスープを作ったというハンセン病の女性から手紙が届き…

河邑厚徳監督インタビュー

――『天のしずく 辰巳芳子いのちのスープ』で特に注目してほしい点を教えてください。

注目してほしいのは、辰巳さんの言葉です。実に美しい日本語です。品のある豊かな言葉を持っている方です。SNSで品のない貧しい言葉が溢れている中、辰巳さんの言葉を聞くと、「日本語はこんなに美しいんだ。色んなことが表現できるんだ」とわかってくると思います。

――岡山県長島のハンセン病患者の宮﨑かづゑさんが「テレビで見た辰巳さんのスープを癌闘病中の親友に作ってあげたことは、死期が迫る方に唯一してあげることができたことだ」という素晴らしいエピソードが紹介されていますが、辰巳さんと宮﨑さんのお二人が初めて会うところを撮影するにあたって、どのようなことを心がけましたか?

宮﨑さんが綺麗な場所でお会いしたいとのことで、瀬戸内海で長島が見える場所を提案してくださいました。初めて会う瞬間というのは1回しかなく、リハーサルもできないので、すぐに二人には会わないで頂いて、カメラでどう撮影するか決めてから辰巳さんに宮﨑さんに会いに来て頂きました。

アップリンク吉祥寺 にて公開

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監督 河邑厚徳

総合プロデューサー 小泉修吉

プロデューサー 矢内真由美 鈴木正義

脚本 河邑厚徳

撮影 本田茂照明 高坂俊秀 

音楽 吉田潔 

音楽監督 尾上政幸

ナレーション 谷原章介

朗読 草笛光子

2012年/113分/カラー/デジタル 

©2012年 天のしずく製作委員会