『おんどりの鳴く前に』衝撃のラストシーン、それは愚かさのためか、美しさのためか―。
本作の邦題、『おんどりの鳴く前に』に込められている意図とはおそらく、聖書にあるのだろう。日本版のポスターでは、雄鶏はメインビジュアルにもなっており、首を少し傾げてこちらを大きく向きながら、ピンボケしている様が、暗示的な雰囲気を醸している。
しかし監督インタビューによると、当初脚本にニワトリは存在していなかったという。ロケハン中、ふいにニワトリが現れ、それを面白いと思った監督が、劇中にニワトリを登場させることを思い付いたのだそうだ。
ルーマニア語の原題は『OAMENI DE TREABĂ』。「善良な人々」という意味ともう一つ、外国語で意味そのものを言い表すことはできないが、「こちら側の人々」というような、副次的な意味を持つ言葉なのだそうだ。「こちら側」と限定する、もしくは排他する、向こう側があることを仄めかすかのようで、興味深い単語である。
そして英題はというと、『Men of Deeds』で、これは、「口先だけの男」という意味だ。”a man of deeds, not of words(不言実行の人)”という表現もあるが、主人公のイリエは、言葉ではなく行動で示す男、というかっこいい主人公では決してない。
郊外の小さな村で、長年警察官として働くイリエ。痩せ気味で猫背で、ズボンの履き方もだらしなく、愛想もなく、もし警官の制服がなかったら、精神を病んだ男というふうにも容易に見えるだろう。
しかしただ一つ、自分の果樹園を持ちたい、というささやかな希望が、彼をこの上なく健気で魅力的な人物にさせている。この終始虚ろな表情の男に、美しささえ感じてしまい、こんな風に思ってみたくなる。イリエが取った最後の行動は、正義感を手放したがゆえではなくむしろ、果樹園のために彼がしなければならなかった、最大の行動だったのではないだろうか、と(MO)
イントロダクション
監督を務めたのは、長編2作目『Două lozuri』(2016)で同年のルーマニア興行収入1位を獲得した新星、パウル・ネゴエスク。
本作『おんどりの鳴く前に』では、欲望と正義の狭間でゆれる主人公の葛藤を社会風刺を交えて巧みに表現し、ルーマニア・アカデミー賞(GOPO賞)6冠の快挙を成し遂げた。
田舎の村という狭いコミュニティを舞台に人間の醜悪さを生々しく描き出す辺境サスペンスが、ついに日本上陸!
ストーリー
ルーマニア・モルドヴァ地方の静かな村の中年警察官イリエ。
野心を失い鬱屈とした日々を送っている彼の願いは、果樹園を営みながら、ひっそりと第二の人生を送ること。
しかし平和なはずの村で惨殺死体が見つかったことをきっかけに、イリエは美しい村の闇を次々と目の当たりにすることになる。
正義感を手放した警察官がたどり着く、衝撃の結末とは―。
パウル・ネゴエスク監督インタビュー
――本作を撮るにあたりインスピレーションを受けた映画や本、芸術作品はありますか?
キャラクター作りにおいては、ルチアン・ピンティリエの映画や、ラドゥ・ジューデの初期の作品から影響を受けました。彼らの作品は生々しく、容赦がありません。
美術の面では、周囲の自然からインスピレーションを得ようと努めました。また、コーエン兄弟の映画の雰囲気を取り入れたいとも思いました。
*ルチアン・ピンティリエ:『Next Stop Paradise』(1998) 等
*ラドゥ・ジューデ:『アンラッキー・セックス またはイカれたポルノ』(2021) 等
――イリエの役作りにあたって、ユリアン・ポステルニクとはどんな話をしましたか?
ユリアンとの最初の会話は、オーディションの後です。その時、私はユリアンに、彼の外見に少し懸念点があるという話をしました。
ユリアンの瞳には知性がありすぎて、彼が演じるイリエは、私が望んでいたキャラクターよりずっと賢明な人物に見えてしまうと感じたのです。イリエが狡猾で、悪意のある人物に見えてしまうのは避けたいと思いました。
ユリアンは私に、「その外見上の印象は消すことができるから心配しないでくれ」、と言ってくれました。そして本当にやってのけたのです。彼は数カ月にわたり鏡の前で練習して、自らの輝きを消してくれました。映画の撮影を終えて、輝きは戻っているのでご心配なく!
――日本の観客に向けてメッセージをお願いします!
皆さん、はじめまして!私の映画が日本で公開されることになり、大変光栄に思います。映画を観てくださるすべての方に心から感謝申し上げます。
皆さんに楽しんでいただけることを願っていますし、ぜひ感想を聞かせてほしいです。本当にありがとうございます!
パウル・ネゴエスク監督プロフィール
1984年生まれ。ブカレストの国立映画大学で映画制作を学び、ルチアン・ピンティリエ監督の『Tertium non datur』(2006)で助監督を務めた。短編映画『Orizont』は2012年のカンヌ国際映画祭 批評家週間に選出され、短編映画『改築』(2009)と『Derby』(2010)はヨーロッパ映画賞にノミネート。長編デビュー作『O luna in Thailanda』(2012)はヴェネチア国際映画祭 国際批評家週間で初公開され、ソフィア国際映画祭でFIPRESCI賞受賞、トランシルバニア国際映画祭で最優秀デビュー賞を受賞した。長編2作目『Două lozuri』(2016)は低予算の独立系映画でありながら同年のルーマニア興行収入1位を獲得し、映画祭でも高く評価された。ロマンチック・コメディからサスペンスに至るまで作品のジャンルも多岐にわたり、今ルーマニアで最も期待される若手監督の1人である。
アップリンク吉祥寺 ほか全国劇場にて公開
監督:パウル・ネゴエスク
出演:ユリアン・ポステルニク、ヴァシレ・ムラル、アンゲル・ダミアン、クリナ・セムチウク 他
原題:OAMENI DE TREABĂ|ルーマニア・ブルガリア|2022年|106分|カラー|ルーマニア語|スコープ|5.1ch|PG12
日本語字幕:近田レイラ|字幕監修:篁園誓子|後援:在日ルーマニア大使館・駐日ブルガリア共和国大使館
配給・宣伝:カルチュアルライフ
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