『人体の構造について』自分のことを知らずに死んでいくよりは、体の中を見て人間の身体を知ってから死にたいという極少数の人に超お勧めの映画
あなたには死ぬまでに見てみたいところはあるだろうか。
例えば、フィンランドに行ってオーロラを見たい!、エジプトのピラミッドの頂上から周りを眺めたい!、マダガスカルに行ってバオバブの木を見たい!、宇宙船から地球を眺めたい!など様々な願望はあるだろう。
生きているうちに自分の体内を覗きたい、自分自身でなくとも人体の中を見てみたいという願望がある人は、おそらくすごく少ないだろうが、本作『人体の構造について』はその極少数派の願望を十分に満たしてくれる映画だ。
見ることができるのは、「眼球の硝子体」「男性器の尿道の中」「帝王切開で生まれてくる赤ん坊」「遺体の死後処理」「肥大した前立腺」「脊椎に固定される金属」など。
映画のタイトルは、『人体の構造について』だが、「外科医について」であり、「外科病棟について」であり、「看護師について」であり「病院の廊下について」であり、そして最後に描写される「医師や看護師専用の食堂について」のドキュメンタリー映画だ。
これはフランスの医師と病棟のドキュメンタリー、最後に描かれる食堂の壁に描かれている絵画に既視感があった。
それはパリオリンピックで話題になった開会式の演劇的、絵画的な悪魔主義的なイベントだった。人体を切り刻む西洋医学の根底にはこのような文化がベースにあるのか、東洋に住む私たちには想像もつかないことである。
ここまでの紹介で、9割5分の人が自分が見る映画ではないかと想うかもしれないが、自分のことを知らずに死んでいくよりは、この世に生を授かったのなら、自分自身、人間の身体の中を見てみてみるのも悪くないと思った方のみ、お勧めする映画です。(TA)
イントロダクション
初監督作『リヴァイアサン』(04)で圧倒的な映像体験を“発明”し、世界的な名声を集めたルーシァン・キャステーヌ=テイラーとヴェレナ・パラベルのハーバード大学感覚人類学研究所の人類学者監督コンビ。2人が新作のテーマに選んだのは、最も身近ながら神秘のベールに包まれた「人体」だった。
これは「人体」が最大の関心事となる場所=パリ北部近郊の5つの病院のオペ室を舞台に展開する “21世紀の人体解剖書”である。医師視点のカメラや内視鏡を使い、脳や大腸、眼球、男性器など様々な外科手術や帝王切開の模様を医師の視点で見つめていく。それらの映像は思わず目をそむけたくなるほどの生々しさと同時に、肉体が持つ生命力や美しさを感じさせてくれる。また、普段はカメラが入ることのできない死と隣り合わせの職場における医療従事者達の心境や、死体安置所でのおくりびと達の仕事ぶりなど、非常に貴重な映像で構成されており、医療とは何か?肉体と魂とは何か?人体の神秘と人間の恐怖の根源を探るドキュメンタリーに仕上がっている。
ストーリー
パリのとある大病院。当直の看護婦たちの会話。「集中治療室で働くと、毎日死と向き合うから『今日を楽しまなければ』と思うの」。
別の部屋では脳に小さな穴を空ける手術が行われている。内視鏡の映像は脳を内部から治療する様子をモニターに映し出す。
あるオペ室では、あまりの忙しさに医師が愚痴をこぼす。「毎週100人の患者を診て20人手術している…異常だ」
病院の大動脈のような廊下を徘徊するのは、個室を抜け出した認知症患者とそれを追う医師たち。静かな時を刻んでいた地下の遺体安置所にも、次々と新たな遺体が運ばれてくる。
長い1日はまだ始まったばかりだった…
ルーシァン・キャステーヌ=テイラー監督(左)&ヴェレナ・パラベル監督(右)インタビュー
Q:『人体の構造について』の最初のアイデアは何でしたか?
ヴェレナ・パラベル監督: 現代医学はシネマのツールを使って独自の視覚力を発展させてきましたが、私たちはその逆に、シネマのために医学のツールを借りることを試してみたいと思いました。それによって、人間の身体を誰も見たことのない方法で見ることを可能にし、自分たちの身体や世界に対する普通の見方を打ち破りたかったのです。私たちの内面をより身体的に、より具体的に見ることができるようにするためです。
しかし、それは同時に、私たちの脆弱性や、生命の儚さ、そして常に存在する死の影を垣間見せるものにもなり得ます。このようにして、主に私たちの身体の「内部」を撮影することで、私たちを生き生きとさせる生命力や私たちの肉体そのものを解き明かすことができるのです。
私たちは、病院が演劇的な空間、それも悲劇的な演劇の空間であることに気付きました。病院自体が、他者の肉体を内包し、それらに働きかける一種の肉体です。病院は社会における一つの臓器であり、社会を映す鏡でもあり、しばしばこれから訪れる社会の変化を予見する存在です。その内部では、器官、機能、そしてシステムが共存しています。
この映画は、そんな病院自体の解剖学的研究でもあるのです。
ルーシァン・キャステーヌ=テイラー監督:撮影に関しては、当初は体内だけを撮影するつもりでした。近代西洋の経験的解剖学の祖となったヴェサリウスの記念碑的著作と同じように、私たちはこの映画を「7冊の書」、つまり7つのパートからなる作品にするというアイデアを思いつきました。それぞれのパートで、7つの最先端手術を記録し、7つの異なる医療可視化技術を用い、7つの異なる文化と言語で、私たちの内部を描こうという試みでした。
しかし、それは私たちの予算や能力を超えていましたし、あまりに図式的で概念的だと思うようになりました。そこで、ボストンの病院で撮影を始めることにしました。医師や患者たちは私たちを快く迎えてくれましたが、管理部門との許諾交渉は悪夢のようでした。
その頃、幸運にも当時パリ北部の5つの公立病院のディレクターだったフランソワ・クレミューと出会い、信じられないことに、彼は自分の病院での撮影をほぼ全面的に許可してくれました。そうしてこれらの病院がこの映画の舞台となったのです。
ルーシァン・キャステーヌ=テイラー監督&ヴェレナ・パラベル監督プロフィール
ルーシァン・キャステーヌ=テイラーとヴェレナ・パラベルは、ハーバード大学の感覚民族誌学研究所で映像作家として共同制作を行っている。彼らの映画やインスタレーションは、AFI(アメリカン・フィルム・インスティチュート)、BAFICI(ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭)、ベルリン、CPH:DOX(コペンハーゲン国際ドキュメンタリー映画祭)、ロカルノ、ニューヨーク、トロント、ヴェネチアなどの権威ある映画祭で上映されており、近年、MoMa(ニューヨーク近代美術館)や大英博物館などの美術館のパーマネント・コレクションに加わり、ロンドンのテート・モダン、ニューヨークのホイットニー美術館、パリのポンピドゥー・センター、ベルリンのクンストハレ(独自コレクションを持たないギャラリー)などで展示されている。2012年、『リヴァイアサン』はロカルノ国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞したほか、世界中で数々の賞を受賞した。『Somniloquies』(17)はARTEで放送され、2017年にはベルリン国際映画祭で上映された。『カニバ パリ人肉事件38年目の真実』(17)は第74回ヴェネチア国際映画祭で審査員特別賞を受賞したほか、多くの賞を受賞した。『人体の構造について』(22)は、彼らのコラボレーションから生まれた4作目の作品である。
アップリンク京都 ほか全国劇場にて公開
監督:ルーシァン・キャステーヌ=テイラー、ヴェレナ・パラベル
製作:ポリーヌ・ジギャクス(『ぼくの名前はズッキーニ』)、マックス・カルリ、ヴァレンティナ・ノヴァティ
共同プロデューサー:シャルル・ジリベール(『アネット』)、ルーシァン・キャステーヌ=テイラー、ヴェレナ・パラベル
2022年/フランス・スイス・アメリカ/フランス語/118分/シネスコ/カラー/5.1ch/PG-12
原題:DE HUMANI CORPORIS FABRICA 日本語字幕:橋本裕充/字幕監修:養老孟司
提供:TBSテレビ 配給:トランスフォーマー、TBSテレビ
© Norte Productions - CG Cinéma - S.E.L - Rita Productions - 2022