『ガザ=ストロフ -パレスチナの吟(うた)-』上映後トークイベント

『ガザ=ストロフ -パレスチナの吟(うた)-』上映後トークイベント

2024-10-28 19:46:00

『ガザ=ストロフ -パレスチナの吟(うた)-』配給団体Shkranによる上映後トークが開催されました。『ガザ=ストロフ -パレスチナの吟(うた)-』は2008年12月から2009年1月にかけて起きたイスラエルによるガザへの軍事攻撃の停戦直後に撮影された作品です。

 

10月23日(水)の上映後、「15年経った現在、この作品をなぜ観るのか」というテーマのもと本作配給団体Shkran代表で字幕翻訳を手がけた二口愛莉と同団体渉外担当大谷直子によるトークイベントが開催されました。

 

司会:お二人がこの作品に関わるようになるまで、パレスチナや中東、アラブとの関わりはあったんですか。

 

大谷:私は普段、コンサルティング会社でコンサルタントとして働いています。『ガザ=ストロフ』に関わるようになったのは金柑画廊(東京都目黒区)で初めて上映会を二口が企画した時に映画を観て、この作品は多くの人に観てもらわないといけないんじゃないかと思って、二口を手伝うようになって配給団体Shkranとして活動を始めました。

Shkranは二口ともう1名の3名で活動している団体なんですが、東京外国語大学の同級生です。大学ではヒンディー語専攻でしたが、高校時代から中東問題に興味があって国際関係論のゼミに入っていて、世界構造から見たパレスチナ・イスラエル問題を研究テーマにしていました。

あと、大学卒業後数年企業に勤めてからインドに留学した際、たまたまホストファミリーがカシミール地方出身のムスリムだったので住む場所もデリーのムスリム地区で毎日アザーン(イスラム教における礼拝時間の呼びかけ)が流れてきたり、ラマダン中はイフタール(日没後初めてとる食事)を一緒に食べたり、カシミールに連れて行ってもらったら親戚の人と一緒にお茶をしたり話したりして、インド•イスラム文化ではあるんですが、なんとなく近いところにイスラム文化はありました。

 

二口: 私は日仏通訳の仕事と写真の作家活動をしています。東京外大のフランス語専攻を卒業後フランスへ渡り、2005年から2013年までパリに住んでいました。パリではアラブルーツのフランス人の友人が多くいて、監督のケリディンもその1人で、渡仏してすぐに出会った20年来の友人です。一時期頻繁にモロッコに行く時期があり、いろんな場所に家族のように迎えてくれる親戚のような方たちがたくさんいました。私がよく行っていたのはモロッコやアルジェリアなどマグレブ中心のアラブ圏ですが、私の中にはアラブ・イスラム文化への自然な馴れ親しみがあり、特にモロッコは第3の故郷のように思っています。旅をしながら写真を撮っていたのですが、モスクの男性側の祈りの場に入れてもらって撮影をしたことも何度かありました。20代の頃に身近にアラブ圏の人と関わっていたので、『ガザ=ストロフ』を初めて観た時に、映画の中で話している人たちに、自分がこれまで出会った人たちと似たものを感じました。

 

司会:監督たちのことや上映のきっかけを詳しく教えてください。

 

二口:ケリディンは元々イラストレーター、グラフィックデザイナーで、バン・デシネという日本でいう漫画を出版したり、アートディレクターとしてパリでオリエンタリズムに関する展示をキュレーションしたり、映像作品の監督を勤めたりマルチな人で、フランス生まれ、フランス育ちのアルジェリア系フランス人です。もう一人のサミールはエジプト系フランス人なので、やはり2人とも背景としてヨーロッパとアラブ•イスラム文化に対する理解や視野の広さがあるというのが、この映画を支えているところだと思います。

ケリディンがガザのドキュメンタリーを撮っていたことは知っていたのですが、観たことはありませんでした。昨年の10月7日以降ガザへの攻撃が続いていた時、「映画に出ていた人たちはどうしているんだろう、ケリディンはこの状況をどう考えているんだろう」とふと思った翌日、彼から「撮影から10年以上経ってもこの映画が今日的意義を持つと思わなかった」というメッセージと一緒に映画の視聴リンクが送られてきました。その一言の重みをすごく感じて、これはすぐ観ないといけない、観たら人に伝えたくなるだろうと直感しました。その後、メッセージのやりとりの中でケリディンがSNSでのシェアや上映会も考えてみてと書いていましたが、その時は上映会企画なんて大変なこと出来るかなと思っていました。

その後すぐに、『ガザ=ストロフ』を観ながら並行して翻訳作業を進めました。いきなり家の外に出されて家族が撃たれるとか、無抵抗な子供が殺されるとか、自分の想像をはるかに超える現実がそこにあり、メディアを通してパレスチナの惨状を知っていると思っていたけれど、そんな状況が日常的に起きていることを映画を観て初めて知りました。こんな大変なことが起きているということを周囲の人に私が話すだけでは、伝わらないし広がらない。知ってもらうためには映画を観てもらうのが最善だと思い、とにかく急いで字幕を完成させました。補足になりますが、この映画はアラビア語が原語でフランス語字幕付きがオリジナル版で、私はフランス語から日本語に翻訳しています。ケリディンはアラビア語も話せるので、フランス語字幕でわかりにくい表現や言葉は、原語を確認してもらっています。

もう一つ、この映画を多くの人に観てもらいたいと思った理由の一つは、「人の美しさ」が描かれているからです。上映を始めてから、観ていて辛かったという感想をもらいます。でも私自身はこの映画に映っているのはそれだけではないと感じています。話している姿や佇まい、まなざしや、この状況下で生きている人たちの美しさや彼らの持つ文化の深さ、神への信頼というものが映されている映画だと思います。フランス語でsagesseという言葉があり、日本語だと良識、知恵、達観、節度、穏健といった意味を包含した言葉ですが、私はアラブ•イスラム圏の人たちにsagesseを感じていたことがよくあり、映画の中のガザの人たちにも同じ思いを持ちました。

最後の男性の語りもただ大変なことが起きていると訴えるのではなくて、なぜ起きているのか、なぜそれが止められないのか、人権や国連、国際法を築いてきた欧米の欺瞞について告発していて、観ている側に本当に考えさせる言葉が連なります。(追記 :この語りの部分もアラビア語の韻を踏んでいるそうです)彼の言葉は15年前のものですが、今も同じ"問い"が私たちに突きつけられていると思います。あの男性が誰なのか気になってケリディンに聞いたところ、ふつうの農家のおじさんだということです。それも一つの衝撃で、彼を通してこういう人が、人たちがいるというのが見えてきます。

 

直子は、初めて『ガザ=ストロフ』を観たときにどう感じた?

 

大谷:すごく衝撃を受けた。ただ、愛莉の感じたものとは少し違っていて。

私は大学で中東の研究をしていたのもあっておそらく他の人よりもパレスチナについて歴史も知っていたし、大学を卒業してからも中東やパレスチナに関するニュースはずっと追いかけてきていて。でも映画を観た時に自分は西側の情報でしかパレスチナを見ていなかったと気づいて、映画に出ている人たちは知的で自分達のこれまでの歴史を冷静に捉えていて、こういう人たちがいるとは想像していなかった。結局、研究していたといっても本やニュースから得るイメージで知っていると思っていたな、と。そこに生きている人を見ていなかったと反省した。だからこの映画を多くの人に観てもらってパレスチナに暮らす人たちを生身の人間として知ってほしいなと思った。

その中でも印象に残っているのは、Xにも切り抜き動画としてポストしているんだけど、女性が「なぜ、なぜこんなことに。残酷すぎる。世界は真っ暗、もう善人はいない」と語っているシーンで、カメラを通して観ている側に問いかけている気がして。私は彼女の残酷な世界を作った側に加担していると思うし、この問いにはまだ答えられていないなと感じています。

 

二口:彼女は一連の語りの中で、子供たちがこれほど辛い状況にいることを世の中に伝えてほしいということも言っています。この映画のおかげで私たちは当時の状況を知ることができ、今のガザで起きていることは昨年10月7日から突然始まったのではないということを、この作品の上映を通して伝えられています。私たちの活動は小さいことかもしれないけど、パレスチナのことを伝えるメディアの一つになりたいという気持ちでやっています。彼女が「もう善人はいない」と言っているのは翻訳している時も辛かったけれど、私は今回の活動を通して映画を観に来てくれた方ももちろんですし、観には来られないけど応援してくれる知人友人、力を貸してくれる人たちがたくさんいる中で、私の周りには善人がまだまだいると感じていて、その力は広げていけると思うから、彼女に「善人はまだいるよ」って伝えたいです。

 

大谷:確かに。私は仕事の関係者には自分の活動のことほとんど話してなくて、というのも働いている業界的に政治とか国際情勢とか人権とかについて興味がない人たちだろうって諦めていて。ただ、一部の仲良くしている同僚に映画のことや上映が決まったことを話したら既に5人くらい観に来てくれて。話さないだけで興味がある人や気にしている人はいるんだな、というのをこの映画の上映活動を通して知ったかもしれない。

 

司会:他に上映活動を通して感じることはありますか。

 

大谷:今日も天気が悪いのにこれだけの人来てくれるっていうのはすごくありがたいことですし、それだけ興味を持ってくれている人がいるということを知ることができました。

あとは、上映後トークで大学の教授や専門家の人たちに依頼した時、全く見ず知らずの私たちの依頼を受けてくれたり、今回は予定が合わなかった方も、他の機会があったらまた声をかけてと言ってくれたり、色々な人に助けられているなと感じます。

 

二口:私自身も上映後トークショーなどを通してパレスチナについて学んでいるところですが、知れば知るほど今すぐこの状況を止められないと考えてしまうと、絶望してしまうこともあると思います。でも、1つ1つ知っていくこと、知っている人が増えていくことで変化は確実に生まれていくと思っていて、だから「知ることは力」だと信じています。

過去から現在までパレスチナで起きていることについて知ることで、この状況は「おかしい」と思う人が増えて、声を上げたり、次の活動につながっていくと思います。私は上映活動を通して、パレスチナについて知る人が増えていき、それがパワーを持ってきていると実感しています。

 

(2024年10月23日 吉祥寺 司会:中村修七 報告レポート:Shkran)