『国境ナイトクルージング』突然氷のごとく始まる、アンビエントな三人関係

『国境ナイトクルージング』突然氷のごとく始まる、アンビエントな三人関係

2024-10-14 08:00:00

真冬、中国と北朝鮮の国境にある街、延吉(えんきち)。それぞれの理由で故郷から離れ、この街で邂逅することになった男女3人の5日間の物語。

漢字とハングル。昼と夜。観光地。故郷。友達。恋人。冷たい氷。熱い涙。分け隔てられている様々な二軸の中を、3人が迷い込むように駆け巡る。そこでは、絵の中に現実が、現実の中に絵が見える。そのあとで、まわりの世界はよりくっきりとするのか。むしろ、もっと捉え難くなるのか。単純さと単純さが絡み合ってはほどけていく…。

本作は、あらかじめ撮影期間を決めた上で、脚本のないまま撮影が開始された。この異例の制作方法によって、閉塞感と解放感、焦燥感と疾走感が同時にあるような状態をそのままに、描くことができたのかもしれない。“シンガポールのアンビエント・ボーイ”との愛称を持つサウンド・アーティスト、キン・レオンの音楽も作品の叙情性を引きたてている。

また、ふたりの男とひとりの女の物語といえばトリュフォーの『突然炎のごとく』やゴダールの『はなればなれに』が思い浮かぶが、本作は男ふたりが同じ女に恋に落ちる、といった典型的な三角関係のストーリーに収まることはなく、チョウ・ドンユイ演じるナナは、カトリーヌやオディールのように目立つような女性像でもない。撮影はノーメイクで行われたということだが、彼女の肌ほど、凍てつく冬の寒さを表現できるものはないだろう。

ナナ、シャオ、ハオフォンの3人が、突然氷のごとく、凝固するように距離を縮め、溶け出すようにそれぞれの道に散らばっていく。

原題は『越冬』。それぞれがそれぞれに抱える行き場のなさも、やり切れない思いも、同じ春に向かって進んでいく。(MO)

イントロダクション

第96回 アカデミー賞国際長編映画賞(シンガポール代表)
第76回 カンヌ国際映画祭 ある視点部門

主演は、2021年に日本でもスマッシュヒットを記録した『少年の君』での真に迫る演技が記憶に新しい、人気実力を兼ね備えたチョウ・ドンユイ。『イロイロ ぬくもりの記憶』(13)で世界の映画祭を席巻したアンソニー・チェン監督と二度目のタッグを組んだ本作は、第76回 カンヌ国際映画祭<ある視点部門>に出品され、ハリウッド・レポーターが選ぶ<カンヌで見るべき20本>に選出されるなど称賛を浴び、第96回アカデミー賞国際長編映画賞のシンガポール代表となった。

国境沿いの街で偶然出会った3人の男女のわずか5日間を、瑞々しく詩情豊かに綴る青春映画の新たなる傑作が誕生した。

ストーリー

北緯42度50分。中国と北朝鮮との国境の都市、延吉。

ハオフォン(リウ・ハオラン)は友人の結婚式に出席するため、冬の延吉を訪れた。幸せそうな新郎新婦や近況報告に夢中の友人たちに囲まれ、ハオフォンの心は沈んでいく。

披露宴が終われば、翌朝のフライトまで予定はない。暇つぶしに観光ツアーに参加してみるが、不運にもスマートフォンを紛失してしまう。観光ガイドのナナ(チョウ・ドンユイ)がお詫びにとハオフォンを夜の延吉に連れ出す。男友達のシャオ(チュー・チューシアオ)も合流しての飲み会は盛り上がり、ナナの部屋になだれ込んで朝方まで飲み明かすのだった。

翌朝。寝過ごしたハオフォンは上海に戻るフライトを逃し、途方に暮れる。ぽっかり空いた週末。シャオの提案で3人はバイクに乗り込み、国境クルージングに出掛ける。冬の雪山と澄み切った空に息を呑み、凍りついた川の向こうに広がる隣の国を眺める。今をただ楽しみ、深入りはしないのが暗黙のルール。過去も未来も忘れて極寒の延吉をクルーズするうちに、3人は絆を深めていった。

ハオフォンは上海でエリート金融マンになれたが、終わらない競争に心を壊した。ナナはオリンピック出場を有望視されながら、けがで夢を絶たれたフィギュアスケーターだった。シャオは勉強が苦手で故郷を飛び出し、親戚の食堂で働いている。競争社会からこぼれ落ちた3人は、行き止まりの街、延吉で磁石のように引き寄せられたのだった。

数日間、目的もなく一緒に過ごしただけ。それでも、心から笑い、冒険した思い出が、迷える若者たちの未来を変えていく。

アンソニー・チェン監督プロフィール

1984年生まれ。シンガポール出身の脚本家、監督、プロデューサー。

2007年に短編映画『AH MA(原題)』でシンガポール人として初めてカンヌ国際映画祭で特別賞を受賞。長編デビュー作『イロイロ ぬくもりの記憶』(13)はカンヌ国際映画祭カメラドールを受賞したのを皮切りに、第14回東京フィルメックスで観客賞を受賞、台湾金馬奨では、作品賞・新人監督賞・助演女優賞・脚本賞の4冠に輝き、世界の映画祭を席巻した。 2作目の『熱帯雨』(19)はトロント国際映画祭でプラットフォーム賞にノミネートされ、東京フィルメックのコンペ部門に出品。続く、長編3作目『DRIFT(原題)』は、初の英語作品であり、2023年のサンダンス映画祭でプレミア上映された。『国境ナイトクルージング』は初の中国語作品である。

アップリンク吉祥寺 ほか全国劇場にて公開 

公式サイト

監督・脚本:アンソニー・チェン 
出演:チョウ・ドンユイ、リウ・ハオラン、チュー・チューシアオ 
2023年/中国・シンガポール/中国語・一部韓国語/100分/1:2.00/5.1ch
原題: 燃冬 /英題: The Breaking Ice /日本語字幕:本多由枝
提供:ニューセレクト/配給:アルバトロス・フィルム 
PG-12 
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