『ゴンドラ』 “無言の魔法”にかけられて、言葉の外側へ―。

『ゴンドラ』 “無言の魔法”にかけられて、言葉の外側へ―。

2024-10-25 08:00:00

サイレント映画とも違う、ファイト・ヘルマー監督独自の<セリフなし映画>は、単なる実験的な手法ではない。

セリフがないことによって、人と人とのあいだには、言葉よりも深いところで、言葉よりも深いつながりが生まれうるということ、そしてそれは奇跡的なことではなく、こんなにも些細なことなんだということを見せてくれる。それはいわば、“魔法の言葉“ではなく“無言の魔法“ 。その魔法で、見る者を言葉の外側へと誘いだす――。

インターネットを通じて顔の見えない相手とやり取りを交わすことが当たり前で、それでもコロナ禍ではマスクやパーテーション越しに会話することのぎこちなさを経験した現代の私たちそれぞれにとって、大事だったことや忘れてしまっていた何かが、浮かび上がってくる。

本作は、ジョージア(旧グルジア)南部にあるフロという小さくも美しい村の、数年前まで実在していたというレトロな2台のゴンドラが舞台。(新しい車体となり、現在も運行中。)ゴンドラは、来る日も来る日も村の端から端を行ったり来たりするだけ。しかし乗務員二人のやり取りや、ほかの登場人物たちとの交流には、くすっとしてしまうような可笑しな、きらっと光るように素敵なことが盛りだくさんだ。「ここまでやる!?」、「この人までこんなことを!」と、セリフがないからこそ、その驚きは膨らむかのようだ。

遠くの山や町から眺めている人からすれば、2台のゴンドラは同じ場所を繰り返し行き来するただの二つの点でしかなく、この二つの点が、周辺の色々なものと点を結んで、豊かな人間模様を象っているとはゆめゆめ思わないだろう。

セリフがないためにお互いの名前を呼び合うことはない乗務員、「イヴァ」と「ニノ」。この魅力的な二人といつか話をしてみたい、と私は思う。(MO)

イントロダクション

昨年の東京国際映画祭でワールド・プレミアされた、<セリフなし映画>の名匠ファイト・ヘルマー待望の最新作!

映画の主人公は、緑あふれる山の谷間をつなぐ古い2つのゴンドラ(ロープウェイ)と、ゴンドラの2人の女性乗務員。

映画にセリフはない。どこか懐かしいような音楽と、キャラクターたちの豊かな表情、そして美しいロケーションが、観客に魔法をかける。

東京国際映画祭はじめ世界62の映画祭に招待され、10の賞を受賞し、フランスでは12週のロングランをなった本作は、ヨーロッパでもアジアでも、国境をこえて、見る人を笑顔にしてしまう。ゴンドラは自由と幸福を乗せていく。

ストーリー

イヴァは村のゴンドラの乗務員として働き始める。もう1台のゴンドラの乗務員はニノ。 駅長は威張り屋で、その態度ときたら腹が立つことばかり。

行ったり来たり、すれ違うゴンドラは世界のどこかに行くわけではないけれど、想像力があればどこへでも行ける――。

2人はゴンドラに “衣替え”させ、ニューヨーク行きの飛行機にしたり、リオ行きの蒸気船にしたり、火星行きのロケットにしたり。 奇想天外なやりとりは、2人の距離をどんどん近づけていく。

そしてある日、2人の優しい悪戯が駅長を激怒させ、やがてそれは地上の住民も巻き込んでいき……。

ファイト・ヘルマー監督インタビュー

――この映画を「サイレント映画のようだ」という海外評もありましたが、サイレント映画とは違って、笑い声があったり、効果音があったり、もちろん音楽があったり、「OK!」という一言だけのセリフもありますね。

監督:私は「サイレント映画」だなんて言われたくはありません。そう言われるととても悲しくなります。日本は<セリフなし映画>と正しく言ってくれて感謝しています。私にとって音はとても重要なのです。

セリフがないことは、映像の邪魔をする字幕がないだけでなく、音のトラックをたくさん使えるのですよ。この映画の音は、撮影時に同録で撮ったものではなく、ポストプロダクションで工夫を重ねクリエイティブに作り出した音なのですが、60ものトラックを使いました。音をミキシングする作業は、言ってみればオーケストラの指揮のようなものですね。一つの音を生み出すために、途方もなく時間はかかりましたが、満足のいくものが出来上がりました。

「OK!」と言わせたのは、何か一言だけセリフを発声してもらおうと閃いたときに、世界共通で多くの人がわかる言葉にしたいと考えて「OK!」にしたわけです。言葉はときに人と人を隔ててしまうことがあります。世界中でオールマイティな言葉を使いたかったのです。

――監督はなぜセリフのない映画を撮るのですか。

監督:セリフがなくても語れる物語を見つけ、脚本を書くことは、とても難しいのです。どんな映画でもセリフなしで作れるわけではありません。でもその苦労を乗り越えてセリフなしの映画を完成させると、苦労のかいがあったと思えるような喜びを味わえます。完成した作品は、字幕も吹き替えもなく、世界中のどこの国でも上映できるわけですからね。

私は、もともとの俳優の声が差し替えられている吹き替えの映画が好きではないのです。字幕の映画を見るときも同じようにストレスを感じます。文字を読み出すと、映像の楽しみが減ってしまいます。私としては、セリフのない映画こそ、純粋な映画の本質だと思っているのです。

『ゴンドラ』はまさにセリフなし映画にピッタリでした。2台のゴンドラはすれ違うだけで、そもそも2人の乗務員は話ができない。だから身振りや目線、言葉のないコミュニケーションを取らなければならない訳ですからね。

また、先ほどお話ししたように、私にとっては音もとても大事なものです。物語は映像だけでなく音を通しても語られ、セリフがないからこそ、音を入れる余地がたくさんあるのです。音はキャラクターの感情を感じさせてくれるものです。映像と音のコンビネーション、それが大切なのです。この映画は、映像と音、必要最小限の要素だけで作った真珠のような作品で、セリフがないからこそ生まれる映画的瞬間を見てほしいと思っています。

(パンフレットより権利者の許可を得て抜粋)

ファイト・ヘルマー監督プロフィール

1968年、西ドイツ生まれ。14歳で初めて映画を撮る。学生時代からハンブルクに本拠地があるテレビ局NDRで経験を積むが、89年のベルリンの壁崩壊のわずか2カ月前に東ベルリンへ移り、世界的に有名なエルンスト・ブッシュ演劇アカデミーに学ぶ。その後91年から97年まで、ミュンヘンテレビ映画大学で演出を学んだ。在学中の95年にカンヌ映画祭で上映された斬新な<セリフなし>の短編『SURPRISE!(サプライズ!)』で才能が注目される。99年、<セリフなし>映画『ツバル TUVALU』で長編デビュー。以来、主に<セリフなし映画>で、幸福感のある寓話的な世界観を描き、独自のスタイルを貫いている。他の代表作に『ゲート・トゥ・ヘヴン』(2003)、『世界でいちばんのイチゴミルクのつくり方』(2014)、『ブラ!ブラ!ブラ! 胸いっぱいの愛を』(2018)。

アップリンク吉祥寺 アップリンク京都 ほか全国劇場にて2024年11月1日(金)公開 

公式サイト

原題:GONDOLA|ドイツ、ジョージア|2023年|85分|1 : 1.85|5.1ch

監督&脚本:ファイト・ヘルマー

撮影:ゴガ・デヴダリアニ

美術:バチョ・マハラゼ

キャスト:ニニ・ソセリア、マチルド・イルマン 

配給:ムヴィオラ

©VEIT HELMER-FILMPRODUKTION,BERLIN AND NATURA FILM,TBILISI