『オフィサー・アンド・スパイ』軍というシステムが強固にあるが故に真実が通用せず隠蔽される。極めて現代に通じる冤罪事件を扱ったポランスキー作品。

『オフィサー・アンド・スパイ』軍というシステムが強固にあるが故に真実が通用せず隠蔽される。極めて現代に通じる冤罪事件を扱ったポランスキー作品。

2022-06-02 19:05:00

フランスの歴史的冤罪事件であるドレフュス事件。結果は無実と分かっているが、最後まで緊張の糸が緩むことはない。軍というシステムが強固にあるが故に真実が通用せず隠蔽される。その背景にはユダヤ人差別がある。隠蔽された真実を世に知らしめるのはメディアによる暴露。

手紙の筆跡鑑定や大使館の掃除夫からの秘密情報の入手方法など、今となっては古めかしいが、ポランスキー監督が扱っているテーマは極めて現在に通用するものだ。

当時を忠実に再現したセットや衣装の軍服など視覚的にこだわりのある作品だが、当初アメリカの会社は英語でならという話があったとポランスキー監督は語っている。

下記に掲載したロング・インタビューは非常に興味深く、本作をより理解するのに役立つはずだ。

ストーリー

1894年、フランス。ユダヤ人の陸軍大尉ドレフュスが、ドイツに軍事機密を流したスパイ容疑で終身刑を宣告される。ところが対敵情報活動を率いるピカール中佐は、ドレフュスの無実を示す衝撃的な証拠を発見。彼の無実を晴らすため、スキャンダルを恐れ、証拠の捏造や、文書の改竄などあらゆる手で隠蔽をもくろむ国家権力に抗いながら、真実と正義を追い求める姿を描く。

 

 

ロマン・ポランスキー監督インタビュー

私の作品は自身のセラピーではないです。ただこの映画で描かれている迫害の多くを知っているのは認めざるを得ないし、それが私を奮い立たせたのは事実です。
現代においても公正な裁判と上訴権なしに有罪判決を下すソーシャルメディア。事件が起こりうる要素はすでに揃っていますからね。

最初はアメリカからの支援を受けるには、英語での制作が必須と言われてしまいました。その後、アラン・ゴールドマンからフランス語での制作を打診されました。嬉しくてたまらなかった!

―― フランスひいてはヨーロッパの歴史の転換点とも言える「ドレフュス事件」をなぜ映画化したいと考えたのですか?
大事件を元にした優れた映画は多くあリますが、ドレフュス事件は傑出した物語性があると思います。“ 冤罪をかけられた男”というのは話として魅力がありますし、反ユダヤの動きが活発化している現代にも通じるところがあります。
 
―― 映画製作に至るきっかけは?
まだ若かった頃、エミール・ゾラの半生を描いたアメリカ映画でドレフュス大尉が失脚するシーンを見て、打ち震えました。その時、いつかこの忌まわしい事件を映画化すると自分に言い聞かせました。
 
―― 映画化に至るまで、何度も頓挫しかけたと聞きます。初めに企画を持ちかけたプロデューサーは、英語での制作を希望したそうですね。

7年前に友人や仲間に話を持ちかけたとき、非常に関心を持ってくれました。しかし国際的な配給会社、特にアメリカからの支援を受けるには、英語での制作が必須と言われてしまいました。確かにフランスが舞台のアメリカ映画は、決まって英語で制作されています。実際、前述のエミール・ゾラの映画もそうでした。海外市場で売りやすくなるし、かのスタンリー・キューブリックでさえ、第一次世界大戦を舞台にした『突撃』は英語でした。でも、個人的にフランスの軍人たちが揃って英語を話す姿は想像できませんでした。この頃の観客は教養があるから、映画でもTV シリーズでも、オリジナル言語に字幕付きで見たい人が増えていますからね。
 
―― そしてプロデューサーのアラン・ゴールドマンがフランス語での制作を持ちかけてきたのですね。
そうです。2018年の1月にアラン・ゴールドマンからフランス語での制作を打診されました。嬉しくてたまらなかった!こうして我々の大冒険がスタートし、11月に撮影が始まりました。
 
―― 企画にはどのように関わったのでしょうか?

ちょうどロバート・ハリスと『ゴーストライター』での仕事を終えたばかりの頃で、ロバートが非常にやる気を見せてくれたので、間を空けずに取りかかりました。最初は当然のことのように映画をドレフュスの視点で描くのを想定していたのですが、すぐにそれが上手くいかないことに気づきました。パリを起点にして様々な登場人物が行ったり来たりするのに、中心人物が“ 悪魔島” に缶詰では動きが生まれません。一方、我々が映画を通して描きたかったのは彼の苦しみです。1年以上の長い時間をかけてこの問題と格闘し、ロバートがこのジレンマに答えを見出しました。ドレフュスから離れて、物語の中心人物の1人であるピカール中佐の視点で語るのはどうか、とね。このやり取りの間も生活はしていかねばならなかったので、この企画 は後回しにして私は別の映画を撮り、ロバートはドレフュス事件についての小説を執筆しました。こうして完成した小説『An Officer and a Spy』は史実に基づいた作品で、すぐにベストセラーになりました。しばらくして私は『毛皮のヴィーナス』を撮り終え、我々はこの企画に再び着手することになりました。
 
―― キャスティングはどのように決まりましたか?

ジャン・デュジャルダンはピカール役として完璧だと思いました。ピカールにそっくりだし、年齢も同じで、素晴らしい俳優です。映画にはスターが必要で、アカデミー俳優のデュジャルダンは適任です!だから彼を選んだのは当然の流れで、あとは彼自身が企画に関心を持ってくれるかだけでした。結果的に、喜んで引き受けてくれました。
 
―― ピカールは未婚で、愛人には官僚の夫がいました。そのような異端児でありながら、19世紀後半の人々がそうであったように、自然と反ユダヤの思想を持っています。しかし図らずも、ドレフュス大尉を救うことになります。

ピカールは魅力的で、複雑なキャラクターです。積極的にユダヤを批判するタイプではない。ユダヤ人は嫌っているが、信仰というより当時の習慣のようなものでした。情報部長としてドレフュスは無罪と突き止め、真実を明らかにすると心に決めます。上司にそれを伝えたときは、口外するなと言われてしまう。軍がそんな間違いをするなんてありえないことですから!1870年の失敗があっても、軍は教会と同じで神聖な存在でした。兵士が良心の呵責やジレンマに苦しんでも、知ったこっちゃない。真実や正義以前の話でした。

* 注釈:普仏戦争を指す。この戦争でアルザス・ロレーヌ地方の大半をドイツに割譲し、多額の賠償金を支払った。
 

私にとってこの映画はスリラーです!完全に主観的な視点で語られているし、観客はピカールとともに捜査を進めている感覚になれます。


―― ピカールは、実際とは違う描かれかたをしていますか?

劇中、ピカールと宿敵アンリ少佐が交わす印象的なセリフがあります。アンリが「もし君が私にある男を殺せと命じれば、私は殺す。それは間違った命令だったと言われても、残念だが、それは私の責任ではない。それが軍というものだ」というセリフです。するとピカールはこう返します。
「あなたの軍ではそうかもしれませんが、私のとは違います」と。このやり取りは事実をよく表していて、現在にも通ずるものがあります。兵士は国のために殺すことを強いられるが、それによって犯罪が起こっても、庇う義務はありません。
 

―― ピカールは、奇しくも自身がドレフュスと同じように苦境に立たされていることに気づきます。投獄され、不倫も明るみになり、極右勢力から反逆罪で訴えられてしまいます。

ピカールは自分の信念に従い、軍の考えに服従するより真実を知ること選びました。エステラジー少佐の筆跡と、ドイツ大使館から見つかった密書の筆跡に類似性があることを発見したときに、疑念が生まれます。そして、この疑念が彼を捜査へと駆り立てていく。ピカールは制止を振り切り捜査を続け、エステラジーの犯行を示す証拠を見つけるに至るのですが、核心に迫るほど、軍の過ちがもたらした問題の渦中に自分がいることを畏れるようになります。
 
―― この事件が、哲学の父であるリトアニア出身のユダヤ人のエマニュエル・レヴィナス(1906-1995) がフランスへの移住を決めた後押しになったのは明らかです。レヴィナスは「ユダヤ人大尉の名誉を巡って国がばらばらになりかけた国。フランスこそ、公正な心を持った人間が急いで行くべきところである」と発言しています。

当時はアンチ・ドレフュスもいた一方で支持者も存在したのは事実です。ドレフュスの無実が徐々に明かされていきました。流刑から12年以上が経ち、その頃は内戦に突入したばかりでしたが、フランスはこの事件を時間をかけて解決していきました。
 
―― この映画を通して、ドレフュス事件を若い世代に紹介するのは新たなチャレンジだったのではないでしょうか?

どんな企画を進めているか聞かれた初めの頃は、ドレフュス事件について取り上げるというと、誰もが好意的でした。しかしすぐに、実際に何が起こったか知っている人がそんなに多くはないことが分かってきました。実体が知られないままに、みんなが知っていると思ってしまっている歴史上の出来事のひとつです。
 
―― その観点から言うと、この映画は教育的示唆に富み、事件のことを全く知らない人でもピカールの直面した政治的・思想的苦悩を理解することができます。警察の徹底的な取り調べのようでした。

私にとってこの映画はスリラーです!完全に主観的な視点で語られているし、観客はピカールとともに捜査を進めている感覚になれます。けれども、重要な出来事やセリフの多くは事実に忠実なものです。当時の記録から抜き出したものですからね。
 
―― 当時のフランス情報部の惨めな状況が印象的でした。飲みながらカードゲームをしたり、雑用係が居眠りしていたり。また、捜査にあたる技術面でのショックも大きく、現代を生きる観客からすれば驚くことばかりでした。

その状況は事実で(正確に表現されていて)映画でも正確に表現しました。そして、当時は当然それが最新の技術だと思われていたのです。人類史上初の自動車、電話、コダックのカメラが発明された時代ですからね。ロバート・ハリスが自身の著書のために行った研究も非常に役立ちました。一方で、このような技術の高慢さによって、悪名高い筆跡鑑定人のベルティヨンのような研究者は、根本的な過ちを犯すこととなり、その後も考えを改めることはありませんでした。

―― 事件の証拠の一つに、密書の存在があります。

これはドイツ大使館の駐在武官事務所内のゴミ箱から盗まれた、破れた手紙です。手紙には、フランス将校がドイツ人に120mm 式銃を含む軍事機密の情報提供を申し出る内容が書かれています。フランス軍は、新型の75mm 式銃、つまり射撃の衝撃を吸収するように設計された無反動砲身を秘密にしていたので、この種のリークには非常に敏感でした。
 

ゾラがフランス共和国大統領に宛てた、オーロール新聞に掲載された有名な告発状「私は弾劾する」によって事件は明るみになりました。この告発状なしにこの事件が終わりを迎えることはなかったでしょう。


―― 敵意は、世論、ピカールの跡を継ごうとする アンリ、そして軍部と、さまざまな形で現れました。その一方で 、エミール・ゾラやクレマンソーのようなドレフュスを助けようとする人たちもいました。

ゾラがフランス共和国大統領に宛てた、オーロール新聞に掲載された有名な告発状「私は弾劾する」によって事件は明るみになりました。この告発状なしにこの事件が終わりを迎えることはなかったでしょう。クレマンソーも大きな役割を果たしました。事件が終わった7年後、彼自身が首相だった際、ピカールを軍事大臣に任命しました。ゾラはドレフュスへの関与により懲役1 年と3000フランの罰金という大きな代償を払うこととなりました。彼は自宅の暖炉の煙で窒息死しました。一部ではアンチ・ドレフュスによって殺害されたとも言われています。いずれにせよ、エドゥアール・ドリュモンの反ユダヤ系新聞「ラ・リーブル・パロール」には彼の死を歓喜するニュースが掲載されていました。
 
―― 劇中、「ユダヤ人に死を」というプラカードを何度か目にしました。反ユダヤは消滅したのではなく、変容し、別の顔を持ち、過激派左翼となり、イスラエルの敵、そしてイスラム過激派となっています。今日における新しいドレフュス事件は起こりえると思いますか?

現代のテクノロジーでは筆跡鑑定の不備で有罪になるようなケースはありえないでしょう。また、軍においても考え方が変わったので、確実に同じことは起きないでしょう。もはや神聖な存在なんてありません。昔は軍隊が無限の権力を持っていましたが、今日私たちは軍隊を含め全てに対して批判することを許されています。しかし、別の事件が起こる可能性は十分あります。冤罪、ひどい裁判、腐敗した裁判官、そしてなによりも公正な裁判と上訴権なしに有罪判決を下すソーシャルメディア。事件が起こりうる要素はすでに揃っていますからね。
 
―― あなたにとってこの映画はカタルシスのようなものだったのでしょうか?

いや、そんなことはありません。私の作品は自身のセラピーではないです。ただこの映画で描かれている迫害の多くを知っているのは認めざるを得ないし、それが私を奮い立たせたのは事実です。

※海外オフィシャルインタビューより

 

予告編

本編映像+予告編

 

公式サイト

6月3日(金) TOHOシネマズ シャンテ、アップリンク吉祥寺ほか全国公開

監督:ロマン・ポランスキー
脚本:ロバート・ハリス、ロマン・ポランスキー
原作:ロバート・ハリス「An Officer and a Spy」
出演:ジャン・デュジャルダン、ルイ・ガレル、エマニュエル・セニエ、グレゴリー・ガドゥボワ、メルヴィル・プポー、マチュー・アマルリックほか

2019年/フランス・イタリア/仏語/131分/4K 1.85ビスタ/カラー/5.1ch/原題:J’accuse

日本語字幕:丸山垂穂
字幕監修:内田樹
提供:アスミック・エース、ニューセレクト、ロングライド
配給:ロングライド

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