『Cloud クラウド』登場人物の誰一人として感情を接続できない現代の戦争を描く

『Cloud クラウド』登場人物の誰一人として感情を接続できない現代の戦争を描く

2024-09-16 11:11:00

Netflixの話題作『地面師たち』において、彼らが詐欺で盗む金額は数億円単位。金を得るという欲望がある意味ギラギラしている。一方『Cloud クラウド』の菅田将暉演じる吉井は転売ヤーで、儲けられる額は高くて数千万単位。その上仕入れにも梱包発送にも手間がかかる。地面師に比べるとせこい商売だ。地面師は犯罪、転売ヤーは合法ではあるが。

『地面師たち』が稼いだ金で最後に欲望を満たす姿は、海外生活など金持ちのテンプレートとして想像できる。しかし、吉井の転売ビジネスによるゴールや、そこにある欲望は映画では全く見えない。そのため、鑑賞者は『地面師たち』の登場人物に感情移入することができるが、本作の登場人物たちには見事なほど誰一人として感情を接続できない。

タイトルに「Cloud」というインターネット世界の概念をつけた黒沢監督の意図は何か。映画の最後、車の外のヴィジュアルでそれは暗示されているのだが。現在、多くの人が肉体を伴う現実の世界とは別にスマホやPCからネットに繋ぎクラウドの中で生きている時間が、生活の相当の割合を占めていることは間違いない。一見、クラウド上で誰かと関わっているようだが、そこは肉体的接続のない世界。

黒沢監督は、この映画は「戦争」であるという。戦争を企てる最上層部の人間には、欲望もあり、意志もあり、感情もあるだろう。しかし、命令で戦う兵士たちには感情や欲望がはたらく機会はなく、ただコマとして生きて戦うということだろう。従って、本作後半の工場でのシーンは「戦場」を描いているといえる。テレビの報道でしか戦争のニュースを見ないが、実は、この現代、特にクラウド上は、金儲けと憎悪が増幅される装置であり、そこはすでに「戦場」なのだ。

本作は、米アカデミー賞国際長編映画賞「日本代表作品」に選ばれた。日本映画製作者連盟においてエントリーされた13本の中から5名の審査委員により選出された。

さて、アメリカのアカデミー委員は、『Cloud クラウド』を国際長編映画部門の10本のショートリストに残すだろうか。国際社会は、ウクライナ、パレスチナと戦争の時代である。

黒沢監督の「金儲けと復讐が折り重なって増幅され、ついに暴力が作動し、気が付いたらもう引き返せなくなっている。現代の戦争も、ひょっとするとこのようにして起こるのかもしれない」というコメントを強く押し出せば、本作が転売ヤーという日本の世相を描いているのではなく、世界に起きる戦争、そして戦場を描いている普遍的テーマを持った作品ということでショートリストに残るのではないかと思う。

ネットの世界では再生回数が全て金に変わる仕組みをプラットフォーマーが築き上げている。接触回数を増加させれば社会全体を洗脳でき、フォロワー数の多いものが望む世界に変えることができる装置となる仕組みが完成している。この映画は、そのような現代のインターネット空間への黒沢監督からの圧倒的批評を込めた作品だ。

ぜひ、本作において黒沢監督が、現代の戦争、そして戦場、それは誰も人としての感情を接続できない世界であり、憎悪、幸福、愛情といった人間の感情が切断された誰かの掌の上だけで動かされている世界「クラウド」を描いているのだということを、アカデミー委員へ向けてロビー活動を行ってほしい。まず、以下の監督のメッセージを英語に翻訳して発信してはどうだろうか。(TA)

イントロダクション

【主演】菅田将暉×【監督・脚本】黒沢清が初タッグ!

“誰もが標的になりうる”見えない悪意が暴走する現代社会の恐怖を描くサスペンス・スリラー。

 第81回ヴェネチア国際映画祭正式出品

ストーリー

吉井良介(菅田将暉)は、町工場に勤めながら“ラーテル”というハンドルネームを使い転売で日銭を稼いでいた。医療機器、バッグにフィギュア……売れるものなら何でもいい。安く仕入れて、高く売る、ただそれだけのこと。

転売の仕事を教わった高専の先輩・村岡(窪田正孝)からの“デカい”儲け話にも耳を傾けず、真面目にコツコツと悪事を働いていく。吉井にとって、増えていく預金残高だけが信じられる存在だった。

そんな折、勤務先の社長・滝本(荒川良々)から管理職への昇進を打診された吉井は、「3年も働いたんだ。もう十分だろう」と固辞し、その足で辞職。郊外の湖畔に事務所兼自宅を借り、恋人・秋子(古川琴音)との新しい生活をスタートする。

地元の若者・佐野(奥平大兼)を雇い、転売業が軌道に乗ってきた矢先、吉井の周りで不審な出来事が重なり始める。徘徊する怪しげな車、割られた窓ガラス、付きまとう影、インターネット上の悪意――。

負のスパイラルによって増長された憎悪はやがて実体を獲得し、狂気を宿した不特定多数の集団へと変貌。その標的となった吉井の「日常」は急速に破壊されていく……

黒沢清監督コメント

現代日本の片隅で、時折まったく無目的と思われる暴力事件が起きることがある。原因を探っていくと、そこにはちょっとした恨みやムシャクシャした気分がインターネットによって集結し肥大していくシステムがあるようだ。私はこうした現象がアクション映画の題材になるのではないかと考え、この企画をスタートさせた。

主人公は、ささやかな金儲けによって少しでも人より優位に立ちたいと願う、ごくありふれた男である。この人物が不用意に周囲の恨みを買い、最後には命を賭けた死闘へと引きずり込まれる物語だ。しかし撮影が進むにつれて、私はこの映画がそう簡単にスカッとするアクションにはなっていかないことに気づいた。

その理由のひとつは、主演の菅田将暉が驚くべき演技力でこの人物に深い陰影と複雑さをもたらしてくれたこと。もうひとつは、この死闘が思いがけず“戦争”の様相を見せ始めたことだ。金儲けと復讐が折り重なって増幅され、ついに暴力が作動し、気が付いたらもう引き返せなくなっている。現代の戦争も、ひょっとするとこのようにして起こるのかもしれない。

黒沢清監督プロフィール

1955年生まれ、兵庫県出身。大学時代から8ミリ映画を撮り始め、『神田川淫乱戦争』(83)で商業映画デビュー。90年代、『勝手にしやがれ!!』シリーズ(95~)『復讐 運命の訪問者』(96)、『復讐 消えない傷痕』(96)など、Vシネマ作品を中心に活躍。『CURE』(97)で世界的な注目を集め、『回路』(00)で第54回カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞を受賞。『トウキョウソナタ』(08)では、第 61回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞ならびに第3回アジア・フィルム・アワード作品賞を受賞。連続ドラマ「贖罪」(11/ WOWOW)では、第69回ヴェネツィア国際映画祭にテレビドラマとして異例の出品を果たしたほか、多くの国際映画祭で上映された。今年は、配信作品「Chime」、フランス製作のセルフリメイク『蛇の道』(公開中)、本作『Cloud クラウド』の3作品が立て続けに公開される。

アップリンク吉祥寺アップリンク京都 ほか全国劇場にて公開

公式サイト

2024|日本|カラー|ヨーロピアンビスタ|DCP|5.1ch|123分|G

監督・脚本:黒沢 清

主演:菅田将暉

出演:古川琴音 奥平大兼 岡山天音 荒川良々 窪田正孝 赤堀雅秋 吉岡睦雄 三河悠冴 山田真歩 矢柴俊博 森下能幸 千葉哲也 松重豊

製作幹事:日活 東京テアトル

配給:東京テアトル 日活

©2024「Cloud」製作委員会