『メイ・ディセンバー ゆれる真実』脚本を読んだトッド・ヘインズはベルイマン『仮面/ペルソナ』アルトマン『3人の女』ニコルズ『卒業』を想起した

『メイ・ディセンバー ゆれる真実』脚本を読んだトッド・ヘインズはベルイマン『仮面/ペルソナ』アルトマン『3人の女』ニコルズ『卒業』を想起した

2024-07-14 11:11:00

『メイ・ディセンバー』親子ほど歳の離れたカップルを指す慣用表現。メイ(5月)は、若さや青春を象徴し若い方のパートナーを。ディセンバー(12月)は年齢や成熟を象徴し、年上のパートナーを表す。

映画は、36歳の女性教師と13歳の少年の実際に起きた事件からの20年後を描いている。
2023年のカンヌ国際映画祭のコンペティション出品作品、ゴールデングローブ賞、アカデミー賞にもノミネートされた。

二人の関係を映画にしたいと事件から20年経ち平穏に暮らす二人の元を訪れる映画監督にナタリー・ポートマン、その当時の女性教師をジュリアン・ムーアが演じ、二人の演技対決を『キャロル』のトッド・ヘインズが監督。

映画を見るにあたって、以下の「プロダクション・ノート」を読んでおくと、二人の演技と監督の演出意図がわかり、映画を見る面白さが増すだろう。

もちろん、なんの情報も得ず1回目は観て、再度見るときは「プロダクション・ノート」を参考にするかはお任せします。

 

イントロダクション

かつて社会を騒がせた36歳の女性と13歳の少年の不倫騒動“メイ・ディセンバー事件”。女性は実刑になるが、獄中出産を経てふたりは結婚し、平穏な日々を送っていた。しかし、長い時を経て事件の映画化が決定。主演女優がふたりのもとを訪れたことで、あの時の真相と現在の本心が浮かび上がってくる。果たしてふたりの関係は犯罪だったのか、純愛だったのか、それとも──。

『エデンより彼方に』『キャロル』など、重厚かつセンセーショナルな作品で熱狂的なファンをもつ異才トッド・ヘインズ監督が、ふたりのオスカー女優とタッグを組み、観る者すべてを“抜け出せない万華鏡”に誘う衝撃のドラマを描き出した。

ストーリー

当時36歳の女性グレイシーはアルバイト先で知り合った13歳の少年と情事に及び実刑となった。少年との子供を獄中で出産し、刑期を終えてふたりは結婚。夫婦は周囲に愛され平穏な日々を送っていた。ところが23年後、事件の映画化が決定し、女優のエリザベス(ナタリー・ポートマン)が、映画のモデルになったグレイシー(ジュリアン・ムーア)とジョー(チャールズ・メルトン)を訪ねる。彼らと行動を共にし、調査する中で見え隠れする、あの時の真相と、現在の秘められた感情。そこにある“歪み”はやがてエリザベスをも変えていく……。

プロダクション・ノート

女優のナタリー・ポートマンは、脚本に魅了され、制作会社を立ち上げたばかりで、まだタッグを組んだことのない、しかしこの題材にピッタリな監督トッド・ヘインズに脚本を送っ た。

ヘインズがポートマンから脚本を受け取ったのは、2020 年。映画界は新型コロナウィルスによって停滞を余儀無く されており、多くの制作者たちが“次のプロジェクト”に向けて準備と構想を練っていた時期だ。

「最初に脚本を読んだ時、イングマール・ベルイマンの『仮面/ペルソナ』(66)のことが頭にパッと浮かんだ。中心 になっている 2 人の女性のキャラクター、そのひとりは『仮面/ペルソナ』と同じく女優だが、2 人の女性の実体が融 合する際の描き方について考えたんだ。さらに同じベルイマンの『秋のソナタ』(78)や、ロバート・アルトマンの『三人の女』(77)のことが頭に浮かび、 『卒業』(67)『サンセット大通り』(50)『日曜日は別れの時』(71)など、年上の女性と若い青年の関係を 描いた作品についても考え始め......そう、いつしか“どうやってこの脚本を映画化すればいいか?”について考えるよ うになったんだ」

女優のエリザベスと、彼女が新作映画で演じる役のモデルになったグレイシーを誰が演じるのか?ヘインズは即答 で、脚本を送ってきたナタリー・ポートマンと、これまで繰り返しタッグを組んできたジュリアン・ムーアを選んだ。ふたりと もオスカー受賞経験のある名優だが、本作が初共演だ。

「往々にして俳優は、社会的に悪いと思われるようなことをしている人に惹かれるものです。芸術というのは、批判 することはしないで、理解できるところを探すことができる場所だから。裁判は法律や社会のためのものだけれど、芸 術はただ心を覗き込み、その好奇心に自分の身を委ねるためのものなんです」と ポートマンが語る。

映画の冒頭、エリザベスとグレイシーは別々の場所にいる。経歴も違えば、考え方も話し方も見た目も違う。
監督とスタッフはふたりのルックを探り、グレイシーの見た目を決めるところから創作を始めた。20 年前の事件以来、 他人の目や好奇な関心にさらされ続けている彼女は、周囲の目や軽蔑をシャットアウトし自分の世界に没頭している。そこでパステルカラーに染めた羽のようなふんわりとした髪、ラベンダー、ピンク、アイボリーといった色味のフェミニ ンなカラーをまとう“プリンセス”のイメージが追求された。一方のエリザベスは、都会からやってきたテレビ女優で“ハリ ウッド王室”のイメージ。黒髪で、衣装もダークな色合いで登場する。

しかし、エリザベスはグレイシーを演じるために彼女に近づき、行動を共にし、周囲の証言を集める中で次第に変化 を遂げていく。まずは見た目から。冒頭でエリザベスはバーガンディ(濃い赤紫色)の服を着ているが、次第にグレ ー、ラベンダー、ピンク、ベージュ......“グレイシー色”へと変化していく。
そして、エリザベスがグレイシーとの距離を縮めることで、双方の心境に“歪み”と“ゆらぎ”が生まれる。このことを表現 するため、本作では 鏡 が重要なモチーフとして使用された。劇中でふたりが鏡に向き合い、グレイシーがエリザベス にメイクのしかたを教えるシーンは「本作の目玉であり、ターニングポイントだ」とヘインズは語る。
 
「あの場面は、エリザベスのグレイシー研究が進展し、ふたりが信頼し合い、打ち解け合ったことを示しています。シ ーンは鏡の中で演じられますが、ふたりはカメラのレンズに向かって演じており、観客は 自分自身を見ているグレイ シーとエリザベス を観察するわけです」。

本作はサスペンスなのか? それともサスペンスだと捉えてしまう部外者の心の内を描いているのか? 本作の音楽 は物語にさらなる深みと奥行きをもたらしている。

当事者と観察者、観る者もまた試される。

ヘインズは「本作は、女優と彼女が映画で演じる人物、ふたりの女性を描くことから始まり、お互いを知り、鏡に映し 合い、そこから生まれる信頼と不信が描かれる。しかし、最終的に物語の中心となるのはジョーというキャラクター。 つまり、本作は 3 人のポートレート映画ということになるね。この物語に登場するすべての人々が、自分自身や自 分たちのした選択を直視することを拒否し続けるという点で、本作は実に普遍的な話と言える。私は、観客が映 画の中で起こることに疑問を感じ、その解釈のプロセスを、心から楽しむことができるスタイルを見つけたいと思ったん だ」と言う。

 

 

『メイ・ディセンバー ゆれる真実』予告編

公式サイト

2024年7月12日(金)  TOHOシネマズ日比谷、アップリンク吉祥寺ほか全国順次ロードショー

監督:トッド・ヘインズ
出演:ナタリー・ポートマン、ジュリアン・ムーア、チャールズ・メルトン
配給:ハピネットファントム・スタジオ

(2023年/アメリカ/カラー/アメリカンビスタ/5.1ch/英語/117分/R15+)