『若武者』 三人の若者が孕む「静かな狂気」の物語

『若武者』 三人の若者が孕む「静かな狂気」の物語

2024-05-25 18:10:00

「誰もが観たい映画ではなく、誰かが観たい映画」。「若武者」という作品を説明するのに最も相応しい言葉であろう。映画は、テレビとは違い、スイッチを入れさえすれば見ることが可能なものではなく、家から出て映画館に行き、チケットを求めて、映画館に入らなければ見られない、ある程度主体的な行動を起こさなければ、映画を手に入れることはできない。映画鑑賞は、一見受動的に感じられるが、実は能動的な行動を伴わないと成立しない。一般的な映画以上に、この映画は、その傾向が強い。つまり、この映画は、観たいと行動をあえて起こす人のための作品だ。この映画は間違いなく、あえて行動を起こしてでも見る価値のある作品であることを筆者は保証する。

この映画のテーマは、日常の中で、「人生」への疑問、「善/悪」「生/死」「自/他」を求めて彷徨う若者たちの物語で、実は、極めて哲学的な問いかけが、何気ないセリフのようでいて、演劇的なセリフの応酬によって、観客にぶつけられていく。現在の日本は世界中どこを探しても、他に存在しないくらい、平和で豊かな国で、他国の人にとって、誰もが羨む国であるのだが、そこに住む人々は幸福を感じていない。若年層は、特にそうだ。その原因はどこにあるのか。おそらく誰もわからない。その分からない、あるはずの幸福感を人々から奪っている原因を作る得体の知れないものの存在が、この映画の若者たちの行動を支配しているのかも知れない。主人公たちは、その得体の知れないものに、イライラし、時に怯え、時に怒りを爆発する。だが、その得体の知れないものは、姿を表さないばかりか、主人公たちからの行為を全て、受け止めることなく、風に靡く柳のようにスカし(いなし)てしまう。そして、最後は、当然の帰結のように、自分たちの怒りを自分たちに向けてしまう。

このように、一見単純な若いジェネレーションのストーリーのようだが、実は哲学的な問題を内包させる奥行きのある映画で、それを表現する映像も、様々な工夫がなされている。まず、画角が、今では一般的なHDに近いビスタサイズ(1:1.85)ではなく、スタンダードサイズである1:1.33である。小津安二郎作品をはじめかつての映画は、ほとんどがこの比率だった。HD以前のSDと呼ばれるテレビの画角がこの比率で、テレビニュースのインタビューのように真ん中に人物を置いてバストショットで撮る時、安定した映像となる。この画角を使って、本作品では、人物をあえて、真ん中に置かず、ずらすことで、不安定さを演出し、人物があえて演劇的に、そして雄弁に語るフィロソフィーを不安定なものに落とし込んでいる。そして、映画の色に関する演出も、高画素テレビで見られるような、色鮮やかなギラギラした色を脱色させたような、現代の我々が見慣れているものを嘲笑うかのような色による演出が行われている。様々なことを計算して作られているのがこの作品だ。

最後に、映画の最初の方で3人の主人公が、死んだかつての友人の墓参りに行くシーンがある。このシーンは、江戸時代の処刑場である小塚原の刑場の後に作られた南千住の延命院にある墓地だ。そこは線路に挟まれた狭い墓地で、処刑された人たちを弔う首切り地蔵があるので有名だ。ここから映画はラストへ向けて疾走していく。3人の主人公を演じた坂東龍汰、髙橋里恩、清水尚弥は、倦怠と無気力を合わせながら、言いようのないエネルギーを持て余している人物たちを現代のヒーローへと昇華させる好演が光る。この不安に満ちた映画を作り出した二ノ宮隆太郎監督はただものではない。こういう映画を是非とも応援したいものだ。


二ノ宮隆太郎 監督コメント


映画監督を志した頃から若者3人組の話を描きたいと思っていました。
その後入った鈍牛倶楽部という事務所には若手の俳優が多く所属していて、彼らと一緒に映画を作りたいと考え、脚本執筆を始めたのが本作を手掛けたきっかけです。

この映画の若者は、一⾒とても幼稚なことを話します。ですが、この世界をどう生きていくことが⾃分にとって、他人にとって、世界にとっての革命になるのかということを真剣に思考します。素晴らしいキャスト、スタッフの皆さんと他に無い映画を作りました。ぜひ観ていただけたら幸いです。

二ノ宮隆太郎
にのみや りゅうたろう
監督
1986 年 8 月 18 日生まれ(37 歳)。神奈川県出身。
2012 年、初の長編作品『魅力の人間』が第 34 回ぴあフィルムフェスティバルで準グランプリを受賞し、海外映画祭でも好評を博す。2017 年、監督、主演を務めた長編第二作『枝葉のこと』が第70回ロカルノ国際映画祭の新鋭監督部門に選出される。2019 年、長編第三作『お嬢ちゃん』が公開。前作『逃げきれた夢』は カンヌ国際映画祭 ACID 部門に正式出品された。俳優としても活躍しており、『山女』(福永壮志監督、23)『LOVE LIFE』(深田晃司監督、22)『ヤクザと家族』(藤井道人監督、21)などへ出演し、強い印象を残している。

 

イントロダクション

唯一無二のスタイルで世界を圧倒し続ける二ノ宮隆太郎監督。待望の最新作は、3人の若者を主人公に描く青春群像劇で、主演には期待の新世代俳優・坂東龍汰、髙橋里恩、清水尚弥が抜擢された。彼らを取り巻く大人たちには、木野花、豊原功補、岩松了ら実力派俳優らが名を連ねる。さらに、音楽ユニット・ group_inouのimaiが長編映画では初めて音楽を手掛け、予測不能な展開に彩りを加える。

「善/悪」「生/死」「自/他」という人生の普遍的な問いに独自の目線で光を当てる鋭い言葉の応酬と、不穏かつ美しい絵画的ショットの連続で、日本映画の新たな地平を切り拓く衝撃作が誕生した。

「誰もが観たい映画ではなく、誰かが観たい映画を作る。」をミッションに掲げる新レーベル、「New Counter Films」第一弾作品。

ストーリー

工場に勤める寡黙な渉(坂東龍汰)、血の気の多い飲食店員の英治(髙橋里恩)、一見温厚そうに見える介護士の光則(清水尚弥)は、互いに幼馴染の若者である。

ある晩秋の昼下がり、暇を持て余した彼らは“世直し”と称して街の人間たちの些細な違反や差別に対し、無軌道に牙を剥いていく。

その“世直し” は、徐々に“暴力”へと変化してしまうのだった─。


『若武者 』予告編



公式サイト

 

2024年5月31日(金) アップリンク京都、ほか全国順次ロードショー

 

監督・脚本:ニノ宮隆太郎
出演:坂東龍汰、高橋里恩、清水尚弥、木越明、冴木柚葉、大友律、坂口征夫、宮下今日子、純乃あみ、土屋陽翔、新名基浩、小林リュージュ、須森隆文、島津志織 、大河内健太郎、五頭岳夫、矢野陽子、矢島康美、木野花、豊原功補、岩松了
エグゼクティブ・プロデューサー:堤天心、関友彦
プロデューサー:鈴木徳至
制作プロダクション・配給:コギトワークス

2023年/⽇本/DCP/カラー/スタンダード(1.33:1)/5.1ch/103分

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