『バティモン5 望まれざる者』前作『レ・ミゼラブル』で世界にその名を知らしめた新星ラジ・リによる、パリ郊外の真実を描いた社会派ドラマ

『バティモン5 望まれざる者』前作『レ・ミゼラブル』で世界にその名を知らしめた新星ラジ・リによる、パリ郊外の真実を描いた社会派ドラマ

2024-05-23 00:45:00

移民たちの集まる団地の一掃を目論む「行政」と、それに反発する「住人」による対立と衝突が、疾走感と緊迫感の中で展開していく社会派ドラマ。〈バティモン5〉のバティモンは、シンプルに「建物」という意味だ。

監督は、出身地であるパリ郊外の犯罪多発地区モンフェルメイユを舞台にした前作『レ・ミゼラブル』でその名を世界に知らしめた新鋭ラジ・リ。役者として、また1994年にアーティスト集団クルトラジメのメンバーとしてキャリアをスタートさせ、現在は監督業と共に、写真家らとのアートティスト活動も行っている。

『レ・ミゼラブル』では、第72回カンヌ国際映画祭審査員賞受賞、第45回セザール賞4冠最多受賞(観客賞、最優秀作品賞、有望男優賞、編集賞)、第92回アカデミー賞国際⻑編映画賞ノミネート、第77回ゴールデングローブ賞外国語映画賞ノミネートなどの快挙を果たした。それから4年後、ラジ・リ監督のもとに『レ・ミゼラブル』製作スタッフが再集結し、再びバンリュー(※)を舞台に、タイムリーな社会問題をリアルに映し出したのが本作である。

重層的なフランス社会が見事に描かれ、想像もつかないように思える遠い国の移民たちの体験でさえ、その理不尽も憎しみも、観る者の心を鷲掴みにする。

それは、現実の生々しさを伝える技術が卓越している以上に、なにより「ルサンチマン(ressentiment)」の表現が卓越しているからだろう。憎しみ、怨恨、復讐感情と訳される「ルサンチマン」には、弱者が強者に対して抱く「恨み」や「嫉妬心」というニュアンスがある。本作はこの「ルサンチマン」と呼ばれる感情をより的確に描き出し、フランス社会が生み出した闇を、どのようにそれが生まれるのかを含めて炙り出してゆく。

魂の奥から湧き上がる純粋な叫びとしてのルサンチマンには、むしろ高潔な印象すらある。多くの人々の共感を引き出す力と、清々しいほどの説得力がある。フランス人のリアルなエスプリに触れたければ、この映画はまさにその助けとなるはずだ。

※フランス語で郊外を意味する banlieue(バンリュー)は「排除された者たちの地帯」との語源をもつ。19世紀より労働者の街として発展し、戦後は住宅難を解消する目的で大量の団地が建設された。団地人気が低下する1960年代末より旧植民地出身の移民労働者とその家族が転入し、貧困や差別などの問題が集積する場となった。

 

ラジ・リ 監督インタビュー


――『Les Indésirables』は明らかにモンフェルメイユやクリシー=ス=ボワで起きている現状をほのめかしていますが、あなたはこの映画を架空の町モンヴィリエに設定しています。それは普遍性を求めたからでしょうか?

私はモンフェルメイユ出身です。モンフェルメイユで育ち、そこで生活する人々の体験談は、必然的に私の映画を作り上げていますが、本作では枠組みを広げるのが目的でした。モンフェルメイユの近隣で起きていることは、フランスや他の多くの都市で起こっています。

架空の都市を選んだのは、誰もがそれに共感できるようにするためでした。アンサンブル映画を選択したのも同じです。ストーリーの中にさらにストーリーがあります。市長、そして地域活動家、さらに副市長まで...。すべてが政治への観察によって繋がっています。『Les Indésirables』は、今こそ物事を再考する時が来たことを疑いません。活動家のアビーはその象徴であり、新しいやり方や道を模索しています。私は彼女を通して、政治に関心を持ち始めたこの地域出身の新世代を喚起したかったのです。古い世代はまだ権力を握っていますが、私たちの住む世界についてもはや何も理解していないのです。

――枠組みを拡大されたことにより本作は『レ・ミゼラブル』とは異なるミザンセーヌです。『Les Indésirables』では同じように都市空間を撮影されていません。

形式が変わったのは、両作とも舞台は同じですが題材が異なっているからです。

『レ・ミゼラブル』では警察の行動、特にBAC(犯罪対策班)の問題が主題でした。『Les Indésirables』は同じ地域が舞台ですが社会住宅など異なる問題を扱っています。そのため、私はミザンセーヌをより建築的なものをベースにしています。冒頭の空中ショットは、この物語がこれから展開する社会的、都市的文脈を設定するための都市地図として機能します。

本作の『Bâtiment 5』(ブロック5)という題名は、まさに私が育った建物の名前です。私自身、フランス最大級の都市再生計画の実施の様子を目にしました。同時に地域住民がその被害者になる様子も目の当たりにしました。この映画で描かれている住民の強制退去、彼らのアパートをとんでもない安値で買い取る過程は、私が強く印象付けられた現実です。

事実をありのままに定義するべきで、それは巨大な詐欺でした。ミザンセーヌの話に戻ると、私はいつまでもKourtrajméの痕跡と少ない資金で臨機応変に映画を作る方法を使い続ける、独学の映画監督のままであると思います。『レ・ミゼラブル』によって、私は何とかプロフェッショナルとしての道を歩むことができました。『Les Indésirables』ではより大きな資金が手に入ったため、手持ち撮影やゲリラ的な撮影を減らすことができました。またこの映画はより政治的な側面があるので、空間の撮影、建物の階段や市庁舎の廊下などを組み込むことで、時代や力の関係を感じ取る表現をすることが出来ました。

――他に前作と異なる点は女性の存在感が増しており、時にはキャラクターをペアリングしていることです。アビーとブラズ、市長と彼の妻または女性議員、そしてシリア移民の家族、父娘などです。なぜこの選択をされたのでしょうか?

『レ・ミゼラブル』では女性の登場人物が少ないことについて多くの批判を受けました。私たちは決して『レ・ミゼラブル』を本質的に男性的なテーマにしたくなかったし、警察との関係を「男たちの物語」にすることは望んでいませんでした。本作の『Les Indésirables』における女性のより重要な存在は、意図的なわけではなく、単に現実がそうだからです。彼女たちは存在し、強く、戦っています。私たちが持つ「このような地域の女性たちは静かに生活している」というイメージは陳腐です。それどころか、彼女たちは非常に存在感があり、特に地域社会活動で活発に活躍しています。


ラジ・リ
監督
フランス、モンフェルメイユ(セーヌ=サン=ドニ県)出身。
役者として、また、1994年に彼の幼少期からの友人であるキム・シャピロンとロマン・ガヴラスが起こしたアーティスト集団クルトラジュメのメンバーとしてキャリアを始める。1997年、初の短編映画『Montfermeil Les Bosquets(原題)』を監督、2004年にはドキュメンタリー『28 Millimeters(原題)』の脚本を、クリシー、モンフェルメイユ、パリの街の壁に巨大な写真を貼ったことで有名になった写真家JR(ジェイアール)と共同で手がける。2005年のパリ暴動以降、クリシー=ス=ボワの変電所に隠れていたジエド・ベンナとブーナ・トラオレという2人の若者の死に衝撃を受け、1年間自分の住む街を撮影することを決意、ドキュメンタリー『365 Days in Clichy-Montfermeil(原題)』(17/未)を制作する。その後もドキュメンタリーを撮り続け、2014年には市民軍とトゥアレグ人が戦争を始めようとしている地域にスポットを当てた『365 Days In Mali(原題)』を、2016年には、NGO団体マックス・ハーフェラール・フランスの広告『Marakani in Mali(原題)』を監督する。2017年、初めての短編映画『Les Misérables(原題)』を監督し、2018年セザール賞にノミネート、クレルモンフェラン国際短編映画祭にて受賞。同年、監督・脚本家のステファン・デ・フレイタスと共同で『A Voix Haute(原題)』を監督し、再びセザール賞にノミネートされる。長編映画監督デビュー作であり、同名短編映画にインスパイアされた『レ・ミゼラブル』(19)は、第72回カンヌ国際映画祭審査員賞受賞をはじめ、第92回アカデミー賞®国際長編映画賞フランス代表、第77回ゴールデングローブ賞外国語映画賞ノミネートなど主要映画祭にて賞レースを席巻し、一躍その名を世界に轟かせた。2022年にはパリ郊外のスラム地区での暴動を映し出したNetflix映画『アテナ』で製作・脚本を手掛け、持ち味であるノンストップの凄まじさで話題を呼んだ。

 

ストーリー

パリ郊外に存在する“10階建てのスラム”=通称「バティモン5」
エリア一掃を目論む行政 VS 反発する住人たち。 “排除”と“怒り”の衝突を描く緊迫の105分

パリ郊外(バンリュー)。ここに立ち並ぶいくつもの団地には労働者階級の移民家族たちが 多く暮らしている。再開発計画があるこのエリアの一画=バティモン5では、老朽化が進んだ団地の取り壊し計画が進められていた。

市長の急逝で、臨時市長となった医者のピエールは、汚職を追及されていた前任とは異なり、クリーンな政治活動を行う若き政治家だ。居住棟エリアの復興と治安改善を政策にかかげ、理想に燃えていた。一方、バティモン5の住人で移民たちのケアスタッフとして働くマリにルーツを持つフランス人女性アビーは、行政の怠慢な対応に苦しむ住人たちの助けになりたいと考えている。友人ブラズの手を借りながら、住民たちが抱える問題に向き合う日々を送っていた。

日頃から行政と住民との間には大きな溝があったが、ある事件をきっかけに両者の衝突は激化することになる。バティモン5の治安改善のために強硬な手段をとる市長ピエールと、理不尽に追い込まれる住民たちを先導するアビー、その両者間の均衡は崩れ去り、激しい抗争へと発展していく――。


『バティモン5 望まれざる者』予告編

 

公式サイト

 

2024年5月24日(金) 新宿武蔵野館、HTC有楽町、アップリンク吉祥寺、ほか全国順次ロードショー

 

監督・脚本:ラジ・リ『レ・ミゼラブル』
出演:アンタ・ディアウ、アレクシス・マネンティ、アリストート・ルインドゥラ、スティーヴ・ティアンチュー、オレリア・プティ、ジャンヌ・バリバール

2023年/フランス・ベルギー/シネマスコープ/105分/カラー/仏語・英語・亜語/5.1ch

原題:BÂTIMENT 5/字幕翻訳:宮坂愛/映倫区分G
配給:STAR CHANNEL MOVIES
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ

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