『天安門、恋人たち』第59回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品作品。急激に発展する中国の中で、すれ違う恋愛の行方
今年開催されたカンヌ国際映画祭で、特別上映という形で1本の映画が上映され、世界が注目した。ロウ・イエ監督の『AN UNFINISHED FILM(未完成映画)』だ。ロウ・イエ監督らしく、コロナをテーマに中国政府があまり触れらくたくない社会問題に切り込んだ意欲作だ。
5月31日からUPLINK吉祥寺、京都を始め全国で公開する『天安門、恋人たち』は、中国の社会情勢を直接描いたものではないが、1987年から2001年までの急速に発展していった中国社会を一つの重要なファクターとして、1人の女性の人生を描いた作品だ。
天安門事件は、中国の発展にとって大きな意味を持つ事件となった。中国は悲願の台湾併合(結局2024年現在達成することは難しい)のための前段階として、香港返還という事業を1国2制度という魔法の言葉で推し進める。政治的な自由という手綱は緩めず、経済政策(改革開放)を推し進め、経済的な発展こそが、国民の政治的不満を起こさせない最大の政策であることを理解したのだと思う。
そういう時代の中で、本来中国の中枢を担うことを嘱望されているはずの北清大学生である主役の2人は、当初から勉学よりも恋愛や性愛に熱中し、挙げ句の果てに天安門事件の前後で、エリート街道から脱落してしまう。エリートから脱落をした2人とは裏腹に、中国はどんどん発展していく。彼ら2人は、彼ら同士でもすれ違うが中国社会ともすれ違う。そんな、2人に対し、中国の国民はおそらく強い共感を覚えるだろう。14億という人口を抱える中国では、とにかく激しい競争の中で生きなければならない。その中で、当然競争から脱落する人も多い(おそらく大多数が脱落する)。そういう社会の持つストレスが、ユー・ホンを恋愛へ駆り立てるかもしれない。この映画は18禁のレーティングを受けるぐらい性愛シーンが多い。この映画の性愛シーンこそが、彼女の魂の解放への志向や生きている実感を雄弁に語り、そして彼女の存在に、決定的なリアリティを与える重要なシーンとなるため、何一つ切り取ることができない。
日本国内において、中国に対する感情は複雑だ。領土問題や安全保障の問題で中国政府を嫌悪する人も多い。その反面、インバウンドで日本に来てもらいたい、あるいは中国市場の重要性は、日本経済を左右するので、もっと近づきたいと考える経済人は多い。はっきり言えることは、イメージだけで中国を嫌う前に、実際に現在を生きる中国人を知る必要は絶対にある。本当に生きている生身の中国人を理解するために、この映画を見る価値はある。
ロウ・イエ 監督
ロウ・イエ
監督
1965年生まれ。中国の脚本家、監督、プロデューサー。
1994年、『デッド・エンド/最後の恋人』で監督デビュー。2000年、『ふたりの人魚』は当局の許可なしにロッテルダム国際映画祭に出品したため中国では上映禁止となった。2003年、チャン・ツィイーを主演に1930年代の中国と日本の間の対立を描いた『パープル・バタフライ』は、カンヌ国際映画祭の公式コンペティション部門に選出。2006年、本作『天安門、恋人たち』は第59回カンヌ国際映画祭で上映され、再び5年間の映画制作・上映禁止処分となる。禁止処分の最中、検閲を避けるためフランスと香港合作で作られた『スプリング・フィーバー』は2009年カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞。その2年後、2011年タハール・ラヒム主演で『パリ、ただよう花』をフランスで撮影。2012年、カンヌ国際映画祭“ある視点部門”オープニング作品に選ばれた『二重生活』は、映画制作禁止後に、ロウ・イエが公式に復活を果たした作品。2013年、『ブラインド・マッサージ』はベルリン国際映画祭にコンペティション部門に選出され、台湾のアカデミー賞金馬奨で作品賞を含む6冠を受賞。2018年、広州・香港・台北を舞台にしたクライムサスペンス『シャドウプレイ』は金馬奨で4部門ノミネート。昨年公開の『サタデー・フィクション』はコン・リー主演、オダギリジョー共演による、1941年の太平洋戦争開戦前夜の上海租界を舞台としたスパイ映画で、第 76 回ベネチア国際映画祭コンペティション部門正式出品した。最新作は、『少年の君』のイー・ヤンチェンシー(易烊千璽)と『象は静かに座っている』のチャン・ユー(章宇)が出演する『三文字(原題:三個字)」(公開未定)と、日本及び欧米でも有名なバンド「重塑雕像的權利(Re-TROS)」のドキュメンタリー(公開未定)。最新監督作品『AN UNFINISHED FILM(未完成映画)』が2024年カンヌ国際映画祭での特別上映が決定。
フィルモグラフィー
1993年『周末情人(原題)』
2000年『ふたりの人魚』
2003年『パープル・バタフライ』
2006年『天安門、恋人たち』(本作)
2009年『スプリング・フィーバー』
2011年『パリ、ただよう花』
2012年『二重生活』
2014年『ブラインド・マッサージ』
2017年『シャドウプレイ』
2019年『サタデー・フィクション』
2024年『AN UNFINISHED FILM(未完成映画)』
イントロダクション
『AN UNFINISHED FILM(未完成映画)』で、本年度カンヌ国際映画祭特別上映招待作品となったロウ・イエ監督が2006年に撮り上げた『天安門、恋人たち』。奇しくも本作は2006年の第59回カンヌ国際映画祭で出品された作品だが、検閲を完了しないまま上映したため(検閲を実施する中国家新聞出版広電総局は本作品が映像が暗く不鮮明であるため検閲の判断がつけられず、再度修正して作品を再提出するように求め、一度は、再提出を行なったものの、再び再提出を求められたが、すでにカンヌ映画祭が始まってしまって、結果的に検閲を経ない状況の中、外国映画祭で上映したことになってしまった)、本作の中国国内上映禁止及び本作の監督を務めたロウ・イエには5年間の表現活動禁止処分が下された。しかし、本作品は、中国国内での上映が禁止されたにもかかわらず、世界中で上映され、海外の人々の支持だけにとどまらず、この作品の評判を聞いた中国の観客たちもさまざまな手段でこの作品を観て支持をした。中国国内では、密かに映画監督や俳優など業界内から高い評価を受け、伝説的な作品として名を馳せている。
本作品はロウ・イエ、監督自ら学生として天安門事件に参加した経験を持ち、事件直後から映画の構想を温め続けていた思い入れのある作品。
そこで、アップリンクでは、2006年公開時の35mmプリントをフィルムスキャンし、公開当初のフィルムに刻まれた当時の匂いや醸し出される時代の雰囲気を、壊さずに、ノンレストアによるDCP化しました。今回、改めて上映することを決定いたしました。
ストーリー
1987年、家族と恋人のいる故郷を離れ、中国東北地方から北京の大学に入学するユー・ホン。そこで彼女は運命の恋人チョウ・ウェイに出会う。学生たちの間には自由と民主化を求める声が高まり、キャンパス内では新たな息吹を感じさせる。そんな恋に落ちた2人は狂おしく愛し合い、そして激しくぶつかり合う。しかし1989年6月4日天安門事件を境に、2人は離ればなれになってしまう。チョウ・ウェイはベルリンへ脱出、ユー・ホンは国内各地を転々としながら仕事や恋人を変え生活している。数年後、心の中ではお互いを忘れることができない2人が経済成長著しい中国の重慶で、再会を果たすが……
公開に際して寄せられたコメント
曽我部恵一(ミュージシャン)
ぼくのすべてと言ってもいい映画です。
青春と愛、それらが失われてしまうこと。それでも生きていく人間の強さと弱さ。
そのすべてがあまりにも美しく、心を癒すと同時に傷つける。あとはもう叫び出すしかない、その一歩手前の激情が140分のフィルムに焼き付けられている。
すべての生きることは芸術です。この映画はそう言っています。永遠の傑作!
工藤将亮(映画監督)
ロウイエの映画にはフィルムには焼き付かないはずの” 匂い” を感じる。 時代や人間を通した社会の匂いだ。 暗闇でもがき苦しむ若者たちの 「生」 がしっかりと” 匂い” を纏って観客に訴えかけているのはフィルムによる所為かもしれない。 今回新たに作られたDCPはあえてデジタルレストアすることなくフィルムの質感を残すようにしたと聞いた。 傷やノイズを修正することなく、 作り手の意図や当時の観客が感じた空気そのものを閉じ込めたのだ。激動の時代、 社会や政治に翻弄される恋人たちの行き場の無い集燥感が伝わってくるこの映画を映画館の暗闇で体験してほしい。
高陽子(女優)
ユー・ホンの日記をこっそり見せてもらった。
羞恥心が芽生える前の自分を思い出した。誰しもが苦しみもがいた、夏の嵐のような青春時代。ユー・ホンは光に向かって走り続け、自分を解放できたのだろうか、それともまだ孤独の中にいるのだろうか。ロウ・イエ監督の表現に見事に浸ってしまった。大尊敬するハオ・レイさんが、命を削り骨の髄まで絞りきった名作を、ぜひ劇場でご覧ください。
きっと愛を渇望していた、あの頃の自分を思い出すはずです。
呉城久美(俳優)
私は彼女に夢中になった。
『私がここに生きているんだ!』
彼女はたったそれだけを全身全霊で伝えてくる。
笑う彼女も怒る彼女も、廃れた彼女も、裸の彼女も、とんでもない力で画面を震わしてくる。こちらの感覚まで震わされてしまい、こんなにも痛くて、青くて、乱暴で、目も当てられないはずのあなたが強烈に美しく見えてくる。
正直、映画館で見逃して後悔したな、、っていう作品は私も数あれど、この振動は、映画館で直に感じて欲しいと思うのです。
岩井志麻子(作家)
「愛してる」国にも恋人にも、この言葉は容易く言える。
口にすると、自分が気持ちいいから。
「愛してない」国にも恋人にも、この言葉はなかなか言えない。
自分を愛せなくなりそうだから。
川口敦子(映画評論家)
自由を幻視した恋人たちの鮮やかな夏、青春のその後を耐える辛さを国のそれと重ねて映画はまざまざとみつめ切る。
だからこそ20世紀末のあの眩しい夏を、冬枯れに向かう季節の重さを21世紀の今、フィルムに刻まれた傷を修正しない形で大画面に見ることのスリルが胸に迫る。ロウ・イエ渾身の快作を貫く戦慄(ふる)えを、痛みを、直視し、体感しよう!
『天安門、恋人たち』予告編
公式サイト
2024年5月31日(金) シアター・イメージフォーラム、アップリンク吉祥寺、アップリンク京都、ほか全国順次ロードショー
2006年製作映画『天安門、恋人たち』
原題:頤和園、英語題名:Summer Palace
製作国:中国・フランス
言語:中国語、日本語字幕付き
長さ:140分 撮影:35mm カラー
DCP上映、音声:5.1ch、スクリーンサイズ:1:1.85
配給・宣伝:アップリンク
©️LAUREL FILMS/DREAM FACTORY/ROSEM FILMS/FANTASY PICTURES 2006