『あこがれの色彩』二人の女性が自分らしく生きること、“美しさとは何か”を問いかける
『あこがれの色彩』は資生堂、ホンダ、ユニクロ、全日空などのCMディレクターを務める小島淳二 監督の作品。
小島監督は、インタビューで今後撮りたいテーマはと聞かれ「利潤を効率よく求める資本主義の反対側にあることで、経済的には必要ないけれど、人間らしく生きるために必要な出来事や人をテーマにしたいです」と答えている通り本作も同じテーマの作品だ。
美術部の部室で美大受験のための絵を描く高校生たち中で、自分の描きたい絵を描く高校生、結衣を「ポカリスエット」のCMに抜擢され注目を集めた中島セナが演じる。
そして、伝統的な有田焼の窯元で修業し、伝統に囚われない絵付けをしようとするのだが、師匠に「イッタラやマリメッコやってんじゃない」と怒られ、効率よく合理的に作らないと商売にならない世界に抗おうとする美樹をCMモデルを多く務める宮内麗花が演じる。
佐賀県の陶芸の街を舞台に、二人の女性が自分らしく生きること、“美しさとは何か”を問いかける。
小島淳二 監督インタビュー
―――― 本作の着想の経緯を教えてください。
自分の子供が、高校生の時に美大受験のために美術学校に通い始めて、帰って来る日によっては、すごく落ち込んで帰って来て一言も口を聞かずに部屋に入ることもありました。受験で通るための絵を描くように指導されることや周りといつも比べられ順位を付けられることが苦痛だったようです。そんな様子を見ていて、「自由に描けたら良いのに」と思ったことがスタートでした。もう一つのきっかけは、地元である佐賀県西部の焼き物の窯元が、衰退している様子でした。職人の人が作った手の込んだ絵柄より無地でシンプルなものが売れる。誰にでも受け入れられやすいけど、個性がないものばかりになっていくことがつまらないなという想いでした。人間的な柔らかい部分が、大切にされない寂しい世の中になってないかという疑問でした。
―― 主演の中島セナさん起用の決め手はどんなところにありましたか。
あるミュージックビデオで見かけて、彼女の佇まいと凛々しい表情が素敵だなと思いました。一番惹かれたのは、目です。目というより、まっすぐな目線なのかもしれません。遠くにある一番大切な所を見逃さないように見つめているかのような。主人公の結衣にとっては、絵を描くことだけが唯一自分を保てる方法。大人たちからも友人からも馴染めない人で、中島さんの存在がその孤立している様子を表現できると感じました。通し稽古がはじまってからも、けっして器用に立ち振る舞ったり、媚びたりせず、きちんと相手の目を見て話す様子に、このキャスティングは成功だったと確信しました。実際の彼女も趣味で絵を描いていたことも決め手になりました。その絵は、映画の中にも出てきています。
―― 本作のもう一人のヒロインとも言うべき美樹は、純粋さだけでは生きていけない“働く女性”の葛藤 を体現する役どころでした。2人の女性の物語を通して、観客にどんなことを感じていただきたいですか。
美樹は、自分の描きたい絵を使った焼き物を作ろうとしますが、うまくいきません。作りたいものを作って成功したかも知れないのに、師匠に教え込まれた価値観を信じ込んでいるためか踏み出せません。失敗が怖かったのかも知れません。美樹は、手描きにこだわります。手描きは、時間もかかるので価格も高くなりますが、作品にはプリントでは伝わらない作家の中にある想いが詰まっています。その想いを作者と購買者で交流できることは、とても人間らしい豊かな関係だと思います。そのことは、伝統工芸に限らず、絵画や音楽、服にも言えることです。この映画が、効率が悪く経済的でなくても、人が手間をかけて作ったものを大事にできる柔らかい感受性を持って暮らせることの素晴らしさに気づいてもらえるきっかけになれば嬉しいです。
―― 本作は有田焼がモチーフになっています。監督から見た有田焼の魅力とはどのようなところにありますか。
正確には、劇中で使用している作品は、大川内焼と言って江戸時代に佐賀・鍋島藩が極秘に献上品として作られていた地域にある窯元の作品です。大川内焼の窯元は、有田と山一つ隔てた場所にあります。一般に言われる有田焼には、400年の歴史があり、明治から昭和初期には、伊万里湾から輸出されたので伊万里焼と呼ばれヨーロッパで高く評価されました。当時は、様々な色を使い最後に金色で縁取られた豪華絢爛な鳥や花などを描いたものが評価されていました。それとは、別に庶民が使う食器や旅館や料理屋の会席料理などで料理を引き立たせる目的の白磁がメインで控えめに描かれた絵柄が施され、窯元によって絵柄や形に特長がありました。どの窯も、プリントを使ったりしていますが、丁寧に紺色の濃淡を筆で表現している所が魅力的です。一枚一枚を絵付け師が想いをこめて仕上げていることが伝わります。
―― 資生堂のCMを長年手がけ、<女性美の魔術師>とも呼ばれた監督が、皮肉にも「美しさとは何か」を描くということが非常に面白いなと思います。
魔術師でもなんでもないです。CMでは、その広告のメッセージを伝えるために必要な設定や衣装やメイクを決めて、カメラの位置を決め一番いい光の時間を待って、女優のベストの表情が撮れるまで、カメラワークや光や風が良くないとか細かく注文をつけ粘り強く撮影します。顎の高さや振り向きの角度で 目に入る光の位置が変わり表情が変わってきます。CMは、いわゆる外見的な美しさを突き詰める作業でしたが、今作は人間の内面から生まれる創造物の美しさをテーマにしています。花や景色など自然を見て美しいと感じることと、人の創造物を美しいと感じることには、どのような違いがあるのか考えた時、前者は、圧倒的で普遍的なもので 後者は、主観的な個人の経験や感性で受け止め方が変わるのではないかと考えました。創作物に共感することのできる感性は、人の感情の中で、もっとも人間らしい柔らかい部分だと信じています。美しさを感じる心は、言葉より深く信頼できます。作者の人の伝えたい純粋な想いが響くのかもしれない。美しさとは、作者の内側にあるもので、繰り返し訓練して体に染み込んだ技術で表現された作品に潜んでいると思います。なぜこのテーマを描こうとしたかは、自分でも明確な理由はわからないんです。自分の中でも言葉にならない何かを表現しようとしているのだと思います。
小島淳二
JUNJI KOJIMA
監督・CM ディレクター
資生堂、Honda、uniqlo、全日空などの TVCM、ミュージックビデオなど多くの映像作品を輩出している。映像作家と してオリジナルショートフィルムの制作にも積極的に取り組み、その作品はRESFEST(USA)やonedotzero (UK)など海外の映画祭でも注目を集めている。Jam Films 2の1本として劇場公開された"机上の空論"では、RESFEST2003にて"AUDIENCE CHOICE AWARD"を受賞。第 57 回ベルリン国際映画祭コンペティション部門に「謝罪」出品。2018 年、映画『形のない骨』で長編映画監督デビュー。第 72 回ワルシャワ国際映画祭コンペティション部門にノミネート。
イントロダクション
日本の伝統工芸である有田焼の街に生まれた14歳の少女・結衣。折り合いがつかない家族のことや器用に立ち回る大人の都合に葛藤しながら、言葉にできない思いを絵に描き続ける彼女は、大人たちの裏切りを知り、暴走してゆく。
結衣役には、「ポカリスエット」のCMに抜擢され注目を集め、2023年には『ワンダーハッチ -空飛ぶ竜の島-』(ディズニープラス)でW主演を務めるなど、今最も活躍が期待される中島セナ。孤独と危うさを抱えた複雑なヒロイン役で、自身初の単独主演を果たす。母親役に、映画やドラマで活躍中のMEGUMI、父親役に大迫一平、友人役に、ドラマ「ブラッシュアップライフ」の安原琉那など。監督は、TSUBAKIやマキアージュなど、資生堂のCMを長年にわたって手がけ、<女性美の魔術師>とも呼ばれた小島淳二。手の込んだものより合理的でシンプルな焼き物に需要が移る陶芸の街のいまを通して、“美しさとは何か”を問いかける。
『あこがれの色彩』予告編
公式サイト
2024年5月10日(金) 渋⾕シネクイント、アップリンク吉祥寺、ほか全国順次ロードショー
Cast
中島セナ 大迫一平 宮内麗花 安原琉那 MEGUMI
Staff
監督:小島淳二
脚本:小島淳二 川滿佐和子 撮影:安岡洋史 照明:根岸謙
録音:阿尾茂毅 音楽:徳澤青弦 美術:古本衛(TRY2)
音響効果:ジミー寺川 衣装:Toshio Takeda(MILD) ヘアメイク:木戸友子
助監督:中村周一 制作主任:長沢健一 プロデューサー:荒木孝眞
グラフィックデザイン:丸橋桂 配給:スタジオレヴォ 制作:teevee graphics, INC.
協賛:佐賀県フィルムコミッション
2022年/日本/カラー/107分/17:9/5.1chデジタル
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