『夢の中』現実と夢が説き合う時間

『夢の中』現実と夢が説き合う時間

2024-05-08 16:30:00

短編映画『蝸牛』の都楳勝が脚本・監督をした『夢の中』は、現実と夢の境界が曖昧な世界を映像化した野心作である。

夢をテーマにした映画は、過去にも数々の名作を産んでいる。夢といえばルイス・ブニュエル監督の一連の作品を思い出す。ルイス・ブニュエルは自分が実際に見た夢を覚えておいてそれを映像化していき、フロイトが説明をつけようとするのを高みに立って否定するかのように、夢が持つ理不尽、辻褄のなさをなるべくストレートに表現し、社会や宗教、そして現代を生きる人々が大事にしている常識や社会規範を嘲笑するかのように、あるいは別の言い方をすれば喧嘩を売っているかのような爆発力を秘めた世界を映画にした作品だった。

だが、この『夢の中』はそういう映画ではない。夢と現実の境界を曖昧にして映像美を優先にした映画作品で構成されていて、映画を見ている人たちは、自分がどこに立っているのか忘れてしまう、不安感をあえて与えているようで、熱にうなされて見える世界のように、全てが蜃気楼のように、理論的な解釈を拒絶する作品だ。

この作品は、夢を描くことで社会に対して挑もうなどということはないだろう。この作品の夢、すなわち現実に対比するものは、何なのか答えを探そうとしても見つけることはできないであろう。

現代、特に日本という状況は、実は、人々、特に若い人々に生きるということに実感を与えずに、生きづらさだけを与えているのではないだろうか。日本はウクライナやガザではなく、生死を左右するような厳しい現実があるわけではない、難民や貧困に苦しむ人々が暮らす地域とも違うだろう。だが、若い人々は、得体の知れない生きづらさにストレスを感じ、苦しんでいるのにも関わらず生きている実感を持てない世界、その中で生きるしかない。彼らはその世界で生きていくためにはどうするのか、現実と夢を含めた非現実との境界を曖昧にし、水の中から見るように現実を歪めて生きていくしかないのかも知れない。現実と夢を混じり合わせたような世界、それは現代を生き抜くための、人々の安全装置であるのかも知れない。

そんなことを考えながら、この映画を見てみると、この映画の意味を解き明かすことなく、この映画が表現しようとした世界に浸るのが正しい見方なのかも知れない。そうすると、実に心地いい映画となる。

 

都楳 勝 監督インタビュー


――本作の物語はどのようにして生まれたのでしょうか?

コミュニケーションに関することであったり、人間関係についてであったり、かねてより僕自身が持っていた問題意識や哲学のようなものが物語には反映されています。そのうえで、“出会い”を印象的なものとして描きたいという思いがありました。これはコロナ禍を経験した影響も大きいですね。誰かと誰かが出会うことって日常的にありふれていますが、やっぱり映画は登場人物同士の出会いのシーンこそが重要だと思うんです。何かがはじまりそうな予感のする出会いの瞬間を作りたい。劇中で都合よく何かが起きると、僕ら観客は冷めちゃったりしますよね。でも僕個人としては、たった一度だけならめちゃくちゃなウソをついてもいいと思っているんです。それが出会いの瞬間。ここさえ面白くできれば、物語の世界により没頭してもらえると考えていました。

──観客はショウと一緒にこの物語の世界を彷徨いますが、すべてが夢の中のようでなかなか掴めない。全体をとおして観念的というか、抽象的な言葉が散りばめられているのが印象的です。これは監督自身のどんな関心から生まれたものなのでしょうか?

誰かと話していて、相手の心の内というか、建前ではなく本音の部分に興味があります。他者と関係していく中で、言いたいけど上手く言葉にできないことって誰にだってあるはず。タエコとショウが交わす言葉って、成立しているようでズレています。そこには断絶や飛躍がある。これを映像に乗せるならどんな言葉にするべきかを考えたときに、結果として劇中にある言葉たちになったんです。脚本を書く際に各キャラクターのセリフを選択していく中で、自分自身の日常と照らし合わせて最適なものは浮かんでくるのですが、タエコとショウはちぐはぐなままズレ続けていきます。それに意味を持たせるため、自ずと独特なセリフになっていきました。どれも他者ありきの言葉ではなく、個々の内面にフォーカスした言葉たちなんです。

──タエコを演じた山﨑果倫さんの魅力とは、監督の視点からどんなものがありますか?

まずひとつは、目ですね。山﨑さんはとても気持ちのいい快活な方で、自身の感情を目の力だけで訴えることができる人だと思います。すごく映画的だなと。それから声もいい。映画における俳優の重要なポイントは、この目と声だと個人的に思っています。とくに本作の場合はセリフも少ないので、さまざまな制限の中でどのような情報を伝えられるのか。そして観客はこのかぎられた情報の中から、何を読み取ることができるのか。能動的な態度で鑑賞しなければ得られない、想像する余白を生み出したいと考えていました。それから山﨑さんの俳優としての魅力は、やっぱり作品に向き合う姿勢です。長い時間をかけて本作に、タエコという役に向き合ってくださいました。コロナの影響で撮影が延期になったりして不安になることもありましたが、目指すべきゴールはそれとなく見えていましたし、山﨑さんと定期的にお会いして作品に対する理解を深めていくことができたのも良かったです。これは座組全体にいえることですね。映画作りは準備がすべてだと思っているので、結果としてベストな状態で臨むことができたのかもしれません。

──本作のような監督独自のアプローチは、どこから生まれたのですか?

演出部を長くやっているので、やっぱり何よりまず成立させることの重要性を強く感じています。そこではある種の分かりやすさが必要だったりもする。でもそれでいいのかなと。僕は昔の日本映画がすごく好きなのですが、主張をストレートに、まくしたてるように訴える作品が多くありますよね。これをいまやると嘘っぽく感じちゃう気がする。いま採用している手法は、自分の中でいろいろと迷った末に選択したものなんです。

──観客の一人ひとりが異なる解釈をすることができるはずなので、非常に間口の広い作品だと思います。本作を経て、都楳さんが得たものは何でしょうか?

何かを大切にする気持ちですかね。これが『夢の中』を経たことで言語化できるようになったというか。うっすら分かっていた気はするんです。でも脚本を書くうえで他者とのコミュニケーションについて突き詰めていった結果、過去の自分自身のことや、これからどうあるべきかへの理解に繋がった。人と人とが関係し合っていく中で、誰もが大切にしたいしされたいと思っているはずですから。企画のはじまりから公開まで4年かかりましたが、その間には僕自身のプライベートをはじめ、大きな変化がいくつもありました。いまの時代に公開されるべき作品になったと思います。

都楳 勝
つうめ まさる
脚本・監督
1994年埼玉県生まれ。高校卒業後、地元に就職し5年間働くが、映画を撮りなさいと神のお告げを聞き上京。2015年ENBUゼミナールに入学し市井昌秀監督の元で映画を学び、在学時に短編2本、長編1本を監督する。
卒業後、商業映画の助監督として、『あのこは貴族』(2020/監督:岨手由貴子)、『鯨の骨』(2023/監督:大江崇允)などの現場で経験を積み、2019年MOOSICLAB2019にて監督作『蝸牛』が短編部門でグランプリ、最優秀男優賞、⼥優賞、最優秀ミュー ジシャン賞の4冠を達成する。今作『夢の中』が商業デビュー作となる。

 

ストーリー

彼岸花のように⾒える⾚い傷を背中に負う、ソープ嬢の薄幸な22歳のタエコ(⼭﨑果倫)は、夢もなければ⽣きる気⼒もない。
⾬が降る夜、ベランダから⾶び降りようとしたとき、ドタバタという⾳とともに⾎だらけで息をきらしている男・ショウ(櫻井圭佑)と⽬が合った。タエコの仕事部屋で体についた⾎を洗い流したショウは、浴槽に腰掛けるタエコの背中にある傷が⽬に⼊り「……アヤ」と⾔いながら触れようとする。
アヤ(⼭⾕花純)とは3年ほど付き合っているが、街頭広告のビジョン映像にも出演するほど有名なモデルである。いつまでも売れないカメラマンの⾃分との格差、ふたりの間に⽣じたひずみに苦しむアヤとショウ。
偽物のように感じる太陽の下でショウは「俺のこと、ここで匿ってくれない?」とタエコに伝えるも、「あなたが来てから、とても⼼地の悪い思いをしている」と他⼈を受け⼊れられないタエコに告げられる。タエコとショウは前を向いて⽣きることができるのか。太陽はまた昇るのだろうか。

 

『夢の中』予告編


公式サイト

 

2024年5月10日(金) アップリンク吉祥寺、ほか全国順次ロードショー

 

Cast
山﨑果倫 櫻井圭佑
アベラヒデノブ 金海用龍 森崎みのり
玉置玲央 山谷花純

Staff
脚本・監督:都楳勝
音楽:若狭真司 撮影:上野陸生 照明:佐藤仁 録音:五十嵐猛吏
美術監督:相馬直樹 衣装:中島エリカ ヘアメイク:藤原玲子 装飾:桑田真志
水中撮影:河瀬経樹 特機:後藤泰親 編集:岸川雄大
助監督:國領正行 制作担当:三谷奏 VFXスーパーバイザー:大見康裕
タイトル:田中佑佳 スチール:持田薫、北圃莉奈子、福田啓道
企画・プロデュース:菊地陽介
宣伝デザイン:鴨川枝理
企画・製作・制作プロダクション・配給:レプロエンタテインメント
配給協力:インターフィルム

2023年/日本/65分/カラー/ステレオ
©「夢の中」製作委員会