『教育と愛国』は「教育と政治」の関係を⾒つめながら最新の教育事情を記録した作品
『教育と愛国』、愛国心を教える「愛国教育」を二つの言葉に分けて「と」で対等に繋ぎ、さらに「教育」を先にしたのが本映画のタイトルだ。
2017年に優秀なテレビ番組に与えられるギャラクシー賞テレビ部⾨⼤賞受賞した MBS で放送された番組『映像ʻ17 教育と愛国〜教科書でいま何が起きているのか』に、あらたな取材を加え映画版『教育と愛国』が完成した。
「⽇本軍」慰安婦や沖縄戦を記述する教科書を採択した学校に押し寄せる⼤量の抗議ハガキ。政治介⼊ともいえる状況の中で繰り広げられる出版社と執筆者の攻防はいま現在も続く。本作は、歴史の記述をきっかけに倒産に追い込まれた⼤⼿教科書出版社の元編集者や、保守系の政治家が薦める教科書の執筆者などへのインタビュー、新しく採⽤が始まった教科書を使う学校や、慰安婦問題など加害の歴史を教える教師や研究する⼤学教授へのバッシング、さらには⽇本学術会議任命拒否問題など、⼤阪・毎⽇放送(MBS)で20年以上にわたって教育現場を取材してきた⻫加尚代ディレクターが、「教育と政治」の関係を⾒つめながら最新の教育事情を記録した。
本作にカタルシスも正解もない。あるのは、語り出してほしいという願いだけだ。
⻫加尚代監督
2022 年 2 ⽉ 24 ⽇、ウクライナにロシア政府軍が侵攻した。
無辜の⺠が犠牲になる侵略戦争を世界が⽬撃した⽇、映画『教育と愛国』の公開決定という記事がヤフーニュースに流れた。5 年前のテレビ番組に追加取材を重ねて完成した映画の情報解禁⽇に戦争が始まる。想像を絶する衝撃だった。そして、この偶然には深い意味があると感じた。
本作には、第⼆次世界⼤戦の被害と加害を記述する歴史教科書が何度も登場する。
南京事件や⽇本軍の慰安婦問題、そして沖縄戦の集団⾃決。こうした戦争加害の記述をめぐり、右派勢⼒から攻撃されて倒産した教科書会社がある。その元編集者は「教科書に戦争加害の問題を書かないで、被害の歴史だけを載せるのでは戦争学習にならない」と訴える。 「世界の平和に貢献するという理想の実現は、教育の⼒にまつべきものである」(要約)と旧教育基本法は謳った。しかし 2000 年代以降、教科書の記述が政治の⼒で変えられていく。消されてゆく戦争加害の記述。
教科書は誰のためにあるのか。
本作の⼤きなテーマである。 10 年前、⼤阪で開催された「教育再⽣⺠間タウンミーティング in ⼤阪」(2012 年 2 ⽉ 26 ⽇)に安倍晋三元総理が登壇した。「(教育に)政治家がタッチしてはいけないものかって、そんなことはないですよ。当たり前じゃないですか」と強調した。松井⼀郎⼤阪府知事も参加したこのシンポジウムは当時、MBS ニュースで「安倍元総理は教育基本条例案に賛同」との⾒出しで短く放送されたにすぎなかった。別の記者が取材した素材を 5 年前に「発掘」しテレビ版『教育と愛国』に採⽤したのだが、いま振り返れば、地元⼤阪で⾏われたこのシンポジウムが政治主導で教育⾏政へ影響⼒を及ぼす、いわば出発点であったと思う。
教育基本条例案は、その後修正されて⼤阪府議会を通過。維新の会は「教育再⽣」の先陣を切る役割を果たしていく。2006 年、改正教育基本法に愛国⼼条項を盛り込んだ翌年に安倍⽒は退陣、その後下野していたが、⼤阪のこのシンポで活⼒を取り戻し、第⼆次政権へ復活の推進⼒を得たという。 私⾃⾝は、この少し前、アメリカの公教育が疲弊する現状をルポ、⼤阪維新の教育改⾰は同じ轍を踏むと批判的に報じるニュース特集を2⽇連続で放送していた。この報道に対し、Twitter の連打で猛烈に⾮難してきたのが当時⼤阪市⻑だった橋下徹⽒である。 10 年経過したいま、まさか⾃⾝で映画を製作することになるなんて、予想だにしなかった。
映画制作を⽬指すテレビディレクターも少なくないが、私はそんな⼤志を持ち合わせていない記者だった。ところが、政治の流れが意識を変えていったと思う。『教育と愛国』の映画化の話が持ち上が った時も「いや、無理無理」と当初は消極的だった。ところが、新型コロナウイルス禍で公教育の現場がさらに疲弊し、2020 年 10 ⽉、⽇本学術会議の新会員任命拒否の問題が勃発した時は⼈⽣最⼤のギアが⼊った。映画の企画書を提出しても社内の協⼒者は少なく、ときに孤独に苛まれる⽇々だったと正直に吐露したい。
さらに取材の壁も厚かった。教科書をめぐる攻防を丁寧に描こうと考えたが、「圧⼒」そのものをカメラに収めることはできない。眼前で命令が下されればよいが、そうはいかない。「忖度」という⾔葉を教科書編集者は繰り返し使う。教科書検定制度が圧⼒と忖度の舞台であることが伺えた。 ⾃⼰規制や⾃⼰検閲は、健全な⺠主主義と相いれない。教科書調査官だった⼈物や教科書編集者らにインタビューを試みるも拒まれ続けた。
取材を受けることが「中⽴性を疑われる」と釈明する⼈もいた。森友学園元理事⻑の籠池泰典⽒に⾃分が取材したのは、実に 19 年ぶりだ。傘下の塚本幼稚園の運動会で園児が軍歌を⼤合唱したと⼿紙が届いたことからその取材は始まった。幼稚園から少し離れた道路上で保護者に次々と声をかけ、「裏取り」していた時、ビニール傘をさした男性が近づいてきて、「なんで勝⼿に話を聞くんや!」とその傘を振り下ろして叩かれた。これが籠池⽒とのファ ーストコンタクトである。私は忘れられない。 だが、籠池⽒はこの出逢いをすっかり忘れていた。
今回の取材時に当時の記憶を尋ねると MBS ニ ュース特集の内容しか覚えていないという。 そして現在の籠池⽒は、歴史教育の被害者に⾒えた。「⾃虐史観」を糾弾する運動に関わった彼に歴史教科書の問題点を聞いてみた。「いまや安倍史観になり、⼈権が後退している」、その答えには驚いた。さらに取材が終ると拙著『教育と愛国』(岩波書店)に私のサインを求めてきた。和解の証と思って丁寧にサインした。
「教育再⽣」の掛け声のもと変化の波がやってきて、教育や学問の⾃由が攻撃される現場を⾒てきた記者として職責を感じていた。「慰安婦」を取り上げる授業の様⼦が地⽅紙に掲載されたのを引き⾦にバッシングされた平井美津⼦教諭や科研費の研究内容をめぐって「反⽇学者」と中傷された⼤阪⼤学の牟⽥和恵教授。彼⼥たちに向かう攻撃は凄まじかった。「反⽇」という排斥の波が増幅していくリアルをずっと取材してきた私は、平井さんの授業を Twitter で⾮難する吉村洋⽂⼤阪市⻑(当時)や国会と SNS で槍⽟にあげる杉⽥⽔脈衆院議員の政治的⼿法を観察してきた。
政治的攻撃や恫喝が⽇常になる社会は⾃⼰規制を強め、ますます重苦しい圧⼒を増してゆく。教科書の書き換えが政治圧⼒の象徴のように。 私たちは時代の曲がり⾓を曲がったのか。⺠を踏みにじる政治が、まかり通るのはなぜなのか。権⼒や強者に擦り寄る空気はメディア内部にも漂っている。在阪テレビは維新の政治家との距離が近すぎると問題視されていて MBS も例外ではない。 教育に対する政治の急接近に危険性を感じ、切⽻詰まる思いで映画を作った。
本作にカタルシスも正解もない。あるのは、語り出してほしいという願いだけだ。
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斉加 尚代(さいか・ひさよ)
毎日放送報道情報局ディレクター。1987年毎日放送入社。報道記者などを経て2015年からドキュメンタリー担当ディレクター。
予告編
5月13日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋、アップリンク吉祥寺、京都シネマ 他全国順次公開
『教育と愛国』
監督:斉加尚代
語り:井浦新
プロデューサー:澤田隆三/奥田信幸 撮影:北川哲也 編集:新子博行 録音•照明:小宮かづき
製作:映画「教育と愛国」製作委員会 製作協力•宣伝:松井寛子 宣伝アドバイザー:加瀬修一(contrail)
配給•宣伝:きろくびと
2022年/日本/107分/カラー/DCP
©2022映画「教育と愛国」製作委員会