『ニューヨーク・オールド・アパートメント』移民をただ"見る"だけでなく、内側から"観察"するようにして描く作品
『ニューヨーク・オールド・アパートメント』は、現在ウクライナのキーウに住む、スイス出身のマーク・ウィルキンス監督の作品。
彼はベルリンで育ち、ニューヨークに移住した際、アーノン・グランバーグの小説『THE SAINT OF THE IMPOSSIBLE(不可能の聖人)』を読み、詩的な美しさに満ちたこの作品を映画化した。
映画の主役はペルーから密入国した母親と双子の兄弟。兄弟が好きになるのが、クロアチア出身のミステリアスな女性。そして、双子の母親を愛すると言い、ブリトーのデリバリー屋を無許可で母親と始めるスイス人の男。
彼らに加えて、監督曰く最後の主役はマンハッタンとブルックリンが舞台となるニューヨークそのもの。
映画の中で双子の兄弟とクロアチア出身の女性が出会うのは、マンハッタンの英会話教室。
世界各国からやってきた年齢も性別も違う人たちが英語を習っている。当然ながら日本人はいない。そこで、教えられる英語をこの映画を観る日本の観客はどれほど理解できるだろうか。
20人ほどの生徒がいる教室で先生が「戦争を体験した人」と質問すると半数近くの人が手を挙げた。ニューヨークにやってきている移民の現実を見たシーンだ。
ウィルキンス監督はウクライナ人と結婚し、現在キーウに住んでいるが、そこで初めて戦争を体験したという。この長編デビュー作『ニューヨーク・オールド・アパートメント』は「移民をただ"見る"だけでなく、内側から"観察"するようにして描く作品にしたいと思っていた」と語っている。
マーク・ウィルキンス 監督インタビュー
――本作ができるまで
希望は私たちを無防備で愚かにし、私たちの最大の欠陥になり得ると同時に、人間の最大の美徳の一つでもあります。 『ニューヨーク・オールド・アパートメント』は、希望の表と裏を両方描いています。より良い生活を願う。 受け入れられることを願う。 愛されることを願う。 あるいは、初めて性体験をして、性愛の神秘を体験する。
前作の短編『BON VOYAGE』は、ヨットで休暇中に沈没する難民船に遭遇するという物語でした。つまり、「特権」と生き残ろうとする人間の「意志」の対峙です。長編デビュー作においては、移民をただ「見る」だけでなく、内側から「観察」するようにして描く作品にしたいと思っていました。
ニューヨークに引っ越してから数年後、私はアーノン・グランバーグの小説『THE SAINT OF THE IMPOSSIBLE』を発見しました。ウィット、ユーモア、詩的な美しさに満ちたこの移民の物語に、私が「アメリカン・ドリームの首都」に感じ続けてきた疑問が集約されていると感じました。
本作は甘美な物語です。純朴そのものなティーンネイジャーの双子「ポールとティト」、ミステリアスなクロアチア人女性「クリスティン」、兄弟の母親「ラファエラ」スイス人の恋人「エヴァルト」。これらの登場人物たちは、私自身が「見知らぬ人」「部外者」として扱われた体験に由来する拒絶の感情や、住んでいる場所に属せていなく「愛され、受け入れられたい」と切望した、かつての体験による産物です。
ポールとティトの中には、私自身と弟のルカが投影されています。ポールとティトと同じように、私たちはすべてを一緒に経験しました。母親の新しい恋人について、歓迎されていないと感じていた新しいコミュニティについて、そして十代の頃に気になっていた女の子について、考えや感情を交換しました。
――テーマについて
素晴らしい国際的なスタッフとキャストとともに、私たちは責任の所在を問いかけたり、いたずらに哀れみを誘発するだけではない「移民の物語」を制作することに挑戦しました。主人公たちの等身大な姿を描くことで、実存を保証されたいという私たちの普遍的な欲求を深掘りしました。あなたが、不法滞在しているペルー人の自転車配達人であろうと、自暴自棄なクロアチア人の恋人であろうと、孤独なスイスの大衆小説家であろうと、人々は「自分の人生」を受け入れられながら生きたいという願望に突き動かされているという点では、同じなのです。
私たちはにぎやかなニューヨークの路上で『ニューヨーク・オールド・アパートメント』を撮影しました。道路を封鎖して撮影するのではなく、町が私たちの映画の中に入り込んでくるのをそのまま撮影しました。俳優とスタッフにとって、主要な撮影場所であるマンハッタンとブロンクスの忙しない雑踏の予測不能な動きに対処するのは大きな挑戦でした。 ポールとティトがニューヨークで「透明」であると感じたのと同じように、私たち撮影クルーも町に紛れるように努めました。ニューヨークという都市が、本作の 6 番目の主人公、あるいは敵対者であるということです。
――キャスティングについて
ポールとティトを演じたアドリアーノとマルチェロに最大の賛辞を送りたいと思います。二人とも本作が演技デビューです。ペルーのキャスティング・ディレクター、ホルヘ・ビジャフェルテはあらゆる手段を講じて、ペルー全土でポールとティトを演じられる若い俳優を探しました。アンデス山脈の高地・クスコで、彼はアドリアーノとマルチェロを発見しました。私が初めて彼らに会ったとき、二人まだ16歳でした。 彼らはギターを弾き、英語を話しましたが、これまで映画界に足を踏み入れたことも、自分たちの街を離れたこともありませんでした。しかし、彼らの演技の才能は素晴らしく、詩的なカリスマ性がポールとティトに非常に近かったので、彼らに「ニューヨークに来て一緒に撮影しないか」と頼むに至ったのです。
マーク・ウィルキンス
監督・脚本
スイス生まれ。5歳のときに両親とギリシャ・クレタ島に渡り、コミューンで暮らす。その後、母親とその新しい恋人に付いていきドイツに渡り、フライブルクで教育を受ける。早々に学校を辞め、独学で映画製作の技術を身につけ、ヨーロッパ中で10本以上の映画製作に携わる。テレビCMも長年監督し、CMの集大成として2009年にカンヌ金賞を受賞。その後、ニューヨークを拠点に映画制作にシフトし、ショートフィルム『ホテル・ペンシルベニア』は、2013年に権威あるクレルモン・フェラン映画祭でワールドプレミア上映され、多くの審査員賞と観客賞を受賞した。また、前作の短編映画『ボン・ヴォヤージュ』は、世界中の70の映画祭で上映され、第89回アカデミー賞の最終選考に残り、スイス映画賞など46の賞を受賞した。ニューヨーク暮らしののち、現在は戦禍の街ウクライナ・キーウで家族と暮らしている。
ストーリー
ぼくはNYで透明人間になった……
幸せを掴むために祖国ペルーを捨て、ニューヨークの片隅で不法に暮らすデュラン一家。母ラファエラはウェイトレスをしながら二人の息子を女手一つで育て、息子のポールとティトも語学学校に通う傍ら、配達員をしながら家計を支えていた。不法滞在者である彼らにとって現実はあまりにも厳しく、お金の問題に加えて見つかれば国外追放されてしまうという恐怖が常に付きまとっている。市民権もなく何の力もない自分たちを「透明人間」と呼び、息をひそめて生きていた。
二人はある日学校で、神秘的な魅力を放つ美女・クリスティンと出会い、恋に落ちる。しかしクリスティンはコールガールという一面を隠し持っていた。一方、母ラファエラは、ウェイトレスの生活に疲れ果てた時、客の白人男性に声をかけられる。恋なんて葬り去っていたラファエラだが、安定を約束するという口車にはまってしまい、自分たちのアパートを提供して男と一緒にチキンフード店を開業する。それぞれが恋に落ち、辟易していた毎日に<希望>を見出したかのように思えたのだが…。NYという大都会で出会う人々の欲望と心の闇が次々と露になり、母子3人は最も恐れていた事態に直面し、引き裂かれてしまう。仕事を抱えながら息子たちを必死に探すラファエラ。果たして、母子3人は再会することができるのか?
『ニューヨーク・オールド・アパートメント』予告編
公式サイト
2024年1月12日(金) 新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺、アップリンク京都、ほか全国順次ロードショー
監督:マーク・ウィルキンス
脚本:ラ二・レイン・フェルタム
原作:「De heilige Antonio」(アーノン・グランバーグ)
出演:マガリ・ソリエル、アドリアーノ・デュラン、マルチェロ・デュラン、タラ・サラー、サイモン・ケザー
日本版テーマ曲:THEティバ「winnie」
2020年/スイス/英語、スペイン語/97分/シネスコ/5.1ch/原題:The Saint Of The Impossible
配給・宣伝:百道浜ピクチャーズ
© 2020 - Dschoint Ventschr Filmproduktion / SRF Schweizer Radio und Fernsehen / blue PG12