『蟻の王』映画の世界から、約60年後、現在の世界は変わっているだろうか?

『蟻の王』映画の世界から、約60年後、現在の世界は変わっているだろうか?

2023-11-07 19:40:00

『蟻の王』は、1964年に詩人で劇作家、また蟻の生態研究者でもあるアルド・ブライバンティ(ルイジ・ロ・カーショ)と、青年エットレ(レオナルド・マルテーゼ)が恋に落ち共に暮らしていたところを、家族によって引き離され、アルドが若者をそそのかした「教唆罪」という罪に問われた実際のブライバンティ事件にインスパイアされた物語だ。

カフェや職場でタバコを吸うことが普通だった時代。同性愛者は差別されていた。約60年前のことである。
映画の中でゲイに対して「種無し負け犬インテリ」「治療するか 自殺するか」という言葉が投げつけられていた。
約60年後、世界は変わったのだろうか。LGBTQ+という言葉が通用する時代になった。しかし、男性同性愛者への偏見は最近の芸能界の事件を見てもまだある。

現在78歳のジャンニ・アメリオ監督はこう語る。

「寛容そうに見える表情の裏には、偏見が存在し続け、”異なる”人に対する憎悪や軽蔑を生み出している。今はもう、保護されていない個人に対するいかなる虐待に屈したり、容認したりする時代ではない。人々の心に反抗する勇気を刻み付けるためにこの映画は作られた」

映画の世界から、約60年後、現在の世界は変わっているだろうか?
それとも、「”異なる”人に対する憎悪や軽蔑」を生み出す社会は変わっていないだろうか。

本作の人物造形が上部だけでなく、奥深いのは、アメリオ監督の演出とアルドを演じたルイジ・ロ・カーショによるところが大きい。
カーショは、イタリア映画祭で来日した時にこう語っている。

「一般的には、“不運”の犠牲者として、その人を感じの良い人に描く傾向があるが、アメリオ監督の意向としてはそのようにするつもりはない、ということ。実在のブライバンティ自身は、なかなか一筋縄ではいかない、必ずしも会った人誰しもが”良い人だ”と言うような人物ではなかったようです。ただ、本作では彼のそのような面も描こうと思っている、なぜなら人間性によって、不当な罪に問われて良いわけはないから、と監督から話をされたのです」

美しい60年代のローマの出来事として、多くの異性愛者の観客には、映画の中の同性愛者のロマンティックな愛の映画として見ることはできるだろうが、アメリオ監督は「人間は本質的にあまり変わっていない」という。

あなたはどう受け止めるだろうか。

 

アルド・ブライバンティ
Aldo Braibanti 1922-2014
イタリアの詩人・劇作家・演出家。第二次世界大戦中はレジスタンスに身を投じ、戦後は芸術活動に専念。教唆罪に問われた“ブライバンティ事件”では、マルコ・ベロッキオ、ピエル・パオロ・パゾリーニら映画監督、ウンベルト・エーコ、アルベルト・モラヴィアら作家がブライバンティの無罪釈放を求め活動した。蟻の生態学者としても知られている。

 

ジャンニ・アメリオ 監督コメント

異端審問のようなものに抵抗する勇気

この作品は、暴力と偏見の鈍感さについての、または同調主義と偽善にさらされる愛についての映画。経済的な発展と、人々の物事に対する意識が同じペースで成長しなかった、重要な60年代イタリアの地方生活の一面を描いている。感情の開放として。家族という閉鎖的なコミュニティでは、世代間の不和が激しく対立している。半世紀以上経った今でも、この事件には不穏な要素が含まれている。

見る人は不思議に思うかもしれない。「どうしてこんなことが可能だったのだろう?」「どうしてこんなことが起こったのだろう?」と。今日において、表面的には誰もスキャンダルを起こすようなことはしなくなったが、『蟻の王』には異端審問のようなものがあり、私たちは今でもそれを毎日目撃している。なぜなら、人間は本質的にはあまり変わっていないからだ。寛容そうに見える表情の裏には、偏見が存在し続け、「異なる」人に対する憎悪や軽蔑を生み出している。今はもう、保護されていない個人に対するいかなる虐待にも屈したり、容認したりする時代ではない。人々の心に反抗する勇気を刻み付けるためにこの映画は作られた。

ジャンニ・アメリオ
GIANNI AMELIO
監督・脚本
1945年イタリア・カラブリア地方の小さな村に生まれる。2歳の誕生日を迎える前に、当時20歳だった父が家族を残して出奔。以来祖母に育てられる。毎週の楽しみは祖母の連れて行ってくれる映画だったという。大学に進学し哲学を学んだもののドロップアウト。映画監督の夢を追ってローマに移り、ヴィットリオ・デ・シーカのもとで働き始める。1970年にTV作品「LA FINE DEL GIOCO」の監督を務めたのを皮切りに、『1990年』の撮影中のベルトルッチを追ったドキュメンタリー「BERTOLUCCI SECOND IL CINEMA」(75)などを撮る。1982年には、初めての長編映画で、ジャン=ルイ・トランティニャンを主役に迎えた「COLPIRE AL CUORE」を完成させる。続いて、死刑囚と裁判官の関係を軸に、人間の尊厳を問いかける『宣告』(90)では、米アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされる。孤児院へ向かう幼い姉妹と、その二人を送り届ける憲兵の旅を描いた『小さな旅人』(92)では、カンヌ映画祭審査員特別グランプリを受賞し、「LAMERICA」(94)では、ヴェネチア国際映画祭で金のオゼッラ賞を受賞する。1998年には、時代に翻弄される兄弟の絆を描いた『いつか来た道』でヴェネチア映画祭金獅子を受賞。2004年には、『家の鍵』でヴェネチア映画祭三部門の賞を受賞、米アカデミー賞外国語映画賞のイタリア代表作品に選出されるなど、国際的な受賞歴を誇る。2017年の『ナポリの隣人』で、ナストロ・ダルジェント賞作品賞を受賞。本作は、第79回ヴェネチア国際映画祭のコンペティション部門に出品された。40年のキャリアで長編作品14作と寡作だが、ヨーロッパ映画賞最優秀作品賞を『宣告』、『小さな旅人』、「Lamerica」で3度にわたり受賞しており、イタリアのみならずヨーロッパを代表する名匠である。

ストーリー

1959年春、イタリア・エミリア州ピアチェンツァ。詩人で劇作家、また蟻の生態研究者でもあるアルド・ブライバンティ(ルイジ・ロ・カーショ)は、芸術サークルを主催し、そこには多くの若者が集っていた。ある日、兄に連れられ、エットレ(レオナルド・マルテーゼ)という医学を学ぶ若者がやってくる。アルドが探していたクロナガアリを持ってきたことで、二人は初めて言葉を交わす。芸術や哲学など、あらゆる話題を語り合い、互いに魅了され、仲を深める二人。エットレはアルドの元に通い詰めるようになるが、エットレの母親は二人の関係に憤り、あろうことか、教会でアルドの母親であるスザンナを罵るのだった。 5年の月日が流れた1964年の春。ローマに出て充実した生活を送っていたアルドとエットレだったが、ある朝、エットレの母親と兄が二人の部屋に突然押しかけ、エットレを連れ去ってしまう。エットレは同性愛の“治療”のために矯正施設に入れられ、アルドは教唆罪に問われ、逮捕されてしまう……。

「我が国に同性愛者はいない    
     ゆえに法律もない」—ムッソリーニ

1968年夏、イタリア・ローマ。イタリア共産党機関紙「ウニタ」の記者であるエンニオ(エリオ・ジェルマーノ)は、新聞報道でアルドが教唆罪で逮捕されたことを知る。刑法には同性愛という言葉すら載っていないのに、同性愛者のアルドが教唆の罪に問われたことを不審に思い、取材することに。そして、ついにアルドの教唆罪裁判が始まる──。



『蟻の王』予告編


公式サイト

 

2023年11月10日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMA、アップリンク吉祥寺、ほか全国順次ロードショー

 

Cast
ルイジ・ロ・カーショ
レオナルド・マルテーゼ
エリオ・ジェルマーノ
サラ・セラヨッコ
アンナ・カテリーナ・アントナッチ
リタ・ボゼッロ

Staff
監督・脚本:ジャンニ・アメリオ
脚本:エドアルド・ペティ、フェデリコ・ファバ
編集:シモーナ・パッジ
撮影:ルアン・アメリオ・ウイカイ
美術:マルタ・マッフッチ
衣装:ヴァレンティーナ・モンティチェッリ
製作:シモーネ・ガットーニ、ベッペ・カスケット

2022年/イタリア/イタリア語/ビスタ/カラー/Dolby Digital/140分

原題:Il signore delle formiche 英題:Lord of the Ants 字幕翻訳:吉岡芳子
配給:ザジフィルムズ 後援:イタリア大使館、イタリア文化会館

© Kavac Srl / Ibc Movie/ Tender Stories/  (2022)