『私がやりました』浮世を一時(103分)忘れさせてくれる極上のエンタメ作品
『私がやりました』は、フランソワ・オゾン監督の最新作。コロナ禍によるロックダウン中に制作する作品としてオゾン監督が選んだのはコメディーだった。
「先が見えない暗い時代のあとは軽快なものに戻りたい、パンデミック以外にもいろいろあったしね。ウクライナでの戦争など我々を取り巻く状況は重苦しい。だから軽いタッチのコメディーを望んだ」
「原作戯曲はむしろ女性嫌悪的だったが、映画はフェミニズム的だ」と監督が解説する本作は、1930年代のフランスを舞台に、浮世を一時(103分)忘れさせてくれる極上のエンタメ作品だ。
オゾン監督との仕事は、 20 作目となる衣装デザイナーのパスカリーヌ・シャヴァンヌはこう語る。
「『私がやりました』のようなコスチューム劇においての私の仕事は、博物館のように時代を正確に再現しようとするのではなく、現在の俳優の体型、顔色、表情に合わせた衣装を用意すること」
とにかく、女性俳優の衣装を見ているだけでも、目がたっぷり保養され幸せな気持ちになれる。
パリの大豪邸で起こった、有名映画プロデューサー殺人事件。 容疑者から一躍人気スターになった若手女優(ナディア・テレスキウィッツ)と弁護士(レベッカ・マルデール)の前に、 真犯人を名乗る女(イザベル・ユペール)が現れ、さて物語はどう転がっていくのか、映画館でお楽しみあれ。
フランソワ・オゾン 監督インタビュー
ーーコメディーへの回帰
ロックダウン中は誰もが制作再開後のことを考えた。“どんな映画を作ろう?”とね。私の答えはコメディーだった。先が見えない暗い時代のあとは軽快なものに戻りたい、パンデミック以外にもいろいろあったしね。ウクライナでの戦争など我々を取り巻く状況は重苦しい。だから軽いタッチのコメディーを望んだ。
『しあわせの雨傘』(10)から約10年、『8人の女たち』(02)から20年以上が過ぎたが、今回も女性の映画にしたかった。常に刺激的なテーマだ。でも過去の2本とは異なる視点も見せたかった。『8人の女たち』では家父長制を否定し、『しあわせの雨傘』では家母長制を描いた。『私がやりました』は女性の友情の話だ。女性の人生に新たな光を当てている。過去の2本は1950年代と70年代、本作は30年代が舞台だ。100年近く前の世界を現代の視点で見ると興味深い。当時の女性は投票できず、小切手も持てなかった。フランス社会を支配する家父長制の中で、彼女たちが生き抜いていく姿を描きたかった。1930年代に書かれた原作戯曲との出会いが、その機会を与えてくれた。女優と弁護士という2人の若い女性の解放の物語だ。
ーーウソの芸術性
冤罪がテーマの映画が好きだ、一種のジャンルだね。原作戯曲を読んで女優を主役にしようと考えた。原作は映画や演劇とは無関係だが、この世界を舞台にすれば演技に焦点を当てられる。演じる時に真実はあるのか、トリックやウソにも真実はあるのか、昔から興味があった。『婚約者の友人』(16)ではウソをテーマにした。本作では俳優についての考察を挿入したかった、いかに女優がキャラクターを演じながら真実を告げるかをね。司法と演劇という2つの世界を平行して描くのも面白かった。裁判では それぞれが役割を演じるんだ。被告の役がいれば被害者役もいて、観客のような役回りの陪審員もいる。演技と司法の類似性を軽い陽気なタッチで描き出すのが興味深かった。
ーー演劇性の享受
原作戯曲にかなり手を入れた。作者は1930年代当時の司法スキャンダルに言及しようと考えたのだろう。1930年代の報道にも触れるが現代人にはピンとこない、だから女性のテーマを加えた。原作戯曲はむしろ女性嫌悪的だったが、映画はフェミニズム的だ。セリフは非常に滑稽なので原作の多くを残したよ。映画以上に冗漫だったが当時の言い回しを使った。オデットという人物は原作では男性だったが、セリフは原作のままだ。だからイザベル・ユペールが発する言葉は下品な男のセリフなんだ。それがコミカルな効果を生んだ。面白いセリフは残しつつ現代の表現を混ぜてモダンな会話にしたよ。演じる俳優たちが極めて優秀なので、セリフの豊かさを見事に伝えている。現代のセリフより表現に富んでいるね。
ーー現代生を反映した自由な脚色
女性問題に関しては1930年代の歴史的文脈を保った。投票できないし、小切手も持てず、家父長社会で抑圧されていた。当時は女性犯罪者も多かった。ヴィオレット・ノジエール(【註】性的虐待に対して父親を殺害した女性)や、パパン姉妹(【註】雇用主を殺害した姉妹)が有名だ。ノジエール事件はクロード・シャブロルがユペール主演で映画化したし(【註】『ヴィオレット・ノジエール』(78年))、パパン姉妹はジャン・ジュネの「女中たち」のモデルだ。1930年代には三面記事で扱われた事件が、現代では異なる視点で見られるのが興味深い。ノジエール事件は
近親相姦による父親殺しだし、パパン姉妹事件は身分に関わる"女中が女主人を殺害した事件だ。そこが本作の面白い点だ、1930年代という時代に起きた犯罪を現代の視点で見ている。問題意識も現代的だ。支配構造や家父長制度、映画界における男性優位とかね。映画や演劇の世界が舞台だから なおさらだ。現在の状況に呼応するし、自省を促す。当時から何が改善し、何が変わってないのか。女性の地位向上と男女平等について考える作品だ。
ーーフェミニスト映画
自由を求めて奮闘する2人の女性の視点から描かれた映画だ。彼女たちは生き残るために、弁護士と女優を目指す。貧乏で家賃が払えず困窮しているが、知性と洞察力を武器に窮地を脱するんだ。最初は生きるためだが、
徐々にフェミニズムに目覚める。女性が置かれている状況や地位向上の必要性を自覚するんだ。
ーー優秀な若手主演女優たち
主演女優2人の選考には時間をかけたよ。映画を背負って立つだけの高い演技力が必要だった。ナディアとレベッカのことはキャスティングの時に知った。彼女たちの出演作を見ていなかったので、どうなるか分からなかった。でも一緒にリハーサルや台本読みを重ねて、2人の間に強いつながりを感じた。友情を語る映画だから相性は大事だ。2人は互いにライバル視せずに協力関係にあった。それに実力者でもある。レベッカはコメディ・フランセーズ出身で、ナディアは何本も映画に出ていた。安定感のあるコンビだし、大物共演者にも負けない。『8人の女たち』のイザベル・ユペール、常連のファブリス・ルキーニ、『すべてうまくいきますように』(21)に出演してくれたアンドレ・デュソリエ、ベテラン俳優たちが若手2人の脇を固める。脇役での出演を快諾してもらえて幸運だった。
彼らは聡明な俳優だ、出演時間より人物像やセリフ 描かれ方が重要だと知っている。
ーーイザベル・ユペール
20年前に『8人の女たち』で初めて起用したが、オーギュスティーヌ役で楽しませてくれたね。当時もいつものユペールとはまったく違う演技を要求した、女性版ルイ・ド・フュネスだ。驚くべき演技だったよ。本作のオデット役でもユーモアのセンスが光る。フランスを代表する女優が、無声映画の女優を演じるのはふさわしい。落ちぶれた女優役という実に皮肉が効いた配役だ。彼女には狂気を演じられるエネルギーがあるし、一緒に役作りを楽しめた。モデルはサラ・ベルナールだ、フランスの有名な舞台女優だったが、トーキーの時代にはもう映画に出ていない。ユペールとの再タッグは光栄だった。
ーー映像スタイル
撮影のマニュエル・ダコッセと考えた。参考にしたのは1930年代の喜劇、ルビッチやキャプラの映画だ。白黒で撮ることも考えたが私はテクニカラーが好きだし、衣装がカラフルだからカラーで撮ることにした。でも回想シーンだけは白黒の16ミリフィルムのスタンダードサイズで撮った。異なるバージョンでの犯罪場面だ。無声映画のように撮ったので、当時の俳優をまねて大げさに演じてもらった。まさに無声映画の演技だ。それを白黒で撮れて最高だった。白黒シーンの撮影でユペールに言われたんだ。彼女ほどの大女優でも白黒は初めてだったとね。白黒無声映画の初体験を提供できて光栄だったよ"
ーー1930年代のスタイルの再現
ジャン・ラバスの美術は写実的だ。1930年代のアールデコ建築は、もうパリには残っていない。だからモンフェランのヴィラはベルギーで撮影した。1930年代のアールデコ建築だ。パリの石畳の通りはボルドーで撮影した。中心街にある美しい通りが1930年代のパリに似ている。
ーー衣装
パスカリーヌ・シャヴァンヌと仕事をするのは楽しい。本作も これまでの時代劇同様、史実を描いている。だから時代考証が必要になる。当時の衣装を調べたうえで自由にスタイリングした。それぞれの人物を表現する特徴的な衣装を考えたね。女性たちの衣装は1930年代らしいものにしたくて、アメリカ映画もフランス映画も見た。女性の衣装が美しいサッシャ・ギトリ作品とかね。時代に忠実な衣装だがオデットは時代遅れだ。1930年代に1910年代の衣装を着ていて、時代にマッチしていない。他の女性たちは短髪でふくらはぎが見えるが、オデットは長いドレスに大きな帽子をかぶるんだ。コントラストが面白いし、人物像を反映する衣装だ"
フランソワ・オゾン
監督・脚本
1967年11月25日生まれ、フランス・パリ出身。
代表作は以下。『焼け石に水』(00)『まぼろし』(01)『8人の女たち』(02)『スイミング・プール』(03)『ふたりの5つの分かれ路』(04)『ぼくを葬る』(05)『エンジェル』(07)『ムースの隠遁』(09)『Ricky リッキー』(09)『しあわせの雨傘』(10)『危険なプロット』(12) ※ヨーロッパ映画賞、脚本賞受賞。『17歳』(13)『彼は秘密の女ともだち』(14)『婚約者の友人』(16)『2重螺旋の恋人』(17)『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』(19)※ベルリン国際映画祭、審査員特別賞・銀熊賞受賞。『Summer of 85』(20)『すべてうまくいきますように』(21)『苦い涙』(22)
ストーリー
有名映画プロデューサーが自宅で殺された。容疑をかけられたのは、貧乏な若手女優マドレーヌ。法廷に立たされた彼女は、ルームメイトの新人弁護士ポーリーヌが書いた、「自分の身を守るために撃った」という正当防衛を主張する完璧なセリフを読み上げ、見事無罪を獲得。それどころか、悲劇のヒロインとして時代の寵児となり、アッという間にスターの座へと駆け上がる。豪邸に引っ越し、優雅な生活を始めるマドレーヌとポーリーヌ。
しかしそんなある日、とある女が彼女たちを訪ねてくる。彼女の名前はオデット。一度は一世を風靡するも、今や目にすることも少なくなった、かつての大女優だ。そしてオデットの主張に、マドレーヌたちは凍り付く。プロデューサー殺しの真犯人は自分で、マドレーヌたちが手にした富も名声も、自分のものだというのだ。いったい真相は如何に?こうして、女優たちによる「犯人の座」を賭けた駆け引きが始まる――!
『私がやりました』予告編
公式サイト
2023年11月3日(金・祝) TOHOシネマズ シャンテ、アップリンク吉祥寺、ほか全国順次ロードショー
監督・脚本:フランソワ・オゾン 『8人の女たち』『しあわせの雨傘』
出演:ナディア・テレスキウィッツ、レベッカ・マルデール、イザベル・ユペール、ファブリス・ルキーニ、ダニー・ブーン、アンドレ・デュソリエ
配給:ギャガ
英題:THE CRIME IS MINE/2023年/フランス/カラー/シネスコ/5.1chデジタル/103分/字幕翻訳:松浦美奈
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