『パトリシア・ハイスミスに恋して』死後発見された秘密の日記を元に、作家パトリシア・ハイスミスの素顔に迫るドキュメンタリー

『パトリシア・ハイスミスに恋して』死後発見された秘密の日記を元に、作家パトリシア・ハイスミスの素顔に迫るドキュメンタリー

2023-10-31 22:52:00

アメリカを代表するサスペンス・ミステリー作家パトリシア・ハイスミスの謎に包まれた素顔に迫るドキュメンタリー。生誕100周年を経て発表された秘密の日記、貴重な本人映像、元恋人たちや家族によるインタビュー、映画化作品の抜粋映像を通して、彼女のセクシュアリティ、その愛と孤独が明かされてゆく。

欧米ではアガサ・クリスティーと並ぶ人気を誇るパトリシア・ハイスミス。映画好きには、ヒッチコックの『見知らぬ乗客』(51)やルネ・クレマンの『太陽がいっぱい』(60)の原作者と聞けばピンとくるだろう。また、20冊以上の作品のほとんどが映画化された「トム・リプリー」シリーズの他、ヴィム・ヴェンダースの『アメリカの友人』(77)、アンソニー・ミンゲラの『リプリー』(99)、トッド・ヘインズの『キャロル』(15)などの原作者として世界的に有名だ。

本作の監督を担うのは、脚本家でもあり、初長編自伝ドキュメンタリーの前作『My Life as a Film : How My Father Tried To Capture Happiness(英題)』(15)が高い評価を受けたエヴァ・ヴィティヤ。もともとハイスミスのファンだった彼女は、2021年に生誕100周年を機に出版されたハイスミスの手記「Patricia Highsmith: Her Diaries and Notebooks : 1941-1995」を出版前に読む機会を得て、このドキュメンタリーの制作を決意したという。監督は「映画作家として、パトリシア・ハイスミスの小説に惹かれた。だが未発表の日記を読み始めると、彼女自身に恋をしてしまった」と語っている。

文学界での華麗なる成功の裏で、レズビアンという性的指向を隠しながら暮らし、ペンネームを変えてレズビアン小説(彼女曰く「ガールズブック」)を綴ったパトリシア・ハイスミス。若い頃から作家としての頭角を現した彼女だが、私生活は決して順風満帆ではなかった。LGBTQが世に認知されていなかった時代、そんな世間と冷徹な母親から逃れるように、彼女は人生の大半をヨーロッパで過ごし、執筆活動の一方で、儚い幸せと孤独を行き来する恋愛を繰り返した。

アイデンティティの狭間で苦悩する彼女はこう語る。「同性愛者は集いたがる。同じ地獄を経験し、生き抜いた仲間だから」。書くための原動力として愛を渇望し彷徨う彼女はこうも語る。「性的な愛は宗教になり、救いとなり得る」。

ミステリアスでクールなマスクの裏側に隠された傷つきやすく繊細な彼女の素顔は、LGBTQの人たちをはじめ、社会のさまざまなマイノリティに属する人たちの共感を大いに呼ぶことになるだろう。今後末長く、クィア史の中で語り継がれる一作となるのは間違いない。


パトリシア・ハイスミス

Patricia Highsmith
1921年1月19日、アメリカ、テキサス州フォートワース生まれ、ニューヨーク育ち。バーナード・カレッジ在学中より短編小説の執筆を始める。1950年に発表した長編デビュー作『見知らぬ乗客』でエドガー賞処女長編賞を受賞。同作は翌年にアルフレッド・ヒッチコックにより映画化される。1952年、クレア・モーガン名義で自らの体験を基にしたロマンス小説『The Price of Salt』(後に『キャロル』と改題)を刊行。その他の主な著書に『太陽がいっぱい』をはじめとする「トム・リプリー」シリーズ、『水の墓碑銘』、『殺意の迷宮』など。1962年よりヨーロッパに移住。
1995年、スイスのロカルノで再生不良性貧血と肺がんの併発により逝去。74歳没。

 

エヴァ・ヴィティヤ 監督インタビュー


© Martin Guggisberg

ーーパトリシア・ハイスミスに関するドキュメンタリーを作ろうと思った きっかけを教えてください。

もともと彼女の小説は好きだったのですが、わたしの前作(『My Life as a Film: How My Father Tried To Capture Happiness(英題)』2015年)は、あるオブセッションを抱いた男性—映画監督であるわたしの父のことですが、彼について描いたため、次はオブセッションを抱いた女性を取り上げたいと思っていたなかで、ハイスミスの名前が浮かんだのです。彼女のドキュメンタリーはこれまでに作られていないこともわかり、それなら作ろうと思いました。じつはプロジェクトを始めてから思い出したのですが、子供の頃たまたま両親と、ハイスミスが晩年に住んでいた地域をバカンスで訪れたことがありました。そのとき両親が、ここに有名な作家がひとり、猫と住んでいたのだと教えてくれて、子供心にすごく不思議に思ったのです。どうしてこんなところにたったひとりで猫と住んでいたのかと(笑)。

ともかく、ドキュメンタリーを作ろうと思い立ってから、彼女の未発表の作品を保存しているベルンの国立アーカイブに行きました。資料から浮かんだのは、わたしがそれまでに想像していた彼女のイメージとはまったく異なる顔でした。彼女の一般的なイメージというのは、陰があり人間嫌いで、人付き合いが悪いといったものだと思います。でも資料を読んで感じたのは、とてもロマンティックで繊細な人間像でした。そこにわたしは共感しました。


ーーコンタクトが取れた方々はみなさん、積極的に取材に応じてくれましたか。

というわけではありませんでした。マリジェーン・ミーカーはハイスミスとの生活について本(『Highsmith : A Romance of The 1950's』2003年)を出していますが、映画に出ることには当初乗り気ではなく、言うべきことはすべて本に書いたので本を読んでくれと言われました(笑)。でも彼女の存在はとても重要だと思ったので、粘ってようやく了承してもらいました。

モニーク・ビュフェはとても寛大な人で、彼女の視点から知っていることをすべて提供してくれました。というのも、彼女も一般に知られているハイスミスの顔と素顔は異なり、もっと愛らしい人だと感じていたからです。

ハイスミスの親戚には一番先に連絡を取りました。写真や子供時代の映像についての権利をクリアにしたかったからです。彼らはとてもオープンで、すぐに会うことを受け入れてくれました。彼らの認識では、ハイスミスがこれほど世界的に有名だとは思っていなかったようです。


ーーハイスミスの作り出したトム・リプリーというキャラクターは、罪の意識が欠如しているという点で、彼女自身もしばしばモラルを問われてきました。それについてあなたはどう感じますか。

彼女は社会におけるモラルというのはつねに表と裏があり、そのことを探求していたのだと思います。彼女自身はモラルがあり、暴力を嫌っていた、だからこそ書くことに惹かれていたのではないかと。リプリーはもちろん彼女自身とは異なりますが、彼のもつ自由を彼女は愛していた。そういうキャラクターを書くことによって、彼女自身も解放されていたと思います。

取材・文:佐藤久理子 (2022年8月、ロカルノ映画祭にて)

エヴァ・ヴィティヤ
Eva Vitija
監督・脚本
1973年、スイス、バーゼル生まれ。2002年にドイツ映画テレビ・アカデミー(DFFB)で脚本家としてのディプロマを取得。脚本家としてスイスとドイツで活躍し、『Meier Marilyn(原題)』(03)、『Madly in Love(原題)』(10)、『Sommervögel』(10)など、映画やテレビの長編作品の脚本を多数執筆。2015年、チューリヒ芸術大学(ZHdK)の修士課程の一環として、監督として初の長編ドキュメンタリー映画『My Life as a Film:How My Father Tried To Capture Happines(s 英題)』を制作。同作品はスイス映画賞や、ロサンゼルス国際ドキュメンタリー協会で最優秀ドキュメンタリー賞にノミネートされ、第51回ソロトゥルン映画祭などで賞を受賞した。チューリッヒ在住。


ストーリー

トルーマン・カポーティに才能を認められ、『太陽がいっぱい』『キャロル』『アメリカの友人』を生んだアメリカの人気作家、パトリシア・ハイスミス。生誕100周年を経て発表された秘密の日記やノート、貴重な本人映像やインタビュー音声、タベア・ブルーメンシャインをはじめとする元恋人たちや家族によるインタビュー映像を通して明かされる、多くの女性たちから愛された作家の素顔とは―。ヒッチコックやトッド・ヘインズ、ヴィム・ヴェンダースらによる映画化作品の抜粋映像を織り交ぜながら、彼女の謎に包まれた人生と著作に新たな光を当てるドキュメンタリー。

 

『パトリシア・ハイスミスに恋して』予告編


公式サイト

 

2023年11月3日(金・祝) 新宿シネマカリテ、Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下、アップリンク吉祥寺、ほか全国順次ロードショー

 

Cast
マリジェーン・ミーカー
モニーク・ビュフェ
タベア・ブルーメンシャイン
ジュディ・コーツ
コートニー・コーツ=ブラックマン
ダン・コーツ

Staff
監督・脚本:エヴァ・ヴィティヤ 
パトリシア・ハイスミスの声:グウェンドリン・クリスティー 
ナレーター:アニーナ・バターワース 
撮影監督:シリ・クルーグ 
編集:レベッカ・トレッシュ 
音楽:ノエル・アクショテ 
オリジナル・サウンド:ジュリアン・ヴァリ 
サウンド・デザイン:ヤッシャ・フィ―ル 
ミキサー:アレクサンダー・ウーフ 
色調補正:フェリックス・ヒュスケン 
合成·アニメーション:ファビアン·カイザー&ファビアン・エンゲラー
プロデューサー:フランツィスカ・ゾンダー 
マウリツィウス・シュテルクレ・ドルックス
共同プロデューサー:カール=ルートヴィヒ・レッティンガー
共同製作会社:Lichtblick Film
SRF, Schweizer Radio und Fernsehen
RSI Radio Televisione Svizzera
ZDF in Cooperation with / in Kooperation mit Arte
後援:Bundesamt für Kultur (BAK)
Zürcher Filmstiftung
Film- und Medienstiftung NRW
Kulturfonds Suissimage
Kanton St. Gallen Kulturförderung / Swisslos
MEDIA Desk Suisse
Ernst Göhner Stiftung
UBS Kulturstiftung
Volkart Stiftung
Alexis Victor Thalberg Stiftung
Kulturfonds der Société Suisse des Auteurs (SSA)
ワールドセールス:Autlook Filmsales

2022年/スイス、ドイツ/英語、ドイツ語、フランス語/88分/カラー·モノクロ/1.78:1/5.1ch

原題:Loving Highsmith 字幕:大西公子 
後援:在日スイス大使館、ドイツ連邦共和国大使館  
配給:ミモザフィルムズ

© 2022 Ensemble Film / Lichtblick Film mimosafilms.com/highsmith/

セクシュアルマイノリティを描いたお勧め映画