『アアルト』フィンランドを代表する建築家でありデザイナー、アルヴァ・アアルトの生き様と名作誕生秘話
本作は、今年生誕125周年にあたるフィンランドの偉大な建築家兼デザイナー、アルヴァ・アアルトの人生と彼の作品を巡るドキュメンタリーである。と同時に、同じく建築家であった最初の妻アイノとの深い愛の物語でもある。“フィンランドのアカデミー賞”と称されるユッシ賞にて音楽賞、編集賞を授賞した。
監督を務めるのは、フィンランドのヘルシンキを拠点にプロデューサーとしても活躍するヴィルピ・スータリ。幼い頃からアアルトの設計であるロヴァニエミの図書館に通ったという彼女は、「アアルトの作り上げた空間は、知らず知らずの間に身体に刻まれている。それこそが、私がこの映画で描きたいと考えたことです」と語る。
フィンランドの街を彩る美しい建造物のみならず、ロシアの図書館、MITの学生寮やフランス人画商ルイ・カレの邸宅……。アアルトが世界中で自身のアイデアを形にしていく姿が、アアルト自身のインタビュー音源や当時の関係者らの言葉によって綴られてゆく。ハンガリーの芸術家モホイ=ナジ・ラースローの影響、妻アイノの早すぎる死と新たな出会い、ル・コルビュジエ、フランク・ロイド・ライトなど世界的建築家らとの交流などさまざまなエピソードを通して、アアルトという「人間」が輪郭を伴って浮かび上がってくる。
デザインそれ自体は言葉を発しない。でもそこから匂い立つ何か、放たれる何かがある。ほぼ無意識のうちに、また本能的に感じ取っているそうした何かが、この映画によって、つまりハッと息を飲むような美しい光(映像)と音によって、改めて言語化されてゆくようだ。アルヴァとアイノ、渇仰の対象を共有しながら生きた2人の姿が、すべてのアアルトのデザインに宿る“あたたかみ”や“優しさ”の原点であることもよくわかる。
人に寄り添い、どこまでも肌馴染みのいいアアルトのデザインはいかにして生まれたのか? 本作を観た後、私たちにとっても身近な「アアルトベース」や「イッタラのグラス」を改めて手に取ってみることで、それはより深く納得できるだろう。そんな余韻も味わえる映画だ。
アルヴァ・アアルト 1898-1976
ALVAR AALTO
1898年、フィンランドのクオルタネ生まれ。本名フーゴ・アルヴァ・ヘンリック・アアルト。測量技師として働く父のもとに生まれ、1916年からヘルシンキ工科大学(現アアルト大学)で学ぶ。代々、森林官を務める家系に生まれ、幼い頃から樹木に親しみながら育つ。
1923年、アルヴァ・アアルト建築事務所設立。1935年、妻アイノとともに、二人がデザインする家具や照明器具、テキスタイルを世界的に販売することを目的に「アルテック」を創業。生涯、200を超える建物を設計し、そのどれもが有機的なフォルム、素材、そして光の組み合わせが絶妙な名作として知られている。
アイノ・アアルト 1894-1949
AINO AALTO
本名アイノ・マルシオ=アアルト。ヘルシンキ生まれ。1913年、ヘルシンキ工科大学(現アアルト大学)に入学。1924年にアアルト事務所で働き始める。その後、アルヴァと結婚。32年に発表したグラス「ボルゲブリック/ アイノ・アアルト グラス」でその名が広く知られるようになる。49年に亡くなるまで、アルヴァの公私ともにパートナーであった。
エリッサ・アアルト 1922-1994
ELISSA AALTO
1949年にヘルシンキ大学の建築学科を卒業後、1950年にアアルト事務所に入所。52年にアルヴァと結婚。アルヴァ亡き後、アアルトの残した設計図面やデザイン、資料などを保存、管理することに注力。ロヴァニエミ市庁舎などの改築や修復プロジェクトにも携わった。
ヴィルピ・スータリ 監督コメント
アルヴァ・アアルトという「人間」を描きたい
私は、長い間アルヴァ・アアルトの映画を撮りたいと考えていました。子どもの頃、足繁く通ったロヴァニエミの図書館は、私の午後の隠れ家でした。アアルトが設計したその図書館に一歩足を踏み入れると、たとえそれが氷点下30 度の凍えるような寒い日でも、建物の持つ温かさに受け入れられている気がしたのです。図書館に並ぶ本以上に、私はその建物自体の持つ雰囲気の虜になっていたのだと思います。黄銅でできた取っ手を握り、温かな室内に誘われていく、その感覚を今でも思い出します。アアルトがデザインした革製の椅子とランプは、とても贅沢に感じられました。私の家はとても質素でしたが、自分が裕福になった気さえしたものです。図書館は、公共の場です。私は幼い頃から無意識のうちにこの控えめな美しさに触れていたのです。アアルトの生み出すものは、どこか官能的で感情に訴えるものであり、実際アアルトは“共感と官能を呼び覚ます建築家”と評されることがあります。
同時に、アルヴァ・アアルトとは何者なのか。人生をともにした二人の妻はどのような人物であったのかを探求したいとも思いました。どのように協力し合い、いかにして国際的なモダニズムの流れを牽引していったのか。心に秘められた情熱や悲しみとはどのようなものだったのか。そうした内なる感情はきっと、彼らが生み出す建築やデザインに少なからず影響を与えたに違いないと思うからです。彼らの人生を辿る過程で、私は建築とモダニズムについて多くを学びました。しかし何よりも私は、革新的な発想を持った稀有な人々に出会った。そんな気がしてなりませんでした。アアルトの人間的な慎ましさは、現代にこそ必要なものではないか。そんな思いを抱くようにもなりました。幸運にも私は、貴重な家族写真、アルバム、過去のインタビュー、そしてかつての手紙を入手することができました。アアルトは、国外での活躍が目覚しかったこともあり、本作は7ヵ国で撮影され、7つの言語が使用されています。
映画を制作するにあたり、徹底的にリサーチを行いましたが、知識偏重になることは避けなければいけないことだと思いました。本作の中心にいるのは、あくまで「人間」です。アルヴァと最初の妻アイノ、そして二人目の妻エリッサ。素晴らしいカメラワークと練られた音響効果により、アアルトの人生がスクリーンに息を吹き返すことを願っています。
ヴィルピ・スータリ
VIRP I SUUTARI
監督
1967 年生まれ。フィンランドのヘルシンキを拠点に、映画監督、プロデューサーとして活躍。ヨーロッパ・フィルム・アカデミー会員。映画『アアルト』は、“フィンランドのアカデミー賞”と称されるユッシ賞にて音楽賞、編集賞を授賞した。
ストーリー
アアルトとは、どのような人物だったのか?
暮らし、社会、自然 ――すべてがデザインに繋がっていく。
フィンランドを代表する建築家・デザイナー、アルヴァ・アアルト(1898-1976年)。不朽の名作として名高い「スツール60」、アイコン的アイテムと言える「アアルトベース」、そして自然との調和が見事な「ルイ・カレ邸」など、優れたデザインと数々の名建築を生み出した。そんなアルヴァ・アアルトのデザイナーとしての人生を突き動かしたのは、一人の女性だった――。「幼い頃、アアルトが設計した図書館で過ごし、彼の建築の虜になった」と語るフィンランドの新鋭ヴィルピ・スータリが、アルヴァの最初の妻、アイノとの手紙のやりとり、同世代を生きた建築家や友人たちの証言などを盛り込みながら、アアルトの知られざる素顔を躍動感溢れるタッチで描き出す。主張しすぎない。けれど、側に置くだけで心が豊かになり、日常が彩られる。人と環境に優しいデザインで、現代の生活にも溶け込む逸品はどのようにして生まれたのか。
【映画のなかのキーワード】
近代建築国際会議(CIAM)
近代建築と都市計画の理念追求を目的とし、1928年に発足。アルヴァは1929年の第2回から参加し、当時先鋭的だった建築家らとの交流を通して多くのインスピレーションや人脈を得た。
ジークフリート・ギーディオン(1888 -1968)
スイス出身の美術史家。建築評論家。CIAM創設の一人であり初代書記長。
モホイ=ナジ・ラースロー(1895 -1946)
ハンガリー出身の彫刻家、画家、デザイナー、写真家。アアルト夫妻が目標とした人物で、インスピレーションの源。
ル・コルビュジエ(1887-1965)
スイスに生まれ、おもにフランスで活躍した建築家。近代建築を代表する三大建築家の一人。日本では、国立西洋美術館を設計した建築家として知られる。
ニルス=グスタフ・ハール(1904 -1941)
フィンランド出身の美術史家。1934 年フィンランド初の映画クラブ「プロイェクティオ」をアルヴァと共同設立。作家のトーヴェ・ヤンソンもそのメンバーだった。
ARTEK アルテック
1935年、アルヴァ・アアルト、アイノ・アアルト、マイレ・グリクセン、ニルス=グスタフ・ハールの4 人の若者により「家具を販売するだけではなく、展示会や啓蒙活動によってモダニズム文化を促進すること」を目的に、ヘルシンキで設立。社名の由来は、art(芸術)と technology(技術)の融合からきている。
マイレ・グリクセン(1907-1990)
アルテックの「アート」の分野を牽引した人物。彼女の指揮のもと、ピカソやフェルナン・レジェなど世界的に著名な芸術家の展覧会をフィンランドで開催した。1939年、彼女と夫ハッリのために、アルヴァとアイノは近代住宅建築の名作と言われる「マイレア邸」を設計した。
ハッリ・グリクセン(1902-1954)
フィンランドの実業家。1928 年にマイレ・グリクセンと結婚。
マルセル・ブロイヤー(1902 -1981)
バウハウス出身の建築家兼デザイナー
フランク・ロイド・ライト(1867-1959)
アメリカ出身の建築家。1939 年、アメリカでアルヴァと会い、お互いの仕事を認め合う良い友人となる。
『アアルト』予告編
公式サイト
2023年10月13日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺、シネ・リーブル梅田、伏見ミリオン座、ほか全国順次ロードショー
2023年10月28日(土) 東京都写真美術館ホール
邦題:アアルト
原題:AALTO
監督:ヴィルピ・スータリ(Virpi Suutari)
出演:アルヴァ・アアルト、アイノ・アアルト 他
制作:2020年 配給:ドマ 宣伝:VALERIA
後援:フィンランド大使館、フィンランドセンター、公益社団法人日本建築家協会
協力:アルテック、イッタラ
日本語字幕:横井和子 字幕監修:宇井久仁子
2020年/フィンランド/103分
(C)Aalto Family (C)FI 2020 - Euphoria Film