『シック・オブ・マイセルフ』『わたしは最悪。』のオスロ・ピクチャーズの新作、もし邦題をつけるとしたら『あなたが最悪。』

『シック・オブ・マイセルフ』『わたしは最悪。』のオスロ・ピクチャーズの新作、もし邦題をつけるとしたら『あなたが最悪。』

2023-10-11 18:49:00

『シック・オブ・マイセルフ』は、同じくフィンランドを舞台にした女性の物語『わたしは最悪。』の映画制作会社オスロピクチャーズの新作だ。
邦題は、原題のままだが、あえて邦題をつけるとしたら『あなたが最悪。』とでも言おうか、自己承認欲求が異常に肥大してしまった女性の物語だ。

SNS時代に人々の承認欲求は肥大していく。それは社会から阻害されることへの恐れからくる。主人公シグネが考えたのは、自身の顔をある方法で変形させて有名になること。

「私はどうやら、不快なユーモアに飢えているようです」と語るクリストファー・ボルグリ監督。映画を見る観客が不快にするテーマを、いかに美しく撮るかを考え、美しいオスロの夏に35ミリフィルムで撮影したという。

ボルグリ監督は、特殊メーク・アーティストのイッジ・ガリントとシグネの顔の変形をデザインした。
監督曰く「私たち二人は、変化した顔や身体によって生み出される衝撃に魅了されているのだと思います。私たちは、異形が魅力的であると同時に衝撃的であると思われる境界線を見つけようとしていました」。

二人がコロナウイルスが原因で本作の製作が延期となった際に、まったく別のアイデアで生み出した『Eer』という短編映画はこちらで観ることができる。

次回作『DREAM SCENARIO』がA24によるアリ・アスターによるプロデュース、ニコラス・ケイジ主演で決定というのも頷ける。映画を見る側の居心地を悪くさせる確信犯としての作家性が気に入られたのだろう。

監督はこうも言う。
「とにかく見ごたえのあるキャラクターを作ろうとしました。作家のソール・ベローは、“1 日 1 回の思考殺人は精神科医を遠ざける”という言葉を残しています。この言葉には、フィクションの中でこのようなゾッとするような、時にはひどい状況を探求したいという私の願望に通じるものがあると感じています」。

 

クリストファー・ボルグリ 監督インタビュー



――機能不全に陥ったカップルの有害な関係を描いた映画、つまり「アンチ・ロマンティック・コメディ」を作ろうと思ったきっかけはなぜですか?

この物語は主人公である女性・シグネの物語から始まりましたが、草稿が進むにつれて、彼女のボーイフレンドであるトーマスに興味が湧いてきました。そして突然、このストーリーが本来持つ根幹となるテーマは二人の関係性であり、彼らの行動が起こす動機は、二人の間にある競争関係が引き金となっていることに気が付きました。この物語に着手したときからある結末をイメージしていましたが、そこにたどり着く方法はわかりませんでした。私はこの作品を、自身がオスロで見てきた社会環境に基づくもの、つまりは現実の世界での出来事を描く映画にしたかったのです。でも、そうなるにはシグネに訪れる結末があまりにも遠回りなので、彼女が進むべき道をすべてマッピングするのは大変な難題でした。観客も、シグネと共に、ひどい一歩一歩を重ねながらそこにたどり着かなければならないから。

――クリスティン・クヤトゥ・ソープをキャスティングした経緯と、彼女がシグネのキャラクター形成にどのように貢献したかを教えてください。

クリスティンにこの役をやってもらえて本当に幸運でした。クリスティンがキャスティングされた時点で、この難しいキャラクターに命が吹き込まれました。力強く、心理的に複雑な役柄で、コミカルなタイミングと極端な身体表現が必要でした。本当の自分を見せないキャラクターをどう演じるか。彼女はよく嘘をつくし、謙虚ではないのに謙虚に見せようとするし、社交の場では常に演技といえるレベルの自己表現をする。演技をするキャラクターを演じるのは複雑なバランスが必要で、クリスティンはそれを見事にこなしてくれました。それに加えて肉体的表現が必要な場面もあって、彼女の体が奇妙で恐ろしい、時には喜劇的な方法で暴れだすんです。リハーサルでは、ぎこちないダンスショーの準備のように感じられた瞬間もありました。ある時は、予期せぬ身体的行動を起こすために軽い電気ショックを使おうという提案をしたこともありましたが、それは痛々しいほど悪いアイデアでした。

――シグネの身体的な変身にはどのような過程と技術があったのでしょうか?

特殊メイクはこの映画に欠かせないものなので、私は優秀なデザイナーであるイッジ・ガリンドをこの映画の主役の一人と考えました。私たちは何カ月もかけて、シグネのさまざまな変身段階をデザインし、衝撃的でありながら美しいものを実現しようと試行錯誤しました。私たちのコラボレーションはとても楽しく、コロナウイルスが原因で製作が延期となった際に、『Sick of Myself』の前にまったく別のアイデアで生み出した『Eer』という短編映画を撮ることになった。(短編『Eer』はオンラインで無料公開中)。私たち2人は、変化した顔や身体によって生み出される衝撃に魅了されているのだと思います。私たちは、異形が魅力的であると同時に衝撃的であると思われる境界線を見つけようとしていました。そこで彼はオスロ郊外に間に合わせの義肢装具工場を設立し、数人のアシスタントとともに昼夜を問わず何カ月も働き、プロジェクトが求めるオーダーに応えてくれました。狂気の沙汰のような作業で、イッジ以外には誰もできなかったし、やり遂げることもできなかったと思います。この作品で、デヴィッド・クローネンバーグがラインナップに名を連ねている映画祭に参加できるのも楽しいです。そもそも私が義肢装具やボディ・ホラーに興味を持ったのは、彼のせいだと確信しているから。

――美学という点では、他に何を達成したかったのですか? この映画は、形式的なエレガンスと、より過激な側面とを難なく融合させているように見えます。

トム・ウェイツの言葉を借りるなら“I like beautiful melodies telling me terrible things.(直訳:恐ろしいことを物語る美しいメロディーが好きだ)”でしょうか。この、どこか居心地の悪い物語をできる限り美しい方法で描きたかったのです。オスロの美しい夏に撮影したかった。そして、非常に現代的なストーリーとバランスを取りつつ、ナルシシズムや嫉妬といったいくつかのテーマが不滅の関連性を持つことを暗示するために、可能な限り時代を超越した見た目と雰囲気にしたかった。だから35mmフィルムで撮影し、クラシック音楽もふんだんに使って、いかに酷いことが起きているかを活写しました。

――リアリズムと風刺、喜劇と悲劇のバランスをどのように取っているのですか?

この物語には、純粋に私の想像から始まったものは何もありません。すべては観察から生まれたもので、喜劇や葛藤、ストーリーのために吟味され、高められたものです。筋書きが不条理になるにつれて、登場人物がより身近でリアルなものになっていくことを期待していました。私はどうやら、不快なユーモアに飢えているようです。さらに、痛快で笑えるアイデアは、私の中で定着するらしい。脚本ははっきりとしたトーンを作ろうと思っているわけではなく、私がスクリーンで見たいと思うようなものになるまで、直感的に洗練され続けています。

――この物語には善人と悪人がいるのか、それとも誰もが等しく卑劣なのか?

実際、登場人物は非常に親しみやすいと思います。ただ、たいていの人は、映画の中で彼らがするような衝動的な行動を止めるだけの十分な自己認識と羞恥心を持っているはずです。私は、フィクションが道徳的な境界線を無視した他人のスリリングな行動を通して、自分自身がその結果に対処することなく生きていく機会を与えてくれるのが好きなのです。『シック・オブ・マイセルフ』では、必ずしも“好感が持てる”キャラクターではなく、とにかく見ごたえのあるキャラクターを作ろうとしました。作家のソール・ベローは、“1日1回の思考殺人は精神科医を遠ざける”という言葉を残しています。この言葉には、フィクションの中でこのようなゾッとするような、時にはひどい状況を探求したいという私の願望に通じるものがあると感じています。道徳的に言えば、この映画は登場人物たちの悪行を罰せずにはおきません。その意味で、この物語はたとえ話としても機能しています。私はこの映画のどんな解釈も歓迎するし、誰もが自分の意見を持つ権利があるが、私にとってこの映画は、現代の生活や文化の暗い部分にユーモアを見出すためのものでした。

――あなたはロサンゼルスを拠点にしていますが、『シック・オブ・マイセルフ』はスカンジナビアで制作・撮影されました。今後も両大陸を行き来して仕事を続けるのですか? クリストファー・ボルグリの次の目標は?

まだアメリカに長期滞在しているような気分で、どこに滞在したいのか明確なプランがありません。でも、ノルウェーとスウェーデンでの長編撮影はとてもいい経験になったので、そこを舞台にした別の物語も書くと思います。アイデアのためならなんでも!

クリストファー・ボルグリ
監督・脚本
1985年9月8日生まれ、ノルウェー・オスロ出身。ミュージックビデオやコマーシャルの制作からキャリアをスタートさせ、2012年の短編映画『WHATEVEREST(原題)』がAFI映画祭審査員特別賞を受賞する(後日、作品がフィクションであることを映画祭側が指摘し、賞は返上)。実話を基にしたブラックコメディ『DRIB(原題)』で2017年に長編監督デビューを飾り、サウスバイサウスウエスト映画祭、コペンハーゲン国際ドキュメンタリー映画祭、ファンタジア国際映画祭など数々の映画祭への出品を果たす。短編映画『A PLACE WE CALL REALITY(原題)』(18)がヨーテボリ映画祭に出品、ノルウェー映画批評家協会賞の最優秀短編賞を受賞、『FORMER CULT MEMBER HEARS MUSIC FOR THE FIRST TIME(原題)』(20)がサンダンス映画祭に出品されるなどキャリアを積む。長編第二作目となる本作では、2022年カンヌ国際映画祭「ある視点」部門出品、ノルウェーのアカデミー賞であるアマンダ賞では5部門にノミネート、ブルックリンホラーフィルムフェスティバルでは作品賞を受賞した。各国35箇所の映画祭に出品され、すでに25カ国以上で公開、Rotten Tomatoesで88%FRESH(8.17.2023時点)を記録している。現在は米国ロサンゼルスに在住し作家・映画監督として活動。次回作はA24製作×アリ・アスター監督プロデュース×ニコラス・ケイジ主演の『DREAM SCENARIO』で、第48回トロント国際映画祭プラットフォーム部門のオープニングを飾った。

ストーリー

シグネの人生は行き詰まっていた。長年、競争関係にあった恋人のトーマスがアーティストとして脚光を浴びると、激しい嫉妬心と焦燥感に駆られたシグネは、自身が注目される「自分らしさ」を手に入れるため、ある違法薬物に手を出す。薬の副作用で入院することとなり、恋人からの関心を勝ち取ったシグネだったが、その欲望はますますエスカレートしていき――。

『シック・オブ・マイセルフ』予告編


公式サイト

 

2023年10月13日(金) 新宿武蔵野館、渋谷ホワイトシネクイント、アップリンク吉祥寺、ほか全国順次ロードショー

 

脚本・監督:クリストファー・ボルグリ
出演:クリスティン・クヤトゥ・ソープ 、エイリック・セザー、ファニー・ベイガー

2022年|ノルウェー・スウェーデン・デンマーク・フランス| 97分 |COLOR |ノルウェー語・英語|原題:SYK PIKE

英題:SICK OF MYSELF|ビスタ|5.1ch|字幕翻訳:平井かおり|映倫区分【PG-12】|配給:クロックワークス
© Oslo Pictures / Garagefilm / Film I Väst 2022