『栗の森のものがたり』フィルム撮影の黄昏の美しさを堪能できる珠玉の作品

『栗の森のものがたり』フィルム撮影の黄昏の美しさを堪能できる珠玉の作品

2023-10-03 23:07:00

『栗の森のものがたり』は『WANDA/ワンダ』『ノベンバー』『私、オルガ・ヘプナロヴァー』を配給してきた配給会社クレスプキュールの作品だ。クレスプキュールとはフランス語で「黄昏」の意味。本作は社名に相応しい作品だ。

スロヴェニア出身のグレゴル・ボジッチ監督はこういう。
「どこかで夕焼けを見たとき、そのオレンジと紫の色彩に温かい郷愁を感じる。そんな懐かしさこそが、本作の核心であり、美しくも哀しい生と死の風景なのです」。

本作の紹介は配給会社によるものが最も的確だろう。「物語は絵葉書をアコーディオンのように折り畳んで開き、そして絵本を閉じるように栗の埋葬ショットで終幕する。すべてのカットに美が宿る映像美で魅せる、すでに古典の趣さえ漂う成熟した珠玉作。この秋、スロヴェニアから届いたメランコリックな大 人の寓話が、あなたに深い余韻を約束する」。

『栗の森のものがたり』は、スーパー16ミリと35ミリのフィルで撮影されている。予算の都合で35mmは夜の室内や自然の大きなショットを、その他映画の大部分はスーパー16mmで撮影したという。

撮影の専門技術的なことになるが、フィルム撮影とデジタル撮影の違いはなにかというと、ダイナミックレンジの違いと言えるだろう。ダイナミックレンジとはカメラの場合、露光可能な光の範囲である。35ミリフィルム撮影の場合、絞りのストップ値の範囲が15-16と言われている。明るいところから暗いところまで諧調がある撮影ができるのがフィルムなので、感覚的に自然で美しい絵を撮りたい場合は、フィルム撮影の方が優れている。

ボジッチ監督が、台詞が少なく、映像で語っていくパートが多い本作の表現としてフィルム撮影を選んだのは大正解だった。

情報として、最近発売されたARRI社のアレクサ35は、17ストップと数値的にはダイナミックレンジは35ミリフィルムを抜いているというので、今後はデジタル撮影によるナチュラルな美しい映像を見られる時代が来るだろう。

 

グレゴル・ボジッチ 監督インタビュー


――監督は、本作で脚本も手掛けていますが、本作のストーリーが生まれたきっかけは何でしょうか。

さまざまな衝動が混じり合って完成しました。イスラエルを代表する劇作家ハノック・レヴィンを研究する本作の共同脚本家マリーナは、彼の戯曲「レクイエム」を採り入れました。アントン・チェーホフの3つの短編小説をモチーフにしたその作品は、哲学的なテーマを扱いながら、生と死への思いを表情豊かに、詩的な構成に仕上げられています。私たちはそれらからインスピレーションを得て、物語を作り上げました。その頃、私はイタリア北東部の山岳地帯でドキュメンタリー映画に参加していました。その渓谷で老人たちから聞いた話は、チェーホフの物語の断片や「レクイエム」の雰囲気など、まるでここで起こ ったことのように感じられたのです。廃墟、孤独、自然、夢、超現実的な生き物の物語は、私を強く刺激しました。映画で再現したいと思った雰囲気、文学資料、これらを混ぜ合わせて、渓谷を主人公とする映画のアイデアを思いついたのです。どこかで夕焼けを見たとき、そのオレンジと紫の色彩に温かい郷愁を感じる。そんな懐かしさこそが、本作の核心であり、美しくも哀しい生と死の風景なのです。

――映画の舞台について教えてください。

イタリアとスロヴェニア(かつてのユーゴスラビア)の国境にナチソーネという渓谷があります。ナチソーネ川とイウドリオ川の2つの川が谷を分断し、その間に多くの小さな村が急斜面に点在しています。そこには見渡す限り、栗の木が生い茂る森があります。かつて村々の主な収入源は、木材と栗でした。実際、この息を呑むような場所は、ヨーロッパのあらゆる戦争で居場所を失った無数の人々の家跡であり、飢えや戦争に屈した人々、愛する者の死や逃亡によって孤独に追いやられた人々を受け入れてきたのです。本作は1950年代を舞台にしていますが、森は時代を超越しています。毎日が同じで、何年も何十年も経っていることに気づかないほどです。カフェでは、おそらく前世紀のゲームに興じている人々がいます。この地域の唯一の交通手段は乗合馬車。生と死の境界線は曖昧で、森の中で遭遇するものは現実なのか妄想なのか、ほとんど区別がつかない。その点がまさに魔法のポイントなのです。自然と文化の美しさと、歴史上の暗澹たる出来事が混在しているのが、この土地の特徴なのです。

――絵画のような陰影ある映像美からフェルメールやレンブラントと言った、オランダ印象派の画家の影響が見られますが。

私たちは、本作において「ストーリー」と同様に「形式」も重要だと考えています。画面が深い憂いを帯びた美しさに溢れていること、贅肉を削ぎ落として本当に必要なシーンだけを効果的に凝縮して構成すること。フェルメールの描く空気感や柔らかな光、生活の中に潜む情景の美、凜とした静寂…などからの影響は勿論のこと、20世紀初頭に活躍したヤクン・ピトールという素朴な地元の画家が、食事やワインと引き換えに家を描いていたことにとても心を動かされました。彼は、ただ一色で塗るのではなく、美しく鮮やかでシュールなイメージを、谷間の家々の壁に多く描いていました。その次に、空間の建築を徹底的に研究し、オレンジ色の太陽と青い影という天候や、川の様子も観察しました。撮影監督のフェラン・パラデスとの話し合いの中で、光や構図のインスピレーションとして、ピロスマニ、カラヴァッジョといった画家や、イタリアを代表する撮影監督のヴィットリオ・ストラーロ、ジャンニ・ディ・ヴェナンツォの名前がよく挙がりました。

――35mmとスーパー16mmを駆使して撮影したことについての理由。

撮影監督としても映画に携わってきた私は、両方のフォーマットを長年経験して来ました。スーパー 16mmは、私たちがこの映画に求めていた柔らかさやドローイングのようなルックをより深く伝えることができます。しかし、低照度や狭い空間、非常に大きな自然のショットでは問題がありました。一方、予算も限られており、私たちの野望を全て実現することは出来ませんでした。35mmは夜の室内や自然の大きなショット(映画の最初と最後など)で使用し、映画の大部分はスーパー16mmで撮影しました。夢のシーンは35mm撮影です「。日常」のぼやけたショットとは対照的に、夢のようなシーンでは特別に鮮明にしたかったからです。35mmとスーパー 16mmで撮影された本作の映像は、どこか懐かしみや温かさを感じさせ、より風合い豊で質感を高めていると思います。

グレゴル・ボジッチ
Gregor Bozic
監督・脚本・編集
1984年、スロヴェニア・ノヴァ・ゴリツァで生まれる。幼少期から写真に興味をもち、スロヴェニア国立映画学校、ローマのCentro Sperimentale di Cinematografia、ベルリンのDFFBで映画&撮影技術を学ぶ。2007年、短編『Hej, tovarisi』で監督デビューを果たす。モンテカティーニ国際短編映画祭で最優秀作品賞を受賞。2011年、バティスト・デビッキ監督の短編『Hibou』で撮影監督としてもデビューする。2017年、マティアス・イヴァニシン監督の『Playing Men』、続く2019年『Oroslan』でも撮影監督を務め、さらに評価を得た。2014年には、本作の元となる短編『Suolni iz Trsta』を監督し、スロヴェニア国際映画祭短編部門最優秀作品賞を受賞した。

ストーリー

ここは栗の森に囲まれたイタリアとの国境地帯にある小さな村。第二次世界大戦は終結したが長引く政情不安が村人の生活に影を落としたまま、今年もまた厳しい冬がやって来る。人々の多くはここでの生活に見切りをつけ、金を稼ぎにこの土地を離れたが、戻ってくるはずもない家族や隣人をただ待ち続ける、村に残る者もいた。いずれにせよ、ここには夢も、未来もない。あるのは貧困と諦め、そして葉を落とし、金色と銅色で地を美しく染める栗の木々だけだ。

老大工のマリオもまた、家を出たまま戻らない一人息子ジェルマーノからの連絡を待ち続けていた。ジェルマーノはどこで暮らし、何をしているのか。息子の行先を知らないことも妻に伝えず、息子の身を案じる彼女を慰めようともしないマリオ。できるのは、投函することのない息子宛の手紙に想いを綴っては引き出しにしまうこと。まるで自分の心に蓋をするかのように。

ある夜、マリオは病に冒されたまま病状が一向に好転しないドーラを連れ、深夜の乗合馬車で村はずれの診療所を訪れる。だが簡単な診察とわずかな薬を手渡され、追い返される二人。そしてドーラは、なぜ息子に連絡させてくれなかったのかと夫を責めながら息を引き取ってしまう。そして一人残されたマリオ……。

 

『栗の森のものがたり』予告編


公式サイト

 

2023年10月7日(土) シアターイメージフォーラム、アップリンク京都、ほか全国順次ロードショー

 

監督:グレゴル・ボジッチ
脚本:グレゴル・ボジッチ、マリーナ・グムジ 撮影:フェラン・パラデス
編集:グレゴル・ボジッチ、ベンジャミン・ミルゲ、ジュゼッペ・レオネッティ 音楽:ヘクラ・マグヌスドッティル、ヤン・ヴィソツキー
出演:マッシモ・デ・フランコヴィッチ、イヴァナ・ロスチ、ジュジ・メルリ、トミ・ヤネジッチ
原題:Zgodbe iz kostanjevih gozdov 英題:Stories from the Chestnut Woods 日本語字幕:佐藤まな 字幕協力:なら国際映画祭

[2019年/スロヴェニア・イタリア/スロヴェニア語・イタリア語・/カラー/82分/ビスタ]

提供:クレプスキュール フィルム、シネマ サクセション 配給:クレプスキュール  フィルム