『6月0日 アイヒマンが処刑された日』極秘作戦:アイヒマンの墓を作られてはならぬ、遺体は焼却して海に散骨せよ

『6月0日 アイヒマンが処刑された日』極秘作戦:アイヒマンの墓を作られてはならぬ、遺体は焼却して海に散骨せよ

2023-09-01 14:24:00

『6月0日 アイヒマンが処刑された日』は、ユダヤ人大虐殺のホロコーストを決して人類が忘れることのないようにと作られ続ける、ナチスを題材とした映画の一つではあるが、タイトルから想像するステレオタイプなナチものとは全く違う映画だ。

事実を基にジェイク・パルトロウ監督と共同脚本家のトム・ショヴァルが書き上げた物語は、多様なアイデンティティを持ったユダヤ人の群像劇であり、映画ならではの手法で語られることのなかった歴史の一段面を知ることができる。

アドルフ・アイヒマンは戦後、アルゼンチンに逃亡したが、イスラエルの諜報特務庁モサドに拉致され、イスラエルに極秘に連行され裁判を受けることになる。裁判で死刑を宣告されるのだが、その死体をどうするかが当局の悩みだった。遺体を家族が引き取り、墓をどこかに造られれば、その場所はナチス信奉者の聖地となってしまう。火葬して灰を海に撒いてしまえばいいのだが、ユダヤ教は火葬を禁じており、国内に遺体を火葬する設備はなかったのである。

さて、どうするかというところで、ある町工場に、ナチスがユダヤ人の遺体を焼却するための火葬設備の図面が渡された。そこで皮肉なことにユダヤ人を虐殺したアイヒマンの遺体を焼却する設備作りが始まった。

映画は、その工場を舞台に話が進むが、途中でポーランドでユダヤ人収容所の見学ツアーのシーンが挟み込まれる。そこでは、パルトロウ監督が本作を作るときの一つのテーマとした「トラウマを植え付けずに痛ましい歴史を記憶する取り組み」とはどうすれば良いのかの問題が提示される。

ホロコーストの痛ましい歴史をどう記憶して後世に伝えていくのか、​しかも語り続ける当事者がそのことでトラウマを植え付けることなく。​その問題を普遍的に描くためには、個のリアリティを徹底して描く必要がある。

本作はそのための脚本作りが圧倒的に優れている。この見学ツアーでは英語、そして工場のシーンではユダヤ人はヘブライ語、そしてアラブ系の家族はアラビア語とそれぞれアイディンティティとしての言語を当たり前だが喋る。獄中のアイヒマンとモロッコ系ユダヤ人の看守はスペイン語で会話を行う。多様な民族からなるユダヤ人たちが、さまざまな角度からアイヒマンの死刑を語る、そこにはいくつも個人の物語があることを映画ならではの想像力で描いていく。

本作のイベント上映で、ドイツ映画史の専門家である渋谷哲也氏は次のように語ったのだった。

「この映画は国の政治的ないきさつは描かない。それに関わった普通の人々の目線で描くということを積み上げていっている。だから我々は裏の事情はこれから事実がだんだんと明らかになっていくかと思いますが、それだけじゃなくそこに関わった人たちがどんな気持ちでいたのか。それに我々は目を向け、耳を傾け、語り継いでいく必要があるんだよということを伝える、非常に前向きな映画だと思います」。

ジェイク・パルトロウ 監督インタビュー


――この作品を撮ろうと思った理由と、なぜこのタイミングを選んだのかについて教えてください。

私が第二次世界大戦とユダヤ人の歴史に深い関心を抱くようになったのは、父の影響です。第二次世界大戦とユダヤ人の歴史は、幼い頃から父とつながる「場所」であり、一緒に考え、議論を交わすテーマでもありました。イスラエル当局は、さまざまな法的・政治的な理由から、アイヒマンを絞首刑にした後に火葬する選択をしています。

私は、火葬を行わない文化・宗教において、それが実行された事実に興味を覚えました。これがストーリー作りの発端です。情報はほとんど見つかりませんでしたが、リサーチを進めるうちに「アイヒマンの遺体を焼くための火葬炉が作られた工場で、少年時代に働いていた」という男性の証言に行き当たりました。『6月0日 アイヒマンが処刑された日』は、国家としての在り方を模索中だったイスラエルへ移り住んだ少年の視点を通して、少年が新たな土地に適応し、自分のアイデンティティを見つけるために、さまざまな苦難や挑戦に向き合うところからストーリーが始まります。

――共同で脚本を手がけたトム・ショヴァルとの仕事はいかがでしたか?

トムのおかげで素晴らしい脚本が完成しました。彼は類まれな才能を持つ脚本家です。トムに会う前から、どんな物語にするかのイメージは頭の中にありました。しかし、リサーチのためにイスラエルを訪れ、ホロコーストを生き延びた人々にインタビューをしたとき、文化的・歴史的事情から私が深層にアクセスするのは困難だと分かったので、共同執筆者を探すことにしたんです。トムに出会えたのは、とてもラッキーでしたね。

――3人の登場人物たちの物語を通して、アドルフ・アイヒマンの裁判を扱おうと決めた理由は?

劇中では実際の裁判に一切触れていません。この映画は、アイヒマンの死刑判決のニュースが出たところから始まります。裁判そのものは、あらゆる媒体で何度も取り上げられているので、この部分について明らかにすべき新事実は何もないと考えました。

――『6月0日 アイヒマンが処刑された日』が探求しているテーマについて教えてください。

「融合と適合の違い」、「トラウマを植え付けずに痛ましい歴史を記憶する取り組み」、「歴史と記憶が同時に闘い共謀して新しい物語を作る方法」、そして「そのプロセスにおいて誰が作家性を主張し、参加することを許されるか」です。

――『6月0日 アイヒマンが処刑された日』の着想のきっかけとなった映画や書籍はありますか?

私たちが執筆の過程で参考にした唯一の映画は、ジャック・ベッケル監督の『穴』です。

互いにまったく異なる個性を持ちながらも、ある作業(脱獄のための穴掘り)を通じて登場人物たちの間に家族のような温かさと信頼が芽生えていく過程が、本作において登場人物たちを描く際の手引きになりました。炉の工場で男たちの世界に足を踏み入れていく少年を通して、この時代と状況に入り込んでいく心情をしっかり理解したいと思ったのです。

また、『6月0日 アイヒマンが処刑された日』はホロコーストにおけるミハの体験を記録映像や再現シーンで表現しないアプローチをとっています。これはクロード・ランズマン監督のドキュメンタリー、特に『SHOAH ショア』から多大なインスピレーションを得ています。ランズマン監督のスピリットは、本作の製作過程に非常に大きな影響を与えてくれたので、この映画は彼に捧げたいと思います。

――アイヒマンを物理的に登場させるべきかどうかについての議論はありましたか?

アイヒマンの本質を正確に描写したり、何らかの方法で彼の本心を明らかにできたとしても、私たちは一貫して、アイヒマンの登場は避けるべきだと確信していました。本作では周辺人物の体験を通して物語を語っています。つまり、アイヒマンの人物像は見る人の想像や解釈に委ねるものであって、理解してもらうものではないのです。

――キャスティングのプロセス全般についてお聞かせください。また、ダヴィド役を探すにあたって今までと違うアプローチなどは必要でしたか?

トムは、この映画をヘブライ語で作るべきだと最初から確信していたのですが、私は確信が持てず、懸念を感じていました。しかし脚本が完成して初めて、トムの言う通りだったと分かりました。私たちが描いたストーリーを適切に表現できる唯一の方法だったと感じたのです。また当初から、この映画が実現するかどうかは、ダヴィド役にふさわしい子役が見つかるかにかかっていると考えていました。

キャスティングディレクターのヒラ・ユヴァルが見つけ出したのは、演技経験のない11歳のノアム・オヴァディアです。彼はセリフの言い回しが自然で、明らかに天性の演技力がありました。ノアムは英語が話せませんでしたが、ロテム・ケイナン(学校のシーンで教師役を担当)が率いる演技指導部のようなものを作り、リハーサルや撮影現場で最高の結果が出せる方法を編み出しました。

――イスラエルとウクライナでの撮影はいかがでしたか? 撮影地の選定の経緯は? 特に気に入っている場所や撮影時の課題があれば教えてください。

こうした映画にとって最大の課題は、あまり手を加えなくても使える当時の姿に近いロケ地を見つけることです。ストーリーの中で最も重要な炉の工場は、リション・レツィオンにある古い歴史を持つカーメル・ワイナリーの中に作りました。私たちが撮影を行った二つの主要なロケ地は、イスラエルの急速な発展に伴ってその後取り壊されています。

私は世界中で撮影を行ってきましたが、どこへ行っても撮影の基本的なやり方はほとんど同じですから、映画製作とは優れたアンバサダーになるようなものですね。新しいルールに煩わされることなく、誰もが仕事をできるようなパラミリタリー的な仕組みがあるんです。そのおかげで、世界中のどこの撮影現場でも、まるで自分の家のように感じられます。私たちがキーウにいたのはごく短期間でしたが、実に素晴らしい体験でした。それだけに、今日のキーウの状況にはとても心を痛めています。

――撮影にスーパー16mmフィルムを採用した理由は?

フィルムでの撮影に今も強いこだわりがあるんです。若い頃は、どうすれば自分のイメージ通りに仕上がるのか、フィルムの露出や加工についてかなり試行錯誤しました。今では、フィルム撮影は私の仕事のやり方に欠かせないものだと感じています。また、エマルジョン(乳剤)自体に情緒のようなものがこもっていて、そこが非常に気に入っています。こうした時代劇映画でスーパー16mmのフィルムを使う大きなメリットは、リソースや時間の関係で未完成に見えたり、違和感のある視覚要素を自然にカバーできる点にあります。撮影では、スモークの演出や特定の小道具、特殊効果、メイクアップ技術など、すべてを調和させるために多くの注意を払わなければなりません。フィルム撮影だとネガをほとんどいじることなく、フィルムが異質なもの同士を「抱き寄せ」て一つにまとめてくれます。そうすることで、観客は目の前で展開している時代に没入することができるのです。

――今回のプロジェクトがこれまでの作品と違う点は?

私は、自分を私的な領域で仕事をする人間だと思っています。この映画は、これまで私が手がけた作品の中では、まったくもって私的な作品ではないように見えるかもしれませんが、私自身はどういうわけかとても私的なものに感じています。

――クリエイティブチームがこの映画にもたらしたものは何でしたか?

チームの皆さんと一緒に仕事をするのは今回が初めてでした。彼らの素晴らしい才能もさることながら、最も重要だったのは、私自身がアイデアを出す以外に何もできない環境の中で、しっかりとサポートしてくれるチームに出会えたと感じられたことです。

――撮影監督についてはいかがですか?

ヤロン・シャーフの作品は知っていてファンでもあったので、彼が本作に興味を示してくれたときは、そのチャンスに飛びつきました。私はヘブライ語をあまり話せないので、自分では瞬時に判断できないような問題点を指摘してくれる信頼のおける人物に撮影監督を任せたいと思っていました。

――イスラエルと世界中の人々に、この物語から何を感じ取ってほしいですか?

見終わった後に、「1分たりとも退屈しなかった」と感じてもらいたいですね。

――タイトルの由来をお聞かせください。

劇中に繰り返し登場するタブロイド紙があります。あの時代に実在した「シャルリー・エブド」紙、「プレイボーイ」誌、「ニューヨーク・ポスト」紙を掛け合わせたような、架空のタブロイド紙です。原題の『JUNE ZERO』は、アイヒマンの処刑を報じたタブロイド紙の日付に由来しています。アイヒマンの処刑日が注目すべき記念日になることを避けるために編集者が発行日をJUNE ZERO(6月0日)としたものですが、それがかえって印象を強めることになっています。

ジェイク・パルトロウ
JAKE PALTROW
監督・共同脚本
1975年、カリフォルニア州ロサンゼルス生まれ。フィクション映画『マッド・ガンズ』、『恋愛上手になるために』では監督を、ドキュメンタリー映画『デ・パルマ』ではノア・バームバックと共同監督を務めた。人気テレビドラマ『ボードウォーク・エンパイア4 欲望の街』、『ホルト・アンド・キャッチ・ファイア 制御不能な夢と野心』なども手がけている。また、ニューヨーク・タイムズ・マガジンの委託により製作したショートフィルム『The First Ones(原題)』は、エミー賞にノミネートされた。ジェイクの作品は、サンダンス、ベネチア、ニューヨーク、カルロヴィ・ヴァリなどの名だたる国際映画祭で上映されている。

 

ストーリー

僕が歴史に触れ、歴史が僕に触れた。
激動の時代に彼らが見たものとは――

1961年。4か月に及んだナチス・ドイツの戦争犯罪人、アドルフ・アイヒマンの裁判に、死刑の判決が下された。リビアから一家でイスラエルに移民してきたダヴィッド(ノアム・オヴァディア)は、授業を中断してラジオに聞き入る先生と同級生たちを不思議そうに見つめていた。

放課後、ダヴィッドは父に連れられて町はずれの鉄工所へ向かう。ゼブコ社長(ツァヒ・グラッド)が炉の掃除ができる少年を探していたのだ。ヘブライ語が苦手な父のためにと熱心に働くダヴィッドだったが、こともあろうか社長室の飾り棚にあった金の懐中時計を盗んでしまう。それはゼブコがイスラエル独立闘争で手に入れた曰く付きの戦利品だった。

居心地の悪い学校を抜け出し、ダヴィッドは鉄工所に入り浸るようになる。左腕に囚人番号の刺青が残る板金工のヤネク(アミ・スモラチク)や技術者のエズラ、鶏型のキャンディがトレードマークのココリコなど、気さくな工員たちはダヴィドをかわいがってくれる。ゼブコも、支払いのもめ事を解決してくれたダヴィッドに一目置くようになる。そんな時、ゼブコの戦友で刑務官のハイム(ヨアブ・レビ)が設計図片手に、極秘プロジェクトを持ち込んできた。設計図はアウシュビッツで使われたトプフ商会の小型焼却炉。燃やすのはアイヒマン。工員たちに動揺が広がる——。

 

『6月0日 アイヒマンが処刑された日』予告編


公式サイト

2023年9月8日(金) TOHOシネマズ シャンテ、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺アップリンク京都、ほか全国順次ロードショー

 

Cast
ツァヒ・グラッド
ヨアブ・レビ
トム・ハジ
アミ・スモラチク
ジョイ・リーガー
ノアム・オヴァディア

Staff
監督 ジェイク・パルトロウ
脚本 ジェイク・パルトロウ、トム・ショバル
撮影監督 ヤロン・シャーフ
美術 イータン・レヴィ
編集 アイェット・ギル・エフラット
衣装 インバル・シュキ
ヘアメイク リナト・アロニー
オリジナルスコア アリエル・マルクス
音響 アヴィヴ・アルダマ
製作 デヴィッド・シルバー、ミランダ・ベイリー、オーレン・ムーヴァーマン

2022年/イスラエル・アメリカ/ヘブライ語/105分/ヨーロピアン・ビスタ/カラー/原題:JUNE ZERO/日本語字幕:齋藤敦子

配給:東京テアトル 宣伝:ロングライド
© THE OVEN FILM PRODUCTION LIMITED PARTERNSHIP