夢を追って飛び込んだ大都会ニューヨークで開く人生の1ページ 『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』理想と現実に揺れ動く大人の女性の青春物語

夢を追って飛び込んだ大都会ニューヨークで開く人生の1ページ 『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』理想と現実に揺れ動く大人の女性の青春物語

2022-04-25 15:12:00

『ライ麦畑でつかまえて』などで知られるアメリカの小説家J・D・サリンジャーを担当するベテラン⼥性編集者と新人アシスタントを描いたジョアンナ・ラコフの自叙伝『サリンジャーと過ごした日々』を原作とした実話がベースとなっている本作。心の琴線に触れる人間ドラマを紡ぎ出す名手、カナダのフィリップ・ファラルドーが監督を務め、第70回ベルリン国際映画祭のオープニングを飾った。

 

アシスタントのジョアンナを演じるのは、期待の新星マーガレット・クアリー。対する女上司マーガレット役は、名女優シガニー・ウィーバー。二人の対比はそのまま、映画の設定における実績を積んだ女性とこれから人生を紡いでいく若手ヒロインのそれに重なり、極めてリアルに近い存在感を放っている。まさに文芸版 『プラダを着た悪魔』のよう。

 

何者かになりたいと願う社会人1年目の女性が、可能性に満ちた、と同時に心もとない時期を経て、自身のストーリーを生きるきっかけを掴んでいく物語。理想と現実に揺れ動く女性の姿が瑞々しく描かれた『レディ・バード』、『フランシス・ハ』(DICE+にてサブスク配信中!)に続く、“大人の”自分探しムービーが新たに誕生した。そこにはなにより「女性の経験と成長」に注がれる優しいまなざしがある。

 

 

 

『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』

監督フィリップ・フェラルドー&原作者ジョアンナ・ラコフ記者会見

@ベルリン国際映画祭

「男性監督であるファラルドーは、基本的に今回の映画のスタッフを女性で固めました。一人を除いて、ほとんどすべての主要なディレクターが女性でした」

 

 

フィリップ・ファラルドー:彼女の本を読んだとき、私の中で何かが形になり始め、これは私の次の作品になるかもしれないと思ったのです。この本が美しく、とても面白いから。本というものは、映画よりも常に良いものです。いずれにしてもこの場合は、そう。


ジョアンナ・ラコフ:
それから、この映画は女性の経験をとても大切にしている映画です。二人の女性の関係、二人の女性の師弟関係、そして、あまり見ることのない女性たちの青春物語、二重の青春物語を描いています。

しかし映画の物語がそうだというだけでなく、男性監督であるファラルドーは、基本的に今回の映画のスタッフを女性で固めました。一人を除いて、ほとんどすべての主要なディレクターが女性でした。衣装係、カメラ係、プロダクションデザイナー、デザイン係、編集者。そう、全員です。他の映画の撮影現場にも行ったことがありますが、かなり珍しい経験でしたね。これは重要なことなので、触れておきたいと思います。

プロデューサーのキムとルークは、これまで部門長でなかったような女性や、長い間仕事を担ってきた女性をわざわざ雇い、部門長にすることでチャンスを与えました。こうしたことはどの国でも大きな前進ですが、私は彼らがこのような環境づくりを実行したことに特に感銘を受けました。「彼らはとんでもない仕事をした」ということをお伝えしたいのです。

 

 

ストーリー


90年代、ニューヨーク。

作家を夢見るジョアンナは、老舗出版エージェンシーでJ.D.サリンジャー担当の女上司マーガレットの編集アシスタントとして働き始める。昼はニューヨークの中心地マンハッタンの豪華なオフィスに通い、夜はブルックリンにある流し台のないアパートで同じく作家志望の彼氏と暮らしている。

日々の仕事は、世界中から毎日大量に届くサリンジャーへの熱烈なファンレターを処理すること。小説の主人公に自分を重ねる10代の若者、戦争体験をサリンジャーに打ち明ける退役軍人、作家志望の娘を亡くした母親――

心揺さぶられる手紙を読むにつれ、飾り気のない定型文を送り返すことに気が進まなくなり、ふとした思いつきで個人的に手紙を返し始める。

そんなある日、ジョアンナが電話を受けた相手はあのサリンジャーで……。

 

 

フィリップ・ファラルドー監督インタビュー

 

 

――原作のジョアンナ・ラコフの自叙伝「サリンジャーと過ごした日々」と出会ったきっかけは何ですか?

書店で出会いました。ささいな表現が感動的で面白さに溢れていて、彼女の作家性に惹かれました。自分の人生で何をするのかを決めなくてはならない、しかし、自分にはたくさんの可能性があることにまだ気付いていない。そんな不確かな時期に共感を覚えました。何もかもが魅力に溢れていて、しかし、全てが手の届かないもののように思える、そんな時期です。

――原作を尊重しながらもどのように物語を構成・脚色していきましたか?

私はラコフの「キャラクターと出会う」という言葉が気に入りました。原作を脚色する上で難しいことのひとつは、原作の語り口をきちんと理解すること。文学は、たくさんの要素を含みながらも、気持ちが飛び飛びになることなく、何層ものテーマを重ねることができる。さらにダイレクトに主人公の気持ちと繋がることもできます。原作から映画をつくりだすことは、何を抽出するかを選び、複合的なキャラクターを生み、内なる声を具体的な行動へと変えることです。

私ははじめ、新たなシーンを加えることを躊躇いました。実体験を描いた作品なので、原作で描かれる感情や考えに基づくべきだと思っていたから。ラコフは幾度か草稿を読む作業を共にしてくれて、フィクションの部分を気に入り、もっと膨らませるようにと助言をくれました。そこで面白いことが起こり始めました。私が映画のために書いたフィクションが、彼女の小説家としての心持ちに、より近づいていくことになったのです。


――主人公ジョアンナは出版業界に飛び込み、その世界で生き抜く術を学ばなければなりませんね。

私の映画ではいつも「他者と出会うこと」を描きます。これは、私が23 歳のときに参加したコンテスト形式のテレビシリーズ「The Race Around The World」(92)——若手作家がカメラを手に世界中を旅して、半年で20本の短編映画を制作する——の経験で得た考えです。異国の地で、私はいつも誰かの助けが必要な“アウトサイダー”で、その環境は私の作家性に大きな影響を与えました。

私は原作を読み、ふたたび、自分がまだ知らない世界に入り込むことができました。彼女の物語の中心には、サリンジャーへ手紙を書き、彼と繋がりを持ちたいと切実に願うファンたちがいます。彼女の仕事はサリンジャーを彼らから守ることでしたが、自分なりのやり方で仕事と向き合い、そしてその仕事から、自分自身が本当はどんな人間なのかを見出していくのです。


――サリンジャーの存在はいたるところに感じますが、ストーリーの中心にいるわけではありませんね。

サリンジャーは原作の中で点在して現れ、好印象に描かれています。しかし、サリンジャーという人物を描きだそうという映画のシナリオはひとつもありませんでした。私はジョアンナの視点で、直接的でない方法で彼を描くことを思いつきました。本作は彼の物語ではなく、ジョアンナの物語なのです。


――サリンジャーのファンが彼らの大切な経験について、小説から引用し表現しているシークエンスを組み入れた意図は何ですか?

サリンジャーの小説の世界観を、無数のファンレターを通して具現化していく。これは、文学を映画へ変換する必要があった理由のひとつです。ラコフ自身もそのシーンを膨らませることを勧めてくれました。サリンジャーの作品を読んだファンの経験が物語の核となり、映画をひとつにまとめてくれたのです。さらに重要なことは、私自身ファンの経験に共感できたこと。私は感銘を受けた映画監督や脚本家に手紙を書いたことがありますが、彼らは私に返信をくれました。何が書かれていたかということよりも、私との対話のために時間を割いてくれたことに何より感銘を受けました。


――本作には「アートとビジネス」についてのテーマも描かれていますね。

原作は「文学とビジネス」「仕事の成功と個人の価値」「新旧の価値観」など、多層なテーマに溢れています。その問いは私にとっても非常に近しいものでした。映画制作のあらゆる局面で経験していて、そこにはいつも葛藤が伴いますから。本作は文学の世界を多面的に映し、芸術の創造性とビジネスプロセスは、どちらも必要で補完的なものであると描いています。


――どのようにキャスティングし、キャラクターを作り上げていきましたか?

マーガレット・クアリーは出演作品を見比べると、同じ俳優とは思えないほど演技の幅が広く、特別な存在感があると感じました。キャスティングの際、私は既に脚本を書いていましたが、俳優の意見も取り入れたかった。彼女に原作を読んでもらい、彼女が大切だと思った箇所で、私が見逃しているものがないか教えて欲しいと伝えました。そして彼女は原作に惚れ込み、どれほど共感したかを語ってくれました。本作はあるひとりの女性の成長物語であり、そして愛、野心についての物語でもあります。そのことを心に留めながら脚本をリライトしました。シガニー・ウィーバーとはNYの街や劇場、文学についての話をしました。彼女はアメリカ文学について造詣が深いうえに、演じたマーガレットと同じ地域に住んでいたんです。当時のNYの様々なニュアンスを助言してくれる存在でもありました。


――衣装やセットは90年代の華やかさと、サリンジャーの時代のモダンな美しさがあり、上手くバランスを保っていますよね。どのようにその時代特有の美しさを取り入れましたか?

90年代はプロダクション・デザインにおいて「ある時代」を意味しますが、色味や質感でノスタルジーや“グルーブ感”をはっきりと感じさせる には不十分な時代です。しかし、伝達ツール、印刷、出版の世界が大きく変化した年であり、私たちはそれを利用しようと考えました。また、私たちは3つのNYを作り出さなければならず、それをモントリ オールで撮影することはたくさんの挑戦を伴いました。ジョアンナが暮 らしていた90年代のブルックリン(再開発前のウィリアムズバーグ)、NYの中心地マンハッタンの街中の風景、そしてマディソン・アベニュー にある出版エージェンシーの3つです。アールデコ調の建物と雰囲気の ある一角を探すのに5ヶ月ほど時間を費やしましたが、プロダクション・ デザイン担当のエリース・ドゥ・ブロワが、原作の描写をもとに素晴らし い仕事をしてくれました。ラコフは映画撮影セットを訪れ、言葉で言い 表わせないほど感銘を受けたようでした。衣装については、私はその 時代を、特にジョアンナに関して誇張したくありませんでした。コス チューム・デザイン担当のパトリシア・マクニールは、貰い物や古着屋で 手に入れたであろう衣服を組み合わせてくれました。

 

 

『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』予告編

 

公式サイト

 

5月6日(金)新宿ピカデリー、Bunkamura ル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺ほか全国ロードショー

◆アップリンク吉祥寺のチケット予約購入はこちらから

 

 

監督・脚本:フィリップ・ファラルドー
出演:マーガレット・クアリー、シガーニー・ウィーヴァー、ダグラス・ブース、サーナ・カーズレイク、ブライアン・F・オバーン、コルム・フィオール ほか
原作:「サリンジャーと過ごした日々」(ジョアンナ・ラコフ著/柏書房/井上里・訳)
【原題:My Salinger Year/2020年/アイルランド・カナダ合作/101分】

提供:カルチュア・パブリッシャーズ、ビターズ・エンド
配給:ビターズ・エンド
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