『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』これほど監督のメッセージ通りに論理的に制作された作品はそうないのではないだろうか
『クライム・オブ・ザ・フューチャー』はカンヌ映画祭のコンペに出品された作品で、退出者が続出したというデヴィッド・クローネンバーグ監督の最新作だ。出演は、ヴィゴ・モーテンセン、レア・セドゥ、クリステン・スチュワート。
設定の奇抜さ、ビジュアルの奇抜さばかりが目につき、作品の本質をつい見落としてしまいがちだが、これほど監督のメッセージ通りに論理的に制作された作品はそうないのではないだろうか。
人間を精神や心の問題ではなく、形のあるオブジェクト、身体として捉え、それはテクノロジーにより延長できる存在と捉え、その上で、そのテクノロジーが持っていなかったはずの精神や心の問題を描くのがクローネンバーグである。それは、最近リバイバル公開された1983年制作の『ビデオドローム』から変わっていない。
今回は、人体の臓器を自由に作り出すことで、それをアートパーフォーマンスで切り落とす男の話だ。監督は、こういうのだった。「気候危機の解決策としてだけでなく、我々が成⻑し、繁栄し、生き残るために、人の消化器官を進化させ、プラスチックや人工素材を消化できる身体にすることはできないだろうか?」と。
オフィスでの仕事といえば、パソコンを操作することであり、生活でもスマホを見る時間が多く、クラウド上のデータと常に交信している現代は、「テクノロジーは常に人体の延長」というクローネンバーグの言葉を証明しているので、多くの人が、以下の監督のメッセージは理屈では理解できるはずだ。
『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』は、感覚的な映画ではなく、非常にロジカルな映画なので、自身の理解を確認するために映画を鑑賞する前か、後かどちらかで以下の監督のメッセージを読むことをお勧めする。
デヴィッド・クローネンバーグ 監督メッセージ
Photo: Caitlin Cronenberg
人類の進化についての黙想
本作は、人類の進化についての黙想です。つまり、人間がこれまで存在しなかった非常にパワフルな環境を作り出したため、そのプロセスを制御しなければならなくなった世界を描いているのです。
本作は私がこれまでしてきたことを進化させた作品です。私の作品を見たことのあるファンの方々なら、私の過去作で見たことのあるシーンや瞬間を見つけることができるでしょう。それは、人間の体と関連付けるという、以前から継続した私のテクノロジーに対する見解です。
見た目がとても機械的で人とはかけ離れていたとしても、テクノロジーは常に人の体の延長です。こん棒や石を投げることで拳(こぶし)は強くなりますが、最終的には、そのこん棒や石は、人体がすでに持っているある種の潜在能力の延長なのです。
人類の歴史における重要な分岐点にある今、私たちが作り出した問題を、人体を進化させることで解決することができないだろうか? 気候危機の解決策としてだけでなく、我々が成長し、繁栄し、生き残るために、人の消化器官を進化させ、プラスチックや人工素材を消化できる身体にすることはできないだろうか?
監督インタビュー
ーー本作の構想やテーマについてお聞かせください。
1966年にデンマーク語で「飢餓」を意味する「Sult」という映画を観ました。原作はクヌート・ハムスンの有名な小説で、監督はヘニング・カールセン、主人公の詩人はペール・オスカルソンが演じていました。認知もされず、壊れているような主人公は、街をさまよいながら、真っ当な詩人になろうとします。ある時、彼は橋の上で、メモ帳に何かを書き込んでいました。そのクローズアップが映ると、「クライムズ・オブ・ザ・フューチャー」と書かれていたんです。衝撃的でした。本編では描かれませんが、その詩の続きを読んでみたいと思いました。後に映画監督となって、同タイトルの作品を撮ろうと決意し、1970年に『クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立』という低予算のアングラ映画を作りました。しかし、当時の予算と環境では、思い描いていた「詩の続き」を全ては実現できませんでした。
それから半世紀以上の時を経て、本作が生まれました。両作品において1つだけ共通しているのは、「未来の犯罪」がテーマだということです。技術や社会の変化によってもたらされる構造の変化や危機、その犯罪性と抑制の結果の「未来の犯罪」です。例えば30年前は電子メールが発達しておらず、ハッキング行為はありませんでしたが、現在では犯罪として存在しています。この事実に刺激され、私はいつものように、人間の身体について考え始めました。というのも、常々、人間の身体こそが、人間とは何かを定義し、私たちの根底にあるものだと考えてきたからです。生活や技術が原因となって、人体は繊細に、時に大胆に変化を遂げています。そして、進化する人体と、それに伴う犯罪を描くことができると確信し、危険性を孕む人体に対する社会の反応を描きたいと思いました。有害で制御されるべき人間の身体を探求したい、これが本作のテーマです。
ーー今こそ本作を撮るべきだ、と思われた理由を教えてください。
本作の脚本を書いたのは1998年か99年頃で、何度か製作を試みたものの、様々な理由で資金が集まらず断念していました。ところが、プロデューサーのロバート・ラントスが私に電話をかけてきて、以前の脚本と現代技術の関連性を指摘し、とにかく脚本を読み直すように説得されました。始めは、SFとしての古い妄想が現代に通じるなんて思いもしませんでしたが、読み直すうちに彼の提案が正しいことが分かりました。予言にあまり興味を持ってこなかったですし、アートが予言性を含んでいるとも思いませんが、本作のようなSFであれば特に、偶発的に予言になり得ることを実感しました。例えば、地球上に作り出している毒性や環境汚染、地球の変化の原因が私たちにあることを、以前より自覚していると思います。
技術の進歩は、人間の身体と意志の延長であるという考えを、常に多くの映画で表現してきました。テクノロジーは非人間的で、宇宙から来た刺激的なものと考える人もいましたが、私は棍棒にしろ弓矢にしろ斧にしろ銃にしろ核兵器にしろ、常に人間の身体や手から生まれたものだと考えています。電話だって人間の声があってこその技術です。テクノロジーは人間の延長線上にあり、さらには刺激的で破壊的で創造的な私たちを映し出す鏡です。本作では進化によって試される人間のあり方についても描いています。
ーーヴィゴとの再会はいかがでしたか。彼をソールに抜擢した理由を教えてください。
彼とは長年の付き合いで、互いのことをよく分かっていますし、撮影以外でも時間を共にする友人でもあります。完璧主義者でもある私たちですが、監督と俳優という関係にあっても、テレパシーを感じる時があります。これは共同作業を重ねた成果だと思っていますが、撮影中はかなり役に立っています。監督、脚本家、ミュージシャン、詩人、出版社としての仕事もこなすヴィゴはもはや俳優以上の存在で、例え自分が関係ないシーンだとしても脚本に意見してくれます。俳優からのアドバイスは貴重で、特にヴィゴは威張ったり難癖をつけたりすることもありません。常に話し合いとアイデアの提案をしてくれる真の協力者です。もし私が彼の作品で演技をするならば、セリフを覚えることだけを心配し彼の演出に素直に従う贅沢を味わいたいと考えるでしょう。しかし、ヴィゴはそれ以上のことをしてくれます。彼と一緒に映画を作ると、まるで戦友のような関係になります。
ヴィゴが友人であることや才能あふれる役者だという事実があっても、どんな役でもオファーできるわけではありません。それは彼にとっても同じで、私から受け取った脚本を読んで、出演を断ることもできるのです。実は『危険なメソッド』でフロイト役を引き受けてもらうのにも時間がかかりました。いかに彼がフロイトの人生を演じるのに相応しいかを説得した結果、素晴らしい演技を見せてくれました。キャスティングには邪悪な力があるというか、映画が完成して成功を収めると、その役を他の誰かが演じることはほとんど不可能なんです。『戦慄の絆』のジェレミー・アイアンズだって、唯一無二のキャスティングだと思う方も多いですが、映画を撮る前は誰もその選択が正しいかどうかは分かりません。ヴィゴの抜擢も同じことが言えます。キャスティングは、常に特別で、刺激的で、時には気が狂いそうになるプロセスなのです。
ーーレア・セドゥのキャスティングについてはいかがでしょうか。
実は、当初レアにはティムリン役をオファーしていました。彼女が出演している多くの作品を観てきましたし、いつか一緒に作品を撮りたいと考えていました。映画の構造的な話をすると、アテネで撮影をしていたので、ギリシャやアフリカ圏の訛りが良いアクセントになると考えていました。例えばヴェルケットは彼の国のアクセントがあって、映画はそれを補完することができました。台詞や言葉には特殊効果では生まれない刺激があります。そんな訳で、レアのフランス語訛りは、本作に美しいテクスチャーを与えるだろうと考えていました。カプリース役の候補となっていた何人かの女優と話をしていた時、脚本を読んで本作への参加に歓喜したレアからカプリース役をやりたいと提案されました。しばらく考えて、なんて名案なんだ!と思い、そうしてレアをカプリース役に、クリステンをティムリン役に決めました。年齢は近いものの、出身も性格も異なる二人の間に、興味深い化学反応が生まれていました。
キャスティングの神髄は、主役一人が全てではなく、その周りを形成する存在が重要だと改めて実感しました。ソール・テンサーの人生を揺るがすのは誰なのか、彼との関係や相性はどうなのかといった脚本に囚われないアイデアが生れるチャンスなんです。つまり、常に安全を求めるのではなく、筋は通っていても誰も予想しないキャスティングが功を奏すこともあります。レアはこの役に素晴らしい知性と教養をもたらしてくれました。私が信じていた通り、彼女の圧倒的なセンスがカプリースというキャラクターを大きく変えてくれました。レアの演技には彼女しか出せない深みと感情的インパクトがあります。とても刺激的で、一緒に仕事をするのが楽しくて仕方がありませんでした。
ーーキャリアをスタートさせた頃と現在とでは、未来の捉え方にどのような違いがありますか。
未来ですか? もう78歳になりましたからね(笑)確かに、実存主義者として未来に目を向けたり、配慮したりしてきました。おかげで正気を保って前に進んできましたが、現在を存分に楽しむのを妨ぐ場合もあったでしょう。今この瞬間において何が起こるか、何をしなければいけないかを常に察知しなければいけません。これは映画も同じです。SF作家のアーサー・C・クラークが人工衛星や衛星通信を予言したことは彼にとって勝利を意味しますが、私は作品そのものに予言性を求めることはしません。
最も重視したいのは、将来を危惧することではなく、現在何が起きているのか、人間の現状はどうか、今を理解し今を経験することです。本作でも、現在進行中の気候変動などの地球の変化とその対処法についてが根底にあります。プラスチックを問題視し解決しようと熱心になるキャラクターもいますが、映画の本質ではありません。現在を起点にする考えはキャリア当初から変わっていませんし、芸術とは何かという見解にも繋がります。ですから『危険なメソッド』のように100年以上前の設定でも、メインテーマは「今」と「人間の現状」に関連しています。作品で扱う問題に対して、解決策の有無は関係ありません。現状(過去の道のりや栄光)を見ながら、人間とは何か、その知覚や限られた命について理解しようとしています。
映画を通して観客に問いかけるのは、海岸で貝殻を拾って「これを見てみて!すごいでしょう」と見せることと似ています。その生物がどうやって生まれたかの答えはわからないけれど、好奇心があるんです。他の人が研究する時間がなかったり、研究しようと思わないことを、私は追求し作品にしています。
デヴィッド・クローネンバーグ
監督・脚本
1943年3月15日生まれ、カナダ・トロント出身。
幾つかの短編映画・TV作品を制作したのち、『シーバース/人喰い生物の島』(75/未)で劇場映画デビュー。1981年、『スキャナーズ』で脚光を浴び、『ビデオドローム』(82)、『ザ・フライ』(86)と強烈な作品を世に送り出し続け、カルト的な人気を獲得。その一方で『クラッシュ』(96)で第49回カンヌ国際映画祭審査員特別賞受賞、『イグジステンズ』(99)で第49回ベルリン映画祭銀熊賞受賞、『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(05)では、カンヌ国際映画祭パルム・ドールやアカデミー賞にノミネート。『イースタン・プロミス』(07)でも数多くの映画際でノミネートされ、世界的な評価を確固たるものとした。この数年で『クラッシュ 4Kレストア無修正版』、『ビデオドローム 4K ディレクターズカット版』、『裸のランチ 4Kレストア版』がリバイバル上映、クローネンバーグ特集上映が組まれるなど、既に新作の撮影も控えていることから衰えを全く感じさせない活躍を見せ続けている
ストーリー
カラダから生み出されるのは、希望か? 罪か?
そう遠くない未来。人工的な環境に適応するよう進化し続けた人類は、生物学的構造の変容を遂げ、痛みの感覚も消えた。“加速進化症候群”のアーティスト・ソールが体内に生み出す新たな臓器に、パートナーのカプリースがタトゥーを施し摘出するショーは、チケットが完売するほど人気を呼んでいた。しかし政府は、人類の誤った進化と暴走を監視するため“臓器登録所”を設立。特にソールには強い関心を持っていた。そんな彼のもとに、生前プラスチックを食べていたという遺体が持ち込まれる……。
『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』予告編
公式サイト
2023年8月18日(金) 新宿バルト9、アップリンク吉祥寺、ほか全国順次ロードショー
監督・脚本:デヴィッド・クローネンバーグ
出演:ヴィゴ・モーテンセン、レア・セドゥ、クリステン・スチュワート
2022年/カナダ・ギリシャ/ DCP5.1ch/アメリカンビスタ/英語/108分/PG12/原題:Crimes of the Future/字幕翻訳:岡田理枝
配給:クロックワークス/STAR CHANNEL MOVIES
提供:東北新社 クロックワークス
© 2022 SPF (CRIMES) PRODUCTIONS INC. AND ARGONAUTS CRIMES PRODUCTIONS S.A.
© Serendipity Point Films 2021