『ふたりのマエストロ』ともにオーケストラの指揮者である父子の、息子が父を超える時を描いた物語

『ふたりのマエストロ』ともにオーケストラの指揮者である父子の、息子が父を超える時を描いた物語

2023-08-13 23:30:00

⽗も息⼦も指揮者というライバル同士の親⼦が、次第に向き合い、互いの心に対峙してゆく姿を綴った物語。本作はカンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞し、アカデミー外国語映画賞にもノミネートされたイスラエル映画『フットノート』(ヨセフ・シダー監督)の設定を変えてのリメイクだ。

監督には、脚本家や俳優としての顔ももつフランス出身のブリュノ・シッシュ。プロデューサーには、アカデミー賞作品賞受賞『コーダ あいのうた』(22)のフィリップ・ルスレらが参加する。主演の息子ドニに『ぼくの妻はシャルロット・ゲンズブール』(03)のイヴァン・アタル、父にピエール・アルディティ、母にミュウ=ミュウなどフランスの名優らが、クラシックの名曲を背景に、家族の葛藤と再起の姿を綴る。

ある日父の元に届く、世界最⾼峰<ミラノ・スカラ座>の⾳楽監督就任の依頼。しかしそれは息子に宛てた誤報だったーー。こんなボタンのかけ違いから、父に真実を伝えるという苦渋の決断を迫られる息子。息子は父との確執と父への恐怖をどう乗り越えるのか? 息⼦が⽗を超えるとき、両者は何を想うのか? どの父子も人生のどこかのタイミングで直面するであろう避けては通れない普遍的な問題に、興味が尽きない。

物語のホームとしてのフランスと、世界最⾼峰<ミラノ・スカラ座>のあるイタリア。どこかでフランスが、イタリアは家族と知りながら、文化・芸術的な面では超えるのが難しい「親」を象徴する存在でもあると示唆しているようでもある。永遠のテーマを際立たせる構図や心の内を代弁するクラシックの名曲たち、もっとも気になるところを仄めかすに留める控えめな演出が、楽観的な流れに重厚さを添えている。ほんのり神話的で、余韻の残る映画だ。

 

ブリュノ・シッシュ 監督インタビュー



――『ふたりのマエストロ』のアイデアはどこから得ましたか?

コメディー映画の撮影後、プロデューサーで友⼈のフィリップ・ルスレから次のアイデアを尋ねられたんだ。次作は僕のような中年の息⼦と年⽼いた⽗親の物語を考えていた。すると彼は、この映画の原作となったイスラエルの監督で脚本家ヨセフ・シダーの映画『フットノート』をリメイクする権利が得られることを教えてくれた。その映画を観て、確かに何かできると思った。賞の授与の⼿違いから、⼦が親を超えるというテーマがあった。シダーの映画では、登場⼈物2⼈がトーラー(ユダヤ教の教え)を専⾨とした⼤学教授だったから、リメイクに乗り出せずにいた。だから、⻭医者の⽗と外科医の兄弟を持つ⾃分の環境を基に、医療のような競争分野を舞台にさらに想像を膨らませていったんだ。あと、僕は歴史が好きだから、歴史家の親⼦を主⼈公にして、どちらかがボーマルシェ賞を受賞することも考えた。

友⼈のオペラ歌⼿に本作の要点を話したら、義⽗と夫の話のようだと教えてくれたんだ。彼⼥の義⽗と夫は、2⼈ともバイロイトで指揮するのを夢⾒るオーケストラの指揮者だった。すぐにフィリップ・ルスレに連絡して、テーマを⾒つけたと伝えたよ。それに、僕は⼤のクラシック⾳楽好きでもあったからね。

――『ふたりのマエストロ』は、とても⾃由な脚⾊に加え、ユーモラスなトーンではないという点で、『フットノート』と⼀線を画しています。

⾮常にドラマチックなテーマだが、ユーモアのタッチも含まれるから、悲劇としては描かれていない。⽗親を追い越すことができたという息⼦の喜びは、喜劇的でさえある。けれども、主⼈公はどう振る舞い、対応すべきか分からない。だから、観客が主⼈公に寄り添い、感情移⼊できるよう、ドラマチックに描く必要があった。完全なるコメディーにしてしまったら、意地悪な主⼈公になっていただろう。実は、当初の脚本は完成版よりも軽いトーンだったんだ。映画に緊張感が出たのは、ドニ・デュマールを⾒事に演じたイヴァン・アタルと⼀緒に準備できたおかげだよ。

――親⼦関係を孫にまで広げたのは、3世代のつながりを扱おうという⽬的があったからですか?

そうだね。『ふたりのマエストロ』は今までで最も個⼈的な映画になった。イヴァンは僕と同年代だし、ピエール(・アルディティ)も僕の⽗より少し若いだけだ。僕にはニルス(・オトナン=ジラール)と同い歳の息⼦がいるしね。

初稿の脚本では、ニルス役は僕の息⼦と同じ、レオナールという名前にしていたんだよ。それに、ドニの前妻を演じるパスカル・アルビロは、僕の息⼦のレオナールの⺟親でもあるんだ。ニルスより少し歳上の息⼦を持つイヴァンも、撮影というより、グループセラピーに通っているようだと打ち明けてくれたよ。

――イヴァンはすぐに役柄を引き受けてくれましたか?

イヴァンとは以前から知り合いだったから、⼀緒に何かをしたいと思っていた。彼は主役だったから、⼀緒にキャラクターについて話し合ったよ。当然ながら、彼が役になり切るために必要な過程だった。彼との出会いは作品にとっても意味深かった。僕たちはもちろん違う⼈間だけど、いくつか共通点もあってね。素晴らしい俳優であり、僕を助けてくれる類まれな友⼈ができたのさ。僕は彼のように、ユーモラスで才能に優れた、深みのある男性が好きでね。俳優という才能以前に、役者も1⼈の⼈間だ。好きではない⼈間を撮影することはできないよ。これが僕の彼に対する思いだ。

――ピエールについてはいかがですか?

ピエールとは、僕がまだ助⼿だった20歳の頃に出会った。ロベール・アンリコの映画の撮影現場に連れて⾏くため、朝、迎えに⾏ったんだ。ピエールは、まだ若くて恥ずかしがり屋で繊細だった僕にも寛⼤で、思いやりを持って接してくれた。

ピエールはフランスが誇る⼤俳優の⼀⼈で、イヴァンと同様に素晴らしい⼈だ。彼のように、褒め称えるまでもない類まれな知性と才能を持った俳優と映画を作れたことを誇りに思っている。ピエールとイヴァンは『Les Choses Humaines(原題)』以降、友情を育んできたから、今回はそれを撮影に利⽤させてもらったよ。2⼈はとても仲が良く、気が合っていた。イヴァンにピエールが⽗親役になることを伝えたら、とても喜んでくれてね。僕が連絡する前にピエールが伝えていたんじゃないかと疑うくらいだった。ピエールは知らなかったふりをしていたがね。

ピエールは、繰り返すように「役の化⾝」になると⾔っていて、その通りに⼈物を体現していた。控えめさが⾒事な演技だった。

――⽗と息⼦のシーンはどう展開していきましたか? どのように演出しましたか?

ピエールが周囲を動き回るのに対し、イヴァンは動かないままだったのが印象的だった。ピエールが飲んでいたグラスから離れ、近づいてくる様⼦は、まるでクモが獲物を刺す前に巣を織っているかのようだった。

僕にはこんな怪物のような俳優たちを指導できない。イヴァン・アタルとピエール・アルディティに演技の仕⽅を教えるなんてできないよ! 僕の仕事はシーンの意図を伝え、その⽅向性を基に彼らなりの表現をしてもらうことだけだった。演出でイヴァンの視線を引き出したが、僕からは特に指⽰していない。ピエールが息⼦に⾔いたいことを吐き出しているのに対し、イヴァンが⽿を傾ける様⼦や沈黙が際⽴っていた。

――オーケストラの指揮者についての脚本を書くほど、クラシック⾳楽に夢中なんですか?

クラシック⾳楽が⼤好きなのは事実だけど、本作は⾃叙伝から多くの着想を得ている。⼩澤征爾と村上春樹の上質な対談集『⼩澤征爾さんと、⾳楽について話をする』には、すごく助けられた。この本から、映画で語られるスカラ座のブーイングについての逸話を⾒つけたよ。本作でちらつく⼩澤征爾の影は、ある意味で映画の基軸となっている。また、パスカルのおかげで、キャロリーヌ・アングラーデとカテリーナ・ムリーノにバイオリンの指導をしてくれたアンヌ・グラヴォワン*に出会えた。理想的な共同作業が始まり、そこにニコラ・ジローが加わることになったんだ。⾳楽について語りながら⼀晩を明かすことが何度もあった。劇中のオーケストラを編成してくれたのも、アンヌとニコラなんだ。ニコラには本作の⾳楽アレンジを全て任せ、僕のお気に⼊りの楽曲の⼀つ、ラフマニノフの『ヴォカリーズ』をバイオリンと弦楽五重奏にアレンジしてくれたよ。彼らは奇跡を起こしてくれた!

――⾳楽はどのように選びましたか?

キャラクターを表現できる⾳楽を選んだ。アントニン・ドヴォルザークのとてもメランコリックなアリアは、フランソワ(ピエール・アルディティ)が経験した⼈⽣と実現できなかった夢を語っている。次に、彼がベートーヴェンの「第9」を指揮している姿を映すことで、怒りやすい彼の精神状態を表現した。オペラについては前奏曲と間奏曲、つまり歌唱がない部分を選んだ。ドニを表現する⾳楽として繰り返し登場するのは、ブラームスの間奏曲だ。これは最初に流れる曲の1つで、イヴァンはこの曲を習得し、後に息⼦とピアノで演奏する。ノスタルジックな調べだが、旋律は抑え気味で、⽢すぎない。カテリーナ・ムリーノの役が教会で演奏するラフマニノフの「ヴォカリーズ」(ルネ・フレミングの歌で知った)については、ドニの頭に染み渡り、彼にとって⾳楽がどれほどの安らぎなのか分かるようになっている。冒頭のシューベルトのソナタ(エンドクレジットの⾳楽でもある)は、シューベルトが恋した歌⼿への愛の告⽩として作曲され、ドニがキャロリーヌ・アングラーデ演じる恋⼈を指揮する際に選んだ曲だ。また、イヴァンがパソコンでスカラ座での⼩澤の指揮を⾒ているシーンがある。そこで流れる崇⾼な曲は、ジュリオ・カッチーニの「アヴェ・マリア」だ。リレーのようにドニと⽇本の巨匠が切り替わるモンタージュにしたおかげで、魅⼒的な場⾯に仕上がった。これに関しては逸話がある。カッチーニが作曲したとされていたこの「アヴェ・マリア」は、実はロシアのウラディーミル・ヴァヴィロフによる作曲なんだ。

その他に、ドニが伝説的なスタジオ、フェルブールで指揮し、若い歌⼿、ジュリアンヌ・ムトンゴ・ブラックが歌っている、モーツァルトのミサ曲、「ラウダーテ・ドミヌム」もある。

――映画のために作曲されたオリジナル楽曲についてはいかがですか?

劇中ではたくさんの⾳楽が使われたが、オリジナル楽曲も必要だった。取り⼊れたクラシック⾳楽は⾮常に⼒強いものだったが、映画の⼀部には、ドニの居⼼地の悪さを表現できるような、より現代的な⾳楽も欲しかったんだ。これは簡単な問題ではなかったよ。ハワード・ショアやフィリップ・グラスのように、あまりにも際⽴ちすぎる曲だと、斬新すぎて、映画との釣り合いがとれなくなる。フィリップ・サルドやジョルジュ・ドルリューは僕も⼤好きだが、クラシックに⾮常に近く、ラフマニノフやショスタコーヴィチから影響を受けているから、似通ってしまう。イメージに合うようなオリジナルの楽曲を書いてもらうために、かなり⻑いこと模索したよ。最終的に挑戦に応じてくれたのは異例な作曲家だった。

フロレンシア・ディ・コンシリオの作品とは偶然、出会った。彼⼥の⾳楽を聞いて、彼⼥が持つ不思議な魂に共鳴した。ウルグアイ出⾝の彼⼥は、パリ国⽴⾼等⾳楽院で作曲やオーケストラの教育を受け、⾳楽のレベルは⾮常に⾼い。だが、僕が特に共鳴したのは、彼⼥がラテンアメリカやアメリカへの旅によって様々な⽂化を吸収し、形成されたその独⾃性だった。彼⼥には⾮常に独創性があり、確かで繊細な直感を持っている。シューベルトやモーツァルトのあとに続くのは、たやすいことではなかったが、彼⼥は⾒事にやってくれた。

――ドニは、なぜ⽗親に何も⾔わないのでしょう? ⽗親が⾔うように恐怖⼼からでしょうか? 何が怖いのでしょう?

⾃分が選ばれたせいで、⽗親が⽣涯の夢を実現できないと伝えることは難しい。2⼈にはそれぞれ⾃分の望む⽴ち位置があるけど、ドニは、グレン・グールドと同様に⼤きなホールを好まない指揮者なんだ。怖気づいているのさ。その地位を受け⼊れる怖さを隠すために、⽗親を傷つけたくないという⾔い訳を利⽤しているのだろうか? 彼の反応にはおそらくそれも少しあるのだろうね。

――監督ならどう反応しますか?

僕なら⾃虐的になっていただろうね。⽗親を追い越すのは、ある意味、侮辱することになる。それなら、全てを壊すほうがマシだ。例を挙げると、僕の⽗親は幼少時代の経験から、愛されていると感じることがなかったんだ。僕が映画制作を始めた頃、⽗に⽐べ、⾃分が他⼈から愛され、認められていることを受容するのは苦しかった。⽗にとっても、きっとたやすいことではなかっただろう。

――撮影監督のドゥニ・ルーダンとの仕事は初めてですか?

ああ、だが僕はドゥニを敬愛していた。撮影が6週間しかなかったから、彼には現場の機材を⼀切使わず撮影するよう頼んだ。トラベリングやクレーンなしで⾃分の肩だけで撮ってくれと。彼は⾝⻑が2メートルあって、とても背が⾼いからね。初めは困っていたが、2⽇間熟考して、挑戦を引き受けてくれた。そのおかげで期間内に撮影を終わらせることができたんだ。それに、この制約があったからこそ、シークエンスショットを使って、⾃由に撮影できた。懸念していたクラシック寄りなイメージを回避できたし、やや「ドキュメンタリー」⾵な仕上りに満⾜してる。クラシック⾳楽は上流階級の芸術と思われがちだけど、本作はそういう気取った映画にはしたくなかったんだ。

 

ブリュノ・シッシュ
監督・脚本
1966 年8 ⽉⽣まれ、フランス出⾝。監督兼脚本家であり俳優としても活躍。監督作では『バルニーのちょっとした⼼配事』(02)、『Hell 私の名前はヘル』(06)が知られる。

 

ストーリー

最悪の不協和音は、やがて圧巻のフィナーレへ━━!
父と息子は渾身のタクトで自らの音楽を再び輝かせる!

⽗も息⼦も、パリの華やかなクラシック界で活躍するオーケストラ指揮者の親⼦。⽗・フランソワ(ピエール・アルディティ)は、40 年以上の⻑きに渡り輝かしいキャリアを誇る⼤ベテラン。ひとり息⼦のドニ(イヴァン・アタル)も、指揮者としての才能を遺憾なく発揮し、今やフランスのグラミー賞にも例えられるヴィクトワール賞を受賞するほど破⽵の勢い。

だが、栄えある息⼦の授賞式会場に⽗の姿はなく、二人の間には不協和音が鳴り響いていた。そんな中。突然、⽗・フランソワの携帯電話が鳴る。それは夢にまで⾒た世界三⼤歌劇場であるミラノ・スカラ座の⾳楽監督への就任依頼だった。奇しくもこの⽇は、フランソワの誕⽣⽇。誕⽣パーティは、⼀転して「スカラ座に乾杯!」と、家族全員が⽗の快挙を祝福する最⾼の⼀夜となった。

しかし翌⽇、息⼦はスカラ座のマイヤー総裁に呼び出され、⽗への依頼は“デュマール違い”で、実はドニへの依頼の誤りだったことを告げられる。驚きを隠せずに動揺するドニ。⽗に真実を伝えなければならないという難題を課されたドニは、⼈⽣最⼤の窮地に⽴たされる。やがて、初めて親⼦が腹を割って本⾳で語り合うためにシャンパンを傾けたとき、⽗の⼝からこれまで語られなかった衝撃の真実が明かされる……。

 



物語を彩るクラシックの名曲たち

ブラームス「間奏曲第7番」 ベートーヴェン「交響曲第9番」
シューベルト「セレナーデ」 モーツァルト「ラウダーテ・ドミヌム」
ラフマニノフ「ヴォカリーズ」 モーツァルト「フィガロの結婚 序曲」
ドヴォルザーク「⺟が教えてくれた歌」 モーツァルト「ヴァイオリン協奏曲第5番」 ほか

 

『ふたりのマエストロ』予告編


公式サイト

 

2023年8月18日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ 渋⾕宮下、シネ・リーブル池袋、アップリンク京都、ほか全国順次ロードショー

 

監督:ブリュノ・シッシュ
出演:イヴァン・アタル、ピエール・アルディティ
ミュウ=ミュウ、キャロリーヌ・アングラーデ、パスカル・アルビロ、ニルス・オトナン=ジラール
配給:ギャガ
宣伝協⼒:ミラクルヴォイス

2022/フランス/原題:MAESTRO(S)/88分/シネスコ/5.1chデジタル/字幕翻訳:松岡葉⼦ <PG12>

©️2022 VEND.ME FILMS ‒ ORANGE STUDIO ‒ APOLLO FILMS

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