『658km、陽子の旅』菊地凛子主演、第25回 上海国際映画祭で、最優秀作品賞・最優秀女優賞・最優秀脚本賞の 三冠受賞作品
『658km、陽子の旅』の658kmは、東京から陽子の実家弘前までの距離だ。父の訃報を聞き、洋子は従兄の車に乗り帰省するのだが、途中で従兄とはぐれてしまい、ヒッチハイクで弘前まで旅することになった。
陽子は何人もの人の助けによってヒッチハイクの旅を1日かけて行う。たった1日の旅ではあるが、それは、あたかも陽子のこれまでの人生の歩みのようでもあった。
陽子を演じる菊地凛子のコメントが、陽子というキャラクターに観客が寄り添う補助線となるだろう。
「40歳を迎え、ふと自分の足跡を振り返った時、さまざまな感情と共に、もう二度と戻ってこない日々がある事に不安や恐怖を覚えた事を思い出します。主人公の陽子は、人生のある失敗から、その恐怖が静かに重くのしかかり、気がつくとすっかり動けなくなってしまいました。そして孤独になり、振り返ることも、前を見ることもできなくなる。私自身もそんな経験がありました。でも、どんな形の出会いであれ、人間と人間の間に怒っている時間の中で、もう一度自分を抱きしめる瞬間に、光が刺すのだと思います。その瞬間が孤独を抱きしめてくれるのだと願って、この作品は作られているのだと思います」
菊地凛子自身が「私の代表作にになる作品」という本作は、イエジー・スコリモフスキ監督が審査委員長を務めた6月に行われた第25回 上海国際映画祭コンペティション部門で、最優秀作品賞・最優秀女優賞・最優秀脚本賞の三冠受賞を達成した。
監督インタビュー
20年を経た邂逅の旅
監督 熊切和嘉 × 主演 菊地凛子
―― 企画の発端を教えてください。
熊切和嘉(以下、熊切) 「制作プロダクションのオフィス・シロウズの松田広子プロデューサーから『こういう女性像なら熊切さんは興味があるんじゃないですか?』と連絡を頂いたのが最初でした。
TSUTAYA CREATORS' PROGRAMの2019年度の脚本部門受賞作品である室井孝介さんの原案・脚本に描かれている主人公の陽子に、松田さんは僕の『ノン子36歳 (家事手伝い)』で坂井真紀さん演じるノン子と似た匂いを感じ取ったということでした。松田さんには、映画では『アンテナ』、『フリージア』、WOWOWの連続ドラマW『60誤判対策室』と組んだ恩人であり、とても信頼しているので、その時点で是非にと思っていました」
―― 陽子役を菊地凛子さんにというのは最初から念頭にあったのでしょうか?
熊切 「経緯を話せば長くなりますが、菊地さんは2001年の『空の穴』でご一緒して、その後、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の『バベル』で国際的なスターとなった。それは個人的に嬉しい出来事でしたけど、先に彼女の日本での代表作を撮れなかったという悔しい思いもあった。だから再び組むのであれば、ちょっとした脇役などに出てもらうのは嫌で、主演作で迎えたいという思いがずっとあったんです。本作のオファーをするとき、菊地さんはマイケル・マン監督のドラマ「TOKYO VICE」に出演していて、こちらは『空の穴』のときと変わらず、軽トラにみんなで乗り込んで撮るみたいなノリの低予算。断られたらショックだなという躊躇もあってなかなか言い出せませんでした」
―― 菊地さんがオファーを受け取り、脚本を読んだときの感想を教えてください。
菊地凛子(以下、菊地) 「私は、脚本を読む前に、企画書にあった熊切和嘉という名前と、「658km 陽子の旅(仮タイトル)」という文字を見て、出ると決めました」
熊切 「読む前から?」
菊地 「読む前から(笑)。自分でも想像もしなかったご縁で、海外の作品に出ることが続き、母国語じゃないところで必死にやってきましたが、日本語でお芝居してみたいという気持ちが沸々と湧き出していた時期だったこともあります。『バベル』に出た後、海外からの逆輸入のイメージがあるのか、日本の映画界からのご縁がなかなかなくて。自分の人生もパートナーを得て、子どもを持っていろんな風に変化しているのに、仕事の在り方には変化がこないという。そんな矢先にオファーを頂いて、企画書にある「熊切和嘉」の名が光って見えたというか(笑)。
熊切さんだったらどんな作品になろうとも絶対にやろうとは決めていたんですけれど、脚本を読んでみると、すでに話が面白かった。あとは、一生懸命、初心に帰ってやれば、いい形になるとわかっていました。
『空の穴』のときは、まだ映画に出て2 年ほどで、カットの繋がりもわからないし、衣装のことも全くわかっていない状態で。何本かの映画には出ていましたが、ずぶの素人の状態で、演技をやりたいという漠然とした思いはあったけど、それを具体化していく力は全くなくて。熊切さんは、学生時代に撮った『鬼畜大宴会』に続く2作目、商業映画としては一本目でしたけど、あの時、映画作りってこんなに楽しいことなんだって、具体的なことをすごく教えてもらったんですよね。『空の穴』で初めて妙子という役名のある人物を演じたんです。オーディションに行って、自分の力で得た役だったから、そういう意味で、再び熊切さんと組めるというのは特別な思いがあります。」
熊切 「僕はオーディションの時の菊地さんの印象は未だに鮮明に覚えていますね。なんというか、あのとき、たぶん、やる気がなかったですよね(笑)。後で聞くと、嫌になっていた時期だったという」
菊地 「 うん、そうですね」
熊切 「でも、だから、すごく良かったんです。オーディションに来ていた人は、みなさん、事務所にきちんと教育されていて、その中に一人だけ、髪の毛がぼさぼさの菊地さんがいて。脚本を読んでもらったら、ぐっと来たんです。妙子という女性は捨て猫みたいな役で、寺島進さんの前にふらっと表れて、ある日突然、ぷらっといなくなる。そういう小悪魔的なところがぴったりだった」
菊地 「あの時のぼさぼさっぽいのが、またこの作品で復活するという(笑)」
―― 菊地さんにとって、陽子はアクセスしやすい人物だったでしょうか?
菊地 「そこまでこじ開けた感じではないのですが、かといって陽子そのものではないです。ただ、ベースというか、使っている楽器は自分なので、どの役に関しても紐解くと演じる役の根が自分にあったりするなと思うことは結構あります。演じるために必要なパズルのピースを多分少しずつ持っていて、拾い上げる感じかと。脚本には、陽子が故郷を出ていったときのことや、父親への感情、長い間、故郷に戻らなかった経緯がシンプルに書かれていたので、私としては、具体的に彼女が過去にどういうことで傷ついてきたのかを時間を飛ばさないで丁寧に感じ取ればよかった。外見的な要素に関しては、熊切さんから事前に、カメラの前では普通にすっぴんでと言われたので、そうしています」
熊切 「僕にとって、陽子は男女差関係なく、自分でもあり得た人生だと感じる人物なんです。室井版の物語を最初に読んだときもそう思いましたし、年齢も近い」
菊地 「陽子はもう何十年もどこかに向かって移動していくっていうことがなかったので、最終地点に矢印を向けて、そこに向かっていくことすら、多分すごく苦しい。ゴールへの道筋を考えたら苦しくて、咳が出てきちゃう。そういうことって、私たちの心理状態としてもよくあるじゃないですか。やらなくちゃいけないことを想像するだけで、心理的に調子がものすごく悪くなることって。特に車って閉ざされた箱のようなもので、乗ってしまうともうどうにもならない。長年引き籠っていた陽子からすると、最初、アパートの階段を降りることすら、もう苦しい。なんでこんなに苦しいのかと、何か行動する度に自分と向き合うことになってしまう。肉体的には青森へと向かっているんだけど、頭と心は移動するスピードに追い付いていなくて、置いてきぼりになっている。体が向かっていく距離とのずれが1つ1つの行動に現れて出る物語になっていると思います」
―― おふたりにとって、この『658 km、陽子の旅』はどのような位置づけの作品になりそうでしょうか?
熊切 「月並みな言葉しか出てこないですけど、コロナ禍もあり映画が撮れない数年を経て、新鮮な気持ちで、ドキドキしながら撮れた作品です。シンプルに、本当に好きな役者やスタッフたちと撮れた大切な映画です」
菊地 「私も月並みな表現ですが、 私の代表作になるかと思います。この先、自分がまたちょっとしんどくなったとき、この作品を見返すと思いますし、また、頑張れるんじゃないかと。熊切さんと一緒にやれて、自分にとっては奇跡の瞬間ばかりを収めた宝物のような作品になりました」
熊切和嘉
Kazuyoshi Kumakiri
監督
1974年生まれ。北海道帯広市出身。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒業。卒業制作作品『鬼畜大宴会』が、第20回ぴあフィルムフェスティバルで準グランプリを受賞。同作はベルリン国際映画祭招待作品に選出され、タオルミナ国際映画祭でグランプリを受賞。2001年、『空の穴』で劇場映画デビュー。代表作に『アンテナ』(03年)、『青春☆金属バット』(06年)、『ノン子36歳(家事手伝い)』(08年)、『海炭市叙景』(10年)、『夏の終り』(13年)、『私の男』(14年)がある。2023年2月新作『#マンホール』が公開され、同作は第73回ベルリン国際映画祭ベルリナーレ・スペシャル部門に正式招待された。
菊地凛子
Rinko Kikuchi
神奈川県出身。『生きたい』(99/新藤兼人監督)にて映画デビュー。『空の穴』(01/熊切和嘉監督)ではヒロイン役に抜擢。さらに『バベル』(06/アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督)にてアカデミー助演女優賞を含む多数の映画賞にノミネート。以降『パシフィック・リム』シリーズ、『47RONIN』(13/カール・リンシュ監督)など海外作品に主要キャストとして多数出演。スペイン映画『ナイト・トーキョー・デイ』(09/イザベル・コイシェ監督)、『ノルウェイの森』(10/松山ケンイチ、水原希子とトリプル主演/トラン・アン・ユン監督)、『トレジャーハンター・クミコ』(14/デビッド・ゼルナー監督)などで主演を務める。22年は米国ドラマシリーズ「TOKYO VICE」、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に出演。待機作として連続ドラマ小説「ブギウギ」で“ブルースの女王”と呼ばれた淡谷のり子をモデルとした茨田りつ子役が決定。国内外で活躍の幅を広げている。
ストーリー
東京から青森へ 明日正午が出棺。
父親の葬儀にも、人生にも何もかも間に合っていない――
42歳 独身 青森県弘前市出身。人生を諦めなんとなく過ごしてきた就職氷河期世代のフリーター陽子(菊地凛子)は、かつて夢への挑戦を反対され20年以上断絶していた父が突然亡くなった知らせを受ける。従兄の茂(竹原ピストル)とその家族に連れられ、渋々ながら車で弘前へ向かうが、途中のサービスエリアでトラブルを起こした子どもに気を取られた茂一家に置き去りにされてしまう。陽子は弘前に向かうことを逡巡しながらも、所持金がない故にヒッチハイクをすることに。しかし、出棺は明日正午。北上する一夜の旅で出会う人々―毒舌のシングルマザー(黒沢あすか)、人懐こい女の子(見上愛)、怪しいライター(浜野謙太)、心暖かい夫婦(吉澤健、風吹ジュン)、そして立ちはだかるように現れる若き日の父の幻(オダギリジョー)により、陽子の止まっていた心は大きく揺れ動いてゆく。冷たい初冬の東北の風が吹きすさぶ中、はたして陽子は出棺までに実家にたどり着くのか……。
『658km、陽子の旅』予告編
公式サイト
2023年7月28日(金) ユーロスペース、テアトル新宿、ほか全国順次ロードショー
Cast
菊地凛子
竹原ピストル 黒沢あすか 見上愛 浜野謙太 吉澤健 風吹ジュン オダギリジョー
Staff
監督:熊切和嘉
製作:中西一雄 押田興将 松本光司
プロデューサー:小室直子 松田広子 ラインプロデューサー:齊藤有希
撮影:小林拓 照明:赤塚洋介 美術・装飾・ 持道具:柳芽似
録音:吉田憲義 編集:堀 善介 衣裳:宮本茉莉 ヘアメイク:河本花葉
助監督:桑原昌英 制作担当:芳野峻大 メインビジュアル写真:長島有里枝
製作:「658km、 陽子の旅』製作委員会 (カルチュア・エンタテインメント、オフィス・シロウズ、プロジェクトドーン)
製作幹事:カルチュア・エンタテインメント
制作プロダクション:オフィス・シロウズ
配給・宣伝:カルチュア・パブリッシャーズ
©2022「658km、陽子の旅」製作委員会