子どもの純心さと無垢さが巻き起こす衝撃の北欧サイキック・スリラー『イノセンツ』
本作は、エスキル・フォクト監督が大友克洋の「童夢」からインスピレーションを受けて制作した異色の北欧サイキック・スリラー。団地を舞台に、夏休みの子どもたちの無垢なる狂気や恐怖を描き、2022年ノルウェーのアカデミー賞(アマンダ賞)の監督・撮影・音響・編集の4冠を獲得。フォクト監督は、長期に及び子どもたちの想像力を見極め、入念なキャスティングを経た子役たちに、プロの大人の俳優と同じ演技指導を行い、彼らがゾッとするリアルな恐怖を生み出して、世界の映画賞を総なめにした。
エスキル・フォクト監督インタビュー
©Christian Breidlid
ーー物語のアイデアは、どこから生まれたのですか?
きっかけは、子どもを持ったこと。彼らが不器用ながらも、世の中を理解しようとする姿を見たことでした。そのとき、私自身の幼少期の思い出も蘇ってきたのです。子どもの頃の私たちが、いかに根本的に違っているか、いかに激しく物事を感じ、同時にいかにオープンで、時間の捉え方が異なっているかに気づきました。そして、またその頃に戻ろうとしたのです。子どもを見ているとき、特に、自分が何者なのかまだ分かっていない頃の子どもを観察することに、幸福感を覚えました。学校に子どもを迎えに行くまでの時間、子どもたちには、あなたと一緒にいない秘密の生活があるのです。それがとてもワクワクすることだと思いました。
ーー大人が子どもらしさを持つことは、難しいと思います。どのようにして、子どもたちの世界に戻ったのでしょうか?
私は、子どもから学ぼうとしました。そして、幼児期の経験を思い出すようにしました。よく引っ越しをしていたので、それぞれの時期で思い出があります。5歳か6歳のとき、森の横の大きなアパートに住んでいて、今でも階段を歩いているときや森に行ったときの感覚を覚えています。幼少期の経験は、幸せなものとしてノスタルジックに思い出されがちですが、知らないことも多く、恐怖の時間もあったはず。子どもは素晴らしく、ファンタジーな想像力を持っています。子どもの頃ほどの恐怖を大人になってから感じたことはありません。
ーーご自身のお子さん以外の子どもたちもリサーチしましたか?
はい、いつも子どもたちと話していました。撮影が始まるまでの1年半、キャスティングやワークショップを行っていたんです。その過程で、子どもたちに強い想像力があるかどうかを見極めていました。想像力が重要になるからです。そこでは、彼らの思考の中に興味深いものを見ました。例えば、同じ写真を見せて、そこからストーリーを作ってもらいます。そうすると、彼らの想像力や内側の世界が明らかになりました。それが魅力的で作品をより豊かなものにしてくれました。
ーー姉のアンナは自閉症ですが、自閉症の子どもを持つ家族についてもリサーチをしたのでしょうか?
この映画を作ろうと思ったきっかけは、後天性の自閉症の子どもを持つ作家にインタビューをしたことでした。4歳までは言葉を話すことができたものの、ある日言葉を失い、自分の中に閉じこもるようになってしまったのです。もちろん、子どものことを愛していますが、子どもを持つ親として、それは悪夢だと思いました。子どもが殻に籠っていると思わずにはいられません。それがストーリーの一部になっています。
ーー本作には、7歳から11歳の子どもたちが登場しますが、その年代の子どもたちの特徴はなんでしょうか。
子どもたちは12歳になると、ティーンエイジャーの仲間入りをし、セクシャリティを自認しはじめます。これは、確かに魅力的なテーマではありますが、本作のテーマではありません。私は子ども時代を、大人になる前の流動的で魅力的な時代と位置づけたかったのです。
ーーこの映画の主人公は子どもたちです。彼らがうまく演じられなければ、本作は失敗していたのではないでしょうか。監督として緊張感はありましたか?
はい。子どもたちの演技も、重度の自閉症の子どもを演じられる子役を見つけることにも緊張感がありました。もし、それがうまくいかなければ、映画になりませんから。長い時間をかけて子役を探し、キャスティング・ディレクターのKjersti Paulsenには、キャスティングから撮影前、撮影中にかけて子どもたちの近くで動いてもらいました。通常、子どものキャスティングをする際には、大人の俳優のように演じてほしいとか、ブロンドの長髪のお姫様をイメージしたりしますよね。Kjerstiは「それでは、固定概念にとらわれない才能を持った子どもたちを見逃してしまう」と言っていました。脚本家として、キャラクターのアイデアはありましたが、それは置いておいて、何よりもまずは面白い子どもを見つけようと思いました。そして、脚本の中で彼らを生かしていくのです。最終的には、彼らの才能に合わせ、ジェンダーや人種を変えることになりました。
ーー不穏な物語をどのように子どもたちに伝えたのですか?
子どもたちを座らせて頭から説明しても、情報量が多すぎることは分かっていました。代わりに、彼らの疑問に正直に答えることにしました。準備段階で少しずつ自分の演じるキャラクターに何が起こるのかを理解していってもらったのです。もちろん、親御さんには役をオファーする前に、作品について全て知ってもらっていました。
ーーでは、子どもたちには「愛犬が死んだときを思い浮かべて泣いてみて」といったテクニックは、使わなかったのですか?
彼らは、プロの役者がやるように感情を作っていました。プロの技術を習得してもらうため、私たちは長い時間をかけて一緒に動いたんです。キャラクターに必要な情報を話し合い、ワークショップを行いました。怖いもののイメージを持ち寄って、リアクションを意識してもらうんです。例えば、「怖いときの呼吸の速さを感じてみて」といったように、撮影日にもその方法を用いました。
ーー『イノセンツ』というタイトルには、どのような意味が込められているのですか?
子どもは、善悪の概念を超えている、もしくは、それよりも前に存在していると思います。しかし、人は純粋な心で生まれてくる。子どもは小さい天使だとは思いません。子どもは、共感性も道徳も持たずに生まれてきて、私たちがそれを教えなければいけないのです。だから、大人が悪だと思っていることを、子どもがやってしまうと面白いのです。道徳は、まだ完全に形成されておらず、より複雑です。子どもが小動物の目を突く児童心理学の研究を読んだことがあります。それは、必ずしも危険の兆候ではなく、彼らは実験をしながら、違ったリズムで共感性や若さを成長させていくのです。道徳の基本は、親が「これは間違っている」「これは正しい」と教えることですが、本当の意味での道徳は、人々の中に根付いていて、自分自身が「悪い」と感じることなのです。道徳の指針を見つけるには、実験して、親の教えを逸脱することが必要です。私にとって重要なのは、本作に登場する最も危険な子どもが、決して悪い子どもではないということでした。子どもたちは皆、人間らしさを保っているのです。
ーーインスピレーションや影響を受けた作品はありますか?
アイデアを思いついたとき、今まで観たことがないものだと思いました。でも、話をする中で、若者が自分の力に気づくというのは、どこにでもありそうな内容だと気づいたんです。自分たちは、違うことをしていると思っていたので、執筆中は他の作品を見ることはありませんでした。それとは別に、子どもの演技を見られる作品は多く観ていました。『ミツバチのささやき』や『ポネット』などを観て、5歳の子どもとどのようなことができるのか、希望を持つことができました。もし、子どもがセリフを言うだけでなく、リアルな演技ができるのなら、何か特別なものができるはずです。また、大友克洋の「童夢」にも、インスピレーションを得ました。
ーー観客には、『イノセンツ』から何を受け取ってほしいですか?
映画を作るとき、特にこの作品では、よく観客について考えました。シートから身を乗り出したり、息を飲んだりするような演出をしたいと思うものです。特に嬉しいのは、映画を観た後に、幼少期に感じた魔法について話し合ってくれることです。子どもの頃の自分や善悪の限界について、誰にでもあるような思い出を語ってほしいのです。この映画が、忘れかけていた記憶を呼び起こすきっかけになってくれればと思っています。
エスキル・フォクト監督プロフィール
©Christian Breidlid
1974年10月31日、ノルウェー・オスロ生まれ。フランスの名門映画学校ラ・フェミスを卒業し、2014年サンダンス映画祭にてプレミア上映された『ブラインド 視線のエロス』で監督デビュー。脚本も務めた同作で外国語映画脚本賞を受賞し、その後、ベルリン映画祭をはじめとする国際映画祭で20以上の賞を受賞。また、ヨアキム・トリアー監督の右腕として、『母の残像』(2015)、『テルマ』(2017)、『わたしは最悪。』(2021)などの脚本をヨアキムと共に手掛けた。本作は、長編監督二作品目で、監督作品の上映は日本劇場初。
エスキル・フォクト監督から日本の映画ファンに向けてメッセージ
きっかけは大友克洋監督の映画『AKIRA』を観て、漫画を読んだことでした。彼が描いた他の漫画の英訳版がないか探して、「童夢」を見つけたのです。「童夢」を初めて読んだのは90年代で、なぜ映画化されないのだろうと思ったくらいです。「AKIRA」は壮大な物語で、1本の映画にするには大変な作品なのを考えると、「童夢」映画化するのにぴったりの作品だと思いました。そこから何年も経って、ヨアキム・トリアー監督と二人で、『テルマ』という超能力が登場するホラー映画を作ることになったとき、若い時に感化された、スティーヴン・キングなどの小説を読み返したりしましたり、観返したりしました。その時に「童夢」も読み返したのですが、私が父親になったので、昔よりもさらに大きな衝撃を受けたのです。
子どもが危険な目に遭うというのもそうですが、大人にはわからない子どもだけの秘密の世界があるというところが、非常に独創的だと思いました。父親として日ごろ子どもを愛しているけど、息子が見ている世界を理解できない自分を感じていたからだと思います。子どもの世界には魔法があり、何でも可能なのです。自分の感情を言葉で表現できなくても、強い感情を抱えていて、それが毎秒変わるのです。大人とは全く違う世界です。なので、そんな大人には分からない子どもだけの世界で起こる物語を映画にしたらどうだろうかと思ったのです。特に最後のクライマックス・シーンが素晴らしいので、今作でも参考にさせて頂きました。誰にも気づかれないだろうと思ったのですが、こうして日本公開が決まってしまったので、皆んなにバレてしまいますね。日本の皆さんが気に入ってくれることを願います。
ストーリー
緑豊かなノルウェー郊外の団地に引っ越してきた9歳の少女イーダ(ラーケル・レノーラ・フレットゥム)、自閉症で口のきけない姉のアナ(アルヴァ・ブリンスモ・ラームスタ)が、同じ団地に暮らすベン(サム・アシュラフ)、アイシャ(ミナ・ヤスミン・ブレムセット・アシェイム)と親しくなる。ベンは手で触れることなく、小さな物体を動かせる念動力、アイシャは互いに離れていても、アナと感情や思考を共有できる不思議な能力を秘めていた。夏休み中の4人は、大人の目が届かないところで、魔法のようなサイキック・パワーの強度を高めていく。しかし、遊びだった時間は次第にエスカレートし、取り返しのつかない狂気となり、<衝撃の夏休み>に姿を変えていくー。
©Mer Film
『イノセンツ』予告編
2023年7月28日(金) 新宿ピカデリー他全国公開
アップリンク吉祥寺
公式サイト
『イノセンツ』
監督・脚本:エスキル・フォクト
撮影監督:シュトゥルラ・ブラント・グロヴレン
音楽:ペッシ・レヴァント
出演:ラーケル・レノーラ・フレットゥム、アルヴァ・ブリンスモ・ラームスタ、ミナ・ヤスミン・ブレムセット・アシェイム、サム・アシュラフ、エレン・ドリト・ピーターセン、モーテン・シュバラ
2021年/ノルウェー、デンマーク、フィンランド、スウェーデン/ノルウェー語/117 分/シネマスコープ/カラー/5.1ch
原題:De uskyldige/英題:THE INNOCENTS/日本語字幕:中沢志乃
提供:松竹、ロングライド
配給:ロングライド
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