91歳のパオロ・タヴィアーニ監督最新作『遺灰は語る』独裁者ムッソリーニがローマから手放さなかったあるノーベル賞作家の遺灰の旅。

91歳のパオロ・タヴィアーニ監督最新作『遺灰は語る』独裁者ムッソリーニがローマから手放さなかったあるノーベル賞作家の遺灰の旅。

2023-07-06 00:00:00

本作は、『父/パードレ・パドローネ』(1977年)『カオス・シチリア物語』(1984年)『グッドモーニング・バビロン!』(1987年)で知られる名匠タヴィアーニ兄弟の兄ヴィットリオが死去後、弟パオロがノーベル賞作家ピランデッロの遺灰の旅からインスピレーションを得て創作し、初めて一人で発表したユーモアと美しさ、戦後史と人間の運命を凝縮させた映画の豊かさが心に残る作品である。

 

パオロ・タヴァアーニ監督インタビュー

ーー本作のアイデアのきっかけを教えてください。

40年ほど前に『カオス・シチリア物語』を撮ったんですね。その時、実は「ピランデッロの灰」という物語を『カオス・シチリア物語』の最後に加えるつもりでした。ところが、資金がなくなって、結局そのエピソードは撮れなかったんです。そのことがずっと心の中に残っていました。でも、なぜ今になってなのかは、よく分からないな。

ーーノーベル賞作家ピランデッロの遺灰を運ぶ物語ですが、この遺灰のエピソードはイタリアでは有名なのですか?

ピランデッロは、私たちが抱える多くの問いに答えてくれる偉大な作家です。亡くなってから10年間、遺灰がローマにあったことも、それから10年、15年くらい経って、ようやく故郷のシチリアに墓(モニュメント)ができたのも事実で、何人もの作家がその遺灰についての物語を書いています。ただ、この映画はピランデッロという人物、その遺灰の旅からインスピレーションを得て作られた完全な創作なんです。良い映画監督というのは、嘘つきなんですよ(笑)。遺灰の壺が列車で旅するというのも私の創作ですよ。

ーーその列車のシーンで素敵な愛のシーンがありました。戦後間もない、引き上げの人たちをシチリアへ運ぶ列車なのに、ピアノを演奏したり、踊ったり、さらにはラブ・シーンまであって、なんて美しいのだろうと思いました。

愛のシーンがありましたね。今、「素敵だった」と言ってくれましたが、実は映画だからこそ、さらに美しいんですよ。映画の撮影現場で起きたことによって、映画がもっと楽しくなった。若い二人が愛を交わすシーン、あれは偶然の産物で脚本に描かれていたわけじゃない。列車の中にレールを敷いて、移動式のカメラを回して撮っていたら、あの二人が本当に愛を歌うような声やジェスチャーをしていたんです。それが素晴らしいと思って、あのシーンを付け加えたんですよ。映画の現場から偶然生まれたシーンです。

ーー映像が美しくて艶やかに輝いているようでした。モノクロからカラーに変わる瞬間もとても感動的ですね。

白黒のシーンは、撮影監督によるところが多いんです。自分が監督だから言うのではなく、白黒の中でも素晴らしい効果、色彩を作り出してくれたと思っています。過去にまつわるから白黒ということだけではなく、映像自体が鮮やかで力がありましたね。今後もまた白黒映画を撮りたいと思えるくらいでしたね。映画は白黒で始まって、遺灰がシチリアに戻ってきた瞬間に色がつく。あの海は、ピランデッロが「アフリカの海」と呼んだ海なんですよ。海に光が差す、あの濃い青がスクリーンに現れる。あのシーンは、ピランデッロがくれた贈り物かもしれませんね。

ーー映画の最後には、ピランデッロの短編がつくユニークな構成ですね。こちらは、一転して鮮やかなカラーでした。

色彩が爆発的にカラフルになりますよね。まるで色の奔流のような。その色というのが、私たちが目にしている現実なんです。私自身は、この映画は2つの全く違う作品が並べられているものだとは思ってはいなくて、同じフレームの中の第一章、第二章と考えています。この短編「釘」は、ピランデッロが死の20日前に書いた小説で、だからこそ遺灰の旅とこの物語の間に、強い結びつきが生まれるわけです。

ーー本作は、初めてお一人で発表された作品ですね。

(兄の)ヴィットリオは、やはり常に私の映画の中にいるんですよ。初めて一人で映画を撮影しましたが、私はシーンを撮り終えるたびに、「カット!いいね」と言って、ヴィットリオの確認を得るために振り返っていたそうですよ。兄は、もうそこにはいないのにね。

ーー二コラ・ピオヴァ―二さんの音楽も素晴らしいです。

彼との仕事は、ヴィットリオと仕事をするのと同じような感覚なんですよ。私たちの映画の中にずっと寄り添ってくれた音楽家ですからね。『サン★ロレンツォの夜』(1982年)から、途切れることなく関係が続いています。彼は、偉大な音楽家だが、それは(ロベルト・べニーニ監督『ライフ・イズ・ビューティフル』で作曲賞の)アカデミー賞を獲ったからではなく、それ以上の存在なんです。

ーーこの映画には、ロッセリーニ監督の『戦火のかなた』(1946年)はじめ、様々な映画の引用によって、戦後のイタリアが描かれてますが、日本の若い映画ファンに、これは絶対見るべきと思うイタリア映画の名作を3本あげていただくことはできますか?

ロッセリーニ『無防備都市』(1945年)、デ・シーカ『自転車泥棒』(1948年)、ヴィスコンティ『山猫』(1963年)です。私たちが映画監督になりたいと思ったきっかけは、ロッセリーニ監督の『戦火のかなた』を見たことでした。ただ残念ながら、ロッセリーニ監督とは、生前そんなにお会いする機会はありませんでした。けれど、私たちが(『父/パードレ・パドローネ』で)カンヌのパルムドールを受賞した時、授与をしてくれたのがロッセリーニ監督だったんですよ!

ーー今後、映画にしたい題材やアイデアは、まだたくさんおありなのでしょうか?

新作をいま準備中なんなんですが、それについては内緒です(笑)。なんとか撮影までこぎつけるといいなと思っていますよ。

 

パオロ・タヴィアーニ監督プロフィール

1931年11月8日、北イタリアのトスカーナ地方、サン・ミニアート生まれ。
ロベルト・ロッセリーニ監督の『戦火のかなた』に大きな衝撃を受け、兄ヴィットリオと映画監督を志す。兄弟はヴァレンティノ・オルシーニと初の長編ドキュメンタリー映画『サン・ミニアート、1944年7月』(1954年)を完成させる。3人はヨリス・イヴェンスと出会い、『イタリアは貧しい国ではない』(1960年)を制作。オルシーニと3人で初めて長編劇映画『火刑台の男』(1962年)発表し、ヴェネチア映画祭で高く評価され注目を浴びる。その後も『サン・ミケーレのおんどりさん』(1972年)など重要な作品を発表。『父/パードレ・パドローネ』(1977年)がカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールと国際批評家大賞をタブル受賞し、国際的な評価を獲得。『サン★ロレンツォの夜』(1982年)で同映画祭の審査員特別グランプリを受賞。ピランデッロのいくつかの短編を原作とした『カオス・シチリア物語』(1984年)が世界中で大ヒットを記録。『グッドモーニング・バビロン!』(1987年)も日本でも記録的なヒットとなり、キネマ旬報外国映画ベスト・テン第1位に選ばれる。その後も『塀の中のジュリアス・シーザー』(2012年)がベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞。
2018年4月、兄ヴィットリオが88歳で死去。本作が兄の死後初めて、パオロ監督が一人の名前で発表した作品となる。

 

ストーリー

ローマからシチリアへ。トラブル続きの旅のなか、遺灰が見たものは?
映画の主人公は、1936年に亡くなったノーベル賞作家ピランデッロの「遺灰」である。死に際し、「遺灰は故郷のシチリアに」と遺言を残すが、時の独裁者ムッソリーニは、作家の遺灰をローマから手放さなかった。戦後、ようやく彼の遺灰が故郷に帰ることに。ところが、アメリカ軍の飛行機には搭乗拒否されるわ、はたまた遺灰が入った壺が忽然と消えるわ、次々にトラブルが…。遺灰はシチリアにたどり着けるのだろうか__⁈

 

『遺灰は語る』予告編

 

公式サイト

 

2023年6月23日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開中

7月7日(金)アップリンク京都
      【イベント】7月9日(日)12:00の回(上映後) FM COCOLO「CIAO765」DJ野村雅夫さんによるアフタートーク決定!

7月14日(金)アップリンク吉祥寺

 

『遺灰は語る』
監督・脚本:パオロ・タヴィアーニ
出演:ファブリツィオ・フェッラカーネ、マッテオ・ビッティルーティ、ロベルト・エルリツカ(声)
原題:Leonora Addio | 2022 | イタリア映画 | 90分 | モノクロ&カラー | PG12
字幕:磯尚太郎、字幕監修:関口英子
配給:ムヴィオラ
©Umberto Montiroli