『はざまに生きる、春』空気を読んでばかりの彼女が、嘘のつけない純心で真っ直ぐな彼に恋をした。発達障害をテーマとした普遍の恋愛映画
本作は、2020年に実施された「映画をつくりたい人」を募集する「感動シネマアワード」にて大賞を受賞した葛里華(かつ・りか)監督の初のオリジナル長編作品である。女性編集者が、相手の気持ちを汲み取ることが苦手な担当画家の純真さに惹かれながらも、彼の発達障害の特性に振り回されて思い悩む恋模様を丁寧に描いている。恋のすれ違いの切なさやもどかしさ、好きな人と分かり合いたいと願う恋心は、誰もが経験する感情であり、「人を好きになる」ことへの希望に繋がる恋愛映画である。
青い絵しか描かない画家・屋内透(おくない・とおる)を演じるのは、宮沢氷魚。屋内に恋する編集者・小向春(こむかい・はる)を三池崇史監督『初恋』(2019)でヒロインを演じた小西桜子が演じている。
葛監督は、高校時代に演劇部に入ったことで「物語に関わる人になりたい」と志し、好きな漫画の影響で理系に進むも、勤務先出版社の理念に心を打ち抜かれて、志望の漫画雑誌の編集部配属となる。漫画編集者として、数々のドラマ化作品を手掛けながら、大学時代から自主映画を制作し続け、発達特性ある人に恋をした自身の経験を映画にしたいと思い、『his』(2020)で宮沢の透明感や柔らかい雰囲気、いつか消えてしまいそうなはかなさなど、繊細なものを画面から感じ、その雰囲気をイメージしながら、透のキャラクターを作ったという。選考に参加した宮沢も、「初めて脚本を読んだ時から引き込まれた。登場人物一人ひとりへの深い愛情が台本越しに伝わってきて、信頼できる監督だと感じた。目の前の時間を素直に楽しむ透くんに魅了された」と回想する。
宮沢が天才的な絵画の感性を持つ発達障害の主人公と向き合うために、葛監督は、コロナ禍にリモートで何度も打ち合わせを重ねて、自身が撮影した発達障害当事者たちを取材した動画を宮沢に見てもらったり、撮影前には、医療関係者や発達障害当事者と話をする勉強会を設け、医療監修者たちのアドバイスを受けながら入念な役作りを行い、「勉強会などでも、宮沢さんはすごく真摯に役に向き合ってくださっていました」と振り返る。宮沢と相談し、意見を交換しながらラストを変更したことも明かし、「一緒に作っている感じがありました」と語っている。
葛里華監督コメント
同じ景色を見ていても、隣にいる人が同じ気持ちとは限らないことに、興味深さを感じます。人と人は、分かり合うことができるのか。この答えを見つけたくて、映画を作りたいと思いました。
澄み渡る演技で主人公・屋内透を形作ってくれた宮沢氷魚さん。真っ直ぐな眼差しで、透への想いを表現してくれた春役・小⻄桜子さん。そして、素晴らしいキャスト・スタッフに恵まれ支えられて、映画を完成させることができました。
観てくださった方の心に、あたたかな春が訪れたら、私は何より幸せです。
葛里華監督インタビュー
ーー公開後の大きな反響をどのように感じられていますか。今のお気持ちをお聞かせください。
たくさんの劇場で流していただき、自分が出会ったことのない人たちがこの作品を観にきてくださっていることに、心から感謝を覚えます。自分は、今まで自主映画を作っていたので、周りのスタッフも観てくださる方も友人ばかりだったのですが、この作品では、プロの方々に囲まれて作品を作ることができ、観てくださる方も全国に広がり、自分の世界が大きく広がりました。今回の経験を経て「劇場に来てもらう」ことに対して、さまざまな学びや反省を得たので、より精進を重ね、次作では、この経験を活かしたいと思っています。
ーー恋愛映画にとどまらず、個の尊重や個性の大切さにも繋がる素晴らしい作品だと思います。協力くださった医療や福祉関係者、発達障害の当事者の方々からのご感想はいかがですか。
ありがたいことに「あたたかい気持ちになれる」という感想が1番多く、光栄です。また、当事者の方や医療関係者の方からも「屋内透くんの仕草や目線の演技が素晴らしい」というお言葉をいただき、取材を重ねたり、医療監修の方の指導をいただいたりして、宮沢氷魚さんと一緒に作り上げた屋内透くんという人間が、観てくださった方に届いたのだと思い、嬉しかったです。
ーー葛監督は、漫画編集者としてお仕事をしながら、本作品の脚本作りや製作などを行われておられますが、時間管理や複数のタスクをこなすコツ、大変だったことなどありましたら教えてください。
自分は、かなり夜型でして、いつも夜に脚本を書いたり、映画のことをして、大体4時くらいに眠り、昼ごろから活動します。漫画編集という仕事は、漫画家さんと一対一で作品を作る部分が大きく、漫画家さんとスケジュールを擦り合わせながら、比較的自由に働く時間を決められるので、こういったことができるのかも…と思います。ありがたいですね。
ーー葛監督にも、透くんや春さんのようなこだわりがあれば、教えてください。
「郵便の車を見て3歩下がるといいことがある」と小さい頃に母から聞いたので、忠実に守り続けています。大きい郵便局の近くでは、たくさん郵便の車が通るので、1人ずっと後ろに下がり続ける女になっています。
ーー現在、葛監督の「人と人は、分かり合うことができるのか」の答えは、どのようなものですか。脚本を書かれる前と公開後の今には、その違いはありますでしょうか。
人と人は、分かり合うことはできないと思っています。どうしても違う人間なので、完全に分かり合うことはないのかなと思います。が、分かり合えないからこそ、人は信じ合うのかなと、この作品を通じて自分なりに思っています。
監督プロフィール
1992年生まれ。 慶応義塾大学に入学後、「創像工房in front of.」に所属し、映画制作を始める。 大学卒業後は大手出版社に勤務し、漫画編集者として数々のドラマ化作品を手掛けながら、自主映画を制作し続ける。監督・脚本・編集を手がけた『テラリウムロッカー』(2016)がカナザワ映画祭を始め、MOOSIC LAB 2019やTAMA NEW WAVEある視点、知多映画祭など、多くの映画祭に入選するなど、その才能に注目が集まっている。
ストーリー
出版社で雑誌編集者として働く小向春(小西桜子)は、仕事も恋もうまくいかない日々を送っていた。 ある日、春は取材で、「青い絵しか描かない」ことで有名な画家・屋内透(宮沢氷魚)と出会う。 思ったことをストレートに口にし、感情を隠すことなく、嘘がつけない屋内に、戸惑いながらも惹かれていく春。 屋内が持つその純粋さは「発達障害」の特性でもあった。 ただ、人の顔色をみて、ずっと空気ばかり読んできた春にとって、そんな屋内の姿がとても新鮮で魅力的に映るのであった。 周囲が心配する中、恋人に怪しまれながらも、屋内にどんどん気持ちが傾いていく春だったが、「誰かの気持ちを汲み取る」ということができない屋内に振り回され、思い悩む。さまざまな「はざま」で揺れる春は、初めて自分の心に正直に決断するー。
『はざまに生きる、春』予告編
2023年5月26日(金)公開 アップリンク京都
公式サイト
公式Twitter
『はざまに生きる、春』
監督・脚本:葛里華
出演:宮沢氷魚、小西桜子、細田善彦、平井亜門、葉丸あすか、
芦那すみれ、田中穂先、鈴木浩文、タカハシシンノスケ、椎名香織、
黒川大聖、斉藤千穂、小倉百代、渡辺潤、ボブ鈴木/戸田昌宏
エグゼクティブプロデューサー:本間憲、倉田奏補、古賀俊輔
企画・プロデュース:菊地陽介、かなりかピクチャー
プロデューサー:吉澤貴洋、新野安行、松田佳奈
撮影:福本淳/照明:志村昭裕/録音:伊藤裕規
美術:福島奈央花/装飾:龍田哲児/編集:脇本一美
音響効果:大塚智子/スタイリスト:福士紗也佳
ヘアメイク:足立真利子/助監督:石井翔
制作担当:田中厚朗/絵画・イラスト:泉桐子
写真:塩原洋/音楽:石塚徹
音楽プロデューサー:田井モトヨシ
医療監修:五十嵐良雄
宣伝美術:石井勇一(OTUA)/予告編:川端翼
制作プロダクション:セカンドサイト ザフール
配給:ラビットハウス
宣伝:満塁
2022年/日本/カラー/アメリカンビスタ/5.1ch/103分
©2022「はざまに生きる、春」製作委員会