『せかいのおきく』江戸の片隅で懸命に生きる若者たちのモノクロ青春時代劇!
本作は、数々の映画賞を受賞する阪本順治の監督30作目であり、初のオリジナル脚本による時代もので、社会の底辺で困難に直面しながらもたくましく、したたかな彼らの姿を通して、「人と人とのぬくもり」や「いのちの巡り」を映し出し、若者たちの恋や青春を軽やかに描いている。
また、気鋭の日本映画製作チームと世界の自然科学研究者が協力して、様々な時代の「良い日」に生きる人々を描き、「映画」で伝えていくYOIHI PROJECTの第一弾作品でもある。企画・プロデューサー/美術の原田満生が映画を通して環境問題を伝えるYOIHI PROJECTを立ち上げ、当初、江戸の循環社会と市民時代劇と糞尿に興味を持った阪本監督と京都の撮影所で本作の終盤に当たるパートとなる短編を撮影し、その後、阪本監督が過去のパートの脚本を書き足し、2年の月日を経て長編の完成に漕ぎつけた。
主人公のおきくには、『小さいおうち』(2014)『母と暮らせば』(2015)『浅田家!』(2020)など高い評価を得てきた黒木華が、声を失い台詞のない心情を創作で繊細に表現した。おきくが心を寄せる下肥買いの中次を『菊とギロチン』(2018)の寛一郎が、その相方を『ちょっと思い出しただけ』(2022)の池松壮亮が演じた。墨絵のように美しい映像美の中、「江戸時代には、こんな人情のあたたかい庶民の営みがあり、素晴らしい持続可能な社会があったことを知ってもらい、次世代のいい動きに繋がれば」という作り手たちの想いが、観た者の生きる力と肥料になる珠玉の作品である。
(アップリンク京都での阪本順治監督)
阪本順治監督コメント
気候変動による災害、戦争を終わらせられない指導者たち、真っ先に死んでゆくのは、なんら世界経済の恩恵を受けない階級層。消費されるのは、モノだけではなく、「ひと」だ。
本作は、江戸時代における食のサイクルを基軸として、没落した武家の娘と、糞尿の処理に携わる賎民たちを主人公に、低い視座から社会を眺めるだけでなく、「汚い」ところから世界をえがこうとする意欲作。しかも軽妙に、しかし美しく、だ。名付けて、糞ったれ青春時代劇!
阪本順治監督インタビュー
ーー本作の経緯を教えてください。
2019年12月に本作の企画・プロデューサーを務める原田満生と京都へ行ったんです。その時、太秦の東映撮影所や松竹撮影所を見てまわったあと、彼から「短編でもいいから、こういうところで映画を撮りたい」と言われたんですね。この後、彼が企画書を持ってきて、それがSDGs、なかでもサーキュラーバイオエコノミーに関するものでした。これにまつわる映画をやりたい、と。
正直なところ、自分に啓蒙的なものは撮れないと思ったんですが、企画書に書かれていた江戸時代の事例ーー江戸時代の日本では、糞尿を畑にまき、野菜を作り、その野菜が人の口に入り、また糞尿になるという循環型社会が成立していたーーを読み、低い視座から、しかも汚いところから社会を眺める映画ならやれるかもしれないと思いました。
ーー最初にまず短編を撮影したそうですね。
長編を見据えて、初めにパイロット版を作りました。まず、2020年12月に『第七章 せかいのおきく』の部分を、そして、『第六章 そして舟はゆく』の部分を2021年6月に撮ったんです。そこで、長編を撮る目処がついたので、さかのぼって、過去のパートの脚本を書き足しました。だから、『第七章 せかいのおきく』を撮る時点で、おきくは話せないという設定にしていたので、なぜ話せなくなったのかを後から考えたんです。そんな脚本の書き方は、これまでで初めてでした。結局、脚本を書き上げて、本編を撮影したのは2022年6月でしたが、そんなふうに今回の作品は、少し異例のプロセスを経ているんです。
ーー本作は、阪本監督にとって、初のオリジナル脚本による時代劇となります。
時代劇が面白いのは、もちろん資料に沿いつつ、誰も実際に見たことがない時代なので、脚本の自由度が高いところです。僕の大好きな『人情紙風船』(1937)や『幕末太陽傳』(1957)、それから戦前戦後の時代劇をあらためて観てみたら、すごく自由にやってるんですよ。江戸時代にそんな言葉はない、という言葉もあえて使っている。今回の作品でも、時代考証的にはあり得ない言葉を、それが心情などを表すのに適切なら使っています。携帯電話が出てこない時代は、面白いとたびたび言うんですが、やはり時代劇は面白いです。
ーー江戸末期の1858年〜1861年を舞台にしたのは、なぜですか?
海外から開国を迫られ、幕府が混乱しているさなかでも、長屋に暮らす庶民たちの生活は変わらない。そういう時代だからこそ、庶民劇を撮りたかったんです。侍同士のチャンバラよりも、社会の底辺で暮らす庶民の姿に興味があるんですね。
ーー主人公のおきくを演じた黒木華さんの魅力は、どこにありましたか?
ご一緒するのは初めてでしたが、着物を着た時のたたずまいなど、あくまで自然体ですよね。最初に撮った『第七章 せかいのおきく』で、おきくがお辞儀をする場面、その膝から折れるようにしてお辞儀をするさまが素晴らしかったんです。日ごろから、時代劇の所作を鍛錬していなければ、あんなふうに下駄履きで歩いたり、小走りしたりもできません。その点、黒木さんは申し分なかったです。
ーーおきくは声を失い、本編の中盤以降では、台詞がありません。どのように演出しましたか?
資料を調べたところ、江戸末期には、まだ手話がなかったんです。だから、黒木さんには、あなたが思う身振り手振りでやってもらっていいですか、とお願いしました。あの仕草は、すべて彼女が創作したものです。
ーー下肥買いの中次と矢亮に寛一郎さんと池松壮亮さん、それから佐藤浩市さん、眞木蔵人さん、石橋蓮司さんと出演陣が豪華です。
みんな美術監督の原田満生と何本も仕事をしてきた人たちです。その原田が企画・プロデューサーを務めるということで、協力してくれた部分は大きいですよね。僕にとっても、原田は戦友みたいなもので、彼が助手だった時代を入れると、3作目の『王手』(1991)から30年以上にわたる付き合いです。そんな彼の申し出を断るつもりは、僕にもありませんでした。他にも、この作品には、東映や松竹の撮影所に所属する、昔は大部屋さんと言われた俳優さんたちが大勢出ていますが、そういう人たちの熱量みたいなものも映っていると思います。
ーー本作は、人のぬくもりを感じさせると同時に、人間を取り巻く自然の美しさも感じます。
大仰にいえば、共生ということですよね。すべての営みは自然を中心に循環していく、ということがこの作品のひとつのテーマだとすれば、自然描写はとても大事だったと思います。だから、今回は川や池、あぜ道や竹林といった自然の描写が多いんです。モノクロ・スタンダードサイズで撮ることは、以前から憧れでしたが、今回はモノクロで撮ることにより、風景が視覚的に単純化され、力強さが生まれたような気がします。
ーーこれまで、作品ごとに新しい取り組みをしてきた阪本監督ですが、本作でも、いろいろと新たな試みにチャレンジしていると思います。
例えば、『傷だらけの天使』(1997)のように、男ふたりのバディムービーみたいな青春ものは、撮ったことがありますが、女性を主人公にした青春ものは、今まで撮ったことがありません。なおかつ、黒木さんという若い女優さんを迎えた時に、オリジナルで脚本を書くのであれば、やはり、そこに恋愛の要素を絡めたいな、と。美しい話を入れたかったんですね。切ない話を。そういった意味でも、ラブストーリーを含む恋愛映画を撮るのは、自分にとって新鮮なチャレンジでした。
阪本順治監督プロフィール
1958年、大阪府出身。大学在学中より石井聰亙(現:岳龍)監督の現場にスタッフとして参加。 1989年、赤井英和主演『どついたるねん』で監督デビューし、ブルーリボン賞作品賞など数々の映画賞を受賞。藤山直美主演『顔』(00)では、日本アカデミー賞最優秀監督賞、キネマ旬報日本映画ベスト・テン1位など主要映画賞を総なめにした。
【その他の監督作】 『KT』(02)、『亡国のイージス』(05)、『魂萌え!』(07)、『闇の子供たち』(08)、『座頭市 THE LAST』(10)、『大鹿村騒動記』(11)、『北のカナリアたち』(12)、『人類資金』(13)、『団地』(16)、『エルネスト』(17)、『半世界』(19)、『一度も撃ってません』(20)、『弟とアンドロイドと僕』(22)、『冬薔薇(ふゆそうび)』(22)
ストーリー
おきく、22歳。声を失ったけれど、恋をした。彼に伝えたい言葉がある。だから今日、どこまでも歩いて会いに行く。
幕末、江戸の片隅。おきく(黒木華)は、武家育ちでありながら、今は貧乏長屋で父(佐藤浩市)と二人暮らし。おきくや長屋の人たちは、貧しいながらも生き生きと日々の暮らしを営む。そんな彼らの糞尿を売り買いする中次(寛一郎)と矢亮(池松壮亮)もまた、くさい汚いと罵られながら、いつか読み書きを覚えて、世の中を変えてみたいと、希望を捨てない。ある時、喉を切られて声を失ったおきくは、それでも子供に文字を教える決意をする。毎朝、便所の肥やしを汲んで、長屋の狭い路地を駆ける中次におきくは恋をする。雪の降りそうな寒い朝、やっとの思いで中次の家にたどりついたおきくは、身振り手振りで、精一杯に気持ちを伝えるのだった。お金もモノもないけれど、人と繋がることをおそれずに、前を向いて生きていく。そう、この「せかい」には、果てなどないのだーー。
『せかいのおきく』予告編
2023年4月28日(金)GW全国公開 アップリンク京都
『せかいのおきく』
黒木華、寛一郎、池松壮亮、眞木蔵人、佐藤浩市、石橋蓮司
脚本・監督:阪本順治
製作:近藤純代 企画・プロデューサー:原田満生
音楽:安川午朗 音楽プロデューサー:津島玄一
撮影:笠松則道 照明:杉本崇 録音:志満順一
美術:原田満生 美術プロデューサー:堀明元紀
装飾:極並浩史 小道具:井上充
編集:早野亮 VFX:西尾健太郎
衣装:大塚満 床山・メイク:山下みどり 髪結:松浦真理
マリン統括ディレクター:中村勝 助監督:小野寺昭洋
ラインプロデューサー:松田憲一良
バイオエコノミー監修:藤島義之、五十嵐圭日子
製作:FANTASIA Inc./YOIHI PROJECT
製作プロダクション:ACCA
配給:東京テアトル/U-NEXT /リトルモア
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