『パリタクシー』終活に向かうマダムが衝撃の人生を振り返るパリ寄り道タクシー旅の1日。マダム役の女優が「これは私の遺書」と語った物語

『パリタクシー』終活に向かうマダムが衝撃の人生を振り返るパリ寄り道タクシー旅の1日。マダム役の女優が「これは私の遺書」と語った物語

2023-04-05 10:22:00

92歳の女性客と46歳タクシードライバーの、思いがけず長引いたパリを巡るタクシー旅の1日。女性客は住み慣れたアパルトマンを離れ、介護施設へと向かう短いタクシー旅の中で人生を振り返り、人生を過ごしたさまざまな場所に寄り道しながらドライバーと心を通わせてゆく。とても味わい深い物語だ。

ドライバーのシャルルを演じるのは、フランスを代表する人気コメディアンのダニー・ブーン。『フランス特殊部隊 RAID』でセザール賞を受賞、本作のクリスチャン・カリオン監督の『戦場のアリア』ではセザール賞助演男優賞にノミネートされた。92歳の女性客マドレーヌには、シャンソン歌手であり、『女はみんな生きている』他でセザール賞助演女優賞に3度ノミネートされた国民的スター、リーヌ・ルノー。彼女はエイズアクティビストと尊厳死法制化への活動の長年にわたる功績を称えられ、2022年に仏レジオン・ドヌール勲章を受賞している。

監督・脚本を務めるのは、『戦場のアリア』でセザール賞の作品賞とオリジナル脚本賞、英国アカデミー賞にノミネートされたクリスチャン・カリオン。本作では、フランス初登場新作NO.1の大ヒットを記録した。

女性が虐げられていた時代……参政権はなく、中絶も非合法、夫の承認なしに自由にお金を使うこともできなかった理不尽な時代。マドレーヌの追憶の旅を共にすることで、そんな50年代を生きた女性たちの様子が炙り出されてゆく。自由と権利を希求し、身を呈してそれらを勝ち取ってきた彼女たちの過去があるからこそ今があるということを、意外性とユーモアたっぷりの物語の裏側で、忘れないように、楔を打つように、私たち現代人の記憶へと焼き付けてゆく。マドレーヌを演じたルノーは彼女の生き方に自身を重ね、「これは私の遺言になる映画よ」と語っている。

そして特筆すべきは、ピエール・コッテロー撮影監督の提案で行われたLEDスクリーンシステムを使った最新の撮影法。タクシーの道のりをすべて、車にカメラを取り付け、事前に全方向から撮影しておき、それをスクリーンに流し、流れる映像に囲まれながら役者が演ずる。本作のほぼ半分は、このシステムを用いたスタジオ撮影だったというから驚きである。

全方向から撮影された「パリ」の描写を楽しむのもいい。エッフェル塔、シャンゼリゼ通り、ノートルダム寺院、凱旋門、パルマンティエ大通り、ビストロ、街灯、セーヌ川にアルコル橋──昼から夜へと移りゆく時間の経過と共に、パリはどこまでも新たな魅力を見せてくれる。

それにしても何より印象的なのは、リーヌ・ルノー扮する92歳のマドレーヌの吸い込まれそうな美しい瞳。こんな魅力的な92歳がいるなんて……。老いてなお輝く人というのは、余計な飾りがないからか、人生経験の厚みからか、とにかくものすごい説得力である。この説得力の正体を、ぜひ劇場で確かめてみていただきたい。

 

ストーリー

パリのタクシー運転手のシャルルは、人生最大の危機を迎えていた。金なし、休みなし、免停寸前。このままでは最愛の家族にも会わせる顔がない。そんな彼のもとに偶然、あるマダムをパリの反対側まで送るという依頼が舞い込む。92歳のマダムの名はマドレーヌ。終活に向かう彼女はシャルルにお願いをする、“ねぇ、寄り道してくれない?”。

人生を過ごしたパリの街には秘密がいっぱい。寄り道をする度、並外れたマドレーヌの過去が明かされていく。そして単純だったはずのドライブは、いつしか2人の人生を大きく動かす驚愕の旅へと変貌していく!

 

 

クリスチャン・カリオン 監督インタビュー

© Jean Claude Lother

ーーこの物語のどこに惹かれたのでしょうか?

本作はシリル・ジェリーによるオリジナル脚本なのですが、電車の中で読み始めて一気に読み、電車を降りる前には涙を流していました。老齢に達した親とどう向き合うか、というのは誰もがいつかは直面する難問です。92歳のマドレーヌが自宅を出て老人ホームに移り住むというこのストーリーを読んだとき、多くのことを考えさせられました。

そしてキャストのことを考えた時に、すぐに本作はリーヌ・ルノーのために書かれたものだと思いました。私は彼女をこの時空の旅に連れて行きたいと思い、脚本にいくつかの修正を加えたあと、『戦場のアリア』以来の知り合いであるダニー・ブーンに連絡を取りました。というのもリーヌも含めた私たち3人はフランス北部の同じ地域出身で、本作はある意味、フランス北部出身者のつながりから成り立っているのです。また監督として惹かれたのは、この映画のほとんどの場面が車中の撮影だったことです。それは大変でしたが、その大変さにとてもワクワクしました。決して簡単なことではなかったし、新しい撮影方法を考えなくてはならなかったのですが。


ーーリーヌ・ルノーとダニー・ブーンはプライベートでも親しいことで有名ですが、そのケミストリーが観客に伝わりますね。

2人をいつもと異なる環境で再会させたかったのです。私はダニーと長い間“感情”という概念について話しあってきました。『戦場のアリア』のときは、コメディアンである彼は笑いから離れることに慎重だった。15年後に彼に連絡した時に彼が変わったこと、そして役の幅を広げる準備ができていることに気がつきました。「いまはシャルルのようなキャラクターを演じたいのに、誰も私にオファーしてくれないんだ」と言っていました。そしてリーヌも出演することを条件に、この映画への出演を快諾してくれたのです。

2人は共演をとても楽しんでいたし、お互いのことを手にとるようにわかっています。相手が話している時、途中で発言を引き継いで文章を終わらせるほどです!リーヌはよく「ダニーは私の息子よ」と言いますが、2人の間には独特な絆があると思います。2人ともアルマンティエールの労働者階級出身で無一文から成功した点も同じ、素晴らしい化学反応が2人の間には存在するので、それを映画で活用しない手はありません。台本があるわけですが、2人はそれを完全に暗記したうえで、書かれたセリフ以上のものを加えてくれました。

素晴らしいのは、ダニーが本作の中でリーヌを輝かせていることです。彼女が主役です。私はリーヌのことも以前から知っていましたが、一緒に仕事をしたのは今回が初めてでした。実は2005年の『戦場のアリア』の試写で、ダニーが私をリーヌに紹介してくれていたのです。私はリーヌとの長年の約束を本作で果たしたような気分です。

この役をリーヌにオファーすることは大きな意味のある決断だったと思います。この92歳の女性の物語は私たち観客だけではなく、彼女自身にもつながっているのではないでしょうか。

その点は撮影が始まる前にリーヌとたくさん話しをしました。ラ・ジョンシェールにいる彼女を訪ねたのですが、そのとき彼女は「これは私の物語よ!」と言いました。私が「この役はあなたにぴったりだ」と答えると、彼女は「いいえ、ぴったりどころではないわ。これは私の遺言になる映画よ」と。


ーー当時、私は母を亡くしたばかりで、本当に辛い思いを抱えていたのですが、「でもいい?この世からいなくなるのは幸せな瞬間でもあるの」と彼女に言われました。そのとき私は気づいたのです、リーヌとマドレーヌには共通点があると。

それは、「微笑むたびに人は若返る」というこの映画のセリフに表れています。話を続ける中でリーヌは、「映画でマドレーヌのようなキャラクターにまた会えるなんて思っていなかった」、「私は、リーヌ・ルノーではなく、マドレーヌ自身なのよ」と言ったのです。本作にはリーヌの人生と一致するようなことがたくさんありすぎ、そのことは彼女自身だけではなく私たちをも興奮させました。リーヌはマドレーヌというキャラクターを通していろいろな感情を表現しているのだと思います。撮影中、リーヌが思い出に浸っているのを何度か見かけました。彼女は信じられないほど誠実で正直なのです。

また、私たちは彼女の労働条件が可能な限り最高のものになるように努力をしました。撮影は午後のみで、楽屋はパリ近郊のモンジョワ・スタジオのセットのすぐそば。リーヌの準備ができたら私は彼女のところに行き、彼女がディーン・マーティンと録音したデュエット曲の“Relaxez-vous”など彼女が好きな曲をかけ、当時の彼女の思い出について少し話しました。そのあと、撮影開始を待っているダニーがのったタクシーに行き、彼がいくつか冗談を言うと撮影開始です。結果は素晴らしいものになったと思います。リーヌはこの映画に多大な貢献をしてくれました。


ーーパリの街や郊外をタクシーが運転するシーンは革新的な技術を使用してスタジオで撮影したそうですが。

いまの時代、パリで車を運転するシーンを撮影するのは非常に厄介だとわかっていました。一度に500メートルずつ牽引車からリーヌを撮影して、しかもそれを交通渋滞の中、何度も彼女にやり直しをさせるのは危険すぎる。そこでどうすればそれを回避できるかを考えていたら、撮影監督のピエール・コットローが自分で実験したばかりのLEDスクリーンシステムを提案してくれました。

最近はグリーンバックを使うのが一般的ですが、その方法だと、俳優たちは自分の周りで起きていることを見ることができません。すべてポストプロダクションで処理されるため、画面上は何が起きているのかを把握ができないのです。

本作ではそれと反対のことをしました。スタジオのタクシーの周囲に非常に解像度の高い4KのL 字型スクリーンをいくつか設置し、映画の中でタクシーがたどるルートを事前に撮影してそれを投影したのです。荷台付きトラックに複数のカメラを搭載し、あらゆる角度から撮影しました。空も撮影したんですよ。空が映っているスクリーンをタクシーに向けて設置し、フロントガラスにライトをあてて日光が車内に差し込んでいるように見せました。3×8メートルのスクリーンに囲まれながらリーヌとダニーは完全に演技に没頭していました。2人は本当に車が動いていると思ったほどです!自転車がタクシーを通り過ぎると2人は目でずっと追いかけることができました。ダニーのキャラクターが近づきすぎた車に怒鳴ることもありました。若者の乗った電動スクーターがタクシーとスクリーンの間を走り、タクシーの方に近づきながらバックミラーにぶつかるシーンもあります。そういう難しいことにチャレンジしたのです。クレイジーでした。ここまでこの技術を使ったのは私たちが初めてと言ってもいいのではないでしょうか。映画のほぼ半分に使ったのですから。私はこの手法が都市部での撮影の未来になると確信しています。

私は、ジョン・フォード、ダグラス・サーク、ヒッチコックといった偉大なハリウッドの巨匠たちの画づくりを尊敬していて、特に本作では彼らの影響を受けています。たとえば、アパートのシーンは、恐れ多いのですが映画制作者としての私に影響を与えたすべての人への賛辞として、ローアングルで撮影しました。

 

『パリタクシー』予告編

 

クリスチャン・カリオン 監督からのメッセージ

 

『パリタクシー』メイキング映像

 

公式サイト

 

2023年4月7日(金) 新宿ピカデリー、角川シネマ有楽町、アップリンク吉祥寺、ほか全国順次ロードショー

 

Staff
監督・脚本・プロデューサー:クリスチャン・カリオン
プロデューサー:ロール・イルマン
脚本:シリル・ジェリー
音楽:フィリップ・ロンビ
撮影監督:ピエール・コットロー
美術:クロエ・カンブルナック
衣装:アニエス・ノデン
編集:ロイック・ラルマン
キャスティング:ジジ・アコカ

Cast
マドレーヌ・ケレール:リーヌ・ルノー
シャルル・ホフマン:ダニー・ブーン
マドレーヌ・ケレール(若年期):アリス・イザーズ
レイモン・アグノー:ジェレミー・ラウ―ルト

2022年/フランス語/91分/スコープ/カラー/5.1ch/原題:Une belle course/日本語字幕:星加久実 配給:松竹
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本

© 2022 - UNE HIRONDELLE PRODUCTIONS, PATHE FILMS, ARTÉMIS PRODUCTIONS, TF1 FILMS PRODUCTION