『コンペティション』映画業界の裏側を、あくまでコメディの形式を取りながらもシニカルに描く
無数のカメラ、その向こうには煌びやかな衣装を身に纏った俳優たち。メディアに取り上げられるような映画祭、授賞式などの様子を見て、映画業界が華やかなものであると信じ切っている人も少なくはないだろう。
『コンペティション』は、映画業界の裏側を、あくまでコメディの形式を取りながらもシニカルに描き出した作品だ。
奇妙な世界観とスタイリッシュな映像で本作をまとめ上げたのはガストン・ドゥプラットとマリアノ・コーンの2人の監督。2人で手掛けた作品には、サンダンス映画祭撮影賞を受賞した『ル・コルビュジエの家』(2009)、ヴェネツィア国際映画祭で高く評価された『笑う故郷』(2016)【DICE+にて見放題配信中!】などがある。作中で女性監督を演じたのはペネロペ・クルス、世界的スター俳優を演じたのは『ペイン・アンド・グローリー』でカンヌ国際映画祭の主演男優賞を受賞し、ペネロペとも共演しているアントニオ・バンデラス。そして、『笑う故郷』にも出演したオスカル・マルティネスがベテランの舞台俳優を演じる。
物語は、80歳を迎えた製薬業界のトップに君臨する男の、「一流のスタッフで、傑作映画を作る」という突拍子もない一言から始まる。そこで集められたのが天才監督のローラ、一流のベテラン舞台俳優のイバン、そしてエンタメ作品で世界的な人気を誇るスター俳優のフェリックスだった。架空のベストセラー小説『ライバル』の映画化に挑む彼らだったが、馬の合わないイバンとフェリックスは次第に関係を拗らせ、さらにローラによる型破りな演出に2人は翻弄され、事態は予想だにしない方向へと転がり込んでいく。
本作の随所には映画業界に対するパンチの効いた皮肉の描写が散りばめられている。冒頭で映画作りを宣言した大富豪は映画好きでもなんでもなく、原作の小説を読んでもいない。天才監督のローラは芸術家にとっての子どもの存在について「子どもがいると過激なことを創造する余裕もなくなる」と持論を展開する。彼女のエキセントリックな髪形も意図的なものだ。“スター俳優”のフェリックスは自身のキャリアに圧倒的な自信を持ち、細々と演技を続けているイバンを小馬鹿にしたような態度を取る。一方でイバンも「観客が自分たちのレベルに追い付いていない」とたかをくくり、エンタメ作品ばかりに出ているフェリックスを軽視している。ナンセンスにも思える演出が続くのも、分かりやすい皮肉の表現だろう。
しかし、ローラの口から本作のスタンスを匂わせるような言葉が語られる。
「映画は断言じゃないし、質問の答えでもない」
あくまで映画は映画。『コンペティション』は映画業界への皮肉を込めた作品だ、と頭ごなしに決めつけるのも、制作者の意図するところではないのかもしれない。他の誰かではなく、自分自身が何を感じ、考えるかを大事にする。
本作は、映画に限らず物事に対する見方を再確認するきっかけを与えてくれそうだ。
ガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーン監督インタビュー
(ガストン・ドゥプラット監督)
(マリアノ・コーン監督)
──「おふざけ満載のコメディ」など辛辣なレビューも目にしましたがお 2 人はどう思われていますか?
ガストン・デュプラット(以下 G):ひどい批評は足首にかみついてくる厄介な犬のようにあしらっています(笑)。
マリアノ・コーン(以下M):これはドラマの形式を取ったコメディなのです。そして何らかの形で僕たちがこれまでに作って来た作品につながっています。
G:またこの作品は他人が自分たちをどう見ているか、の投影を描いています。とても冷たくて残酷な作品です。すこし北欧的で、洗練された映像的な手法を用いている一方、とても熱くてラテン的です。
──「主要キャストの描き方が冷酷だ」という批評もありましたが、キャラクターを批判的に描きたかったのですか?
G:いいえ、そうではありません。この3人は最終的には愛すべきキャラクターに仕上がっていると思っています。彼らのややエキセントリックともとれる言動などは全て、俳優というのは往々にして撮影中は監督に翻弄され、とても繊細になると思うのです。まあ、違うかもしれないですが…。映画が公開されるまで俳優たちは全く手がかりなしの状態です。そしてそれは監督だって同じ。映画作りというのは公園を散歩するような気軽さでは出来ませんからね。
──監督として、映画の中のローラのメソッドに共感しますか?またはあなた方はもっと「普通」ですか?
G:全く共感しません。共感ゼロです!僕らはいわゆる「戦術」は使ったことがありません。俳優たちをお互いに対峙させることはひとつのテクニックですが、演劇や映画で良く観たことがありますよね。俳優たちを自分の支配下に置くために、彼らにそれぞれの悪口を吹き込んでお互いに争うように仕向け、意のままに操ろうとする人たちがいます。そのような監督たちがハリウッドにいるとバンデラスから聞きました。俳優たちは罠にかけられているとも知らずにまんまとその術中にハマってしまうのです。そして気づいた時にはもう撮影は終了しており、後の祭りというわけです。発声練習に見せかけた“遠吠え”問題もあります。犬が縄張りのためにおしっこをするのと一緒です。「自分はここにいるぞ!これが自分だ!そして叫んでいるぞ!」と言った感じです。他には、涙を流すシーンも完全にリアルです。歩き回って感情を高め、そして涙を流すような俳優もいれば、バンデラスが演じた役のように、手軽に目薬を使う俳優もいます。
──賞についてのシーンもあります。ネタバレに気をつけながらお聞きしますが、この賞についてのシーンの脚本はどのように書きましたか?
M:賞とは、僕たちはとても独特なスタンスを取っていると思います。今まで賞の受賞自体を拒否したことは一回もないけど、受賞したらトロフィーは他の人に譲ることにしています。だから、僕もガストンも、自宅にトロフィー用の飾り棚はありません。なんだか、葬式みたいに感じてしまうのです。だから、プロデューサー、友人、または共に受賞した仕事上の関係者にあげることにしています。うちにあるより彼らのところに飾ってもらった方が見栄えがいいですからね。
──ホセ・ルイス・ゴメス演じる富豪のセリフに「オーケー、私のことをみんなはどう思ってる?」というセリフがあります。彼は映画という芸術への愛のためではなく、自己愛のために映画作りに着手しました。自分という存在を映画を通して永遠に残そうとしたのです。これは一般的によくあるケースなのでしょうか?
G:僕らの住むアルゼンチンで似たようなケースを目にすることが多々あります。腐るほど金を持っていて世間からも決して良くは思われていない実業家が、ある日突然、自分にはない「名声」を渇望する。そして、「名声」は金で買えるか聞いてまわり、映画作りというのはとても良い手段であるとたどり着きます。もちろん、それは橋だったり、美術館だったり、美術品でもいいのですが、映画というのはそれらよりも安く上がるんですよ。
M:映画作りの最中に、有名なスターに近づいて彼らをランチに招いたり誕生日パーティを開くことも出来るし、娘を映画に出演させることだって出来ますよ。
──本作を観た若者たちが「これでは映画業界で働けないぞ!」と他の業界に行ってしまうことを心配してはいませんか?
G:いいえ、だってこんなことはどの業界にも起こり得ることですからね。弁護士、政治家・・・強いていうならば違いは、映画の中では演技によって全てが大きく表現されているけど、エゴ、競争心、そして虚栄心の問題は、実際は顕微鏡レベルの小さいものとして隠れている、というところですかね。
監督プロフィール
ガストン・ドゥプラットは 1969年生まれ、アルゼンチン、ブエノスアイレス出身。マリアノ・コーンは1975年生まれ、アルゼンチン、ブエノスアイレス出身。2人で手掛けた作品は、撮影監督も務めてサンダンス映画祭撮影賞を受賞した『ル・コルビュジエの家』(2009)、ベネチア国際映画祭で高く評価された『笑う故郷』(2016)、『4×4 殺人四駆』(2018)、TVシリーズ「管理人は知っている」(2022)など。スタイリッシュな映像とブラックなユーモアで構築された独自の世界観が絶賛され、現在までに32の賞を受賞し45ノミネートを果たしている。
ストーリー
大富豪の起業家は、自身のイメージアップのために一流の映画監督と俳優を起用した伝説に残る映画を作ろうと思い立つ。変わり者だが、あらゆる映画賞を総ナメする天才女性監督、人気と実力を兼ね備えた世界的大スター、そして老練な一流舞台俳優の 3 人が集結し、ベストセラー小説の映画化に挑む。しかしエゴが強すぎる 3 人はまったく気が合わず、リハーサルは予想外の展開を迎えることに――。
果たして映画祭のコンペティションを勝ち抜けるような傑作は完成するのか⁉
予告編
公式サイト
3月17日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺、アップリンク京都ほか全国公開
監督:ガストン・ドゥプラット、マリアノ・コーン
出演:ペネロペ・クルス、アントニオ・バンデラス、オスカル・マルティネス
2021年/スペイン、アルゼンチン/スペイン語/114分/カラー/スコープ/5.1ch/原題:Competencia oficial
字幕翻訳:稲田嵯裕里
配給:ショウゲート
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