『妖怪の孫』選挙と政治を切り分けるなら、自民党は選挙が強いということがよくわかる映画だ

『妖怪の孫』選挙と政治を切り分けるなら、自民党は選挙が強いということがよくわかる映画だ

2023-03-20 11:11:00

『妖怪の孫』は、前作「管政権の政治バラエティ」と称した『パンケーキを毒味する』に続く、「日本の真の影に切り込む政治ミステリー劇場」という謳い文句の作品だ。企画は前作と同じく昨年6月に亡くなった故河村光庸による。

「妖怪」というのは、安倍元総理の祖父にあたる岸信介のこと。A級戦犯容疑者として収容されるも釈放、日米安保条約改定を成立させるなど、政財界を操る実力者で「昭和の妖怪」と呼ばれていた。

監督の内山雄人は、「なぜ、今のタイミングで、この映画を公開するのでしょうか」という問いにこう答える。

「この映画を見ることによって、今の自民党のやろうとしていることの背景や大きな狙いが見えて来るのではないかと思ったからです。直截な批評をする気はありません。岸田政権にどれほど安倍さんが影響を与えているか、 与え続けているか?昨年末から今年にかけて、『丁寧な説明』とはかけ離れた強硬な政策決定ばかりが続き、安倍さんすら決断しなかったことが次々と実現されようとしている。まさに歴史の転換点と言ってもいいでしょう。 マスコミもこの異常な事態に客観的な視点で大きく伝えているとは言えません。私は今、本当に危機感を感じています。ルールの破り方、物事の進め方など安倍さんを見ることで今の自民党政権のやり方が見えると思います。 背景にあるものは何か。この映画を見て知って欲しいです」

映画では、特段新しい事実が告発されるわけではなく、自民党による選挙戦略は、現野党を上回っていることを見せつけられる。それは上流ではマスメディア対策であり、下流では、安倍晋三の選挙区である山口県での自民党の利権が働く選挙の裏側を描く。

選挙と政治を切り分けるなら、自民党は選挙が強いということがよくわかる映画だ。人々は政治に注視するが、地道な選挙活動はそうでもない。政治を行うためには、選挙に勝たなくてはならない。言い換えれば、政治ができなくとも、選挙で勝つことが重要とも言える。昨今の報道でもわかるように、野党は国会で政策で闘うことができても、選挙で勝つ術はメディアを支配しようと企てている自民党が一枚上手と言える。

自民党が民主党に政権の座を譲った時、本気で政権を奪還しようとネットを利用して、若者に擦り寄り、人気を得ようとした、そこには、大手代理店やマスメディアが協力していた。その成果が今、十分発揮されていることを認識できる映画だ。

内山雄人監督インタビュー

──本作の企画の立ち上げの経緯を教えてください。

企画自体は『パンケーキ~』公開年の21年の秋ぐらいから出ていました。今度(取り上げるの)はやはり安倍さんだろうということになって。ただ、夏の終わり頃に、某政治家さんから事務所に呼びだされて、「とにかく安倍さんをやってくれ」とバーンと資料を渡されました。「本丸行け、本丸を」と。でも、安倍さんが政権を長く担当してきたこともあるし、ある種の力の強さも畏れも感じていたので、おいそれとハイハイっていうわけにはいかないなという気持ちがあったんです。

その後、スターサンズの河村(光庸)社長から「やはり本丸に行くべきだ」と正式に本作を作ろうという話が来ました。結局、前作の『パンケーキ~』で菅さんを調べれば調べるほどあらゆる局面でその元である安倍さんに行きつくことと、結局は菅さんがやっていることは安倍さんの官房長官時代にやっていることが多かったので、 やはり本質的には安倍さんを調べるべきではないかとは思っていました。とにかく社会全体が慣れ合いすぎているというか、見て見ぬふりをしていることがとても多い感じがしていて、その始まりが全部安倍さんであるということは、みんなが感じている。それならば、それは何だったんだろうかということを問うべきだなと。

2022年の年明けぐらいから色々調べ始めました。やはりこの映画の弱点は、圧倒的に映像が、僕らが取材できるものがないということですよね。要するに撮れるものがない。映像にならないものとか、証拠がないもの、物証もないものをぶつけて、推論やいわゆる評論めいた話をされても全く使いものにならない。映像や証拠がないと戦う材料にならないので、何ができるのだろうかと模索をしなくてはならなくて...。ただ調べると「TVや大マスコミが扱っていない、ほとんど報じていない」という案件がいくつも見えてきました。

下関市長だった江島潔さんという、安倍さんのいわゆる弟分に当たる議員と安倍さんが組んで談合しているのではないかという疑惑があり、その江島さんの参議院選の選挙応援に安倍さんが行くという情報を得たので、ふたりのツーショットを撮るために山口に行きました。無事、安倍さん、江島さんも撮れました。

ロケが終わったちょうど2週間後にあの殺害事件が起きてしまい、企画の実現が出来るのだろうかと思った時期もありました。事件発生直後はあまりにも安倍さんへ同情ムードが大きかったので、やはり安倍さんを揶揄することはもちろん調べること自体が、風向きとして悪いのではないかという空気が関係者の間に流れたからです。 その直後ぐらいから統一協会の話が出てきて、「可哀想だ」という空気だけでなく、「いや、これはちょっと待てよ、事態が違うんじゃないか」「安倍さんが元々抱えていた問題じゃないか」という問題意識が持ち上がり、企画がもう1回立ち上がった。

そもそも、その前に、企画・プロデュースをされていたスターサンズの河村さんが亡くなられたことで企画の実現が危ぶまれた雰囲気にもなりました。河村さんの死は、山口に行く前でしたが、「とりあえず行けるとこまで行ってみようか」ということになって。劇中に登場する元経済産業省官僚の古賀茂明氏が、偶然亡くなる前日に河村さんと、この安倍さんの映画の話をしていたんです。その時にもう河村さんは映画のタイトルを『妖怪の孫』 と決めて古賀さんには伝えていました。「安倍をちゃんと調べるためにはどうしたらいいか。ぜひ協力してほし い」と話し、古賀さんもその思いをきちんと受けとめて「わかりました」と回答したとのことでした。まさに河村さんの遺志を受け継ぐ形で、企画・プロデューサーを古賀茂明さんに、担って頂くことになりました。「亡くなる前日の電話」という、古賀さんはやや運命的なモノを感じ取っていたようです。

──この映画に込めた想いとは?

右左といった思想や政治的な傾向の問題ではなく、客観的な事実を元に「政治をきちんと検証してみたい」という思いがありました。前作の『パンケーキ~』もそうですが、今回も「安倍さん(のしたこと)をきちんと検証してみよう」という姿勢があるだけで、「反安倍」を掲げる気は全くないですし、むしろ、何をしたかという事実のみをきちんと並べてみたかったという気持ちのほうが大きいです。

本来はテレビの2時間の特集番組でできることなのですが、今のテレビでは絶対できない。もうそれをやるべきと発する人がいないのです。この種の検証をテレビでは全くやらなくなった。それならば「映画」という場で描こうと。

統一協会の友好団体と自民党が「政策協定を結んでいた」というニュースが流れましたが、人権の問題や二世の問題とは別に、「政策が歪んだ」ということも統一教会問題を語る上で見逃せない点です。同じことが財界、いわゆる電気業界や自動車業界等にも起きており、劇中ではその事実についても触れています。そういう意味で日本社会のあらゆる場所で自民党との癒着関係が存在し、それによって票が大きく動いたり、政策の変更が頻発していることが今回の映画で伝わるのではないでしょうか。そこからは、自民党政権が利権や癒着でがんじがらめになっていることから生じる「日本の舵取りの歪み」「経済的なチャンスを逃している政治」が、見えてくる。安倍さんの足跡を辿りながら、自民党の構造みたいなことを伝えられればいいと思っています。

自民党は、その発信力とメディアへの圧力で世論をコントロールしています。どんな手を使ってでも自分たちのメッセージを届けようという情熱、熱量が他の党とは全く違う。「これだけやっている」という客観的な事実を並べて、その熱量を見せました、そこには「野党ももう少し頑張ってほしい」という意味合いも込められています。 自民党の発信は若い世代に深く刺さっているので。若い世代は自民党を悪いと思わない。あれだけバラエティに出ることも、今までの総理はしてこなかった。それをサラッとやってのけ「安倍さんって素敵よね」と思わせる。 発信するメッセージに対する接触効果と親和性が高まれば、誰も悪く言わなくなりますよね。

自民党は1度野党に落ちたことで、本気になって、メディア対策をやり始めたそうです。自分たちが本気で勝ちに行くには、まず発信をしなくてはいけない、そしてメディアをこちら側に引き寄せてこないといけない。しかも(自分たちのことを報じる)メディアも自分たちが全て選ぶのだと。そこで「メディアを選ぶ」という発想が出て来る。自分たちが(メディアを)握っているので、メディアに対してあの強気の態度を取ることもできるわけです。

監督プロフィール

1966年8月24日生まれ、千葉県出身。早稲田大卒業後、90年テレビマンユニオンに参加。93年『世界ふしぎ発見!』でディレクターデビュー。情報エンターテインメントやドラマ、ドキュメンタリー等、特番やレギュラー立ち上げの担当が多く、総合演出を多数行う。インタビュー取材、イベント、舞台演出、コンセプトワークも得意とする。主な作品に、2001年12月〜日本テレビ『歴史ドラマ・時空警察』Part1〜5 監督&総合演出、2006年〜09年日本テレビ『未来創造堂』総合演出、2010〜15年日本テレビ『心ゆさぶれ!先輩 ROCK YOU』総合演出、2015〜20年NHK プレミアム アナザーストーリーズ『あさま山荘事件』、『よど号ハイジャック事件』、『マリリン・モンロー』、『ドリフターズの秘密』、『立花隆 vs 田中角栄』などがある。『パンケーキを毒見する』(2021)で映画初監督を果たす。

 

ストーリー

歴代最長の在任期間となった安倍晋三元総理。高い人気を誇った半面、物議を醸す言動やスキャンダルの絶えない人物だった。長期政権下、日本は分断と格差が広がり、選挙に勝てば問題も疑惑も忘れ去られるという悪習が政治に根付いてしまった。

「昭和の妖怪」と呼ばれた母方の祖父・岸信介(元総理)。幼心に「祖父の教え」として刷り込まれた野望を実現しようとした政治姿勢と、その背景にある血縁の秘密。妖怪の魔の手は、いかなる嘘や不正さえも諦めで満たし、政官の倫理観を地に堕とした。その結果としての黒塗りや改竄の蔓延。それは、いつの間にか日本国民の心にさえも忍び込んでいた。

なぜ、安倍政権は選挙に強かったのか?何が多くの国民を惹きつけたのか?政治と行政のモラルの低下、そして戦争ができる国になろうとしているニッポンの本当の姿、その根本にあるものを紐解いていく。安倍元首相やその背景を改めて検証することで、今の自民党や政権が果たしてどこに向かおうとしているのかを、見極めようではありませんか?

 

予告編

 

公式サイト

3月17日(金) 新宿ピカデリーほか全国順次公開
3月24日(金)よりアップリンク吉祥寺にて公開

監督:内山雄人
企画:河村光庸  
企画プロデューサー:古賀茂明 
ナレーター:古舘寛治 
アニメーション:べんぴねこ 音楽:岩代太郎

2023年/日本/115分/カラー/ビスタ/ステレオ

製作:「妖怪の孫」製作委員会 
制作:テレビマンユニオン 
配給:スターサンズ

©2023「妖怪の孫」製作委員会