『オマージュ』かつての監督が残した映画の修復作業を通じて、自らの人生と向き合うある女性映画監督を描いた韓国映画
本作は、映画修復のプロジェクトを通じて、映画業界に身を置いたかつての女性たちの苦悩と生き様を知ると同時に、そこから未来を紡ぐ力を再び取り戻してゆく、ある女性映画監督の起死回生を描いた物語。一つの映画の中で、夢と現実、現在と過去、映画と人生が絡み合い、ダイナミックに交差する様は、まるで時間がダンスをしているかのようで、ノスタルジックで美しく、そして味わい深い。
監督を務めるのは、「虹」で2010年東京国際映画祭で最優秀アジア映画賞に輝いたシン・スウォン。長編映画6作目となる本作では、主人公ジワンに自らを全体の4分の1ほど投影させているという。主演は『パラサイト 半地下の家族』で豪邸に暮らす社長一家の家政婦を演じたイ・ジョンウン。本作で単独初主演にして、アジア太平洋映画賞最優秀演技賞を受賞した。夫役に、ホン・サンスの常連としても知られるクォン・ヘヒョ。息子役は『愛の不時着』のタン・ジュンサン。
監督は本作について「過去の自分の時間を振り返る日記帳のような映画だと思います。2011年、韓国初の女性映画監督パク・ナモクと2人目のホン・ウノンについてのテレビドキュメンタリーを撮影した時、2人の女性監督と親交のあった80歳の女性編集者に出会いました。撮影の最終日、彼女はしわくちゃの手で私の手を強く握り、『最後まで映画監督として生き抜くように』と言ったのです。その手から伝わってくる熱い魂を、私は今でも鮮明に覚えています。私は、彼女たちの物語を映画にしようと決意しました」と語っている。
この映画に描かれたオマージュ、それは紛れもなく時代を切り拓いた先人たち、厳しい時代を生き抜いた女性たちへのオマージュであり、同時に「未来の先人」となる「自分自身」と同世代、そして受け継がれる者たちへのオマージュでもある。そしてそれは”励まし”と呼ぶこともできるだろう。
映画と人生が密接に絡み合う本作の主人公のように、映画の中の物語の世界とそれを観る人たちの実人生もまた、必ずどこかでリンクしているものだ。この映画の主人公を追いながら私たちは、人生の不思議な巡り合わせによって突き動かされ、見失いそうになっていた自分を取り戻してゆくプロセスと、今ここに生かされていることへのオマージュを追体験することになる。そして映画を観終わった後には、それが未来を生き抜く底力へと変換されてゆく。本作は、そんな印象的な映画体験をもたらしてくれるに違いない。
ストーリー
映画を愛するすべての人へ。
そして、かつて輝きながら消えていったすべての者たちへ。
失われたフィルムをめぐって、夢と現実、現在と過去、映画と人生が交差する――。
ヒット作に恵まれず、新作を撮る目処が立たない映画監督のジワン。彼女が引き受けたのは、60年代に活動した韓国の女性監督、ホン・ジェウォンが残した映画『女判事』の欠落した音声を吹き込むという仕事だった。作業を進めながらフィルムの一部が失われていることに気づいたジワンは、ホン監督の家族や関係者のもとを訪ねながら真相を探っていく……。
映画を撮り続けたいという思いを抱きながらも、ジワンには母、妻としての日常生活がある。キャリアの曲がり角で立ち往生しそうになっている彼女がはじめた、失われたフィルムをめぐる旅。そこでジワンは女性が映画業界で活躍することが、今よりもずっと困難だった時代の真実を知る。夢と現実、現在と過去。その狭間を行きつ戻りつしながらも、ジワンはフィルムの修復とともに自分自身を回復させるようかのように人生を見つめ直し、新しい一歩を踏み出していく――。
シン・スウォン監督インタビュー
――イ・ジョンウンを主演に選んだのはなぜですか?
『オマージュ』のシナリオを書いた後、主人公のジワンを誰に演じてもらおうかと悩んでいた時、キム・ユンソク監督の『未成年』を見たことを思い出しました。『未成年』に出演したイ・ジョンウンは、登場シーンは少なかったものの非常に印象的でした。その後、『パラサイト 半地下の家族』(2019)に家政婦役で出演しましたが、その役もとても強烈でした。彼女は演技の境界線がなく、どんな役でも演じることができます。イ・ジョンウンは長いキャリアを持つ俳優ですが、彼女にとってはこの映画が初主演作で、プレッシャーがあったかもしれませんが、何度も話し合いを重ねました。彼女は私以上にキャラクターについて考えてくださって、彼女のもつ特別な個性によって、シナリオが面白くなってうれしかったです。
――夫役にクォン・へヒョ、息子役にタン・ジュンサンを起用したのはなぜですか?
クォン・へヒョはドラマや映画にたくさん出ていて俳優で、インディーズ映画、たとえばホン・サンス作品にもよく出演しています。彼の演技はとてもナチュラルなので、彼ならイ・ジョンウンと夫婦役として良いだろうと思いました。タン・ジュンサンは以前から注目していた俳優です。ドラマ「愛の不時着」や「ムーブ・トゥ・ヘブン: 私は遺品整理士です」にも出演していますが、とてもナチュラルな演技が強く印象に残っています。イ・ジョンウンとは子役の頃、共演したことがあるそうで、現場では本当の息子と母親のようでした。
――ジワンを演じるイ・ジョンウンと、シン・スウォン監督自身は、監督であり母であり妻であるという点においてもですが、見た目もとても似ていますね。監督自身の経験もシナリオに反映されていますか?
最初の撮影の時に、モニターを見て、あまりにもジョンウンさんの見た目が私と似ているのでびっくりしました(笑)。衣裳スタッフが用意する服も、私が着ている服に似ていたりして。主人公のジワンについては、もちろんすべてではありませんが、ある程度私の経験が反映されています。家事をすることと仕事をすることの両立に葛藤していた時期がありましたし、以前は私が家事をしなければ、という圧迫感も感じていました。私に限らずワーキングママなら誰もがそういう経験があると思います。私の経験も入ってはいますが、劇映画ですからシナリオには創作の部分が多く、私の経験を4分の1ほど加えています。
シン・スウォン
監督・脚本
自主制作映画『虹』(09)で監督デビュー。教師を辞め30歳を過ぎた女性として映画監督を目指した自身を投影し、第11回全州国際映画祭でJJスター賞、第23回東京国際映画祭で最優秀アジア・中東映画賞を受賞。その後、短編映画『Circle Line』で第65回カンヌ国際映画祭批評家週間最優秀短編映画賞(Canal+賞)を受賞。韓国の教育システムの競争原理を描いたスリラー作品で長編2作目となる『冥王星』(12)は、第17回釜山国際映画祭でプレミア上映され、第63回ベルリン国際映画祭のジェネレーション部門で特別賞を受賞した。3作目の長編『マドンナ』(15)が第68回カンヌ国際映画祭ある視点部門に選出、4作目の『ガラスの庭園』(16)は第22回釜山国際映画祭のオープニング作品として上映された。5作目の『LIGHT FOR THE YOUTH』(19)が第24回釜山国際映画祭のパノラマ部門に招待、フィレンツェ韓国映画祭で観客賞を受賞。本作は第34回東京国際映画祭コンペ部門に選出され、第15回アジア太平洋映画賞ではイ・ジョンウンに最優秀演技賞をもたらした。
『オマージュ』予告編
公式サイト
2023年3月10日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺、アップリンク京都、ほか全国順次ロードショー
Cast
Ji-wan LEE JUNG-EUN ジワン: イ・ジョンウン
Sang-woo KWON HAE-HYO サンウ: クォン・ヘヒョ
Bo-ram TANG JUN-SANG ボラム: タン・ジュンサン
Ok-Hee LEE JU-SIL イ・オッキ: イ・ジュシル
Hong Jae-won KIM HO-JUNG ホン・ジェウォン: キム・ホジョン
Staff
Written & Directed by SHIN Su-won 監督・脚本: シン・スウォン
Produced by Francis C.K. LIM, SHIN Su-won 製作: フランシス・C.K.リム、シン・スウォン
Director of Photography YUN Ji-woon 撮影: ユン・ジウン
Production Sound KIM Soo-hyun 音声: キム・スヒョン
Production Design YOON Sang-yoon 美術: ヨン・サンヨン
Editing SON Jin-woo 編集: ソン・ジンウ
Music RYU Chan 音楽: リュウ・チャン
2021年|韓国映画|韓国語|108分|5.1ch|シネスコ|原題:오마주|英題:Hommage|字幕翻訳:江波智子
提供:ニューセレクト 配給:アルバトロス・フィルム
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