『崖上のスパイ』中国共産党スパイチーム VS 満州国特務警察

『崖上のスパイ』中国共産党スパイチーム VS 満州国特務警察

2023-02-08 18:00:00

『崖上のスパイ』、原題は中国語では『懸崖之上』(崖の上)英語では『Cliff Walkers』(崖を歩く者達)となっている。危険な崖を歩く者たち=スパイを描いた映画だ。

監督は、1987年に『赤いコーリャン』でデビュー、その後『紅夢』『秋菊の物語』『初恋のきた道』『HERO』『LOVERS』などを監督し、2008年夏季、2022年冬季の北京オリンピックの開閉会式の総監督を務めたチャン・イーモウ。 

時は1934年、日本の傀儡国家である満州国ハルピンが舞台だ。映画は、満州国の特務警察VS中国共産党スパイチームの闘いが描かれる。そこにそれぞれ裏切り者、内通者がおり、話が複雑になる。中国共産党スパイチームはロシア語で「夜明け」の意味のウートラ計画により、日本軍の秘密施設から脱走し囚われている同胞を救い出し、日本軍の罪を世界中に知らしめる作戦を遂行しようとしている。

映画は、現在の国際情勢も考慮してか満州国を支配している日本人は一人も出てこず、特務警察が中国共産党の敵として描かれる。さらに裏切り者が誰かを探すスパイ・サスペンスの構造で話は進むのだった。

プレスに解説文を寄せてる小谷賢氏(日本大学危機管理学部教授)によれば「本作はエンタメ指向からか、銃撃戦や格闘、拷問といった暴力の描写が目立つ。特に銃器の描写には凝っていて、真っ黒な仕立ての良いコートを羽織ったスパイや特務警察官達が、欧米やソ連製の拳銃で銃撃を行うシーンは、なかなか見ごたえがある。リアルなスパイ物を追求するのであれば、なるべく銃撃戦は避けた方が良いように思うのだが、この辺りはチャン・イーモウ監督の”これこそがスパイ映画”という信念が形になっているのかもしれない」。

そんなチャン・イーモウ監督の描くスパイ映画だが、最後にスパイの母親と子供が再開するシーンは、それまでのスパイものとは全く違ったトーンになり、『初恋のきた道』のトーンになるのが興味深い。

 

チャン・イーモウ監督インタビュー


(写真中央がチャン・イーモウ監督)

──『崖上のスパイ』で伝えたかったことは何でしょうか?

『崖上のスパイ』は、4人のスパイが飛行機から地上に降り立ち、敵の罠にはまるという物語です。主に語っているのは「生き残ろうとする」「生きていく」というテーマ。この視点が面白く、多くのスパイ映画とは違う点だと思います。私はこうした「困難な状況の中であがく」という無力感や運命的な感じが好きなのです。どんな時代も、名も無き人々の物語は魅力的です。他者を救うための自己犠牲は、いつも人を感動させます。

──この映画では終始雪が降っています。雪へのこだわりを教えてください。

「ずっと雪が降っている」のは、「ずっと雨が降っている」よりも厄介です。まず、いい造雪機や雪を作るのに適した材料を探さなければいけませんでした。雪の材料は分解される環境に優しいもので、俳優の顔にかかっても害がなく、地面を汚染せず、数日で解けて自然環境を破壊しないものでないといけません。ウィンタースポーツの造雪設備と少し似ていますが、雪片はカメラで撮れるように大きく作る必要があります。

──スパイ・チームを監視する特務警察のエースである周乙(ジョウ・イー)の孤高のたたずまいが高倉健さんに見えました。周乙(ジョウ・イー)は複雑な立場にありますが、演じたユー・ホーウェイと一緒にどのようにこのキャラクターを作り上げたのでしょう?

若かりし頃のアイドルである高倉健さんとは『単騎、千里を走る。』でお仕事をご一緒したことがあります。私にとって生涯忘れられない経験で、今でも高倉健さんのことを懐かしく思い出します。1970年代から80年代にかけて、「高倉健」の3文字は、中国の芸能界において、ある種の演技スタイルの代名詞でした。周乙(ジョウ・イー)を演じたユー・ホーウェイも高倉健さんのことがとても好きで、彼と周乙(ジョウ・イー)という役の演技スタイルについて話し合っている時、図らずも、周乙(ジョウ・イー)という役柄には、見た目から演技まで高倉健さんの面影があると気づきました。孤独で、想いを内に秘め、感情を表に出さず、毅然としていて、落ち着いている。人を形容する中国の古い言葉に、「立てば松の如く、座すれば釣鐘の如く、歩けば風の如く、臥すれば弓の如く」という言い方がありますが、まさにこのようなタイプの男性のことでしょう。
周乙(ジョウ・イー)に少しでも高倉健さんの面影を蘇らせることができたとすれば、それは私の高倉健さんを偲ぶ敬愛の念だと見なしてください。

──本作は監督の作品の中で最大の興行成績を収めたと伺っています。チャン監督は中国の映画業界を牽引してきた存在ですが、今後の中国映画界におけるご自身の役割をどのように考えていますか?

中国には若い監督が大勢いて、大ヒットする映画を撮り、興行収入でも大きな成績を収めています。これはいい現象です。コロナ禍後はなおさら、観客に映画館へ戻ってきてもらわなければ映画は発展し続けられません。私は商業性を拒絶したことはありません。中国の文化では、「雅俗共賞」(教養のある人も一般大衆も共に楽しめる)が芸術において最高の境地だと考えられています。作家主義的で個人的なアートフィルムももちろん必要ですが、映画産業という視点から言えば、マイナーなアートフィルムもメジャーな市場が支える必要がある。映画祭で上映されるだけで、映画館に見に行く人がいなければ、映画は生き残れませんからね。私がいつも考えているのは、次世代を担う若い監督は、マルチな能力を鍛えるべきです。マイナーな作品もメジャーな作品も撮れる人こそが名監督だと思います。たった1つの味わいでは満足できないのですから、排他的になってはいけない。中国では「百花斉放」(文化・芸術活動が自由かつ活発に行なわれること)という言葉がよく使われますが、私はずっと若い監督が大胆に新しいものを作っていくことを応援しています。

監督プロフィール

1951年11月14日西安生まれ。中国「第五世代」の監督として知られ、現代の中国を代表する監督のひとり。北京電影学院を卒業後、チェン・カイコー監督作『黄色い大地』(1984)で撮影監督を務める。ウー・ティエンミン監督の『古井戸』に主演、第2回東京国際映画祭男優賞を受賞。『紅いコーリャン』(1987)で監督デビューし、第38回ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞。以降1999年までアカデミー賞3部門、ゴールデングローブ賞5部門にノミネートされるなど国内外の映画祭で多数受賞した。2002年以降、商業映画『HERO』『LOVERS』『王妃の紋章』などを手掛け、中国で2度の興行記録を更新している。2007年にはヴェネチア国際映画祭審査委員長、2008年の夏季に続き、2022年北京冬季オリンピック開・閉会式の演出の総監督を務める。

 

ストーリー

1934年冬、満州国のハルビン。ソ連で特殊訓練を受けた共産党スパイ・チームの男女4人が、極秘作戦“ウートラ計画”を実行するため現地に潜入する。ウートラ計画とは、秘密施設から逃れた同胞を国外に脱出させ、日本軍の蛮行を世界に知らしめること。だが、仲間の裏切りによって、そのミッションは共産党の天敵である特務警察に察知されていた。特務の執拗な追跡、次々と放たれる罠により、ついにはリーダーの張憲臣(チャン・シエンチェン)が特務の手に落ちてしまう。残された王郁(ワン・ユー)、楚良(チュー・リャン)、小蘭(シャオラン)の3人と、彼らの協力者となった周乙(ジョウ・イー)は、八方塞がりの危機を突破し、命がけのミッションを完遂できるのか……。

 

予告編

 

公式サイト

2月10日(金) 新宿ピカデリー、アップリンク吉祥寺アップリンク京都ほか全国公開

監督:チャン・イーモウ
出演:チャン・イー、ユー・ホーウェイ、チン・ハイルー、リウ・ハオツン、チュー・ヤーウェン

2021年/中国/中国語/120分/シネスコ/5.1ch/原題:Cliff Walkers

提供:ニューセレクト 
配給:アルバトロス・フィルム

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