『すべてうまくいきますように』フランソワ・オゾン監督最新作、安楽死を望む父親と向き合う家族の心の機微を描く

『すべてうまくいきますように』フランソワ・オゾン監督最新作、安楽死を望む父親と向き合う家族の心の機微を描く

2023-02-03 18:28:00

2022年9月13日、フランス映画界の巨匠ジャン=リュック・ゴダールが自殺幇助団体の力を借り、スイスで自ら命を絶った。本作『すべてうまくいきますように』もシチュエーションとしてはゴダールの一件を思わせる設定なのだが、実際に描こうとしたことの本質は自殺幇助の是非などとはもっと別にあるようだ。

監督は、新作を発表する度に大きな注目を集めているフランソワ・オゾン、タッグを組んだのはフランスの国民的俳優であるソフィー・マルソー。エマニュエル・ベルンエイムという実在の作家の実体験を元にした本の映画化作品である。ズバリ、テーマは“安楽死”。ソフィー・マルソー演じるエマニュエルの父親アンドレが、人々に好かれ、人生を楽しんできたにも関わらず、突然安楽死を願う。まず安楽死の是非について言えば、フランスでは違法なことである。作中でも、エマニュエルら親族たちは、アンドレの考えに対して抵抗し、嫌悪感さえ露わにするような場面もある。さらに、エマニュエルにとって、アンドレは決して良い父親ではなかった。アンドレとのネガティブな思い出がフラッシュバックする演出も印象的である。

しかし、エマニュエルたちは家族としての繋がりで結ばれていた。憎らしいのに、愛しているという絶妙な関係性が成り立ち得るのが家族だろう。作中ではエマニュエルがアンドレの食べかけのサンドウィッチを捨てずに保存したり、アンドレの好きだった音楽を聴いたりするシーンが描かれる。その人にどんな感情を抱いていたとしても、その人が愛してやまなかったものやその痕跡は美しい記憶として残る。それは家族なら尚更のことだ。エマニュエルたちは切っても切り離せない家族として、もしくは大切な友人ならどうするかという視点で彼に向き合うことで、結果としてアンドレに手を差し伸べることを決意する。

尊厳死というテーマについて考えるのももちろんではあるが、本作ではそれよりも送り出すエマニュエルら家族たちの思い、心の機微に注目すると、より味わい深い作品として心の中に染み込んでくるのではないだろうか。

 

フランソワ・オゾン監督インタビュー


©Jean-Claude Moireau

──エマニュエル・ベルンエイムとはどのようにして出会われたのですか?

エマニュエルとは、当時のエージェントだったドミニク・ベスネアールを通じて、2000年に出会ったんだ。『まぼろし』の最初の15分の撮影を終えていたが、製作と資金繰りの理由から撮影は待機中になっていた。その脚本にしろ、最初の映像にしろ、誰も気に入ってくれなくてね。そこでドミニクが、脚本の書き直しのために、僕の知らなかった作家のエマニュエル・ベルンエイムに会ったらどうかと提案したんだ。彼は僕たちの気が合うと感じ、その通りだった。すぐに意気投合して、友達になった。映画や俳優、その身体性についての趣味が似ていたし、彼女いわく「骨の髄まで描く」というとても身体的なスタイルには、脚本の執筆にも似通ったところがあり、大いに気に入ったんだよ。

──『Everything Went Fine(原題)』を読まれて、まずどんな反応をされましたか?

彼女が本のゲラを送ってくれて、僕は彼女と父親がどんな経験をしたか知ってとても心を動かされた。本のリズム、トーン、加速するエンディング、クライマックスの緊張感はまるでミステリ小説を読んでいるようだった。「ミッション」を達成した2人の姉妹の言葉では言い表せない感情が入り混じった安堵感も印象的だ。エマニュエルはこの本の映画化に興味があるかと僕に尋ねたんだ。美しい映画になる確信があったけれど、あまりにも彼女自身に密着した内容だったし、その時点では、どうやって自分のものにできるか僕にはわからなかった。他の映画製作者たちが関心を持ち、映画化権にはいくつもの申し入れがあった。アラン・カヴァリエが選ばれたことは彼女から知らされていたが、エマニュエルの癌のためにその企画は残念ながら実現しなかった。でも、その経験からカヴァリエは2019年に美しいドキュメンタリー『Living and Knowing You Are Alive(原題)』を作ったんだ。

──今、映画化したくなったのはどうしてですか?

エマニュエルの死、彼女の不在によって、もう一度彼女と共にいたいと感じたんだ。それにたぶん、人生経験を積んで彼女の物語により深く没頭できるようになったと感じたからかな。映画化する本については時間が必要なことが少なくない。熟成させ、どうすれば自分のものにできるか考えるためにね。そして僕はソフィー・マルソーと仕事がしたかった。これまでに彼女にはいくつか脚本やアイデアを売り込んだし、顔を会わせる機会もたくさんあったけれど、具体的に話が進んだことがなかったんだよ。直感的にこれが最後のふさわしい機会、ふさわしい企画だと感じた。それで彼女にエマニュエルの本を送ったら、彼女は気に入ってくれた。それで僕は脚本執筆を始めたんだ。

──本作であなたは『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』でされたように、社会問題を探求されていますね。ですが、今回のアプローチはとても異なっています。本作では、もっと親密なアプローチをしていますね。

『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』では個人的な経験から始めたが、すぐにあの映画は集団の体験や、問題の力関係を探求する方向へと膨らんでいく。本作では、エマニュエルの個人的な経験に焦点を当てているんだ。本作は安楽死についての議論になることはない。もちろん、誰でも死に対する自分自身の感情と疑問について熟考することになるが、僕が取り分け関心を持ったのは父親と娘たちの関係だったんだ。けれど、この物語を語るにあたって、法律的、そして体制的に自分が望むような死を迎えさせてくれない社会に直面し、エマニュエルが抱いていたに違いない強烈なストレスを感じたよ。当事者の子供たちや家族に、そのような重荷や、それに伴う罪悪感をすべて負わせるのは間違っていると思う。

──病院でアンドレと同室になるジャック・ノロ演じる患者のキャラクターは、こんな父親がいたかもしれなかったという異なる父親像を表現していますね。

そうだね。彼はエマニュエルを娘代わりと見なす。「君のお父さんは君みたいな娘がいて幸運だ」と。一方、アンドレはまったく娘に気を遣わない。娘たちに感謝することがないんだ。最後に救急車の中で、彼女たちがしてくれたことに対して礼を述べることができたはずなのに、そうしない。自分のことしか考えていないんだ。アンドレは魅力あふれる男で、誰も彼に対してノーとは言えない。でも、彼は良い父親じゃなかった。エマニュエルが子供の頃に彼女をけなし、太っていて醜いと言ったんだ。エマニュエルは彼の娘であるより、友人だったほうがよかったと言う。

──ブルターニュでの水泳シーンは、物語のいたるところに人生を忍び込ませたいというあなたの願いを象徴していますね。

本作は完全に病室だけで起こる話にすることもできたが、病気と医療を描くだけの閉ざされた状態にしたくなかった。アンドレ・ベルンエイムは人生の大いなる味方だった。死にたいという願いは、もはや彼が愛したような人生を生きることができないという事実から派生したものだったんだからね。本作は人生の味方なんだ。原作と同じく。同じ意味合いから、ささやかなユーモアや皮肉を入れることができる箇所があれば、そうしたよ。状況やキャラクターによって自然とそうなった。それに必要なことでもあったんだ。人生の味方をする映画を作る時は、笑いが必要だ。エマニュエルはとても愉快で、笑うのが大好きだった。父親もそうだったようだ。2人は同じブラック・ユーモアを持っていたんだ。クリニックのレストランで「コキーユ」という言葉から「q」を取ったら【訳注:coquilleからqを省いたcouilleは睾丸の意味】とパスカルが語るシーンを撮影したことを、エマニュエルは気に入ってくれたはずだよ。

──最後に何かありましたらお願いします。

この物語を語ることができて嬉しいが、今でもエマニュエルがここにいてくれたらと思わずにいられない。この映画を彼女にぜひとも見せたかったよ。彼女はとても率直で、正直で、その意見はいつも当たっていた。彼女は伝えてくれる意見はいつだって僕の作品においては重要なものだったんだ。本作によって観客がクロード・ド・ソリアの作品を見たくなり、また特に、エマニュエルの原作を読んだり再読したくなったりするだろうと思うと、嬉しいよ。

監督プロフィール

1967年、フランス、パリ生まれ。1993年に国立の映画学校を卒業。長編映画デビュー作『ホームドラマ』(1998)で注目され、『焼け石に水』(2000)でベルリン国際映画祭テディ賞を受賞。以降、ベルリン、カンヌ、ヴェネチアの世界三大映画祭の常連となる。『まぼろし』(2001)、『8人の女たち』(2002)、『危険なプロット』(2012)、『婚約者の友人』(2016)でセザール賞監督賞、『しあわせの雨傘』(2010)で同賞脚色賞にノミネートされる。また、 『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』(2019)が絶賛され、ベルリン国際映画祭銀熊賞(審査員グランプ)を受賞。さらに、リュミエール賞で最多5部門、セザール賞で7部門8ノミネートされ、フランス映画界の名匠として世界からも認められる。
その他の主な作品は、『海をみる』(1997)、『クリミナル・ラヴァーズ』(1999)、『スイミング・プール』(2003)、『ふたりの5つの分かれ路』(2004)、『ぼくを葬る』(2005)、『エンジェル』(2007)、『Ricky リッキー』(2009)、『ムースの隠遁』(2009)、『17歳』(2013)、『彼は秘密の女ともだち』(2014)、『2重螺旋の恋人』(2017)、『Summer of 85』(2020)など。

 

ストーリー

小説家のエマニュエルは、85歳の父アンドレが脳卒中で倒れたという報せを受け病院へと駆けつける。意識を取り戻した父は、身体の自由がきかないという現実が受け入れられず、人生を終わらせるのを手伝ってほしいとエマニュエルに頼む。一方で、リハビリが功を奏し日に日に回復する父は、孫の発表会やお気に入りのレストランへ出かけ、生きる喜びを取り戻したかのように見えた。だが、父はまるで楽しい旅行の日を決めるかのように、娘たちにその日を告げる──。

 

予告編

 

公式サイト

2月3日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、Bunkamura ル・シネマ、アップリンク京都ほか全国公開

監督・脚本:フランソワ・オゾン
出演:ソフィー・マルソー、アンドレ・デュソリエ、ジェラルディーヌ・ペラス、シャーロット・ランプリング、ハンナ・シグラ、エリック・カラヴァカ、グレゴリー・ガドゥボワ

2021年/フランス・ベルギー/フランス語、ドイツ語、英語/113分/カラー/アメリカンビスタ/5.1ch/原題:Tout s'est bien passé

字幕翻訳:松浦美奈
提供:木下グループ 配給:キノフィルムズ

© 2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION 
– SCOPE PICTURES

家族との向き合い方を見つめ直すときに