神秘的な北欧の島を舞台に紡ぐ映画監督カップルのひと夏の物語 『ベルイマン島にて』実人生をフィクションの中で浮き彫りにするミア・ハンセン=ラブ渾身の作

神秘的な北欧の島を舞台に紡ぐ映画監督カップルのひと夏の物語 『ベルイマン島にて』実人生をフィクションの中で浮き彫りにするミア・ハンセン=ラブ渾身の作

2022-04-21 12:00:00

果実の実をギュッと絞った時のようなフレッシュで瑞々しい映像が印象に残る本作。『未来よ、こんにちは』でベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞したフランス若手監督ミア・ハンセン=ラブの長編映画7作目にして、初の英語劇であり、長いこと構想を練っていたという思い入れの強い作品だ。

タイトルになっている「ベルイマン」とは、今日の巨匠たちに影響を与え、彼女自身も熱烈なファンの一人である、スウェーデンの映画監督イングマール・ベルイマンのこと。本作は、このベルイマンが晩年を過ごしたスウェーデンのフォーレ島を舞台に、映画監督同士のカップルが紡ぐひと夏の物語である。

ティム・ロスとヴィッキー・クリープスが主演のカップルを演じ、ミア・ハンセン=ラブの実人生をフィクションの中で浮き彫りにしていく。

彼女にとって、自身と同じ女性の映画監督を扱うというのは初めてのこと。さらに、劇中のカップルが、歳の離れたパートナーで名監督のトニーと、才能を認められてまだ日が浅いクリスという設定は、かつて公私共にパートナーだったオリヴィエ・アサイヤスとの関係を彷彿とさせる。

こうして現実と虚構がないまぜになって織り上げられた物語は、フォーレ島の魅力も手伝って、観る者に虚実のあわいに漂うような心地よさをもたらしてくれている。

 

  • 現在、舞台となったフォーレ島にあるベルイマンの自宅を含む敷地は、世界中の芸術家、学者らにアーティスト・レジデンス「ベルイマン・エステート」として開放されている。

 

ストーリー

映画監督カップルのクリスとトニー。創作活動にも互いの関係にも停滞感を抱いていた二人は、敬愛するベルイマンが数々の傑作を撮ったスウェーデンのフォーレ島にやってきて、インスピレーションを得るべくひと夏を過ごす。やがて島の魔力がクリスに作用し、彼女は自身の初恋を投影した脚本を書き始める。

主人公は、女性監督のエイミー(ミア・ワシコウスカ)、28 歳。彼女が友達の結婚式に出席するために訪れたフォーレ島での3 日間が描かれる。そこで、15 歳で恋におち情熱的かつ不器用な大恋愛の果てに互いに傷つき、18 歳で別れたヨセフ(アンデルシュ・ダニエルセン・リー)と再会。彼のことが忘れられなかったエイミーの想いは、切なくも激しく再燃する。果たして、1 度目は早すぎて、2 度目は遅すぎた二人の恋の行方は──。

そこまで書いて、どうしても結末が思いつかないクリスは、トニーに「手伝って」と頼むが、「それは無理だ。僕と話し合うべきじゃない」ときっぱりと断られる。そんな中、トニーが急遽、次回作の都合でアメリカに3 日間ほど戻ることになる。独りになったクリスは、偶然ベルイマンの自宅を発見。すると何かの予兆のように、厳重に施錠されているはずの鍵が開いていた──。

 

 

『ベルイマン島にて』トークショー
ニューヨークフィルムフェスティバル59
@リンカーンセンター

 

 

――まず権威のあるこの場所についてお話ししましょう。あなたにとってこの場所の話が最初に来たのは、何がきっかけでしたか?

ミア・ハンセン=ラブ:いいえ、実は最初に来たのは場所ではなく、2人の監督についての映画を作ろうというアイデアだったと思います。でもそのアイデアは何年も前から持っていて、適切な時期を待っていた気がします。そして、それが映画となったのです。最初に私がフォーレ島に行ったのは、2014年か15年だったと思います。その後、5年間は毎年行っています。


――この場所がどのようにあなたに語りかけ、どのようにあなたのアイデアを結晶化させたのか、もう少し詳しく教えてください。

ハンセン=ラブ:そうですね、映画を作り始めて以来、私にとって場所はフィクションのようなもので、執筆活動において常に重要な役割を果たしてきました。多くの映画監督がそうであるように、ベルイマンとつながっていること、そして、破滅とベルイマンの間にある愛の歴史が、私にとってのファンタジーの源だったわけですが、もちろん、それだけが目的ではないと思います。

実際に行ってみて、ベルイマンに取り憑かれたような場所があることを発見し、ベルイマンの現在を感じることができました。しかし、そこはまた、私が自分の文章を書くための場所を見つけることができない場所でもありました。私にとって不思議だったのは、ベルイマンの島である一方で、ベルイマンの存在と作品、そして彼がそこで撮影した映画に取り憑かれたという、彼にとって刺激的な島でもあったということです。そして同時に、ある種の美しさがあって、それはまだ残っていると私は感じました。

というのも、ベルイマンの映画は、彼自身の悪魔に影響されているのです。彼は自分の内面に迫っているのです。そして、その場所に行くと、別の芝居を見ることになる。そして、その芝居は私のものとは全く異なっているのです。そう、実際、私の作品は彼のそれとは非常に異なっていると思います。初めて行ったとき、そこにはベルイマンが探検していない、私が探検すべき領域があることに気づきました。そのおかげで、私は自分自身を見つけることができたのです。自分の言語、自分のテリトリーをね。

今までで一番奇妙な撮影でしたが、実は一番幸せな撮影だったと思います。2回に分けて撮影せざるを得なくなり、そこで多くの時間を費やしましたね。映画を見ても、時々どれを撮ったかわからなくなるくらい(笑)でも、島で脚本を書いているとき、この場所のマジックのおかげで、いくつかのドアが開かれたような気がしたんです。


――多くの映画で、あなたはしばしば自分の人生の一面を描いてきましたね。この映画では、それをどのようにナビゲートしたのでしょうか?

ハンセン=ラブ:映画監督を主人公にしたのは今回が初めてですね。自伝を読むようにストーリーをいざなっていく。おそらく、より多くの時間を要した理由のひとつはそれだと思います。この映画のアイデアはずっと前から持っていたのですが、それを本当に脚本化できるようになるまで何年もかかりました。というのも、この作品はこれまでの私の作品よりも、もっと正面から取り組まなければならないと思っていたからです。直接的ではないものの、どこか自伝的なものを感じることができます。つまり、ことはそれほど単純ではないのです。

というのも、今回初めて、私と同じ女性監督というキャラクターを扱ったのですが、その一方で、私は自分の子供の父親と一緒に彼女を迎えに行くことはなかった。だから、同じようでいて、違うんです。この映画は非常に個人的なものですが、形式やストーリーよりも、何を言おうとしているかが重要だと思っています。


――映画の構成上、ある種のフィクションが映画を支配することになりますよね。ヴィッキーがクリスを演じているのがフレームストーリーで、アンダースが入れ子になっているのが面白いですね。しかし、このような構成に至った経緯についてお聞かせください。

ハンセン=ラブ:まあ、言えることは、私にとってこの作品は芝居がかったものではなかったということです。知的好奇心を刺激されるとか、こういうことをやってみたいとか、そういうことではないんです。ただ、書いているうちに、ある種のめまいがして、自分がどこにいて、誰なのかさえわからなくなりそうなほど、現実とフィクションを結びつけたいと思うようになったんです。

時々、私は映画の中の私以上の存在であり、日常生活の中の私であるかのように感じることがあります。だから、私が作りたい、私が楽しみたい、その混乱を捉えるために、適切な形を見つけたいと思ったのです。私は実際にその混乱を楽しんでいるのですが、なぜそれがそんなに楽しいのかを理解したいのです。そうしているうちに、何か奇妙な明白さのようなものが、実際に彼女の物語の中に入っていく必要があると思うようになりました。そして、彼女の物語は、彼女自身のもう一つの部分である、彼女が書こうとしている物語、それが、彼女にとって書くことのプロセスが何であったかを語ることになるのですが、同時に、私が言えなかったことをすべて語ることになるのです。映画の最初の部分では、それはまるで反転しているようです。同じ人物の裏表で、両方が対話をしているような感じなんですね。

 

 

ミア・ハンセン=ラブ監督 インタビュー

 

──風景の持つ力を信じていますか?

信じています。それがフォーレ島に惹かれた理由の一つです。フォーレ島で抱いた幸福感は、子供から10 代の頃の記憶を呼び起こしました。野生的かつ原始的で、一種の瞑想に誘うような静かな雰囲気を醸し出し、私の想像力を豊かにしました。


──自然によって、インスピレーションが沸くのですか?

いつもそうです。自然を見ている時の喜びや感情は、登場人物の旅と密接に関係しやすく、私の中で虚構を生み出してくれます。本作では、フォーレ島という物理的な場所に惹かれたのです。が、それは当然、精神的、内面的な場所でもあります。


──フォーレ島の自然を余すことなく捉えていますね。

撮影には、スコープ・フォーマットを採用しました。このフォーマットは、どこまでも続く海と空、ごく少数の家、人、木などを捉えると共に、解放感という私が最も感動したものを、最もよく表現してくれました。“解放”はこの映画の大きなテーマです。女性が男性から解放される話でもあり、自分を弱くて依存的であると考えているクリスというキャラクターが、自分自身の創造力を発見する話でもあります。


──映画監督同士という設定の意図を教えてください。

アーティストのカップルにとって、望ましい対話や考えの共有と、必要な孤独感との間で適切なバランスを見つけることは容易ではありません。相手の精神的な空間には踏み入れないことを受け入れる必要があります。虚構にしか託せない親密なこともあるし、虚構を通してしかできない告白もあります。それには痛みが伴うかもしれません。何が語られ、何が語られないままなのかをどうやって理解すればいいのでしょうか? これは、「一緒に暮らしている人のことをどれだけ知っているか」という、より普遍的な問題にも繋がっていきます。いずれにしても、私はこの二人のキャラクターのどちらも評価しません。彼らが経験したこと、そこから生まれた幸せな瞬間と不幸な瞬間、そしてヒロインが苦しみに勝つためにしなければならないことに対する証人になるだけです。この映画は、クリスの中で何かが解き放たれ、彼女が虚構を受け入れ、映画に思いを巡らせる様子を描いています。


──本作は、自信を持つことや、自分が追い求めなければならない天職の目覚めを描いているとも言えますね。

私は天職にこだわっていて、そのことをほとんどの作品で描いていますが、本作では最もストレートな方法で扱っています。物語の中では、クリスの代役であるエイミーが同じ仕事をしています。そうすることで、クリスは映画の中で、ピンポンゲームのように、あるいは合わせ鏡が同じストーリーを延々と映し出すように、自分の人生が虚構を刺激することがあり、虚構が人生を反映することがあるという事実を認めることになるのです。これが以前から続けている私の執筆プロセスであり、それを描いてみるのは刺激的だと思いました。私にとって本作は、最初の映画で始めた思考プロセスの集大成なのです。


──クリス役のキャスティングについて教えてください。

ポール・トーマス・アンダーソン監督の『ファントム・スレッド』でヴィッキー・クリープスを発見し、彼女の素晴らしさを知りました。当時、彼女は無名でしたが、ダニエル・デイ=ルイスの人気をさらったのです。ドイツ人とルクセンブルク人のハーフである彼女は、キャラクターにヨーロッパ的な感覚を与えることができ、それが面白いと思いました。


──トニー役はいかがでしたか?

トニー役にふさわしい俳優を見つけることは、一層困難なことでした。最初は、アメリカ人俳優しか考えられませんでしたが、思いついたのはイギリスのティム・ロスです。彼の男らしいイメージで有名な演技と違って、彼本人には女性のような存在感があります。それは、彼が好んで演じるタフな男たちとはかけ離れています。彼には、暗くて脆い複雑な何かがあり、私はそれが好きです。それに、ティムは『素肌の涙』という切なくて、挑戦的な映画を撮っています。彼の内面にはそういったところがあり、また、それが表れていると思います。

 

 

『ベルイマン島にて』予告編

 

Web限定 予告編

 

公式サイト

 

4月22日(金) シネスイッチ銀座、アップリンク京都ほか、全国順次ロードショー

 

監督:脚本:ミア・ハンセン=ラブ
出演:ヴィッキー・クリープス、ティム・ロス、ミア・ワシコウスカ、アンデルシュ・ダニエルセン・リー
【原題:BERGMAN ISLAND/2021 年/フランス・ベルギー・ドイツ・スウェーデン/英語/113 分/カラー/スコープ/5.1ch/日本語字幕:平井かおり】

提供:木下グループ 配給:キノフィルムズ 後援:スウェーデン大使館 G
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