『ピンク・クラウド』ブラジル新鋭監督によるパンデミックを予告したかのようなSFロックダウン・スリラー

『ピンク・クラウド』ブラジル新鋭監督によるパンデミックを予告したかのようなSFロックダウン・スリラー

2023-01-25 22:40:00

「本作は2017年に書かれ、2019年に撮られた。現実との類似は偶然である」
とは、この映画の冒頭に登場する一文。私たちが直面したコロナのパンデミックという現実に、いかにこの物語が酷似しているかを示している。

突如として世界中に現れた柔らかく美しくもあるピンク色の雲。人がこの雲に触れると10秒で死に至るという設定の本作。もともとは、独創的な想像力が生み出した秀逸なSF物語、のはずだった。私たちがパンデミックを経験するまでは。

この映画の撮影が完了したところで、コロナウイルスの蔓延による自粛生活が世界中で始まる。世の中はパンデミックへと突き進み、次第に落ち着きつつあるものの、コロナ禍の完全な終息を待つことなく、今、本作公開の運びとなった。2017年に生まれたSFは、映画の撮影が終了した2019年に早くも世界のある一定の人々の真実の物語となった。こういうのを、コインシデンス(偶然の一致)というのだろうか。フィクションとリアルの狭間を考えさせられる映画でもある。

監督を務めるのは、これまで6本の短編映画の脚本・監督を手がけ、本作が初の長編映画となるブラジルの新星イウリ・ジェルバーゼ。ジョヴァナ役に俳優、バレリーナ、映画監督でもあり、これまで5度の最優秀女優賞に輝いたという華々しい経歴を持つヘナタ・ジ・レリス。ヤーゴ役には、俳優、脚本家、ラジオのブロードキャスターと多彩な才能を発揮する、エドゥアルド・メンドンサ。

誰もが部屋の中でしか生きられない世界――ディストピア。この状況下で監督が描こうとしたのは、「ルイス・ブニュエル『皆殺しの天使』やジャン=ポール・サルトル『出口なし』のように、制限された状況下における生存競争ではなく、もっぱら人間の感情の変化や内的葛藤であった」という。そしてこのことが、この映画にSF映画と呼ぶに留まらないインパクトとリアリティを与えている。なにより、私たちがこのようなパンデミックを経験した今となっては、ここに描かれた事柄はまさにリアルなのだから!

ブラジル新進気鋭のこの監督は、多くのクリエイターがそうであるように、まさしく予言者でもあった。ジョヴァナやヤーゴを追体験させ、今後の人生をどう生き、何を選択していくのか、自分自身を照らし出し、内省のきっかけを与えてくれる本作の需要は、これからますます高まっていくのかもしれない。

 

ストーリー

一夜の関係を共にしていたジョヴァナとヤーゴをけたたましい警報が襲う。突如として世界中に発生した正体不明のピンクの雲——それは10秒間で人を死に至らしめる毒性の雲だった。

緊急事態下、外出制限で街は無人となり、家から一歩も出られなくなった人々の生活は一変する。友人の家から帰れなくなった妹、看護師と閉じ込められた年老いた父、自宅に一人きりの親友……オンラインで連絡をとりあううち、いつ終わるともしれない監禁生活のなかで、彼らの状況が少しずつ悪い方へ傾き始めていることを知るジョヴァナ。そして、見知らぬ他人であったジョヴァナとヤーゴも現実的な役割を果たすことを迫られる。

父親になることを望むヤーゴに反対していたジョヴァナだったが、やがて男の子・リノを出産する。ロックダウン以前の生活を知らないリノは、家の中だけの狭い世界で何不自由なく暮らしており、父となったヤーゴも前向きに新しい生活に適応している。しかし、ピンクの雲が日常の景色となるにつれ、ジョヴァナの中で生じた歪みは次第に大きくなっていくのだった……。

 

 

イウリ・ジェルバーゼ 監督コメント


『ピンク・クラウド』の脚本を書いたのは2017年。執筆当時やりたかったのは、一向に終わらない非現実的なロックダウン下で共同生活をする2人のキャラクターが、異なる感情の変化を見せるのを描くことでした。自由とは何か、幸福とは何か、ジョヴァナとヤーゴはそれぞれの考えを持っていて、正反対のやり方でピンクの雲の世界に適応しようとします。ロックダウン下で暮らす中、人生哲学の違いが際立っていきます。

執筆中に最も関心があったのが、キャラクターの感情の変化を描くことでした。終末後を題材にした映画というと、生存競争が日常と化して人々がぶつかり合う世界を描いたものが多いものですが、クリエイターとしてそういったものを描くことには惹かれませんでした。

『ピンク・クラウド』執筆中、頭にあったのは2つの作品です。1つはルイス・ブニュエルの『皆殺しの天使』。もう1つはサルトルの『出口なし』。これでお分かりのとおり、ロックダウンの状況を論理的に見せることを目指した脚本ではありません。有害な雲が現れて人々が建物に閉じ込められる設定を用意したら、あとはキャラクターに焦点を当てたのです。具体的には、2人のキャラクターの関係を追究しつつ、何年も残り続ける雲とキャラクターたちの関係を追究したかったのです。

どうして雲の色を薄いピンクにしたのかというと、それが魅力的であり、一見すると無害に思える色だからです。また、ピンクは女性と結びつけられる色でもあります。ロックダウンが始まった頃、ジョヴァナが子供は欲しくないと表明したことに対し、ヤーゴは子供が欲しいので不満を抱きます。時が経つにつれ、ピンクの雲が消え去らないことが分かると、ジョヴァナは次第に心境が変わり、社会が求める女性像に従って生きるしかないと考えます。

結婚して家庭を築き、快適なアパートで自分の欲望を抑えて家事に励むという生き方です。薄いピンクという色そのものが、フェミニストとして内的葛藤を続けるジョヴァナにとっては息苦しいものなのです。

この映画を撮影したのは2019年。まだロックダウンが絵空事だった頃でした。2020年初め、編集作業に入っていた時期にパンデミックが現実となり、スタッフは全員、撮ったばかりの映画の中で暮らしているようなとても不思議な感覚を味わいました。非現実的な出来事なのに、ロックダウンで味わう感情は初めての体験には思えませんでした。私はといえば、明るくて適応力のあるヤーゴのような心境でいた時期もあれば、ジョヴァナの「もう耐えられない」というセリフが頭をよぎる時期もありました。制約を受けることでどんなつらい気分に陥るのか、ジョヴァナと思いを分かち合ったのです。

この映画を見ることは、パンデミックの期間中に味わったさまざまな感情を振り返る機会になると思っています。その一方で、ウイルスやパンデミックが話題になるずっと前に脚本を書いたことを念頭に見てもらうと、この映画はさまざまなメタファーや多義性に満ちており、さまざまな感情を喚起するはずです。今回、誰もがロックダウンの体験をしたことで、1人1人がこの映画に対してそれぞれの思いを抱くと思います。『ピンク・クラウド』は選択、欲望、自由についての映画です。

 

イウリ・ジェルバーゼ
監督
映画と文芸創作を学び20歳で映画製作を開始。印象に残るダイアローグと内的葛藤を描こうと取り組んできた。これまでに6本の短編の脚本、監督を手がけ、TIFFやハバナ映画祭などの映画祭に出品。シュルレアリスムとSFのタッチで描いた『ピンク・クラウド』は自身初の長編映画。現在、2本目の長編となるSF作品や、テレビシリーズを準備中。

 

『ピンク・クラウド』予告編

 

公式サイト

 

2023年1月27日(金) 新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、アップリンク京都、ほか全国順次ロードショー

 

監督・脚本 イウリ・ジェルバーゼ
出演 ヘナタ・ジ・レリス、エドゥアルド・メンドンサ、カヤ・ホドリゲス、ジルレイ・ブラジウ・パエス、ヘレナ・ベケル

2020年/ブラジル/ポルトガル語/103分/5.1ch/シネスコ/英題:THE PINK CLOUD/原題:A NUVEMROSA/字幕翻訳:橋本裕充 <PG12>

配給・宣伝:サンリスフィルム

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