『とべない風船』豪雨災害からの復興が進む瀬戸内海の島を舞台に、ある男女の心の癒しと再生を描いた物語
2018年7月の西日本豪雨による土砂災害をテーマに生まれた本作。豪雨災害から復興していく、陽光あふれる瀬戸内海の小さな島を舞台に、人間関係の綻びや甚大な災害によってもたらされる喪失を抱えた男女の、不器用な心のやりとりが丁寧に描かれてゆく。
監督・脚本を手がけるのは、CMディレクターとして活躍する被災地広島出身の宮川博至。「ここ広島で生活しているからこそ、豪雨災害をテーマに映画を作らなければならない」と意を決し、初長編となる本作を作り上げた。撮影は、広島県呉市や江田島市などでオールロケを敢行したという。
妻子を失い、心に深い傷を負った主人公の寡黙な漁師・憲二を演じるのは『スパイの妻』『コンフィデンスマンJPシリーズ』に出演し、今冬は本作と『天上の花』2本の主演作が続く東出昌大。過去のトラウマから逃げるようにして島にやってきた凛子役を演じるのは『ドライブ・マイ・カー』『スパゲティコード・ラブ』の三浦透子。
宮川監督は、「西日本豪雨は広島で生活している私にとって、初めて身近で起こった最悪の災害でした。人は簡単に「災害が起こった場所などに住まず、引っ越すべき」「もっと他にいい場所はたくさんある」と言います。それも正しい。しかし、事実としてその場所から離れられない人もいます。その人たちの事情を聞けば、口にできない言葉が増えていきます。前向きになんてならなくていい、ただ映画を見ているその時間だけでも前を向く気持ちが少しでも芽生えればと思い、この映画を作りました」と語る。
穏やかな瀬戸内海に浮かぶ大小の島々……「多島美」と称される、このどこを切り取っても美しい情景が、登場人物の鬱々とした重たい心をより一層際立たせ、同時にそれを上回る力で癒しへと導いてゆく。観ている私たちを静かに勇気づけ、蘇らせてくれる一作だ。
イントロダクション & ストーリー
心は晴れないのに、
空は憎らしいほど青かった。
多島美が連なる瀬戸内海の故郷を舞台に
恋人でも家族でもない二人の永遠に晴れそうにない心の行方——。
陽光あふれる瀬戸内海の小さな島。数年前の豪雨災害で妻子を失って以来、自ら孤立している漁師の憲二(東出昌大)は、疎遠の父(小林薫)に会うために来島した凛子(三浦透子)に出会う。凛子もまた、夢だった教師の仕事で挫折を味わい、進むべき道を見失っていた。
凛子は島の生活に心身を癒されていくが、憲二の過去を知って胸を痛める。最初は互いに心を閉ざしていた二人は、あたたかくてお節介な島の人々に見守られ、少しずつ打ち解けていく……。
宮川博至 監督インタビュー
ーー被災地で暮らす一人として感じた、映画にしなければならないという使命感
東日本大震災の後、衝撃を受けた人たちによって、震災をテーマにした映画が数多く作られました。2018年7月の西日本豪雨は被災地に住んでいる人にとって大きな衝撃だったのですが、ドキュメントが少し作られた程度で、それ以外のリアクションはあまり生まれていなかったんですね。広島で暮らし、災害の影響を間近で受けた一人として、自分が経験したことや見聞きしたことを映画にしなければ、という使命感のようなものが勝手に湧きました。
取材を重ねて脚本作りに取り掛かったのは2020年頃です。それ以前にも、家族や友人や取引先との世間話で災害の話を頻繁にしていたので、自然とエピソードが集まっていました。元の生活に戻れていない方も大勢いる中、映画化することで傷つけてしまうかもしれないとは考えましたが、初期衝動が薄れないうちに作りたいと思いました。
ーー青空に浮かぶ風船のイメージと、被災者への疑問から生まれた主人公の背景
ラストシーンのイメージが最初にありました。よく釣りをするのですが、晴れた日に船に乗ってぼーっと島を見ながら、ここに風船が浮いていたら綺麗だなと思ったんです。その風船にどのような意味合いを持たせるかを逆算しながら物語を作っていきました。
登場人物は、それぞれ特定のモデルがいるわけではなく、自分の周りの人たちや、取材で出会った人たちを複合的に組み合わせています。主人公の憲二の設定には、私が災害の報道を見たり取材をしたりする中でずっと抱えていた、なぜ大切なものを失った場所に住み続けるのか?という疑問を反映させました。そして、憲二と対になる人物として、外から島に来る凛子というキャラクターが生まれました。私自身、教師がストレスで仕事に行けなくなるケースを身近でいくつも見ていて、そういう人も島に来たら安らげて何か変化が生まれるのではないかと思ったのがきっかけです。
ーー直接聞いた言葉やエピソードを反映させた脚本
劇中には、私が直接見聞きしたエピソードを反映させたシーンがたくさんあります。いくつか挙げると、凛子がもうちょっとサボった方がいいと言われるシーン、亡くなった母の日記を見つけて母が考えていたことを知るシーンなどです。
実際に起きた災害を物語にする上で心がけたのは、できるだけ嘘をつかないこと。映画はそれ自体が大きな嘘ですが、だからこそ登場人物の言動などの細部は本当で固めておきたいという気持ちがありました。
ーー憲二(東出昌大)、凛子(三浦透子)、繁三(小林薫)、マキ(浅田美代子)のキャラクターと配役について
憲二と凛子のキャラクターが生まれた背景については、先に話した通りです。
憲二役の東出くんとは早い段階からメールなどで密にコミュニケーションをとって、撮影前には被害を受けた方や消防団の話を一緒に聞きに行ったり、地元の漁師さんから漁や魚の捌き方を学んでもらったりしました。事前にたくさんディスカッションを重ねていたので、現場はスムーズに進みましたね。また彼は東日本大震災のボランティアもしていたので、その時に感じたことも演技に反映させていたのではないかと思います。
凛子は、初期の脚本では少し抜けていて、職場の学校では生徒からいじられてしまうような人物だったのですが、三浦さんにお会いしたら論理的に話すとても賢い方で、新しい凛子像が思い浮かびました。一所懸命にやり過ぎて自分を苦しめてしまったという設定に変えて、脚本を大幅に直しました。
繁三は、一見とっつきにくいけれど裏側には深い愛があるキャラクターです。疎遠になっている娘への愛情をきちんと見せることが重要でした。小林薫さんは脚本や地方発の映画作りに賛同くださり、主要キャストの中で最初に参加が決まりました。そのため当て書きすることができたので、私のイメージ通りではあるのですが、小林さんが実際に演じた繁三はさらに魅力的です。見ていて「素敵な人だな」と引き込まれる瞬間が何度もありました。
マキの居酒屋は村の癒しの場所です。現実でもマキのような人がいるおかげで、地元の人と外から来た人が仲良くなれたりするので、映画に必ず入れたいと思いました。浅田さんは、明るくて元気で面白くて、現場にいらっしゃるだけでぱっと明るくなりました。居酒屋のシーンで、先にフレームアウトした浅田さんが私の近くに来て「監督間違えた」と脇腹を押されたときには、浅田さんが可愛すぎて悶絶しました。
癒しといえば、この映画の癒しは笠原秀幸が演じる潤の存在だと思っています。豪雨災害、教師の鬱、終の住処といった暗い話が続くので、潤のような明るくかき回してくれる存在が必要でした。
ーー広島県呉市や江田島市を中心にオールロケを敢行
広島で撮ることは絶対でした。呉は子どもの頃に住んでいて今でも仕事の撮影や、休日に遊びに行ったりもします。蒲刈も釣りで訪れます。自分の生活の延長線上にある、よく行く場所で撮影したという感覚です。
江田島は以前、市の移住に関する仕事で島中を周ったことがありました。その時に、終の住処として江田島に移住してきた方から聞いた話が、繁三のエピソードのベースになっています。江田島の人は夕日が綺麗だとよく言うのですが、本当に綺麗です。ぜひ、映画を観た方に訪れていただきたいです。
ーーそこで暮らし続けるということと、広島発の映画であることの意味
西日本豪雨の被災者に限らず、一度生活が奪われた場所に留まり、そこで暮らし続ける人にはそれぞれ事情や理由がある。そのことを、映画を作りながら再確認していった気がします。人間は常に合理的に生きているわけではないのだと改めて実感します。
また、このテーマは自分の仕事とも無関係ではありません。私は普段、ローカルで映像の仕事をしているのですが、今回のように広島のスタッフが広島で、東京から来た役者さんたちと映画を作る機会はとても貴重でした。このような経験を通して、地元の若い映画関係者の質が上がっていくことを願っていますし、彼らがここで暮らしていてよかったと感じられたらいいなと思っています。
宮川博至
Hiroyuki Miyagawa
監督・脚本
1980年広島県出身。学生時代から映像制作の現場に入り、2004年より演出を始める。これまでにCMディレクターとしてACCブロンズ、ONE SHOW Merit、観光庁長官賞などを受賞。2015年、短編映画『あの夏、やさしい風』がShort Shorts Film Festival & ASIAにて入賞。また同作品がJIM×JIMアワードにて大賞受賞。2018年には2作目となる中編映画『テロルンとルンルン』(岡山天音主演)を制作。広島国際映画祭をかわきりに、国内外の映画祭に出品中。中之島映画祭グランプリ、愛媛国際映画祭脚本賞、富士湖畔の映画祭敢闘賞、ポピージャスパー映画祭最優秀長編賞などを受賞。本作『とべない風船』は長編第1作目となる。
『とべない風船』予告編
公式サイト
2022年12月1日(木) 広島先行公開(広島・八丁座ほか県内5館にて順次)
2023年 1月6日(金) 新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷、アップリンク吉祥寺、アップリンク京都、MOVIX 昭島、ほか全国順次ロードショー
監督・脚本:宮川博至
出演:東出昌大、三浦透子、小林薫、浅田美代子
原日出子、堀部圭亮、笠原秀幸、有香、中川晴樹、柿辰丸、根矢涼香、遠山雄、なかむらさち
プロデューサー:奥野友輝 協力プロデューサー:鈴木剛
助監督:濱本敏治 撮影:亀井義紀
照明:太刀掛進 美術監督:部谷京子 録音:古谷正志
音楽:古屋沙樹 音楽プロデューサー:菊地智敦
製作:buzzCrow Inc. 後援:広島県、呉市、江田島市 配給:マジックアワー
2022年/日本/カラー/1.85:1/5.1ch/DCP/100分 (C)buzzCrow Inc.