『マッドゴッド』何を目撃し、それを脳裏に焼き付け、うなされることになるか浄化されるかはあなた次第だろう

『マッドゴッド』何を目撃し、それを脳裏に焼き付け、うなされることになるか浄化されるかはあなた次第だろう

2022-12-02 11:11:00

『マッドゴッド』、日本語に直訳すれば『狂った神』だろうか。

「私は双極性障害で自閉症、失読症です」と告白するフィル・ティペット監督による本作は、監督が見た夢を書き留めその夢を考察した結果生まれた作品だ。

金属にヌメヌメした液体状のものが絡み合い、見たことのない生命体が画面の中で蠢く88分は、悪夢と言えるかもしれないが、それはこの世の人間も皮膚を捲ればグロテスクな生命体とも言えるので、『マッドゴッド』で描かれる世界は「聖なる夢」とも言えるだろう。

フィル・ティペット監督は、『スター・ウォーズ』『ロボコップ』『スターシップ・トゥルーパーズ』シリーズなど、誰もが知る名作の特殊効果 の数々を手掛け、アカデミー賞を 2 度受賞、その後の SF 作品に計り知れない影響を与えた巨匠が、20年前に断念したプロジェクトをティペット・スタジオの若いクリエイターたちが当時のセットや人形を発見したところから『マッドゴッド』再生のプロジェクトは始まった。

テイペット監督によると「スタジオの若いクリエイターたちは、実物を相手にした手作業の経験はありません。ストップモーションのためのセットの作り方、照明の当て方など、すべてを基本から教えることになりました。彼らはまるで天国にいるようにその作業を楽しんでいましたよ(笑)。ストップモーションの喜びを伝えられたと思っています。彼らはCGアーティストですが、絵作りに関しては有能です。スタジオではリード・コンポジター(映像合成)だったクリス・モーリーが、『マッドゴッド』では撮影監督を任せることができました」

ほとんどセリフのない本作は、音へのこだわりが半端ではない。
「音楽もこの作品を発動させた要素です。私が重視したのは、映像と密接に連動するスコアでした。流れる音楽のトーンから映像のイメージを作ろうとした部分もあります。その点で幸運だったのは、地元の作曲家、ダン・ウールとの出会いでした。かなり早い時期にダンが10分ほどのスコアを書き上げ、それが冒頭の巨大な城の映像に重ねられたりして、音楽は作品の素材になりました。音楽と映像の同時進行で、クラウドファンディング用の10分ほどの短編は完成したのです。そうした共同作業の後、サウンドデザインにリチャード・ベッグスが加わりました。『地獄の黙示録』でアカデミー賞音響賞を受賞した偉大な才能なので、これは奇跡でしたね」

人類最後の男を演じるのは映画監督のアレックス・コックス。男に派遣され、地下深くの荒廃した暗黒世界に降りて行った孤高のアサシンは、無残な化け物 たちの巣窟と化したこの世の終わりを目撃する。


さて、何を目撃し、それを脳裏に焼き付け、うなされることになるか浄化されるかはあなた次第だろう。

 

フィル・ティペット監督インタビュー

──1990年の『ロボコップ2』の後に、この『マッドゴッド』の制作に取りかかったそうですが、当時の思いから教えてください。

つねに自分の映画を撮りたいという夢は持ち続けていました。それまで私のスタジオで恐竜の作品など多くの短編は作ってきて、機材も揃ったので、監督作のタイミングが訪れたと悟ったのです。「撮らないと私の人生じゃない」という感覚でしたね。

──ただ、その時点では数分の映像しか完成しなかったわけですが、今回の完成までどのようなプロセスがあったのでしょう。

12ページの脚本が存在していましたが、すべてが曖昧な表現でもありました。数分の映像のためのストーリーボードも制作しました。ストーリーボードには少しだけアニメーションも使用しました。ただし当時のアイデアでは6分か、せいぜい10分くらいの長さの作品になっていたでしょう。その後、20年くらいの間、折に触れてスケッチをしたり、アイデアを頭から引き出したりしていました。私は小説はあまり読まないのですが、美術や科学にインスパイアを受け、それらを“消化”するように世界観を広げていった気がします。まぁ覚えていないことも多いですが(笑)。

──そして20年後、ティペット・スタジオの若いスタッフが当時の人形やセットを見つけ、ぜひ作品を完成させようとプロジェクトが始まったわけですね。

そのとおりです。スタジオの若いクリエイターたちは、実物を相手にした手作業の経験はありません。ストプモーションのためのセットの作り方、照明の当て方など、すべてを基本から教えることになりました。彼らはまるで天国にいるようにその作業を楽しんでいましたよ(笑)。ストップモーションの喜びを伝えられたと思っています。彼らはCGアーティストですが、絵作りに関しては有能です。スタジオではリード・コンポジター(映像合成)だったクリス・モーリーが、『マッドゴッド』では撮影監督を任せることができました。そんな風に彼らがストップモーションに対応してくれたうえに、多くのボランティアの協力もあって作品を完成することができました。

──最初の数分の映像もそのまま『マッドゴッド』には使用されているのですか?

当時の約3分の映像は、そのまま今回も使っています。戦士アサシンが、さまざまな生き物がうごめく世界に足を踏み入れるシーンでは、当時のアニメーターの2人の子供に猿の衣装を着せ、檻の中でケンカしてもらいました。また病院へ入っていくシーン、聖堂の前で赤ん坊のような声が聞こえるシーンなどは、30年前にブルースクリーンで撮影したものです。最終的にそれらをうまく新たな映像と合成することができました。

──『マッドゴッド』には『2001年宇宙の旅』や『メトロポリス』、『イレイザー・ヘッド』など、さまざまな名作へのオマージュを発見できますが、あなたが特に思いを込めた作品や映画作家を挙げてください。

『キングコング』(1933年)やレイ・ハリーハウゼン、カレル・ゼマン……と、どんどん出てきますが、私が尊敬の念とともに最も影響を受けたのは、F.W.ムルナウやフリッツ・ラングなどドイツ表現主義の映画ですね。基本的にサイレント映画が好きなんです。ハリウッドではトーキーが一般的になってから、スタジオはビジネスの場となり、スターシステムが形成され、一つの作品の脚本に7〜8年もかけて、それが無理なら作品が文字どおり“風と共に去りぬ”なんてことになりました。会話だらけの物語は私にとって逆に退屈なんです。だからムルナウの時代を愛してしまうのでしょう。

──たしかに『マッドゴッド』はサイレント映画のように会話はほぼ皆無ですが、「音」への強いこだわりは感じられます。

音楽もこの作品を発動させた要素です。私が重視したのは、映像と密接に連動するスコアでした。流れる音楽のトーンから映像のイメージを作ろうとした部分もあります。その点で幸運だったのは、地元の作曲家、ダン・ウールとの出会いでした。かなり早い時期にダンが10分ほどのスコアを書き上げ、それが冒頭の巨大な城の映像に重ねられたりして、音楽は作品の素材になりました。音楽と映像の同時進行で、クラウドファンディング用の10分ほどの短編は完成したのです。そうした共同作業の後、サウンドデザインにリチャード・ベッグスが加わりました。『地獄の黙示録』でアカデミー賞音響賞を受賞した偉大な才能なので、これは奇跡でしたね。彼らとの仕事は2008年から、たしか2012年か2013年まで続いたと思います。

──この作品は、あなた自身の心を表現していると言ってもいいのでしょうか?

私は双極性障害で自閉症、失読症です。朝起きてから好きなことをやり始めると、疲れ果てるまで続けてしまいます。作業のやり過ぎで手が使い物にならなくなっても気づきません。そして数日、あるいは数週間、休んでしまうのです。『マッドゴッド』は、私がみた夢を書き留め、夢の意味を考察した結果の作品でもあります。その点で重なるのは、心理学者カール・グスタフ・ユングの「赤の書」です。この本にユングは16年以上かけて取り組み、心の中の地獄へ降りて行ったのだと思います。現実を理解できなくなったこともあるでしょう。そうした深淵の世界で一度死んですべてを失った主人公が、生まれ変わったらどうなるか? 旅を始めた時と同じ人間ではありません……。

<影響を受けたもの>

『マッドゴッド』への影響やインスピレーションが芽生えたのは、とても幼い頃、5歳くらいの時にテレビで見た『キングコング』が好きだったのがきっかけです。レイ・ハリーハウゼンの『シンドバッド7回目の航海』、ライフ誌がルドルフ・F・ザリンガーの自然史博物館の絵画を見開きで掲載したことなども。また数年が経ち、父からヒエロニムス・ボスを紹介されました。父は彼の作品に魅了されていて、彼のアードブックをたくさん持っていました。テックス・エイヴリーやマックス・フライシャーにも影響を受け、彼らの作品の、ディズニーの牧歌的な世界とは対照的な、人間嫌いの世界観が好きでした。

それから、ティーンエイジャーになってからボブ・ディランの政治的なプロテストソングに影響を受けていました。その後、彼がよりエレクトロニック・ミュージックへと変化していったとき、「廃墟の街」のようなシュールでとりとめのない物語には、本当にとてつもなく感化されました。

30年ほど前に『マッドゴッド』を始め、35ミリフィルムで6分ほど撮影したけれど、このプロジェクトはあまりにも膨大で、私には実行不可能でした。『ジュラシック・パーク』がヒットしたとき、ちょうど子供が生まれたのと同じ時期だったんです。コンピューターグラフィック革命に順応していく中で、二人の子供を授かり、『マッドゴッド』に使える時間がなくなってしまいました。そして、20年間放置していたんです。おそらくその20年間は、『マッドゴッド』が今の姿になるために最も重要であったと思います。物事の意味を理解するのに多くの時間を持てましたから。私は、たくさんの勉強と研究をしました。『マッドゴッド』に向かい、より細かく、より明確に、自分が発展したいアイデアを得るために。美術史を学ぶことは自分にとって本当に重要なことでした。

そして、心理学を学んで、カール・ユングの作品に興味を持つようになりました。無意識の力を使ってアイデアを練り、物事を進めていくことの重要性を、私の中で抽出し、明確にし始めたのです。夢を全部書いて、夢を研究するんです。その結果、今までとは違う物語に対する感覚や、物語に対するアプローチの仕方を得ました。必ずしも起承転結のあるストーリーではなく、もっともっと大きなものを包含できるもの、それがもっともっと広がりのあるものなんです。彼の「赤の書」は実に興味深いものでした。それはユングが30〜 40年ほどかけて書いた秘密文書で、誰もそのことを知りませんでした。それをやり通すのは本当に大変で、当時のユングにとっては地獄に落ちるようなものでした。長年この本に取り組んできた彼は、現実を見失い始め、気が狂いそうになっていました。でも、彼はそれを乗り越えて向こう側に行き、また正気に戻りました。ときにはそのようなプロセスもあり得るのですよね。

監督プロフィール

ティペット・スタジオの創設者であるフィル・ティペットは、アニメーションおよび視覚効果業界のパイオニアであり、彼の作品は何世代にもわたって映画ファンや映画制作者にインスピレーションを与えてきた。彼の視覚効果におけるキャリアは45年以上に及び、2度アカデミー賞®を受賞、6度ノミネート、英国アカデミー賞(BAFTA)、2度のエミー賞、名誉あるウィンザー・マッケイ賞とフランス映画批評家協会賞(ジョルジュ・メリエス賞)に輝いている。

1951年9月27日、アメリカ、カリフォルニア州出身。幼少期、ストップモーションの名作『キング・コング』(1933)に深い感銘を受け、アニメーターを志す。カリフォルニア大学卒業後、ロサンゼルスのアニメーションスタジオCascade Picturesでスキルを学ぶ。1975年、ジョージ・ルーカスは、『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』のストップモーションによるミニチュアチェスのシーンの制作にフィルを起用した。1978年には、インダストリアル・ライト&マジックのアニメーションチームを率い、『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』のAT-ATウォーカーやトーントーンなど、象徴的なキャラクターを制作した。1984年、VFX制作会社「ティペット・スタジオ」を設立。

ティペットのキャリアは、『スター・ウォーズ』のメカやクリーチャーから、『ロボコップ』シリーズなどにおけるコンピュータ技術とストップモーションの革命的な融合(彼が「ゴー・モーション」と呼ぶ発明)、アカデミー賞を受賞した『ジュラシック・パーク』の恐竜、『スターシップ・トゥルーパーズ』シリーズの大群虫まで、現代の視覚効果史におけるほぼすべての重要な節目をカバーしている。21世紀に入っても、ティペットは革新的で先駆的な存在であり続けている。映画『モンキー・マジック 孫悟空誕生』(2014)をもとに、中国のテーマパークで多次元ダークライドを設計・制作し、現在はディズニーの人気シリーズ『マンダロリアン』を手掛け、初のオリジナル長編映画『マッドゴッド』を完成させた。

 

ストーリー

人類最後の男に派遣され、地下深くの荒廃した暗黒世界に降りて行った孤高のアサシンは、無残な化け物たちの巣窟と化したこの世の終わりを目撃する。

 

予告編

 

公式サイト

12月2日(金) 新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷、池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

監督:フィル・ティペット
出演:アレックス・コックス

2021年/アメリカ/84分/1.78:1/カラー/5.1ch/原題:MAD GOD/PG12

日本語字幕:高橋彩
提供:キングレコード、ロングライド 配給:ロングライド

©2021 Tippett Studio