『あのこと』予期せぬ妊娠に狼狽する大学生アンヌが独り戦う姿を圧倒的臨場感で描いた実話ベースの物語
舞台は1960年代フランス。当時、人工妊娠中絶は法律で禁止され、処置を受けた女性、それを施した医師や助産婦、助言をした者にまで懲役と罰金が科せられた。「中絶」を「あのこと」と暗に表現するしかなかった時代。本作ではこの理不尽な時代に、望まぬ妊娠をした大学生のアンヌが、自由な未来をつかむためにたった独りでたたかう日々が綴られてゆく。
監督を務めるのは、脚本家としても活躍を続け、本作が監督第2作目となるオードレイ・ディヴァン。本作は第78回ヴェネチア国際映画祭金獅子賞を受賞し、英国アカデミー賞、セザール賞の監督賞にもノミネートされた。米映画評価サイトのロッテントマトでは99%の高評価を得ている。主人公アンヌは、『ヴィオレッタ』(11)で映画デビュー、『ジャスト・キッズ』(19)、『5月の花嫁学校』(20)などに出演し、本作でセザール賞最優秀新人女優賞、ルミエール賞に輝いたアナマリア・ヴァルトロメイが演じる。原作は、つい先日ノーベル文学賞に輝いた作家アニー・エルノーが、自身の体験を基に書き上げた小説「事件」。
すべての女性には、産む産まないという結果にかかわらず、「妊娠」という事柄に向き合う機会が、人生に少なくとも一度はやってくる。一度という人はむしろ少ないかもしれないし、子供を一人も持たない選択をした人が、子供を持つ人以上に「妊娠」と向き合い、人一倍多くの葛藤を抱えていることもある。そしてそこにはどういうつながりであれ、必ず相手がいる。だからこそ、性別を超えて、誰もがみなアンヌに無関心ではいられないのだ。
また、こうした主人公への共感や画面への没入感、そしてリアリティが、いくつかの仕掛けによってさらに強化されている。一つは、主人公とカメラが同化する撮影手法。「カメラはアンヌ自身になるべきで、アンヌを見ている存在であってはならないのです。だからカメラとアナマリアは、動きが一致する共通のリズムを見出すまで、繰り返し一緒に歩きました」と監督は語る。またもう一つは、呼吸、ため息、沈黙にフォーカスした映画音楽。音楽を担当したエフゲニー&サーシャ・ガルペリン兄弟について監督は、「彼らの曲はとても精神的です。私たちは感情を裏付けたり、決めつけたりするメロディーを探してはいませんでした。心の内なる言葉遣いとでも呼ぶような、言葉のように機能する音色、ミニマルなコードが欲しかったのです」と語っている。
監督オードレイ・ディヴァンと原作者アニー・エルノー、俳優アナマリア・ヴァルトロメイ、三者の魂が重層的に響き合い、一つに融合したこの作品は、たしかに気軽に楽しめるといった類の映画ではないだろう。でも、観る者の脳裏に深く刻まれる文字通りの「追体験」となるに違いない。
ストーリー
1960年代、中絶が違法だったフランス。
大学生のアンヌは予期せぬ妊娠をするが、学位と未来のために今は産めない。選択肢は1つ──。
アンヌの毎日は輝いていた。貧しい労働者階級に生まれたが、飛びぬけた知性と努力で大学に進学し、未来を約束する学位にも手が届こうとしていた。
ところが、大切な試験を前に妊娠が発覚し、狼狽する。
中絶は違法の60年代フランスで、アンヌはあらゆる解決策に挑むのだが──。
オードレイ・ディヴァン監督 コメント
自身の<堕胎経験>を経て、その経験から、(自分が受けた)合法の中絶と、違法な中絶の違いが知りたいと思い、この本を手に取りました。
小説を読んで、まず浮かんだのは<激しい怒り>です。妊娠を告げられた瞬間から、苦しみを受けたに違いない少女の体や、彼女が直面したジレンマに対する理不尽さに憤りを覚えました。
そして、命をかけて中絶するのか、それとも子供を産んで自分の未来を犠牲にするのか。私はそれをイメージに変換しようとしました。そのプロセスは、物語を身体的な体験に変えるものです。きっと時代や性別を超えることができる、旅路になっていると思います。
オードレイ・ディヴァン
監督・脚本
1980年、フランス生まれ。2008年から脚本家として活躍し、セドリック・ヒメネス監督の『フレンチ・コネクション-史上最強の麻薬戦争-』(14・劇場未公開)、『ナチス 第三の男』(17)、『バック・ノール』(20・配信)などの脚本を手掛ける。2019年に『Mais vous êtes fous』(原題) で監督デビュー。そして監督2作目となる本作で、ヴェネチア国際映画 祭金獅子賞を受賞し、英国アカデミー賞、セザール賞、ヨーロッパ映画賞、ルミエール賞など数々の栄誉ある賞にノミネートされ、世界的にその名を知られる。さらなる期待が高まる新作『Emmanuelle』(原題)では、製作と脚本も担当し、レア・セドゥ主演と発表されている。
『あのこと』予告編
公式サイト
2022年12月2日(金) Bunkamuraル・シネマ、アップリンク吉祥寺、ほか全国順次ロードショー
監督:オードレイ・ディヴァン
出演:アナマリア・ヴァルトロメイ『ヴィオレッタ』、サンドリーヌ・ボネール『仕立て屋の恋』
原作:アニー・エルノー「事件」
配給:ギャガ
2021/フランス映画/カラー/ビスタ/5.1chデジタル/100分/翻訳:丸山垂穂
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