『宮松と山下』香川照之主演 名もなき端役を演じ続けるエキストラ俳優、宮松の知らなかった”もう一人の自分”

『宮松と山下』香川照之主演 名もなき端役を演じ続けるエキストラ俳優、宮松の知らなかった”もう一人の自分”

2022-11-17 11:50:00

「2006年に撮影した西川美和監督の『ゆれる』という映画の脚本を初見で読んで以来の異様な衝撃が走った台本だった」

そう語ったのは、映画・ドラマ・舞台に限らず多方面での活躍を続け、本作がポン・ジュノ監督作品『TOKYO !〈シェイキング東京〉』、黒沢清監督作品『トウキョウソナタ』に主演した2008年以来の単独主演作品となった香川照之。あらゆる作品の中で強い存在感を見せてきた彼が、本作ではエキストラ俳優の宮松という繊細で複雑な役柄を演じる。

そして、本作を手掛けたのは“新しい手法が生む新しい映像体験”を標榜し、過去に2本の短編映画がカンヌ国際映画祭から正式招待された監督集団「5月」。「ピタゴラスイッチ」に携わった東京藝術大学名誉教授・佐藤雅彦、 NHKでドラマ演出を行ってきた関友太郎、多岐にわたりメディアデザインを手掛ける平瀬謙太朗の3人によって構成されるこの稀有な集団によって生み出された『宮松と山下』は、まさに他に類を見ない不思議な映像体験の世界に私たちを誘う。

名もなき端役を演じ続けるエキストラ俳優、宮松。決められた枠を埋めていく、ある意味では平和で安定した毎日を送っている彼のもとに、とある男がやってくる。谷と名乗るその男は、宮松を見つけると「宮松」のことを「山下」と呼んだ。宮松には、彼の知らない"もう一人の自分"がいたのだ。宮松は、様々な”物事”を通して、徐々に「山下とは誰なのか」という謎の真相に近付いていく。

役を演じること。本作を観ると、それは奇妙な行為であり、見方によっては恐ろしいことのようにも思われてくる。それでいて、本来の自分ではない他人のような人格を演じたり、決められたレールの上で生きることは楽なことでもある。独特な世界観で描きつつも、裏にはずっしりとしたテーマがあるため、作品の中で十分にとられた余白の中でついあれこれと思いを巡らせてしまう。本作の鑑賞後は、きっと味わったことのないユニークな余韻に包まれることだろう。

 

関友太郎、平瀬謙太朗、佐藤雅彦監督インタビュー


(左から関友太郎、佐藤雅彦、平瀬謙太朗)
photo by Masanori Kaneshita

――『宮松と山下』は、東京藝術大学大学院映像研究科佐藤雅彦研究室を母体とする監督集団「5月」から生まれた長編映画ですね。そもそも、佐藤雅彦研究室からは、カンヌ国際映画祭短編部門に『八芳園 』(2014)、『どちらを』(2018)が選出されていますが、この初長編作品は、どのような経緯で製作されたのでしょうか?監督デュオは珍しくありませんが、3人となるとなかなかない。具体的にはどのように3人で監督をされているのでしょうか?

佐藤:2012年より、佐藤研究室の中で映画制作プロジェクト「c-project」を立ち上げ、新しい映画表現の開拓を目指し、活動してきました。関と平瀬はその中心メンバーです。「c-project」 の「c」とは「cannes」の「c」で、カンヌ国際映画祭を目指したプロジェクトでもあります。我々は研究活動としてみんなで企画を出し合い、試作をしながら映画を作ってきたので、通常の映画制作とはかなり変わって見えるかもしれませんが、我々としては、すでにこのやり方で10年やってきているので、とても自然な流れなのです。

──具体的には、どうやって3人で映画をつくっていくのでしょうか?

平瀬:私たちは、たいてい週に2,3回の企画会議を行い、常に新しい映画について議論しています。この作品については、NHKでドラマ制作に携わっていた関が、現場で見たエキストラの仕事について、企画会議で紹介してくれたことが始まりです。例えば、町人役として大通りをわーっと横切ったかと思うと、今度は衣装を変えて、浪人や薬売りなど違う役になってまた同じ通りに出ていく。ひとつの撮影現場でひとりで何役も演じるエキストラは、とても面白いモチーフだと企画会議で盛り上がりました。

関:そのアイデアは、当初、短編映画の企画として出ましたが、ずっと宙に浮いたままでした。まだ世界観があるだけでストーリーがなかったため、次に進めない状態でした。ところが、主人公は、記憶を失ってエキストラの仕事を始めた男であり、「記憶がないから、毎日違う役を演じるのが妙に落ち着く人間の話」というストーリーを思いついたとき、長編で描けるのではないか、となりました。でも、この主人公のキャスティングについて考え始めると、早速行き詰まってしまったんです。

平瀬:もし、エキストラを主人公とするとならば、端役として映像の中に潜むことが出来る一方で、主人公として物語をぐいぐいと引っ張っていく存在感も必要になってきます。矛盾するこの二面性を持ち合わせている役者はなかなかいません。最初、有名な俳優だと強すぎる存在感を消すことができないのではないか、と考え、普段はお芝居をしないミュージシャンの方や、本当にエキストラとして活動している無名の方などを中心に検討していました。しかし、逆にそれでは物語を引っ張る主人公にはなれません。もう諦めようかと思っていた時に香川照之さんの名前が上がり、その瞬間、3人とも「香川さんならできる」と直感しました。

──長編映画は、短編との作り方に違いはありましたか?

平瀬:大きく違いました。短編を制作している時、私たちが寄りかかっていたのは”手法“でした。なにかひとつの”手法“さえあれば、とてつもない緊張感を生む事ができたり、独特の気持ちを観客に起こすことができることは、確信を持てていました。でも、長編はそれだけでは逃げ切れない。それを実感できたことは大きかったと思います。

佐藤:我々がやってきたことの可能性と問題点がものすごくはっきりしてきましたね。この”手法“というか、映像言語といってもいいですが、私たちがやっていることはものすごく新しい映像体験として可能性があると思っていましたが、それだけで映画は完成するものでもないということも実感しました。

 

監督集団「5月」gogatsu プロフィール

「手法がテーマを担う」という言葉を標榜し、新しい表現の開拓を目指す映画・映像の監督集団。2012年東京藝術大学大学院佐藤雅彦研究室から生まれた映画制作プロジェクト「c-project」として活動を開始。初作品となる短編映画『八芳園』(14)がカンヌ国際映画祭短編コンペティション部門から正式招待。続く短編映画『どちらを』(18/主演・黒木華)にて、再びカンヌ国際映画祭短編コンペティション部門から正式招待。20年、監督集団「5月」発足。その後、短編映画『散髪』(21/主演・市川実日子)がクレルモン・フェラン短編映画祭から正式招待。初の長編映画である本作『宮松と山下』(主演・香川照之)がサンセバスチャン国際映画祭New Directors部門に正式招待される。 

 

ストーリー

宮松は端役専門のエキストラ俳優。
ロープウェイの仕事も掛け持ちしている。時代劇で大勢のエキストラとともに、砂埃をあげながら駆けていく宮松。ヤクザのひとりとして銃を構える宮松。ビアガーデンでサラリーマンの同僚と酒を酌み交わす宮松。来る日も来る日も、斬られ、撃たれ、射られ、時に笑い、そして画面の端に消えていく。そんな宮松には過去の記憶がなかった。

ある日、谷という男が宮松を訪ねてきた。
宮松はかつてタクシー運転手をしていたらしい。藍という12歳ほど年下の妹がいるという。藍とその夫・健一郎との共同生活が始まる。自分の家と思えない家にある、かつて宮松の手に触れたはずのもの。宮松の脳裏をなにかがよぎっていく・・・。

 

予告編

 

公式サイト

11月18日(金) 新宿武蔵野館、渋谷シネクイント、シネスイッチ銀座、アップリンク京都ほか全国公開

監督・脚本・編集:関友太郎、平瀬謙太朗、佐藤雅彦
企画:5月 制作プロダクション
出演:香川照之、津田寛治、尾美としのり、野波麻帆、大鶴義丹、諏訪太朗、尾上寛之、黒田大輔、中越典子

2022年/日本/87分/カラー/ビスタ

制作プロダクション:ギークサイト 配給:ビターズ・エンド
製作幹事:電通
製作:『宮松と山下』製作委員会(電通/TBSテレビ/ギークピクチュアズ/ビターズ・エンド/TOPICS)

©2022『宮松と山下』製作委員会